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錬金術師さんとお化け魔狼の影

…………………


 ──錬金術師さんとお化け魔狼の影



「ふう。集まった、集まった!」


 エルンストの山でのユウヒノアカリ草の採取は無事終わった。


 もう夕暮れ時だ。早くしないと日が落ちてしまう。いくらエルンストの山に魔獣があまりでないからと言って、暗くなるまで山にいるのは危険だ。なるべく急いで山を下りなければ。そうじゃないとエステル師匠に怒られるー!


「ヒビキさん、急いで帰りましょう。もう日暮れですから」


「そうだな。暗くなるのは危険だ」


 ということでボクは採取した薬草の籠を背負い、一目散に山から下りる。


 とはいってもユウヒノアカリ草の採取でかなり高くまで登ってしまったので、帰るのはやっぱり遅くなりそうだ。


 ……お化け魔狼がアンデッド系魔獣だったとしたら、この時間帯は非常に危険じゃなかろうか。アンデッド系魔獣は太陽が沈んでから行動するという。ボクたちが最初にお化け魔狼を目撃したときも夕暮れ時だった。


 そう考えるととても怖い。


 今のところ、アンデッドに有効はアイテムは持っていないし、お化け魔狼がボクたちを食べようと襲い掛かってきたら、逃げるの一択である。


 こうなってくると風で草木が揺れる音や、夕日の影になっている部分まで恐ろしい。どこかにお化け魔狼が潜んでいて、ボクたちを狙っているのではないかと、とても心配になってくるというものだ。


「ユーリ君。聞こえたか?」


「聞こえた。かなり大きな足音だ」


 ボクがそんなことを考えていたとき、ヒビキさんが不穏なことをー!


「じょ、冗談ですよね?」


「いや。事実だ。この付近に大型の魔獣がいる。こちらに気付いているかは、まだ分からないが、何者かが俺たちの周りを尾行するように歩いている」


 う、うわー! ここに来てお化け魔狼に遭遇してしまうとはー!


 なんてついてないんだろう。無事にお化け魔狼をやり過ごして薬草の採取が行えたと思ったのに、帰り道になって鉢合わせするとか!


「だ、大丈夫ですか?」


「分からない。例のアンデッド系魔獣なら打つ手なしだ。逃げるしかない。そうでないのならば、些か骨を折ることになるが討伐するのは不可能ではないかもしれない」


 アンデッド系魔獣ではありませんように……。


「来るぞ。注意しろ。レーズィ君は俺が援護する。ユーリ君はリーゼ君の援護を」


「任された、ヒビキの兄ちゃん!」


 明確な足音が徐々に近づいてくるのに、ボクたちは戦々恐々としている。


「──来た」


 ボクたちの眼前に躍り出るように現れたのはとてつもない大きな魔狼だ。


 大きい。とても大きい。ラインハルトの山のレッドドラゴン並みだ。


 いや、これは魔狼なんかじゃない。魔狼などより遥かに大きくて、獰猛な生き物だ。その姿をみただけで、このお化け魔狼がただものではないことが分かった。


「人間。この山に何をしに来た?」


「薬草の採取だ」


 驚いたことにお化け魔狼は喋った。


 魔獣が喋るようになるには時間がかかるというが、このお化け魔狼も相当な年齢を重ねているのだろう。レッドドラゴンが数百歳だったから、それぐらいの年月は生きて居そうである。ますます魔狼とはかけ離れた存在になった。


