錬金術師さんとおとり捜査の結果
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──錬金術師さんとおとり捜査の結果
今回のおとり捜査によって、違法ポーション“ネッビア”の製造拠点のひとつが制圧された。働いていた錬金術師たちと傭兵たちはゾーニャさんたちによって拘束され、灰狼騎士団の兵舎に連行されていった。
だが、今のところ誰も詳細を語ろうとはしないそうだ。
もっとも喋りたくないというよりも、知らないということらしい。あの拠点を仕切っていたのはヘニングというスキンヘッドの男性で、自分たちはその指示でずっと働いており、金の動きもガルゼッリ・ファミリーの頭領の名前も居場所も知らないそうだ。
ゾーニャさんたちは拠点を捜索して、何か出てくるのを期待すると言っていた。
そして、ボクたちは報酬として在庫のポーションを買い取ってもらったことに加えて、それぞれ20万マルクの報酬を受け取った!
「20万マルクなんてしけてるね」
「いいじゃないですか。みんなで貰ったんだから、80万マルクですよ?」
「しけてる」
エステル師匠はちょっと不機嫌そう。
「それにしてもあのエリスちゃんは何だったんでしょう?」
「知らんね。どこかの孤児にネッビアとかいうポーションでもキメたんじゃないかい」
エステル師匠はあれ以降エリスちゃんについてはこんな説明の繰り返し。あの時、エステル師匠はまるで正体を知っているように何か言ったと思うんだけどなー?
「でも、あの魔術には覚えがありますよう」
ここでレーズィさんが興味深いことを告げる。
「対抗魔術って呪文です。相手の魔術を掻き消せる効果のある魔術なんですよう。青魔術でも赤魔術でも白魔術でも、掻き消してしまえるんです」
「えっ! そんな魔術があるんですか!」
「あるんですよう。ですけど、それを使いこなせる人間はごくわずかです。というのも対抗魔術は非常に高度な魔術なんです」
「ほうほう」
どんな風に高度なんだろう?
「対抗魔術を発動させるタイミングは相手の魔術が放たれる瞬間でなくてはなりません。だけれど、実戦で相手の魔術に合わせて対抗魔術を詠唱するのは不可能に近いです。その上対抗魔術に種類があって、青魔術に対する対抗魔術と赤魔術に対する対抗魔術は微妙に異なるんです。だから、私とエステルさんが同時に仕掛けたときは掻き消されなかったんだと思いますよう」
うわー……。とんでもなく大変そう。そんなことあの戦場で瞬時に行えるのかな?
行えるんだろう。実際にレーズィさんの魔術もエステル師匠の魔術も掻き消された。
「普通の人が努力してできるものなんですか?」
「まず無理ですねえ。対抗魔術なんてのが使えるのはそれほど超一流の青魔術師に限られますよう。その人たちだって混乱した戦場で的確に相手の魔術に対抗魔術を叩き込むのは困難以上の問題のはずですよう」
エリスちゃんはその超一流の青魔術師しか使えないような対抗魔術を3度行っている。彼女は一体何者なんだろうか……。
謎は増すばかりだけど、エステル師匠はだんまり。
「エステル師匠はあのヘニングって人と知り合いだったんですか?」
「帝国錬金術学校の同期さ。成績は良かったが要領の悪い奴でね。こいつは出世しないだろうなとは思っていたが、まさか犯罪組織の雇われ錬金術師になってたとはね。ちょっとしたプライドを捨てれば、食っていくだけの金は合法的に稼げただろうに」
エステル師匠は侮蔑の音色を込めてヘニングを語る。
「そういえばエステル師匠は帝国錬金術学校を卒業した後何をしてたんですか?」
「……そこらの街で流れ者の錬金術師をやっていたよ。あたしの腕前は超一流だから、どこに行っても大歓迎だ。それで孤児として落ちてたお前を拾って育ててみることにしたってわけだ。顎で使える弟子がいると便利だと思ってな」
「ひどい!」
エステル師匠ってば酷い!
