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錬金術師さんと石切り場

…………………


 ──錬金術師さんと石切り場



 一見農作物ぐらいしか輸出するものがなさそうな、このヴァルトハウゼン村ですけど、実は地味に石切り場があるのだ。そう、建築資材になる頑丈な石の採掘場所がシュトレッケンバッハの山に存在するのである。


 だが、切り出した石を運ぶのは不安定なヴァルトハウゼン村から都市に伸びる野道しかなく、実質上稼働しているとは言いがたい状況にある。近くに流れる川が輸送に使えればよかったんだけど、川幅が狭いし、流れは急だしで使い物にならない。


 というわけで、石切り場から得られる収入は比較的野道が安定している夏の時期に限られており、夏場だけヴァルトハウゼン村を訪れる労働者の人たちがいる。


 そう、まさに7月のこの時期だ。


「爆破するぞー! 下がれー!」


 石切り場で労働者の人たちの声が響き、ズウンと重低音の爆発音が響く。


 ガラガラと石切り場の岩石が崩れ落ち、周囲が安定したのを確認してから労働者の人たちが爆破によって切り崩された岩石に寄っていき、荷車に載せて運び出していく。


「お疲れさまです。これ、注文のあった爆裂ポーションと中級疲労回復ポーションです。お仕事頑張ってください!」


「おう! ありがとな、リーゼの嬢ちゃん!」


 ボクがこの石切り場に来たのは表向きは注文されていたポーションを届けるため。岩石を採掘するには爆破するのが一番手っ取り早いので爆裂ポーションが売れる。そして、この夏の時期に稼げるだけ稼ごうとする労働者の人たちに疲労回復ポーションが売れる。


 まさに、ボクたち錬金術師にとっても書き入れ時だ。農作業でも今はいろいろと忙しい時期だし、夏には魔獣も活発化する。


 まあ、本当の理由は爆裂ポーションでダイナミックに採掘を行う光景を眺めたいからだ。岩山からガラガラと岩石が転げ落ちてくるのは本当に壮観だ。


「次、いくぞー! 爆破準備!」


「爆破準備!」


 おっと、また爆破が見れるぞ。


「それにしてもこの爆裂ポーションはいいな。これまでの爆裂ポーションはちょっと揺らすだけで爆発するんじゃないかと冷や冷やしたものだが、こうして固めてあるとちいと乱雑に扱っても大丈夫なんだろう?」


「ポーションが染み出てる可能性もありますからなるべく用心して扱ってください」


 今日の石切り場で連続した爆発音が響くのは、爆裂ポーションが扱いやすくなったからだ。ヒビキさんが前に言っていたアイディアをエステル師匠が実用化し、爆裂ポーションは液体から固体になった。


 固体になった爆裂ポーションは衝撃では簡単に炸裂せず、火をつけることで初めて爆発するようになっている。なので、扱いやすくなった。今でも衝撃で炸裂する方の爆裂ポーションは冒険者の人たちには需要があるけど、石切り場のような現場では、安定化している方の爆裂ポーションが求められる。


「ここで採掘された岩石が街道になるわけですからワクワクしますよね」


「そうだな! ようやく街道ができるってみんな喜んでいる! この村に来るのは春は雪解け水で道路がぐちゃぐちゃになっているし、冬は雪でにっちもさっちもいかないし、いろいろと苦労するからなっ!」


 石切り場を仕切っている親方さんの声が大きいのは、何度も爆発の音を聞いているせいらしい。大声で言わないと、爆破の現場では意思疎通が取りにくいためだとかで。なので、もの凄く声が大きい。ボクは近くにいるんだからそこまで大声でなくてもいいのに。


「1日でどれだけの岩石が採取できるんだ?」


 今日はヒビキさんも一緒。


 というのも、ヒビキさんが石切り場の警備というクエストを受けているからだ。


 この石切り場があるシュトレッケンバッハの山は未だに魔獣の生息地域だ。この採掘場も魔狼やゴブリンの襲撃を受けることがある。それに今はダンジョンからあふれ出してきただろう、ここら辺では見かけない魔獣がうろうろしている。


 なので石切り場の労働者の人たちと開拓局が合同で冒険者ギルドに石切り場の警備を依頼したのだった。ミノタウロスとかコカトリス、グリフォンからトロールまで様々な魔物が襲撃してくる可能性があるのでヒビキさんたちが引き受けた。


「1日でかい! そうだな! 1日で20トンは採掘できるぞ! 加工するのにはもっと時間がかかるが、ここの石は加工しやすい! 良質な石だ! これがトールベルクまでもっと運べるなら大助かりなんだがな!」


「ふむ。レーズィ君のゴーレムが3体で10メートルこれを5倍に増やして一日に50メートル。石材の量は足りそうだな」


「任せときな、兄ちゃん! 俺たちも街道ができるのを待ち望んでいるんだ!」


 ヴァルトハウゼン村から既存の街道までの距離は10キロメートル。


 レーズィさんのゴーレムがフル稼働して、1日に50メートルずつ街道を伸ばしていくとなると、完成までは大体200日程度だ。でもレーズィさんのゴーレムは材料が足りなかったから10メートルしか作れなかったわけで、材料が足りれば更に距離は伸びるのでは?