「そうか。それならば見逃してやろう。だが、この森を荒らすようならば、このハティが相手になる。心しておくことだ、人間」


 お化け魔狼はそう言い放つと暗くなってきたエルンストの山の中に姿を消した。


「ふ、ふう。助かったってことでいいんでしょうか?」


「とりあえず、向こうは危害を加えるつもりはなかったようだ。いや、俺たちがこの森を荒らしていれば、襲われたかもしれないが」


 お化け魔狼が去っていったのにボクはため息をつき、ヒビキさんは油断ならない目つきで周囲を観察している。ユーリ君も戦闘態勢のままだ。


「またいつ遭遇するか分からない。可能な限り急いで山を下りよう。リーゼ君、君は歩き疲れているだろうから、俺がおぶろう」


「すみません、ヒビキさん」


 ヒビキさんは足の遅いボクを背負ってエルンストの山を駆け下りた。


 エルンストの山を下り終えたのはすっかり日が沈んだころだった。


 ヒビキさんたちは早速目撃した情報を冒険者ギルドに報告した。


「分かりました。相手は知能を有するほどの魔獣なのですね。これはもうお化け魔狼ではありませんね。全く別種の魔獣です。討伐か捕獲計画を練る前に、もっとよく相手を観察しなければなりませんが……」


「あの魔獣は隙がなかった。完全に隙を殺した生き物だ。あれを陰から調査するというのは不可能に近いだろう。むしろ、話の通じる相手なのだから、対話で問題を解決してみるというのはどうだろうか?」


「魔獣と交渉をせよ、と?」


「ああ。何か分かることもあるだろう」


 魔獣と交渉なんて聞いたことがないけれど、本当にできるのかな?


「あのエルンストの山が魔獣に脅かされていないのは、あのお化け魔狼がいたからなのだろう。それならば今後とも魔獣に対する抑止力となってもらうために、このまま健在でいてもらった方がいいのではないか?」


「確かにそれには一理あります。しかし、魔獣と交渉という前例がないので、何とも言えませんね。開拓局の方は討伐するべきではないかという意見が出ていますし」


 確かにエルンストの山が魔獣に脅かされていないのはお化け魔狼のおかげのようである。今後ともエルンストの山が安全な環境にあるためには、お化け魔狼の力を借りるのも手のひとつだろう。ヒビキさんらしい意見だ。


「その前に一度対話してみるべきだ。相手はこちらの存在を認識してもすぐには襲い掛かってこなかった。まず理由を問い、それがそのお化け魔狼の倫理観に一致したからこそ、俺たちは見過ごされた。交渉の余地はあると思うが」


「この森を荒らすな、でしたか。ですが、これからエルンストの山を観光地として開発を進めれば森は荒れるでしょう。その時にそのお化け魔狼が何もしないとは言い切れません。違いますか?」


「確かにそうだが、お互いの妥協点を探るべきだ」


 これが普通の冒険者ならお化け魔狼を喜々として討伐して名を上げようとするんだけど、ヒビキさんはそうはしない。エルンストの山のお化け魔狼が生態系を維持していることを知っているからだろう。


「分かりました。交渉の場を設けましょう。とはいっても、そのお化け魔狼はどこに姿を見せるのですか? 既に多くの冒険者たちがエルンストの山を隅々まで捜索しましたが、どこにもお化け魔狼の姿は見当たらなかったそうですよ」


「夕暮れだ。あるいは日没。その時期にお化け魔狼──ハティは動き出す。それまでは森の中に巧妙に隠れて姿を見せない。こちらに交渉の意志があることを示し、夕刻になったら交渉と行こう。もちろん、交渉が決裂した場合は強硬手段を取るしかないが」


 そうだ。お化け魔狼はいつも夕暮れ時に姿を見せるのだ。


 ボクが金色水晶を採取したときにも、姿を見せたが、時間帯は夕暮れ時だった。


「では、こちらで代表団を準備しましょう。このことは開拓局にも通知しておきます。エルンストの山のお化け魔狼に関心を示しているのは、開拓局も同じことですからね」


「助かる。だが、万が一の場合に備えてミルコ君のパーティーも護衛に参加させてくれ。彼らがいれば生存率は上がる」


「畏まりました。“黒狼の遠吠え”にはそのように伝えておきます」


 こうしてお化け魔狼との交渉が決定した。


 正直なところ、魔獣と交渉できるのかどうかは謎だ。これまで魔獣と交渉した、なんて人はいない。魔獣は討伐するか、追い払うしかないのだ。


 でも、ヒビキさんは交渉するつもりのようである。


 確かにお化け魔狼のおかげでエルンストの山はこれまで魔獣の脅威に晒されなかった。でも、相手は魔獣だよ? 言葉でどうにかなる相手なのかな?


