表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/103

錬金術師さんとおとり捜査

…………………


 ──錬金術師さんとおとり捜査



 ボクたちは新たにミノタウロスの素材から作った上級ポーションとこの間の新生竜の素材で作った上級ポーションの余りを手にトールベルクに向かった。


 今回はエステル師匠もおしゃれしていない。作業用のローブを纏っているだけだ。というのも今回はトールベルクの街でゾーニャさんに頼まれていたおとり捜査を行う予定なのだからである。


 エステル師匠は上級ポーションの在庫を全部騎士団に買い取らせ、それでおとり捜査を手伝うのだ。ちょっと不安になるけれど、ヒビキさんがいてくれたら安心だね!


 というわけで、トールベルクへ!


「あたしはここらで他人の振りしてぶらぶらしてるから、レーズィと馬鹿弟子は騎士殿に連絡してきな。ヒビキ、あんたは万が一の場合の護衛を頼むよ」


「任された」


 さて、ボクはゾーニャさんに連絡してこなくちゃ。


「本当に上手くいくんでしょうか?」


「さあ。まあ、上手くいってもいかなくてもゾーニャさんはうちのポーションを買い取ってくれるってことだったんで、大丈夫ですよ!」


 あれからゾーニャさんと手紙でやり取りしたが、ゾーニャさんはこのおとり捜査が上手くいってもいかなくても、ボクたちのポーションの在庫を買い取ってくれるとのことだった。なんでも騎士団ではガルゼッリ・ファミリーの人たちとの対決を控えて、ポーションを蓄えているらしい。


 エステル師匠ってばそれをいいことにインゴさんの店で売るより2倍くらい高い値段をつけてポーションの在庫を押し付けちゃった。エステル師匠はどうせ国の金だからいいんだよとか言ってたけど、本当にそれでいいのかなー?


「ゾーニャさん! 来ましたよ!」


「おおっ! リーゼ、来てくれたか! 待っていたぞ!」


 ボクが手を振るのに、ゾーニャさんは兵舎の方からやってきた。


「それで首尾は?」


「今、エステル師匠はぶらぶらしてるところです。ヒビキさんがさりげなく警護についています。いつでも始められますよ!」


「うむ。では、始めるとしよう。こちらもトールベルクの各所に協力者を配置している。そちらからの情報も期待できるだろう。何としても連中のネッビア製造拠点を叩いて、トールベルクの街からネッビアを一掃しなければ」


 ゾーニャさんはやる気満々だ。


「では、行きましょう。ボクたちも目立たないようにしてますから」


「ああ。行くとしよう」


 今日はボクもおしゃれせずに、作業用の服のままだ。レーズィさんも厚手のローブとベルトのポーションという冒険者スタイル。これならば目立ちはしまい。


 ボクたちはエステル師匠がぶらぶらしている場所に向かう。


 そこにはエステル師匠はいたが、ヒビキさんは見当たらない?


「ヒビキはどこに?」


「ええっと。確かエステル師匠の護衛についてるはずですけど……」


 ゾーニャさんも疑問に感じて尋ねるのにボクたちは周囲を見渡す。


 されどヒビキさんの姿は見当たらない。


「まあ、ヒビキさんのことです。ちゃんと仕事はしてくれていると思いますよ」


「そうだな。こちらもいつでも騎士団に合図が出せるようになっている」


 ゾーニャさんからちょっと距離を置いて騎士団の人たちが群衆に混じって展開している。騎士だと分かるようなフルプレートアーマーは纏わず、冒険者のように胸甲を装備し、その上にポーションの瓶を納めたジャケットを羽織っている。


「エステル師匠はぶらぶらしてると言ったけれど、ぶらぶらしてるだけで犯罪組織の人が出てくるんですかね?」


「分からない。だが、あの後インゴから話を詳しく聞いたが、ガルゼッリ・ファミリーから声をかけられる錬金術師に特定の傾向はないそうだ。つまり、連中は錬金術師なら手あたり次第に勧誘してるということになる」


 ふうむ。つまりはボクも声がかけられる可能性はあったというわけか。


 でも、ボクはエステル師匠みたいに赤魔術は使えないから、囮役は遠慮するよ。


「むっ。怪しい男たちが近づいているな」


 エステル師匠が市場をぶらぶらと見て回っているのに、その背後から2名の男の人が明らかにエステル師匠を目指して進んできた。もしかして、もう捕まえちゃった?