 そうなると1年もかからずに街道が完成する! これは嬉しい!


「ヒビキの兄ちゃん。本当に魔獣、出るのか? 退屈してきたぜ」


「魔獣が出ないに越したことはない。これだけの数の労働者が魔獣の襲撃を受ければ、ただでは済まないはずだ。負傷者、最悪は死者を覚悟しなければならない。依頼を受けた身としてはそのようなことがないように万全を尽くすべきだ」


 ヒビキさんに問いかけるのは最近ヒビキさんのパーティーに加わったというユリアさんの弟であるユーリ君。ユリアさんに瓜二つで思わず女の子ではないかと思ってしまうこともあったが、それは失礼なので口にはしない。


「低級魔獣のポーションを労働者の人には使用してもらっているし、魔狼やゴブリン程度なら寄り付かないとは思いますよ」


「となると、大物か。俺もヒビキの兄ちゃんみたいな活躍がしたいな!」


 ユーリ君がそう意気込むのを何故かヒビキさんは悲し気に聞いていた。


「油断は禁物だ。より上位の魔獣が出てくるならばそれは脅威だ。いつものように連携して対処しなければ。本来ワンマンアーミーというのは好まれることではないのだ」


「でも、ヒビキの兄ちゃんはミノタウロスを3体をぶち殺したぜ?」


「あれは君たちの援護があったからこそなしえたことだ。君たちが誇るべきだ」


 ヒビキさんは相変わらず謙虚だ。


「そうかな。ほとんどヒビキの兄ちゃんの手柄だと思うけど」


「君だってあのミノタウロスの眼球を貫くという離れ業をやってのけただろう。あれは本当に見事な一撃だった。君は優れた狩人なのだな」


「まあな! あれくらいは朝飯前さ!」


 ユーリ君はヒビキさんにすっかり懐いちゃってるみたい。


「それよりユーリ君。物音に注意してくれ。爆破の音が騒々しいが、魔獣が現れる兆候を見逃したくはない。十二分に周囲を監視し、何かあればすぐに報告してくれ」


「任せてくれ! 山育ちならそれぐらいは余裕だ!」


 山育ちっていったい何なんだろう。


「爆破用意!」


「爆破!」


 そして、また岩石がガラガラと落ちる。


 この石切り場ででた小さな石なんかも街道整備の建築資材になるのだ。この間レーズィさんのゴーレムがやったように一番下の層には大きな石を、中間層にはそれより小さな砂利をそれぞれ埋めていくのである。


「!? 魔獣だ! 魔獣がでたぞ! コカトリスだ!」


 魔獣の出現を知らせる鐘が叩きならされ、労働者の人たちが避難を始める。


「ようやく仕事か!」


「くれぐれも気を付けてな、ユーリ君」


 ヒビキさんはユーリ君のことが心配みたい。


 それもそうだろう。ユーリ君はまだまだ子供だ。ボクよりちょっと上くらいの年齢。仲間には死なれないように練度の揃ったメンバーを集めたいと言っていたヒビキさんだから、ユーリ君のことがとても心配なのだろう。


 その間にもコカトリスが石切り場に姿を見せる。


 その数4体! こ、これは不味い……。


 コカトリスが4体なんて全員がB級冒険者のパーティーでようやく討伐できるほどのものだ。なのにヒビキさんはB級だけどレーズィさんたちは異なる。もしかすると、誰かが死傷する羽目になってしまうかもしれない。


「<<速度低下>>!」


 ここですかさずレーズィさんが支援を行う。


 コカトリスの動きが鈍り、突撃の衝撃が薄まっていく。


「<<速度上昇>>!」


 そして、今度はヒビキさんとユーリ君の動きが加速する。


 ヒビキさんは元々速いのが、更に速くなって、コカトリスに肉薄する。


 コカトリスの体液は猛毒だから浴びると不味いのだが、ヒビキさんは的確に頭を叩き潰し、計算したかのように返り血は浴びない。


「俺もやるぜ!」


 そして、ここでユーリ君が参戦。


 ユーリ君は弓矢を構え、コカトリスの胸部に向けて矢を放つ。矢は心臓を貫いたのか、コカトリスは猛毒の血液をまき散らしながら、地面に崩れ落ちる。


「<<活力上昇>>!」


 更にレーズィさんの支援が。


 今度はヒビキさんの動きが速まると同時に大胆に動くようになった。見ているこっちはハラハラさせられるよ!


