表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/103

錬金術師さんと観光地の整備

…………………


 ──錬金術師さんと観光地の整備



 エルンストの山のお化け魔狼が交渉に応じた!


 ヒビキさんが言うには互いの妥協点を探ったそうだが、レーズィさんに聞いたところによれば、ヒビキさんはお化け魔狼と決闘して、それで言うことを聞かせたらしい。


 ヒビキさんってば危ないことはしないでねってあれだけ言ってるのに、平気で無視しちゃうんだから! 今回は勝てたからいいものの、あんなに巨大なお化け魔狼の相手を、それもひとりでするなんて危なすぎるよ!


「リーゼ君、おはよう」


「おはようございます、ヒビキさん。今日は危険なことはしませんよね」


「あ、ああ。今日は山道作りのための警護を行うことになっている。開拓局はお化け魔狼──ハティはもう信頼出るパートナーだと考えているが、相手が魔獣なだけに万が一の場合に備えたいそうだ」


 そりゃそうだよね。魔獣が昨日今日で安全になるなんて考えられないもんね。


「俺としてはハティを信頼するべきだと思うが、最悪の場合に備えるのが危機管理の鉄則だ。最悪の場合──ハティが工事の作業員を襲うことも考えて、俺たちが護衛を行うことになる。もっとも特に何かと交戦することはないだろうが」


「そうだ! 工事の作業員の人に疲労回復ポーションを頼まれているんだった。ポーションはもうできてるから届けないと!」


「それなら一緒に行こうか?」


「是非」


 エルンストの山はあのお化け魔狼のせいでトラウマスポットとなっているのだ。ひとりで行くのはちょっとおっかない。


「では、レーズィ君の支度ができたら出発するとしよう。特に問題は起きないと思うが、虫よけポーションと魔獣除けポーションがあるとありがたい」


「それならたっぷり作ってますよ! 遠慮せずに使ってください!」


「助かる、リーゼ君」


 この時期には必要な虫よけポーションは大量生産しているし、魔獣除けポーションも大量に作ってある。どちらもここ最近の売れ筋商品だ。


「ヒビキさーん! お待たせしましたよう! もう準備万端なので安心してください! いつでも出発できますよ!」


「よし。では、出発することにしよう。帰りには冒険者ギルドで進捗を報告しなければならないが、それは俺が受け持つ」


「ありがとうございますよう!」


 というわけで、ボクたちはエルンストの山の山道整備の現場に行くことにした。


 本当にお化け魔狼が大人しくしていてくれるといいんだけどな……。


…………………


…………………


 エルンストの山。


 相変わらず静かな山だ。これもお化け魔狼のおかげだろう。


 あっ。いけない、いけない。お化け魔狼と呼ぶのは失礼だから、ハティさんって呼ばなきゃいけないんだよね。歳を重ねた魔獣は自分を規定する名前を得るそうだけれど、ハティさんも同じ口なのかな?


「ユーリ君。先に来ていたか」


「うん。ちょっとこの辺りの地形を見て回ってきた」


 工事現場には先にユーリ君がいた。


「工事はどれほど進んでいる?」


「とりあえず通れる道が一本。それだけだ。開拓局はお化け魔狼──ハティに配慮してそこまで大きな山道を作るつもりはないらしい」


「ふむ。それはいいことだ」


 開拓局の人もハティさんには配慮してるんだね。


「しかし、工事の連中がどこから視線を感じるって言って、作業の速度はゆったりとしてるぜ。多分、ハティのことだろうが、ハティも何を考えて工事の連中を観察しているんだろうな。負けを認めて開発していいって言ったのに」


「自分がこれまで暮らしてきた土地が怪し気なものに変わるのが気になるんだろう。当然の疑問だし、ハティにはそれを見届ける権利がある。作業員には耐えてもらおう」


「確かに自分の家が勝手に工事されてたら、気になるものだよな」


 未だにハティさんの視線はあるらしい。ボクは鈍いせいか感じないけど。


「さて、俺たちの仕事は工事現場の警備だ。ハティがいるからと言って気を抜くな。ここにはコカトリスの死体が転がっていたのだ。魔獣が一切いないわけではない」


「了解ですよう!」


 ヒビキさんたちはそう告げて戦闘態勢へ。


「ポーションの方、お届けに参りましたー」


 ボクはお使いであるポーションの宅配を行う。


「おう。お疲れ様。これはお代ね」


「どうも!」


 土木工事をしているのはヴァルトハウゼン村や近隣の村で働いている職人さんたち。夏の間は比較的この村まで通じる野道が安定しているので、ちょっと離れた場所から日帰りで人が訪れる。ヴァルトハウゼン村でいつもは水路などを工事する職人さんが5人ほどで、近隣の村から訪れた職人さんが3人くらい。


