軍人さんとユーリの初めてのクエスト
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──軍人さんとユーリの初めてのクエスト
俺たちはラインハルトの山の魔獣を間引くためにラインハルトの山に入った。
目的は全てを殺しつくすのではなく、間引くことだ。魔獣が全滅してしまえば、生態系のバランスが崩れて、山は荒れることになる。俺たちは魔獣が溢れかえって麓に下りてくるのを防ぐために、一定数を狩り、ヴァルトハウゼン村の安全を保つのだ。
先頭には俺が立ち、その後ろをレーズィ君とユーリ君の順番で進んでいく。敵が側面から突っ込んで来たらレーズィ君が危ないが、この付近の音響はかなりの範囲で拾っている。そう簡単に魔狼やゴブリンの接近は許さない。
「何も出ないな。本当に魔獣はいるか?」
ユーリ君は魔獣に出会えないことに不満を漏らしている。
「安心しろ。君のお姉さんから魔狼を引き寄せるものは貰った」
「魔狼のフンか。これなら確かに魔狼が寄ってくるな」
俺とユーリ君はそれぞれ別れて、魔狼のフンを付近に配置していく。
俺は火打石で火をつけ、ユーリ君は魔獣で火をつけていく。
「その、ヒビキ。なんで火打石なんて使うんだ? 魔術で使えば一発だぞ?」
「生憎、俺は魔術は使えない。魔術のない世界から来た迷い人なんだ」
「迷い人……。レッドドラゴンや新生竜の話といい神話みたいだ」
「そこまで大したものではない。実際はただ不便なだけだ」
俺がちんたらと火をつけているのを見かねて、ユーリ君が火をつけていく。
「これで準備完了だ。レーズィ君、ユーリ君、ユリア君。君たちは戦況を見定めることができて、かつ安全な木の上で待機していてくれ。俺も身を隠す」
「うん。分かった」
レーズィ君はあまり動きは速くないが、ユーリ君は次見た時には既に木の上にいた。流石は山育ちだ。ユリア君と同じだけの技術があるんだな。これは存外頼りにしてもいいかもしれない。
「さあ、いつでも来い……」
俺たちは不快な臭いがする中で、獲物を待ち続ける。
「来たぞ」
3方向から魔狼の大軍が押し寄せてくる。
「まずはレーズィ君。支援を頼む」
「任されました! <<速度低下>>!」
いつものセオリー通りだ。
レーズィ君が相手と俺たちに青魔術を使い、その間に敵を屠る。屠り切る。
「数は──36体か。ギリギリだな」
3方向から12体ずつ。魔狼たちは基本的に10体前後の単位の群れで狩りをするようだ。
30体ならばレーズィ君の魔術があればなんとか対応できる。
それに今回はユリア君とユーリ君も参加している。ユーリ君の実力はまだ分からないが、ユリア君がある程度の能力を保証しているので頼りにさせてもらうとしよう。子供に背中を任せるのは好きなことではないが。
「<<速度上昇>>!」
レーズィ君の魔術で一気に俺が加速する。
脳をホットにし、アドレナリンが緊張を調節し、スローモー状態となった中で、俺は魔狼の群れに向けてコンバットナイフを構えて飛びかかる。
一瞬だが、魔狼の動きが躊躇われたように止まる。
ここに来て学んだことなのだが、魔狼は自分たちが獲物を追い詰めることに慣れているものの、獲物の方から襲われることには慣れていない。こいつらは自分たちは狩る側であり、狩られる側が逆襲してくるなど思ってもいないのだ。
その前のめりな戦闘姿勢はこうして俺の方から一気に攻勢をかけることで、脆くも崩れる。狼の群れは狩られる羊の群れに変わり、俺は足で魔狼の胴体を叩き潰し、ナイフで首を裂き、拳で頭を殴り飛ばす。
純粋に狩るという点ではある意味シカなどの方が面倒だ。あれは狩りに行こうとすれば颯爽と逃げさる。魔狼は襲われたらキャンキャンと吠えながらうろたえるだけで、逃げることもままならない。こいつらは逃げ慣れていないのだろう。
俺は死角を可能な限り潰しつつ、攻撃を続ける。
1体、2体、4体、8体、16体と魔狼が死体になっていく。
「<<活力上昇>>!」
「援護する、ヒビキ」
俺がナイフを振るうと同時にレーズィ君とユリア君が援護してくれる。
ユリア君は俺の死角に回り込もうとする魔狼に矢を放ち、レーズィ君は俺の戦意を底上げしてくれる。いつものように体の高揚感と身体能力の上昇を感じる魔術だ。これならば狩り切れるだろう。残りは僅かだ。