「おい。あんた、錬金術師か?」


「そうさね。売れない錬金術師だがね」


「それならおいしい仕事があるんだがどうだ?」


 あーっ! 本当だ! 見事にガルゼッリ・ファミリーらしき人たちが引っかかった!


「おいしい仕事? 稼げるのかい?」


「もちろんだ。かなり稼げる。付いてきな」


 男の人たちが合図するのに、エステル師匠は肩を竦めて渋々というように付いて行った。だ、大丈夫かな。ヒビキさんは見当たらないし、ガルゼッリ・ファミリーの人たちがエステル師匠が囮だって気付いたら、エステル師匠が危ない!


「ゾーニャさん! 追いかけましょう!」


「うむ。ようやく尻尾を掴んだかもしれない」


 エステル師匠と男の人たちを追って、ボクたちは市場を進む。


 群衆が多くて見失いそうだけど、ボクはなんとかエステル師匠たちを追う。男の人たちは既に尾行を警戒しているのか、行った道を戻ったり、回り道をしたりして進んでいる。危うく鉢合わせそうになったことが何度かあったが、ゾーニャさんに付いて行ったら見事にかわせた。流石はヒビキさんに尾行のプロと評されただけはある。


「ここだ。いいか。ここでのことを誰かに喋ったら命はないぞ」


「あいあい。了解したよ」


 そして、ついにエステル師匠たちは1軒の建物に。


 表向きは貧民街の集合住宅という感じだが、内部はどうなっているのだろうか?


「ゾーニャさん。踏み込むんですか?」


「そうしたいが、まだ証拠らしき証拠を掴んでいない。エステルの動向を見てから判断したいのだが……」


 それだとエステル師匠が危ないよ!


「裏口を探しませんか? どこかにあるはずですよう?」


「そうですね。裏口を探しましょう」


 エステル師匠たちが入っていった扉はガルゼッリ・ファミリーの人と思しき警備が付いている。ここから入ったら尾行がバレバレだ。エステル師匠が危なくなる。ここはレーズィさんの言うように裏口を探すべきだ。


「騎士団には建物周辺の包囲を命じておく。では、行こう」


 ボクたちはゾーニャさんの先導で集合住宅の周りを窺う。


 どこかに裏口はー……。


「あっ! ここの建物、さっきの集合住宅に繋がってますよ!」


「そのようだ。よし、ここから乗り込もう」


 ボクたちは集合住宅に繋がっている建物に失礼する。


 建物は無人の倉庫だった。貧民街によくある無秩序に建てられた建物のひとつみたい。ボクたちが帝都の外れに暮らしていたときも、こういうへんてこりんな建物をよく見かけたよ。一体、何を思って造ったんだかって建物を。


「ここは行き止まりか……?」


 ゾーニャさんが倉庫の中を探るがさっきの集合住宅に繋がる扉は見当たらない。


「ちょっと待ってください。今、調べてみますよう。<<探知>>」


 レーズィさんはそう告げると魔術を詠唱した。


 その詠唱と共に倉庫の隅が輝き始めた!


「こっちに認識阻害魔術の魔法陣がありますねえ。どうやら隠された扉があるみたいですよう。ちょっと魔術を解除してみましょう。<<解呪>>」


 レーズィさんの詠唱でさっきの光がすうっと消えたと思ったら、ボクたちの前に扉が姿を現した! 場所からして間違いなくさっきの集合住宅に繋がっているぞ!


「ナイスです、レーズィさん」


「青魔術は任せてください!」


 レーズィさんは黒魔術が本業なんだろうか、青魔法が本業なんだろうか。


 何はともあれ、扉は見つかった。後は乗り込むだけだ。


「施錠されているな。今、開錠しよう」


 ゾーニャさんは腰のポーチの中から何やら細長い道具を取り出すと、扉をカチカチと言わせて、ピッキングを始めた。騎士の人って剣術どころかピッキングもできるのか……。知らなかったよ……。


「開いた。行こう」


「はい」


 エステル師匠が心配だ。何も起きてないといいけれど。


 ボクたちはゾーニャさんが慎重に扉を開き、レーズィさんが青魔術で物音を消して中へと入り込んだ。


 中は薄暗い。窓はほとんど塞がれているようで日の光は差し込まず、僅かにランプの灯りが灯っているだけだ。そして、やはりどうやらこの建物は先ほどの集合住宅のようであった。ここで違法ポーションが製造されているんだろうか?