「観光地、整備できそうですか?」


「そうだな。ここら辺は魔獣も少ないし、見晴らしもとてもいい。山頂に公園を作れば、見事な眺めを拝みながら食事なりなんなりできるだろう。それに山道を登るのはいい運動になる。帝都辺りじゃ、運動のために山に登るのが流行っているそうだ」


「へー。山菜取りとかじゃなくて、運動のために山を登るんですね」


 帝都の付近に大きな山はないし、この絶好の見晴らしを誇るエルンストの山は観光地として売り出せそうだな。帝都の人たちは貧民街の人たちを除けばお金持ちだし、ヴァルトハウゼン村にお金を落として行ってくれるかも!


「ちなみに公園はいつごろ完成しそうなんです?」


「そうだな。2、3ヵ月ってところか。まだ手を付け始めたばかりだからな。ようやく作業にも使える山道が完成して、切り倒した木々を山の下まで運べるようになったり、人間が行ったり来たりできるようになった。よかったら、現場を見てくるといい」


「では、お言葉に甘えて!」


 公園がどんなものになるのか興味あるし、見学してこよう!


「リーゼちゃんじゃないか。工事を見に来たのかい?」


「はい! どんな感じですか?」


「まずまずだね。ここら辺は比較的平らな土地だから、木を伐採したら、適当に土地を均して、それから魔獣除けと転落防止の柵やベンチなんかを取り付けたいと思ってる。開拓局としてもここはちゃんとした公園にしたいらしい」


 職人さんがそう告げる土地はまだ木々が茂り、3、4本の木々が伐採され、根本から抜かれているところだった。木材は柵やベンチに加工されるようで、木工職人さんが大工道具を取り出して樹木とにらめっこしている。


「ここからの景色って本当にいいですもんね」


 エルンストの山の山頂から見える景色は壮大だ。


 シュトレッケンバッハの山とラインハルトの山が見下ろせ、その間にある綺麗な湖が日光にキラキラと輝いている。別の方向を向けば、畑の作物が風にそよぐヴァルトハウゼン村の田園風景を見渡せる。そしてその彼方には鬱蒼と茂る森が。


 帝都の外れと比べたら遥かに空気は綺麗だし、森の木々の香りは安らぐ。これは間違いなく観光地として売り出せますね。


「うーん! 眺めがいい! これなら帝都からでもお客さんが来てくれますね!」


「そうかね。せいぜいトールベルク辺りからぐらいしか来ないと思うが」


「来ますって!」


 もうっ! 志は高く持とうよ!


「親方! 大変だ! コカトリスが出た!」


「なんだってっ!?」


 コカトリス!? エルンストの山に魔獣はほとんどいないはずじゃ!


「こっちに来るぞ! 危ない!」


 職人さんが逃げまどう背後にはコカトリスの姿が!


 あわわわ……! ヒビキさんたちはどこに!?


「キイイィィッ!」


 コカトリスが甲高い鳴き声を上げて、職人さんに襲い掛かろうとした時だ。


 コカトリスの上半身が消滅した。


 え? え? え?


「大丈夫か、人間?」


「あ、あんたはエルンストの山のお化け魔狼なのか……?」


「ハティだ。そう呼べ」


 コカトリスが見えない何かに捕食されていくのに、職人さんが戸惑う。当然ながら、ボクも戸惑っている。全く姿が見えないのだ。影すらない。


「た、助かった、ハティさん。感謝する」


「礼は我を打ち破った冒険者にしろ。あいつの頼みでエルンストの山の魔獣を狩っているのだ。我にとって人間など所詮は定命のものに過ぎない」


 職人さんが礼を言うのに、低い唸り声と共にハティさんがそう返した。


「ハ、ハティさん? ヒビキさんと決闘した?」


「そうだ。お前からはあいつの匂いがするな。知り合いか?」


「まあ、知り合いです」


「そうか。奴のような優れた冒険者がいてよかったな」


 ハティさんはそう告げるとコカトリスの残骸を平らげていく。


「ハティさんはどうして姿が見えないんです?」


「我は月を追う使命を担っている。月のない空の下では姿は見せられない。夕暮れの空に月が浮かび、夜に輝くころに我は完全に姿を現すことができる。遥か、遥か、昔。この世に人間の国家など存在しなかった時代からそうだ」