俺は魔狼の群れに突撃し、その首を刈り取る。
次第に魔狼側もようやく自分たちが狩られる側に回っていることに気付き始め、怖気ついたものが逃げ出していく。今回は殲滅任務でなく、一定数の間引きなので無理に追撃する必要はない。必要な数は既にここにいる。
25体目。これでラストだ。
「レーズィ君! 魔術を頼む!」
「了解ですよう! <<活力低下>>!」
レーズィ君のこの魔術が決定打となり、戦意を完全に喪失した魔狼たちが逃げ去っていく。四方にバラバラに散らばって逃げ、もうこちらの脅威にならないことを俺は用心深く観察し、安全と判断できるまで戦闘姿勢を維持した。
「ふむ。どうやら安全なようだ。下りてきてくれ」
俺はレーズィ君たちにサインを送り、レーズィ君たちが木の上から下りてくる。
「とりあえず、魔狼25体を討伐した。若干数が多いが、文句を言われるほどではない」
今回のクエストはあくまで間引きすることにある。不必要に殺しすぎて、逆に森の生態系を悪化させてはならない。開拓局もその点を意識してクエストに注文を付けているし、俺たちもそのことを理解している。
狩れば狩っただけ金が貰えるわけではないということだ。
「いつものように耳を集めよう。次はゴブリンだ」
「な、なあ、まさかいつもあんな風に戦っているのか?」
「ふむ。いつもではないが、大抵はそうだ。それがどうかしただろうか?」
ユーリ君が少しうろたえた様子で尋ねてくるのに、俺がそう尋ね返す。
「あんた……。すげー命知らずだな……。あれだけの数の魔狼の群れに鎧も纏わずに小刀ひとつで突っ込むだなんて。確かにあんたの体術は並外れてたけどさ。どうやったらあんなに動けるんだ? 人間の動きじゃなかったぜ」
「ふむ。君もそれが気になるか」
大抵の人物は俺の軍用義肢のスペックに驚くようだ。
確かに四肢を完全に軍用義肢化し、背骨と腰骨を人工骨格に置き換えた軍人の動きは、第3世代の強化外骨格を装着した軍人を上回る。現代においても現実離れした動きができるものだ。ましてサイバネティクス施術を受けているのでは当然だ。
「これは義肢だ。あの動きは俺本来の動きではない。義肢によるものだ」
「義肢? どこが義肢だよ。普通の手と足じゃないか」
これからひとりひとりにこういう説明をしなければならないと思うと些か気が滅入るが、一応軍機に触れない範囲で一通り説明しておく。
これは鋼鉄──厳密に言えば異なる素材だが──に覆われて、遺伝子操作した海洋哺乳類の筋肉を加工して作った高度な義肢であると。そう説明して、実際に腕を触ってもらい、それが硬い鋼鉄に覆われていることを確認してもらう。
「す、すげー……。鋼鉄の義肢だなんてカッコいいな……。でも、義肢ってことはヒビキの兄ちゃんは元の手足はどうなったんだ?」
「戦争でなくした。酷い爆発に巻き込まれてな」
「そっかー……。でも、男の傷は勇気の証だって、父ちゃんが言ってたぞ。ヒビキの兄ちゃんの義肢は勇気の証だなっ!」
子供と接するたびに子供は無邪気なものだと思う。あの任務のどこに勇気があったのか俺には分からない。俺たちは一時は同盟者として扱っていた民兵集団の指導者が過激化したからという理由で暗殺に向かっていたのだ。
そもそも過激化と言っても最初から原理主義的な言動はあったし、それは日本情報軍の上層部も知っていたはずだ。要はもう使う予定がないから片付けろということだったのだろう。そして、そんな作戦で俺は手足を失った。
勇気はあったか? なかっただろう。俺たちは薬物とナノマシンによる感情のフィルタリングを受けて、不必要な感情を抹消していた。恐怖といえる恐怖も感じずにあの戦場に立っていた。ただただ殺すために殺す新しい世代の軍人として。
軍人が愛国心や勇気で敵と戦っていたのは遠い昔の話だ。
「勇気か。俺にはそれが必要だろうな」
この未知の大地で生き延びるには、これまでの常識をかなぐり捨てて、新しい常識を身に着けて生きていかなければならない。そのような大胆なことをするのには、本当に心の底からの勇気が必要だろう。
薬とナノマシンに頼っていた俺はそれができるだろうか?