 そして、ヒビキさんがコカトリスの頭に再び蹴りを叩き込む。コカトリスは僅かな血を口から漏らすと、首の骨が折れたことで1度痙攣し、そのまま動かなくなった。


 残り1体。このヒビキさんとユーリ君による虐殺を受けてもコカトリスはまだまだ戦うつもりのようだった。


「キイイイィィィッ!」


 そこでコカトリスが毒液をヒビキさんに向けて叩き込んできた!


「面妖な。この世界の生き物は変わったものだらけだ」


 ヒビキさんはコカトリスの毒液をかわすと、その拳でコカトリスの顎に拳を叩き込んだ。コカトリスの顎は砕け、僅かな血が流れると、コカトリスはふらふらとふらつき、そのまま地面に倒れた。


「これで終わりか?」


 ヒビキさんはそのコカトリスの頭を蹴って首をへし折ると周囲を見渡した。


 周囲は静かだ。魔獣の雄叫びも足音も聞こえない。


「ユーリ君、レーズィ君。引き続き警戒態勢を取ってくれ。労働者の安全が最優先だ。何に変えても労働者は守り抜くぞ」


「了解だ、ヒビキの兄ちゃん!」


 そして、ヒビキさんたちは周囲のパトロールに向かった。


 ……それから森で魔獣の雄叫びや叫び声が聞こえ、周囲が完全に静かになったとき、ヒビキさんたちは石切り場の親方のところまで戻ってきた。


「やはり魔獣が増えている。見たこともないものもいる。どこから湧いて出たのか」


「どこでしょうねえ……」


 間違いなくダンジョンからだ。


 ダンジョンにはミノタウロスを初めとして強力な魔獣が山ほど生息している。それらが野放しになっていて、シュトレッケンバッハの山はいつもとは異なる魔獣で溢れかえるようになってしまったのだろう。


 ダンジョンを探索して魔獣を殲滅するのは重要だが、その前に街道が完成しなければならない。そして、街道を作るには石材を集めて、レーズィさんに渡さなければならない。ちょっとしたジレンマである。


「しばらくはシュトレッケンバッハの山の見回りを続けた方がいいだろう。ここは村からは離れているが、村に魔獣が襲撃を仕掛けないとも限らない。可能な限りダンジョンの敵の数を減らして、生態系を保持しなければ」


「そうですね。シュトレッケンバッハの山が物騒だと錬金術でも困りますし」


 シュトレッケンバッハの山には裏庭の畑や温室では栽培できない錬金術素材がある。それらを採取するのは当然危険だ。またヒビキさんたちに護衛してもらわなくては。


「山の平穏は人間が多少手を加えたところで難しいと思うが、努力しないより努力した方がマシだろう。なんとかして、魔獣を抑えて、街道を作り、食料の輸入の態勢を整えたら、抜本的な解決を図るべきだ」


「そうですね。今はとにかく、魔獣を抑え込まないと」


 石切り場が機能しなくなったら街道の開発はとても遅延する。そして、街道が完成しなければ魔獣を抑え込む冒険者はやってこない。というか、やってきても村では賄いきれなくなる。早く馬車が恒常的に利用できるようにならないと!


「魔獣も出て来たが作業は続けるぞ! 爆破用意!」


「爆破用意!」


 この石切り場の親方はタフな人だ。魔獣が来てもお構いなしに作業を進めている。


「ところで、リーゼ君。コカトリスの体液は毒だと言っていたが、死体はどのようにしておけばいいのだろうか?」


「そうですね。穴を掘って埋めましょう。コカトリスはその毒性から錬金術の素材にはしにくいし、薬効というより、毒性が発揮されます。なので、他の人が死体に触れないように埋めてしまうのが一番いいですよ」


「なるほど。理解した。埋めておこう」


 ヒビキさんはそう告げると、コカトリスの体を掴んで引き摺っていき、スコップで穴を掘ってそこにコカトリスの死体を放り込んだ。スコップで穴を掘るヒビキさんはレーズィさんのゴーレム並みの速度で、あっという間に掘り終えて死体を放り込んだ。


「後で誰かが掘り起こしたりしないといいのだが」


「一応うちに解毒ポーションの在庫があるから大丈夫ですよ」


 まあ、そもそも何もない地面を掘り起こそうとする人がいないと思うけれど。


「爆破っ!」


 そして、また岩石が採掘される。


 削り出された岩石はそのまま開拓局の倉庫に石材を運ぶ。


 そうして、街道工事に必要な建築資材は確実に蓄積されていった。


…………………

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