けど、孤児で行き場のなかったボクのことを育ててくれたんだから感謝しないとね。
「昔話は性に合わない。ここら辺で終わりだ」
「エステル。あの少女は確実に急所に向けてナイフを突き立て、内臓が全て破裂するほどの蹴りを叩き込んでも起き上がってきた。やはり、これも薬物の影響なのか?」
「さてね。あたしはネッビアなんてものには関わってないから知らないよ」
エステル師匠がどうにも怪しい。何か隠しているかのように思える。
「エステル師匠。何か隠してません?」
「何を隠すって言うんだい。あたしは何も知らないんだ。隠すものなんてない」
ボクが胡乱な目で見つめるのにエステル師匠がボクの額にデコピンした。痛い。
「まあ、いずれは灰狼騎士団が捕えるだろう。あの子供を相手に灰狼騎士団が負傷しないことを祈るのみだ。命を落としたりしないといいのだが」
ヒビキさんは灰狼騎士団のことも心配しているみたい。紳士だなー!
けど、灰狼騎士団も無傷とはいかないだろう。納品したポーション、使われないことの方が幸いだけれど、ゾーニャさんが言っていたようにこれからはガルゼッリ・ファミリーの脅威が増す傾向にあるから、結局は使うことになっちゃうんだろうなー。残念。
「それにしてもエステル。飛行船の離発着場には向かわないのか?」
「ちょっと寄っていくところがある」
ヒビキさんの問いにエステル師匠がそう返す。
寄らなきゃいけない場所ってどこだろう? もうガルゼッリ・ファミリー絡みの件はごめんだよ? あんなの命がいくつあっても足りないからね。
「ここだ」
エステル師匠が足を止めたのは教会だった。
「えっ? 教会に何の用事があるんです?」
「見れば分かる」
そう告げるとエステル師匠は教会に足を踏み入れる。
「ようこそ、聖アウグスティン教会へ。何の御用でしょうか?」
「ネッビアの治療を行っているのはあんたたちなんだろう。寄付だ。受け取れ」
エステル師匠はそう告げると20万のお金をポンと軽い調子で出迎えに来た修道女さんに手渡した。
「こ、こんなに!? よろしいのですか?」
「構わないよ、20万マルクぽっち」
修道女さんがうろたえるのに、エステル師匠が飄々と返す。
か、カッコいい! エステル師匠ってば英雄みたいに見えるよ!
「それで、ここでネッビアの中毒患者を治療しているんだろう。どんな感じだ?」
「……言葉では言い表せません。実際の光景をご自分の目で見てください」
エステル師匠が告げるのに、修道女さんが奥へ進む。
教会の奥に進むほど、奇妙な唸り声や悲鳴が聞こえる。正直、かなり不気味だ。
「ここが現場です。私たちはなんとかしてネッビアの中毒患者を治療しようとしています。ですが、今のところ効果的な解決策は見つかっていません。対処療法で薬が抜けきるのを待つだけの状態です……」
修道女さんが案内した場所は病院のようだった。
病院と異なるのは患者であるネッビア中毒の人がベッドに縛り付けられているということだ。ネッビア中毒の患者さんは不明瞭な発言を繰り返し、鎖を引き千切らんばかりに引っ張っている。その肌はボロボロで血がにじんでいる。
「馬鹿弟子。分かっただろう。これが錬金術師がネッビアのような薬物を作ってはいけない理由だ。こういうことをする奴は倫理観が麻痺している」
「そうですね。こんな可哀想な人たちを生み出すなんてネッビアは悪いポーションです! それを作っているガルゼッリ・ファミリーの人たちも!」
目の前に悪い錬金術師の被害を受けた人たちを見ると、ボクは怒りを覚える。あのヘニングって言う人、早く騎士団に捕まればいいのに!
「お前はこういう光景を生み出す錬金術師にはなるな。人の役に立つポーションを作れ。錬金術師とは人を助けるためにあるものだ。人を傷つけるものは爆裂ポーションだけで十分だ。他には必要ない」
「はいっ!」
そんなことでボクたちはおとり捜査を終えて、飛行船でヴァルトハウゼン村に戻った。殺伐した都会と違ってボクたちの村は平穏そのものだ。
いつまでもこの平穏が続きますように!
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