軍人さんとラインハルトの山の危機
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──軍人さんとラインハルトの山の危機
眼前に立ち塞がるミノタウロス、3体。
ゴブリンを叩き潰したこの怪物は、鼻息を荒くしながら俺たちの前に立つ。
「どうする、ヒビキ。このまま戦うつもりか?」
「ヒビキの兄ちゃん! ミノタウロス3体は不味いって!」
ユリア君とユーリ君が俺にそう告げてくる。
「だが、そうそう簡単に逃がしてくれるわけでもあるまい」
3体のミノタウロスは俺を取り囲もうとするように広がっていく。ここで下手に背中を見せた方が危険だ。軍隊でも損害がもっとも発生するのは撤退するときなのだ。逃げる、というのは簡単なことのように思えて実際は難しい。
「レーズィ君。魔術を頼む。ユリア君とユーリ君は援護を」
「了解しましたよう!」
ミノタウロスがまだ俺の動きを探っている間に指示を出す。
「<<速度低下>>!」
「ブモオオォォォッ!」
レーズィ君が魔術を浴びせかけたと同時にミノタウロスが怒り狂い始めた。魔術で攻撃を受けたということは認識しているようだ。
ミノタウロスはまずは目の前の俺から八つ裂きにしてやろうと、俺に向けて突進してくる。拳を振り上げ、さっきのゴブリンのように俺を叩き潰そうと、その巨大な拳を思いっきり振り下ろしてきた。
「ふんっ」
俺は両腕でそれを受け止める。
なるほど。なかなかの威力だ。だが、義肢で受け止められる範囲内だ。
「行くぞ、牛君」
俺はミノタウロスの拳をそのまま握ると、背負い投げの要領でその巨体を放り投げた。地面にミノタウロスの多大な重量が叩きつけられ、ちょっとした地響きが起きる。
「ブ、ブモオオォォ……!」
「食べれない牛に用はない」
俺は倒れ込んだミノタウロスの頭部を蹴り飛ばす。ミノタウロスの骨が折れる確かな感覚が足に伝わり、ミノタウロスは一度大きく痙攣すると動かなくなった。
「さて、残り2体」
残りのミノタウロスは仲間の死を受けて慎重になっていた。慎重に俺の隙を窺って向こうからは攻撃を仕掛けてこず、俺が仕掛けるのを待ち構えている。なるほど。見た目よりも賢い生き物のようだ。
「だが」
多少賢かろうが、この場では意味がない。
「ブモオォッ!」
木の上からユリア君とユーリ君の放った矢がミノタウロスに襲い掛かる。ユーリ君の放った矢はミノタウロスの皮膚に弾かれたが、ユリア君の放った矢はミノタウロスの眼球に突き刺さり、その機能を奪い去った。
「見事だ、ユリア君!」
俺はユリア君の作った隙を突いて、ミノタウロスの頭に回し蹴りを叩き込む。ミノタウロスの拳があらぬ方に曲がり、その骨が確実に折れたことを確認すると、俺はそのままの勢いで動揺するもう1体のミノタウロスに向けて拳を振るう。
「ブモオオォォッ!」
俺の拳はミノタウロスの腹部を捉え、内臓を潰すように抉り込み、衝撃を与える。
ミノタウロスは口から血をまき散らしながらも、俺に向けて反撃を試みた。その拳を俺に向けて振るい、俺を叩き潰そうとする。
「甘い」
俺はミノタウロスの打撃を片腕で受け止めると、もう一方の腕でミノタウロスの顎を狙って打撃を叩き込んだ。手の平にミノタウロスの顎の骨が折れる感触が伝わってくる。だが、ミノタウロスはまだ倒れない。
「オオオォォォ──ッ!」
ミノタウロスは壊れた顎で雄叫びを上げると、再び俺に拳による打撃を繰り出す。俺は軽く2歩下がって、その攻撃を回避する。