「しかし、ユーリ君。君もお姉さんと同じくらい優れた腕前じゃないか。こちらの魔狼は君が仕留めたものだろう?」
「んー。そうだけど、ヒビキの兄ちゃんに地上で戦ってもらって、俺だけ安全な地上にいるのもなんだか卑怯な気がするんだよなー。今度は俺も地上で戦うよ! 俺、山刀だって使えるんだぜ! ほら、この山刀で!」
「それはいけない。戦闘ではそれぞれに役割がある。君は見晴らしのいい場所から俺を援護すること、そして万が一の場合はレーズィ君を援護して離脱することが役割だ。俺たちが両方やられてしまっては、レーズィ君たちが危ないだろう?」
「だけどさー」
ユーリ君はククリナイフに似た武器を示して見せるが、今のところユーリ君に前衛で戦ってもらうわけにはいかない。パーティーメンバーが正式には3名しかいない以上は、後方で支援に当たるレーズィ君を援護する要員が必要になる。その役割をユーリ君には果たしてもらいたいのだ。
「おい。ちゃんとパーティーリーダーの支持に従え。従えないなら出ていくしかないぞ。戦闘では序列を決めて戦わないと、生き残れないことぐらいは知っているだろう」
「分かってるよ、姉ちゃん! ただ、俺だってヒビキの兄ちゃんみたいに戦ってみたいと思っただけだよ!」
ふうむ。子供にはいろんな意味で刺激が強すぎたか。中央アジアの子供兵もちょっとしたことで勇気を示そうとして死んでしまった子がいる。俺はユーリ君に目の前で死なれたくはない。今度くらいは子供を生かして家に帰すという仕事をしたい。
そう思うのはわがままだろうか?
「さて、次はゴブリン狩りだ。ゴブリンを集めるのにこの魔狼の死体を使おう。場所はここよりある程度開けた場所がいい。視野が狭まる場所だと多数のゴブリンを相手にするのは些か危険が伴う。奴らは小柄で素早いからな」
俺は何体かの魔狼の死体を引き摺り、適した地形を探す。
ゴブリンを誘い出すにはゴブリンのフンを燃やせばいいというわけではない。そんなことをしてもテリトリーというものを有さず、山の中を獲物を求めて移動し続けるゴブリンたちは気にもかけない。
では、どうやってゴブリンを誘い出すかと言えば、血の臭いを撒き散らすことだ。
ゴブリンは他の獣や人間に襲われた手負いの獲物を狙って狩りをする習性があると、冒険者ギルドの魔獣図鑑には記されていた。山の中で負傷した猟師や冒険者が山を下りるときにゴブリンに襲撃に遭うことも多々あるそうだ。
だが、今回はその習性を逆手に取る。
あの魔狼狩りをした場所から魔狼の死体を引き摺って、開けた場所まで運ぶ。恐らくゴブリンたちは先の場所で魔狼の死体を発見して、それを戦利品として持って行くだろう。そして、そのついでに手負いのように逃げた痕跡がある、この魔狼の死体を追いかけてくるというわけだ。
さっきの場所は魔狼を狩るには適した場所だった。魔狼は立体的な動きはほとんどなく、地形に這いつくような動きをするために、多少の低い木々はこちらにとって遮蔽物として利用できる環境だ。
しかし、ゴブリンは違う。ゴブリンはジャンプして跳ね、槍などの簡易な武器を投擲することで、立体的に動く。低い木々はゴブリンたちにとっての遮蔽物となり、思わぬ場所から不意打ちを受ける可能性がある。
ゴブリンの腕力は、その小柄な肉体に似合わず、成人男性並みはある。一応、ボディーアーマーを纏っている俺にしたところで、頭に投石を受けたり、首に槍が刺さったりすれば死ぬだろう。ゴブリン狩りはある意味魔狼狩りより危険だ。
幸いにして山の中の地形はある程度覚えている。ゴブリン狩りに適した狩場まではすぐだ。この狩場で待ち伏せて、ゴブリンたちを狙うことにしよう。
目標はゴブリン25体の討伐。それだけの群れがいればいいが、いなければ場所を変えて狩るしかない。ゴブリンは同族であるゴブリンの血の臭いにも惹かれるので、ここである程度狩れれば、その死体を利用しよう。
「レーズィ君はそちらの木の上に。ユリア君はそちらに。ユーリ君はユリア君と十字砲火が浴びせられるように向こうに頼む」
レーズィ君とユーリ君の位置は近づけておく。いざという場合にはユーリ君にレーズィ君を離脱させてもらうためだ。ユリア君は俺とユーリ君の死角を潰せる場所に配置する。弓兵が2名というのも悪くない。パーティーメンバーを誘う際には考慮しよう。
だが、今のところ一番欲しいのは赤魔術師だ。この世界で何が足りないかと問われれば、俺は迷うことなく火力と答える。