「進もう」


 ゾーニャさんは腰の剣を抜くと、慎重に慎重に内部を進んでいく。


「新入りを連れてきたぞ!」


 少し進むと先ほどのガルゼッリ・ファミリーの人の声がした。エステル師匠を誘った男の人の声。それが階下からしてくる。


「地下か。どこかに地下室に繋がる階段があるはずだ」


 ボクたちは地下室への階段を探す。


「待て」


 そこでゾーニャさんが制止した。


 建物内部に見るからに物騒な男の人がいる! 鎧を纏い、背中にクレイモアを下げた男の人だ。傭兵か何からしく、いくつも刀傷を負っている。ここに立ち塞がれたら、近づけないんだけどな……。困る……。


「ようこそ、ネッビアの製造所へ!」


 そこで第三者の声が響いた。


「聞いたな、リーゼ、レーズィ」


「聞きました」


「よし。強行しよう」


 ゾーニャさんはそう告げると、無造作に駆けだした。


「!? てめえ──」


「その長物では室内戦は難しいだろうっ!」


 傭兵らしき人はクレイモアを抜こうとしたがゾーニャさんの方が速かった。


 ゾーニャさんは男の人の喉を切り飛ばし、男の人は口から気泡の混じった血を吐きながら倒れていく。わあ……。ちょっとショッキングな光景だ……。


「こっちに階段がある。エステルはこっちだ」


「はい!」


 早くエステル師匠に追いつかないと!


「ここがその儲かる話って奴かい?」


「そうだ。ここでネッビアを作れば、稼ぎをくれてやる」


 エステル師匠たちの声がするのにボクたちは慎重に階段を下りていって、階下の部屋を覗き込んだ。そこには錬金釜が4つも並び、錬金術師と思しき人たちがポーションを作っているようだった。これがネッビアって違法ポーションの製造所か。


「それにしてはしけた顔をしているね。本当に儲かっているのかい?」


 エステル師匠の姿が見えた。ローブで顔を隠して表情は窺えないが余裕の素振りだ。


「それはこの環境のせいですよ。生憎、表立って作るわけにはいきませんから、こうして地下に潜らないといけない。地下だから換気も上手くいかなくてこうして熱気が籠っている。だから、みんな沈んだ顔をしているだけですよ。給料日になればみんな朗らかな笑顔で出ていきますからご安心を!」


 エステル師匠にそう説明しているのは、スキンヘッドの男の人だ。錬金術師らしく作業服を身に着けているが、その上からお医者さんのように白衣を纏っている。そして、口元には怪し気な笑みを浮かべていた。見るからに怪しい。


「そりゃまた。給料ってのはどれくらいだい?」


「1ヵ月で50万マルク! 働きぶりによってはボーナスだって出ますよ!」


 よく見ると男の人の影に誰かいる。小さい人影だから子供のようだ。


「50万マルク? 帝国錬金術学校を出て宮廷錬金術にでもなれば、100万マルクは稼ぐだろう。被るリスクのわりにちょっと低すぎやしないかね」


「なんですか。あなたは働き口のない錬金術師なのでしょう。それならば、これだけ高級で雇ってもらえるだけでも感謝──待ってください。その声には些か聞き覚えがありますよ。まさか、あなたは……」


「その通りだ。久しぶりだね、ヘニング。ヘニング・ハイゼンベルク。帝国錬金術学校の卒業式以来じゃないか」


 スキンヘッドの男の人がうろたえるのに、エステル師匠が不敵にそう告げた。


「エステル・アンファングッ! ど、どうしてこんな奴をここに連れてきたのですか! こいつが職や金に困っている錬金術師なわけがないでしょう! 帝国錬金術学校を首席で卒業して、大天才とも言われた女ですよっ!?」


「なっ……! てめえ、まさか灰狼騎士団──」


「<<火球弾>>」


 エステル師匠をここまで連れてきた男の人が腰から短剣を抜こうとしたのを、エステル師匠が顔面に炎球をぶつけた。男の人は燃え盛る炎に悲鳴を上げてのたうち、そこら辺に置かれていたフラスコやビーカーが割れて、ガラス片が散乱する。


「畜生! 生かして帰さねえ! 覚悟──」


「<<火炎壁>>」


 短剣を抜いた男の人がエステル師匠に切りかかろうとするのに、突如として地面から湧き上がってきた炎が壁がそれを遮り、迂闊にも手を伸ばした男の人の手が炎に包まれた。男の人は悲鳴を上げると、短剣を落とし、スキンヘッドの男の人──ヘニングと呼ばれた男の人の下まで撤退した。


「ああ! もう、最悪だ! せっかくここまで環境を整備したのに! この女に尾行は付いていましたか!? ついていたのではないのですか!?」


「知らねえ! 一応、尾行への対処はした! それにここは守りを固めている!」


 ヘニングが叫ぶのに、手を大やけどした男の人がそう返す。


「生憎だが、守りとやらは破らせてもらったぞ」


 ここでゾーニャさんが颯爽と登場!