「そうなんですか。不便じゃありません?」


「何が不便だ? 月の光さえ浴びられれば我に不満などない」


 姿が見えないといろいろ不便そうだけど、ハティさんはそうじゃないのか。


「ハティさんはいつからエルンストの山に住んでいるんですか?」


「ふむ。1000年ほど前に越してきた。我には対となる太陽を追う狼がいるのだが、そのものがどこかに姿を消してからはどこで暮らそうと構わなくなったのでな」


「1、1000年前……」


「最近のことだ」


 1000年は最近じゃないと思うな!


「我に興味があるのか、娘」


「ちょっとあります」


「では、いずれ話してやろう。だが、奇妙だな。お前の匂いはどこかで嗅いだ記憶がある。以前、どこかで会ったことがあるか?」


「え? エルンストの山でなら何度か会ったことはあるかと思いますけど……」


「いや。この山ではない。他の場所だ。だが、思い出せないな。我も歳をとったか」


 ふうとおじいちゃんのようにハティさんがため息を吐く。


「以前は帝都の外れに住んでましたけど、その時ですかね?」


「帝都など我は近寄らない。あそこは不浄な場所だ。何もかもが汚れ切っている」


「まあ、それは同意いたします」


 帝都ってば中心部以外は汚いもんなー。


「いつか思い出したら教えてやろう。お前の姉妹かもしれない」


「姉妹? うーん。ボクって姉妹がいたのかなー……?」


 ボクは戦災孤児なので、兄弟姉妹がいたか記録がないのだ。


「戦場で、とかじゃありませんよね?」


「我は人間の争いには手を出さん。そんな愚かな真似はせん。人間は年中殺し合っているではないか。口を出すだけ無意味だ」


「そうですかー」


 となると、どこでボクとハティさんは出会ったのだろうか?


「リーゼ君! こちらにコカトリスが出たと聞いたが!」


 そんなことを話していたときにヒビキさんが山の斜面を駆け登ってきた。


「大丈夫ですよ。それならハティさんがやっつけちゃいましたから」


「ハティが? そこに……いるようだな」


 ヒビキさんはハティさんの姿が見えなくてもどこにいるか分かるみたい。


「助かった、ハティ。こちらも警戒していたのだが、抜かれてしまったようだ」


「気にするな。この山を守ることも我と貴様の約束のひとつ。我に任せておけ。我を倒すほどの男がコカトリスなどに焦るな」


「ああ。任せよう。よろしく頼む」


 ハティさんがヒビキさんのことが気に入っているのかな?


「それにしても、どこで会ったんでしょうね?」


「分からん。だが、いずれ分かるだろう」


 さっきの話の続きにボクが首を傾げる。


「ん? 会ったとは?」


「ハティさんとボクは以前どこかで出会ったことがあるそうなんです。またはボクの兄弟姉妹と。だけど、どこで出会ったのかは分からなくて……」


「リーゼ君は……孤児だったんだな」


 ボクの言葉にヒビキさんが暗い顔をする。


「気にしないでください。今はエステル師匠と一緒ですからちっとも寂しかったりはしませんし、実際のところ、お母さんお父さんの顔も分からないから、悲しむような要素はマルでないんです。全然平気ですから!」


「それならいいのだが」


 ボクは確かに戦災孤児だけどエステル師匠に拾われて、順風満帆に暮らしている。過去のことをいちいち引き摺らないのだ。


「エステルは何故リーゼ君を拾ったのだろうか?」


「さあ? エステル師匠に尋ねても露骨に不機嫌になるから聞けないんです」


 ボクも何度かエステル師匠にボクを拾った理由を尋ねたけど、不機嫌になるだけで正確な理由は得られなかった。


「まあ、それならばそれでいいだろう。むやみに詮索しても互いにとっていいことにはならない。エステルが話したくないならばそれを受け入れるしかあるまい」


「そうですよね。またエステル師匠が不機嫌になっても困りますし」


 というわけで、ボクの観光地の開拓へのお使いは終わった。


 観光地ができればきっと他所から観光客が訪れて、村にお金を落として行ってくれることだろう。そうすれば村の経済も活発化すること間違いなしだ!


 けど、ハティさんの言葉といいボクの過去をひた隠しにするエステル師匠といい、ボクの過去には一体何があったんだろう?


…………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