この世界では便利な航空支援や砲撃支援も頼めない。迫撃砲どころかグレネードランチャーすらも存在しない。そんな世界で火力支援を担っているのが赤魔術師だ。
赤魔術師の火力が劇的なものであることは、この間の新生竜討伐におけるレベッカ君の活躍や、トールベルクの路地裏で発生したエステルとガルゼッリ・ファミリーの戦闘からもよく分かる。加えて、赤魔術師は近接戦闘もある程度こなせる。
ならば、パーティーメンバーに赤魔術師を迎えたいところだ。
4名以上となると、俺も位置の把握や指揮するのが困難になり、兵站においても無視できない負荷が発生する。これまでの歴史上、激戦を繰り広げた数々の特殊作戦部隊が出した結論である最小戦闘単位である4名編成が最も効率的だ。
後1名。どうにかして勧誘できるといいが。
「ヒビキ。聞こえたか?」
「聞こえた」
ゴブリンたちの足音と声が聞こえる。ゴブリンは鳴き声で仲間と高度なコミュニケーションを取るという。それがどれほど高度なのかは俺の知る由もないが。
「来た。数は……30体ちょうどだな。ゴブリンが28体。ゴブリンシャーマンが1体。ゴブリンジェネラルが1体。標準的なゴブリンの群れのようだ」
ゴブリンの習性上、群れにゴブリンジェネラルは1体だけと決まっており、ゴブリンシャーマンも1体か2体程度と限られている。それ以上となると、ゴブリンの群れは内紛を起こして分裂し、小さな群れになると魔獣図鑑には記されていた。
「敵が十二分に魔狼の死体に食らいついてから仕掛けよう。攻撃のタイミングはユリア君、君に委ねる。例の爆裂ポーションを使った矢を使って反対側にいるレーズィ君たちに合図してくれ」
「うん。分かった」
俺より視点の高い位置にいるユリア君の方が戦場を把握しやすい。攻撃のタイミングは彼女に委ねることにした。彼女のことを俺は信じている。
「ヒビキ。仕掛けるぞ」
暫くしてユリア君がそう告げて矢を放った。
矢の先端に爆裂ポーションで満たされた試験管が備わったそれはゴブリンの群れへと飛翔し──。
「ピギィ!」
炸裂。
ユリア君は見事ゴブリンシャーマンと複数のゴブリンを吹き飛ばしてくれた。流石はエステル製の爆裂ポーションなだけはあって、威力は期待した以上だ。
「<<速度低下>>!」
レーズィ君が魔術を詠唱すると同時に、俺が茂みから飛び出す。
「ピギィ! ピギイィ!」
ゴブリンジェネラルは纏っている革の鎧で爆発から逃れていた。だが、ダメージは負ったようで群れは混乱している。料理するにはいい機会だ。
「<<速度上昇>>!」
ゴブリンたちが槍や石を構えて投擲するのを俺はスローモーの状況下で回避し、一気にゴブリンの群れに肉薄する。
だが、魔狼の時のようにゴブリンの群れの中に飛び込むことはしない。ゴブリンは魔狼と違って狩られることを知っていると考えていい。群れの只中に敵が飛び込んでくれば、それに対応して四方から槍で串刺しにすることぐらいはするだろう。
なので俺は群れの表面を抉るようにして、ヒット&アウェイの戦闘を繰り広げる。群れがゴブリンジェネラルを中心として円陣を組むのに、俺は1、2体のゴブリンを仕留めると、ゴブリンが反撃に出る前に距離を取り、また肉薄する。
これの繰り返しでゴブリンたちは次々に屍を晒している。
「ていっ!」
そこでユーリ君の放った矢がゴブリンジェネラルの眼球を抉って頭に突き刺さった。ゴブリンジェネラルは痙攣しながら倒れ、ゴブリンの群れの動揺は大きくなる。
そこをすかさず抑え込むようにして攻撃を繰り返す。
残り5体前後。ゴブリンの群れは既に虫の息だ。
「ピギィッ! ピギイイィィ!」
そこでゴブリンたちが甲高くて耳障りな雄たけびを上げると敗走を始めた。
既にノルマである25体分の死体はある。わざわざ追撃する必要もない。
そう考えていた。
「ピギィ!?」
四方に逃げ去ろうとしたゴブリンが不意に立ち止まった。
そして、次の瞬間ゴブリンが肉塊に変わる。ゴブリンを肉塊に変えたのは、巨大な拳だった。そう、拳だ。両手を合わせれば俺の頭ほどある拳がゴブリンを叩き潰し、その肉体を物言わぬ肉塊へと変えてしまった。
「おい。冗談だろう……」
ユーリ君がそう呟くのが俺の補正された聴覚に響く。
「ミノタウロス、か」
俺たちの眼前には巨大な牛頭の怪物がいた。
それも3体。
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