「遅いぞ、騎士殿」


「すみません。どのような事情なのか気になっていたので」


 エステル師匠が告げるのにゾーニャさんがそう返す。


「事情も何も。こいつはヘニング・ハイゼンベルク。帝国錬金術学校を卒業した錬金術師さ。成績も抜群で、あたしに次ぐ成績で卒業したのに、今はどうやら落ちぶれて、犯罪組織の雇われ錬金術師をやってるらしい」


「ふむ。帝国錬金術学校の卒業者が関わっていたとは」


 ヘニングはエステル師匠の知り合いらしい。ボクもエステル師匠の帝国錬金術学校時代のことは知らないから何とも言えないけれど。


「私は灰狼騎士団の騎士だ。事情を聞かせてもらおう。ネッビアの他の製造拠点や、関係者の居場所。特にガルゼッリ・ファミリーの頭領の居場所について」


「むむ。そう簡単にお縄に就くほど私は間抜けではないのですよ。エリス、やってしまいなさい! 遠慮はいりませんよ!」


「はい、お父様」


 そこでヘニングの影から女の子が姿を見せた。


 ほとんど銀に近いプラチナ・ブロンドが地下室の熱気にフワリと浮かび、小柄な体の皮膚は薄く、骨と血管がうっすらと浮び上がっている。どこまでも繊細で、触れれば壊れてしまいそうなほどに細い。そんなワンピースの少女がゾーニャさんとエステル師匠の前に立ち塞がった。


 年齢はボクと同じくらいだ。お父様と呼んでいたけど娘なのだろうか?


「子供を盾にしても無意味だ。それぐらいの子供は簡単に制圧でき──」


「目標確認。排除開始」


 ゾーニャさんが剣を向けるのに、エリスって女の子が猛烈な勢いで突進してきた!


「このっ──!?」


 次の瞬間、ゾーニャさんの腹部に女の子の拳が叩き込まれた。纏っていた胸甲がベコリと音を立ててへこみ、ゾーニャさんが吹っ飛ばされてしまったっ!?


「ゾ、ゾーニャさん! 大丈夫ですか!?」


「油断した……。あれは子供などではない……」


「とりあえずこの体力回復ポーションを!」


 口から血を流すゾーニャさんにボクは上級体力回復ポーションを飲ませる。


「……まさか、そいつはホムンクルスか?」


「その通りっ! この世紀の大発明家ヘニング・ハイゼンベルクが生み出した脅威の錬金生命体っ! 騎士ごときこの子にかかれば一撃というものですよ!」


 ホムンクルス? なんだそれは?


「さあ、口封じにあの女も殺ってしまいなさい、エリス」


「了承。目標確認。排除開始」


 エリスって子の狙いがエステル師匠に向けられた!


「ちいっ。<<爆裂槍>>」


「<<対抗魔術>>」


 エステル師匠が赤魔術を放とうとしたのが不発に終わる。


 何がどうなっているかボクにはさっぱり分からない。


「エステル師匠、逃げて──」


 ボクがそう叫ぼうとした時、天井が突如として崩れ落ちた。


「ヒビキさん!?」


「すまない。遅くなった」


 崩壊した天井から飛び降りてきたのはヒビキさんだった!


「遅いよ、ヒビキ」


「上にいる連中を相手にしていたら時間がかかってしまった。だが、安心してくれ。既にこの建物には騎士団が突入している。完全に制圧されるのは時間の問題だ」


 エステル師匠が不満げに告げるのに、ヒビキさんがエリスちゃんとヘニングの方に視線を向けた。ヘニングが震え上がっているのがボクにも分かる。


「エ、エリス! あの男から排除しなさい!」


「了承。目標確認。排除開始」


 ヘニングが命じるのにエリスちゃんがヒビキさんに向けて飛び掛かる。


「ふんっ」


 ヒビキさんがエリスちゃんの拳を腕で受け止める。びりびりと空気が震え、ヒビキさんの足が地面にじりっとのめり込む。


「面妖な。ただの子供ではないようだが、軍用義肢を持った俺を相手に衝撃を与えるとは。まさか、君も軍用義肢の持ち主なのか?」


 ヒビキさんが問いかけるのにエリスちゃんは何も答えず、背中側からナイフを抜く。


「いいだろう。相手になろう」


 ヒビキさんもナイフを抜いて、エリスちゃんと対峙する。


「排除再開」


「やらせん」


 エリスちゃんがナイフをヒビキさんの喉に向けて一直線に突き出すのを、ヒビキさんが間一髪拳で押さえ込む。そして、カウンターのようにエリスちゃんのわき腹に向けてナイフを突き立てたっ……!


