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軍人さんと新しいメンバー

…………………


 ──軍人さんと新しいメンバー



「ヒビキさん! 来ましたよう!」


「ああ。待っていた、レーズィ君」


 俺が冒険者ギルドのクエスト依頼掲示板の前に立っているのに、レーズィ君が駆け寄ってきた。ひとりでもやれそうな目ぼしいクエストを探していたのだが、クリスタから“もうB級冒険者なのですから危険度の低いクエストは他の方に譲るようにしてください”と言われて困っている。


 害獣駆除などようやく手慣れてきたのだが……。


 しかし、階級が上がっていいこともある。危険だが、稼げるクエストを受注できるようになったのだ。今回の目的であるような“ラインハルトの山の魔獣の間引き”など。これはB級冒険者がいるパーティーに限られている。


 報酬は20万マルク。案の定、開拓局の依頼だった。


 ユリア君が開拓局のクエストは稼げると言っていたが確かなようだ。


「それでは今日はこの“ラインハルトの山の魔獣の間引き”を受けようと思うが、大丈夫だろうか? 報酬は高いが、それなりに危険のあるクエストだ。ミノタウロスの目撃情報も入っているという」


「大丈夫ですよう! これを受けましょう!」


 まあ、レーズィ君の魔術は強力だ。そう簡単には俺もくたばるまい。


 だが、レーズィ君の安全を完全に確保できるかだけが些か不安だ。もうひとり、レーズィ君を直接援護してくれるメンバーがいればいいのだが。


 理想は4名編成のパーティーだ。日本情報軍特殊作戦部隊の最小戦闘単位であるツーマンセルを2組。これならば活動可能な範囲は広がるし、万が一仲間が負傷や死亡した場合もカバーすることが可能になる。


 そう、負傷や死亡だ。俺はまだこの世界で傷を負ってはいないが、俺の軍用義肢とそれに伴って同時に強化された背骨と腰以外は、俺は生身の人間だ。魔狼に喉を食い裂かれれば死ぬし、ゴブリンに腹を槍で突き刺されても死ぬかもしれない。


 そうなればレーズィ君が危ういのは言うまでもない。前衛を失った彼女も俺の後を追うことになるだろう。それは望ましくないことだ。


 そうならないためにも早くパーティーメンバーを4名に増やしたい。


 だが、依然としてこのヴァルトハウゼン村に新人冒険者はやってこない。ユリア君に事情を聞いたところ、冒険者はもっと安全に稼げて、便利な土地に居着くそうだ。未発掘ダンジョンや、低位魔獣の群れが移動するような街道の傍、かつ人口が多くて流通の便利な都市部が冒険者には人気らしい。このヴァルトハウゼン村とは大違いの場所だ。


 俺もここから移動するかということを少しは考えはしたものの、もし何らかの方法で日本情報軍がこちら側に来られるとしたら、もし生き残った仲間がいて近くに潜伏しているとしたら、そう考えるとここからは動きたくはない。


 それにまだリーゼ君たちに借りを返していないし、レーズィ君のゴーレム作りも手伝うと約束しているのだから。


「ヒビキさん? クエスト受注してきましょうか?」


「いや。すまない。自分でやってくる。待っていてくれ」


 祖国日本のことを思うと些かナイーブになる。日本情報軍の任務に誇りはなかったし、祖国への愛国心も尽きかけていたが、あそこは俺の故郷だ。いくらここより遥かに過酷な環境で数年生き延びられるだけの訓練と知識を受けていたとしても、故郷に帰れるという見込みがなければ絶望のひとつやふたつはするものだろう。


 本当に帰る術はないのだろうか?


「クリスタ。この依頼を受けたい」


「はい。受領しました。手続きを行いますのでお待ちください」


 クリスタの仕事はいつも完璧だ。規則に忠実であることはもちろん、その規則の意味を理解して行動している。俺のギルドカードの更新期限を指摘された時も、ギルドカードを更新するのはそれが第三者に窃盗されて悪用されていないか、そして冒険者として生存しているのかを確認するためだと告げていた。


 冒険者の中でも遠征というものを行う冒険者は数ヶ月がかりで仕事に取り組むことがあるそうだ。そのような冒険者だと、冒険者ギルドとしてもその生存を心配するのだ。俺たち冒険者はある意味では冒険者ギルドの資産であるのだから。


「ヒビキ」


 俺がクリスタが書類を処理するのを待っていたとき、声がした。


「ユリア君? そちらの子は?」


「こいつは私の弟だ。最近、山から出て来た。冒険者になるという」


 ユリア君の隣に立っていたのはユリア君と同じくらいの背丈でユリア君に瓜二つの“少女”だった。いや、待てよ。今、ユリア君は弟と言わなかったか?


 だが、ユリア君と同じようにアッシュブロンドの髪をポニーテイルにして纏め、ユリア君と瓜二つの顔立ちに中性的な服装では少女にしか見えない。


 ふむ。第二次性徴前か? あるいはユリア君の家系の遺伝子だろうか?