なかなか頑丈な生き物だ。内臓は潰れ、顎が砕け、脳震盪だって起こしてもおかしくないのにまだしっかりと地面に立って戦っているとは。この世界の生物の規格外な性質には毎回驚かされているな。
「やあっ!」
「ブモオオォォッ!」
ここでユーリ君の放った矢がミノタウロスの眼球を貫いた。
「ナイスアシストだ、ユーリ君!」
今度こそトドメを刺すべく、俺は大きく足を振り上げて、ミノタウロスのこめかみを狙った蹴りを叩き込む。
ゴキッと鈍い音が鳴り響き、ミノタウロスは痙攣しながら膝を突くとそのまま地面に崩れ落ちていった。
「ふう。なんとかやれたな」
俺は思わず額に滲んだ汗を拭う。
これが1体だけだったならば即座に終わった仕事だろうが、3体となるとかなりの脅威だ。道具も何もなしにゴブリンの体をミンチにできる腕力を持った相手と戦うというのは、一瞬たりとも油断ができない。
ひとつ間違えば俺の方が首をへし折られて死んでいた可能性もある。そうならなかったのは、ひとえにパーティーを組んでいたためだろう。やはり、クリスタの言うことを聞いておくのは正解のようだ。
「下りてきて大丈夫だ。もう敵はいない」
もうゴブリンの足音も声も、ミノタウロスの唸り声も聞こえない。
「ヒ、ヒビキの兄ちゃん、ひとりでミノタウロス3体をやったんだな……」
「ひとりじゃない。君たちがいただろう」
「でも、俺は木の上に隠れて、矢を放っていただけだし」
「いや。それが助けになった。このミノタウロスを倒した戦果の半分は君にある。よく見事にミノタウロスの眼球を狙い打てたな。容易いことではなかっただろう?」
「まあ、山育ちならこれくらいできるぜ!」
山育ちというのは一体何なんだろうか。
「1回は外していただろう。ミノタウロスの皮膚と筋肉は強靭だ。多少の矢の攻撃など凌いでしまう。それを拳と蹴りだけで倒したお前は凄まじいな、ヒビキ」
「それもユリア君のおかげだ。ユリア君の狙撃で敵が姿勢を崩した。あれがなかったならば、長期戦を強いられていただろう。長期戦になれば魔狼の死体の臭いに誘われて、ゴブリンの集団が乱入してくる危険性もあった。君のおかげだ」
「謙遜するな。トドメを刺したのはお前だ。それもミノタウロス3体に怖気づくこともなく立ち向かったのだ。その勇気は称賛に値する。お前も優れた狩人になるぞ、ヒビキ」
この勝利はパーティーメンバー全員の勝利だ。俺だけのものではない。
「レーズィ君も助かった。あの状況での魔術による支援はありがたい限りだ。レーズィ君のおかげで敵の動きは鈍り、こちらは加速した。レーズィ君の魔術がなければ、とてもミノタウロス3体を相手に対等には戦えなかっただろう」
「お役に立てたようでよかったですよう! これからも精進しますねえ!」
レーズィ君の魔術による支援を忘れてはならない。こちらの動きは上昇し、敵の動きが鈍ると言うのはサイバネティクス技術のひとつであるスローモーと最適なのだ。敵の動きが鈍く見えるなかで、こちらだけがそのままの速度で戦えるのはゲームのようだ。
「では、ゴブリンの耳を集めたら、ミノタウロスの素材を集めていこう。きっとリーゼ君たちが喜ぶはずだ。幸い、リーゼ君からミノタウロスの素材になる部位は聞かされている。胆嚢、肝臓、膵臓などの臓器。それから心臓だ。胆石も使えるそうだが」
「手伝おう。ミノタウロスの解体は何度も行っている」
ユリア君がそう申し出てきてくれたが、ミノタウロスの解体をなんどもやっているということはもしかしてミノタウロスを食べるのだろうか……?