「損傷発生。戦闘継続可能」


 だが、エリスちゃんは倒れなかった。エリスちゃんは今度はヒビキさんの足に向けてナイフを振るい、激しい金属音を立ててナイフがへし折れた。


「大腿動脈狙いとは。訓練された子供だな」


 ヒビキさんはそう告げるとエリスちゃんの体に蹴りを叩き込んだ。


 レッドドラゴンすらも屠った蹴りだ。エリスちゃんも無事では──。


「損傷発生。戦闘継続可能」


 平然と立ち上がっている……。既に口の端からは血を流し、わき腹からも出血しているのにエリスちゃんはまるで痛みなど感じないというかのように立ち上がってヒビキさんに向けて再び腰から新たに引き抜いたナイフの刃を向けた。


「薬物でも使用しているのか。痛覚がないようだな」


「排除再開」


 ヒビキさんとエリスちゃんが再び刃を交える。


「<<速度低下>>!」


「<<対抗魔術>>」


 レーズィさんが思い出したように青魔術で援護しようとするが、それは何の効果も及ばさなかった。エリスちゃんは先ほどと変わらない速度でヒビキさんに襲い掛かる。


 激しい攻防だ。いつもは余裕のヒビキさんも、エリスちゃんひとりにかなり苦戦しているようだった。エリスちゃんはヒビキさんの隙を突いて、ナイフを振るい、そのナイフの刃が一瞬ヒビキさんの腹部に刺さる。だが、ヒビキさんは動じることなく、エリスちゃんに拳を叩き込み、エリスちゃんを突き飛ばすと、体勢を整える。


「<<速度上昇>>!」


「<<対抗魔術>>」


 今度はレーズィさんがヒビキさんに青魔術をかけようとするが、それすらも掻き消された。エリスちゃんは一体何をしたの!?


「レーズィ! 同時に仕掛けるよ! 3、2、1だ!」


「分かりましたよう!」


 エステル師匠が叫び、レーズィさんが応じる。


「<<爆裂槍>>」


「<<活力低下>>!」


 エステル師匠とレーズィさんが同時に詠唱する。


「<<対抗魔術>>」


 エリスちゃんはさっきと同じ呪文を詠唱するが、エステル師匠の放った炎の槍は今度は消えなかった。そのままエリスちゃんに命中し、発生した激しい爆発によってエリスちゃんが吹き飛ばされる。


「今です!」


 そこでヘニングが声を上げた。


 ヘニングの視線の先には何かの魔法陣が浮かんでいるが、それはエステル師匠の赤魔術の余波で発生した煙に紛れてよく見えない。ヘニングはエリスちゃんの腕を掴むと、その魔法陣に向けて飛び込み──。


「消えた……?」


 消えてしまった。


「ヒビキさん! お腹の傷! これを飲んでください!」


「すまない、リーゼ君」


 ボクが上級体力回復ポーションを差し出すのにヒビキさんがそれを飲み干す。


「あの子供。おかしかったな。あれは一体……」


「さ、さあ。ボクもさっぱりです」


 エステル師匠たちの魔術を掻き消したり、ヒビキさんと互角にやり合ったり、一体何だったんだろう……?


「エステル師匠は何か知ってますか?」


「知らんね。化け物でも作ったんだろう」


 あれ? でも、エステル師匠ってあの子を見たときに何か言ってなかったっけ?


「ザルツァ卿! ご無事ですか!?」


「私は大丈夫だ。それよりもここにいるものたちを拘束してくれ。それから2名がこの場から逃げ出した。包囲網を広げて、捜索を行ってくれ。対象は20代後半のスキンヘッドのひょろりとした作業服姿の男と12歳程度のワンピースの少女だ」


「畏まりました。直ちに伝えます」


 ふう。ゾーニャさんは辛うじて助かったみたい。


「しかし、あれは一体……」


 ゾーニャさんも疑問に感じるエリスちゃん。


 だが、エステル師匠はゾーニャさんにも何も語らなかった。


…………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