「なんだ、じろじろ見やがって。さては俺のことを女みたいだって思ってるな?」


「いや。ユリア君によく似ていると思っただけだ」


「それは俺のことを女だって言うのと同じことだ!」


 やはり子供だ。このような子供まで危険な冒険者になるのか。


 ……俺たち日本情報軍もこれぐらいの子供にカラシニコフの使い方を仕込んで、無計画に拡大した内戦に投入したのだがな。あれの任務の本来の意味は内戦を終結させて、混沌に転がり落ちつつあった中央アジア情勢を安定化させることにあったというのに。


 そして、用が済めば始末した。まるで味のなくなったチューイングガムを吐き捨てるように。俺たちは何千人もの子供たちを死地に追いやり、殺してきた。それが祖国日本のためであるという大義を抱えて。


「すまない。だが、確かにユリア君の弟君のようだ。お姉さんはいい狩人だ。弟である君もそうなのだろう?」


「ああ。こいつも狩りの腕前はそれなりだ。そこで頼みがある」


 俺の言葉にユリア君が俺の方を見上げる。


「こいつをお前たちのパーティーに入れてやって欲しい」


「ふむ。この子をか……」


 また子供兵を使うのか? 中央アジアのときのように?


「“黒狼の遠吠え”ではダメなのか?」


「うん。4人以上になるとミルコが指揮しくくなる。それに冒険者たちは4人組でクエストに臨む方がよっぽどのことがない限り、効率的だ」


「それはこの世界も同じか」


 4名のパーティーメンバー。その候補のひとりが目の前にいる。


「弟君。名前は?」


「ユーリだ」


「ユーリ君。冒険者の仕事は危険だということは理解しているか? 魔狼の大軍と出くわすこともある。ゴブリンの大軍もだ。一見して安全そうなクエストでも、状況がどう変化するかは分からない。それは命を失うことに繋がる。それを理解しているか?」


「理解してる。だが、俺なら平気だ。魔狼もゴブリンも山ほど仕留めてきた。ある時はグリフォンだって仕留めたことがある。俺の実力を疑っているのか?」


「そうではない。意思確認を行っておきたかっただけだ」


 危険な任務に子供兵に選択肢も与えずに投入するのはもうごめんだ。


「では、歓迎しよう、ユーリ君。冒険者登録手続きをしてくるといい」


「言われなくてもそうするさ」


 ユーリ君は苛立った様子でカウンターの方に向かっていった。


「実力は確かなのか?」


「うん。私には及ばないが、そこらのB級冒険者並みには使えるはずだ。あれも山育ちだからな。生き残る術と敵を殺す術については学習している。実際にグリフォンをひとりで仕留めたこともあった。足手まといにはならない」


「そうであるならばいいのだが」


 もう子供兵に目の前で死なれるのはごめんだ。その時に覚えた感情はフィルタリングされていて、俺に何の精神的影響を及ぼさないはずだが、それは完璧ではない。俺は子供兵を死地に追いやったことに倫理的異常を“認識”している。


 痛覚をマスキングして“認識”するだけになった俺たち日本情報軍の特殊作戦部隊のオペレーターは痛みを感じない。“認識”するだけだ。


 それでも自分の四肢が地面にぶちまけられている光景を見れば、重傷を負ったと理解する。いくら痛覚がマスキングされていても、命の心配をするし、自分の体のグロテスクな光景に感情的になりかける。


 それと同じことだ。


 俺たちは子供兵を使うことも、それらを殺すことも簡単に行えるようにナノマシンによる感情がフィルタリングされている。だからと言って、子供兵を喜々として殺したいとは思わない。それはやはり俺たちは倫理的異常を“認識”している以上に精神への影響を受けているためだろう。


 こういう場合は軍の精神科医のメンテナンスを受けるのだが、生憎のところこの世界には精神科医はいない。自分の問題は自分で片づけなくてはならない。


「姉ちゃん。登録出来たぞ」


「最初はE級からだな。まあ、こつこつ上を目指せ」


 ユーリ君がクリスタが作ったできたてのギルドカードをユリア君に向けて見せるのに、ユリア君がそう返した。


「それでヒビキの階級は何なんだ? D級か、C級か?」


「俺はB級だ。そこにいるレーズィ君はC級冒険者だ」


「ふうん、それなりに実力があるパーティーなんだな」


 俺が告げるのにユーリ君が興味なさげに頷く。


「ユーリ―。このヒビキは僅かに2ヶ月でB級冒険者に成り上がったんだぞ。それにレッドドラゴンを単騎で屠り、新生竜7体を相手に6体を倒している。偉大な狩人だ。ちゃんと敬意を払え。そう教えられただろう?」


「2ヶ月で!? 姉ちゃんがB級冒険者に上がるまでは2年近くかかったんだろう!?」


「この男はそれだけの器があるということだ」


 ユーリ君が一転して俺に尊敬の眼差しを向けてくる。中央アジアの子供兵たちからも向けられてきた視線だ。気分のいいものではない。


「レッドドラゴンを屠り、6体の新生竜を屠った男だ。学べれることも多いだろう」


「凄い……。あんた、英雄だな! 是非ともあんたのパーティーに加えてください!」


 ユーリ君は頭を下げると、俺にそう頼み込んだ。


「構わない。だが、危険があるということは重々理解しておいてくれるだろうか」


「理解してるとも! 俺なら絶対に生き延びられる!」


 ふむ。ユリア君の推薦だし、無下にもできまい。


「では、ようこそ“チーム・アルファ”へ。歓迎しよう」


「よろしくお願いします!」


 俺はまた子供兵を使う。大義も何もなく。


「では、クエストに出発しよう」


「私も同行しよう。弟の技量にはまだ不安があるだろう。そのためだ」


「助かる」


 ユリア君に加わってもらえれば、新しいパーティーメンバーであるユーリ君の実力を見定める余地もできるだろう。


 さて、これでパーティーメンバーは3名。


 残りひとりをどうにかして確保しないとな。


…………………

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