ミノタウロスは頭を除けばほぼただの男だ。それを食すると言うのには些か躊躇われるものがあるのだが。
「ミノタウロスの脂肪は革製品を整備するのに役立つ。それに素材は錬金術師に高く売りつけることができる。こちらに勝ち目があるならば、いい獲物だ」
なるほど。流石にこの世界の住民でもミノタウロスは食さないか。安心した。
「では、素材をはぎ取ってしまおう。素材は袋に入れて俺が運ぶ」
「うん。任せた」
3体分のミノタウロスの重量はとても重いものだったが、日本情報軍の特殊作戦部隊候補に課せられた多大な装備を抱えて30キロメートルを踏破する訓練に比べれば、軽いものである。それに俺はあの時の新兵でなく、軍用義肢を身に着けた軍人なのだから。
「ヒビキの兄ちゃんって本当に凄いんだな! 俺もヒビキさんみたいな冒険者になりたいよ! それで他の連中をあっと言わせてやるんだ!」
「ふむ。そうなるには体を鍛えないとな。これからユーリ君に合わせたクエストを受けることにするから、それで体力を付けるんだ。そうなれば少しは近づけるだろう」
ユーリ君はどんなに努力しようとも俺のようにはなれない。俺は軍用義肢を装備して、日本情報軍の特殊作戦部隊として訓練されているのだ。生身のユーリ君が俺のようになれるとは考えにくい。だが、パーティーメンバーとしての義務は果たしてくれるだろう。
「では、冒険者ギルドに戻ろう。ミノタウロスのことを報告しておかなければ」
「そうですね。あのダンジョンから漏れ出しているのでしょう……」
シュトレッケンバッハの山にはダンジョンがある。通常はダンジョンにしか住み着かないミノタウロスが外に出ているのは何からしらの異変があったためだろうか
「では、報告に向かおう。これ以上ミノタウロスには遭遇したくない」
「そうだな。帰還しよう」
帰り道ではユーリ君は俺に様々な質問をした。あれだけの魔獣を屠るなんて義肢以外の何かがあるのではないかとか、異世界では何をやっていたのかとか。
俺は異世界で君ぐらいの歳の子供を道具として使っていたよとは言えなかった。
「ミノタウロス、ですか」
クリスタは洗って綺麗にした魔狼とゴブリン、そしてミノタウロスの耳を見て考え込むように顎を手で押さえた。
「シュトレッケンバッハの山から来たのではないか? 他にダンジョンの存在は見つかっていなかったのだろう?」
「そのようですね。開拓局にはそろそろダンジョンの存在を明かしてもらわなくては。ダンジョンの外に出てくるのが次は何かは分かりませんからね」
ダンジョンの攻略が始まれば、ミノタウロスたちもダンジョンに押し込められるだろう。そうすれば山はぐっと安全になる。
「では、報告ありがとうございました。報酬の20万マルクと特別報酬の10万マルクです。特別報酬はミノタウロスの発見と、その駆除に対してのものです。正規のルートでミノタウロスを討伐していれば、クエスト報酬は40万マルクだったのですが」
「それは損なことをしてしまったな……」
報酬が上がるなら受けておけばよかったと思うが、ミノタウロスは魔狼やゴブリンと違って謎が多く。どうやっておびき寄せていいのか分からない魔獣だ。クエストを受けても今回のようにミノタウロスのお替わりが来ることはなかったかもしれない。
「では、これからもその活躍に期待します、“チーム・アルファ”」
そこでクリスタが僅かに微笑んだ。
「あの鉄仮面が笑うとはな。明日は天変地異が起きそうだ」
「そこまで言わなくともいいだろう」
ユリア君が感心した様子でクリスタを見るのにそう告げる。
「では、報酬の分割だ。俺は2万マルクでいい。残り28万マルクは君たちで分けてくれ。レーズィ君もゴーレム開発費が必要だし、ユーリ君も村にやってきていろいろと入用のものがあるだろうから」
「いいんですかっ!?」
俺の言葉にレーズィ君が大げさと言っていいくらいに驚く。
「俺もポーションとか揃えたかったけど、本当にいいのか、ヒビキの兄ちゃん」
「俺はもうポーションも揃えているし、ある程度の貯蓄がある。気にしないでくれ」
レーズィ君がゴーレム開発のため、ユーリ君は装備を整えるため。それぞれ費用が必要とされている。ユーリ君は胸甲すらも纏っていない。これを機に装備を充実させてパーティーメンバーの生存率をあげなければ。
「よし! 俺はポーションと鎧を揃えよう!」
「私もゴーレムの開発を頑張りますよう!」
そういうことでラインハルトの山の間引きは終わった。
このことを素材を渡す際にリーゼ君に話したら、リーゼ君は危ないことはしないって約束したのにと怒られてしまった。
だが、ミノタウロスの素材はいろいろと役に立つらしく、また乾燥させたり、瓶詰にしたりした。また家の中が内臓だらけになるのにエステルはため息を吐いている。
この村にいるのがだんだんと楽しくなってきた。このヴァルトハウゼン村でならば、俺は死ぬまでやっていけるかもしれない。
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