「リーゼ君。不安か?」


 冒険者ギルドからの帰り道でヒビキさんがそう尋ねてくる。


「それは当然心配ですよ。これまで魔獣と交渉したなんて人はいませんし。あれだけ大きなお化け魔狼が交渉決裂して襲い掛かってきたりしたら、どうなることかって思いますもん。ヒビキさんは本当に交渉できると思っているんですか?」


 ボクは素直にそう尋ねた。


「分からないが、全くの不可能ではないと考えている。あの魔獣は確かに知性ある瞳をしていた。そして、無差別な襲撃を避けている。実際、エルンストの山に入って襲われた人間はいないのだろう?」


「まあ、それはそうですけど……」


「俺はラインハルトの山のレッドドラゴンを無思慮に殺して、ラインハルトの山の混乱を招いた。同じ間違いは犯したくはない。エルンストの山の生態系を維持できるならば、可能な限りそうしておきたいと思う」


 ヒビキさんの言うようにエルンストの山のお化け魔狼に襲われたという人は今のところひとりもいない。だが、それは本当にお化け魔狼に知性があるためなのかな。


 まあ、話が通じるなら話してみるにこしたことはない。ラインハルトの山のレッドドラゴンは会話はできても、意思疎通は不可能で、山に入ってくる人を無作為に襲ってたけど、エルンストの山のお化け魔狼はそういうことはしていない。


 ずっと悪いことをしてないのに討伐したりするのはちょっと可哀想だ。もっとも、危険性は秘めているわけだから、これからエルンストの山を開拓するときには脅威になりえる。そう考えるとやっぱり討伐した方がいい気も。


 うーん。難しい問題だ。


「でも、交渉ってどういう風にやるんです?」


「俺が話してみる。これからの生態系の維持に努めることやエルンストの山の開拓計画についても。どうにかして、協定が結べればいいのだが」


「協定ですかー」


 魔獣と協定なんて結べるのかな?


「やむを得ず討伐することになり、エルンストの山も魔獣で荒れ、後悔することになるかもしれない。だが、後悔するのはやることをやってからにしたい。相手が知性を有する生き物ならば、何らかの妥協点はあるはずだ」


「ふむうー。確かに魔獣と協定が結べたら便利ですけど」


 森を荒らす魔獣も上手くいけば、イノシシやシカなどの麓で畑を荒らす害獣を食べてくれる。魔獣も魔獣で山の一員なのだ。それが人間を襲わなくなるだけで、ボクらはぐっと暮らしやすくなるってものだ。


 もっとも、本当に協定が結べたらだけど。


「リーゼ君。万が一に備えて上級体力回復ポーションを準備してもらえるか。レーズィ君とユーリ君に持たせて置きたい。交渉が本当に上手くいくのか、俺にも自信がさほどあるわけではない。やはり魔獣は魔獣であるということもありえる」


「ラジャ! 準備しておきます!」


 抜かりなく準備しておかないとね!


 まあ、ボクは上級ポーションは作れないので、エステル師匠が作るか、ストックを持ってくるだけになるんだけど!


「なんとか成功するといいですね、交渉」


「うむ。最善を尽くしたい」


 こうしてヒビキさんたちはエルンストの山のお化け魔狼と交渉することになった。


 魔獣と交渉するなんて初めての試みだけれど、ヒビキさんはやる気みたい。ボクもヒビキさんが最善を尽くせるように努力しよう!


 というわけで、ポーション貯蔵庫にレッツゴー!


…………………

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