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錬金術師さんと温室の工事

…………………


 ──錬金術師さんと温室の工事



 やっと、トールベルクの街からヴァルトハウゼン村まで職人さんたちが来た。


 前回のトールベルク訪問でエステル師匠が事務所に乗り込んで脅したのがよかったのかもしれない。そうじゃなきゃ、今も工事は始まらなかっただろう。


「で、ここに温室を作る。ガラス張りのな」


「ふうむ。錬金術師が素材を栽培するのか」


 職人さんたちはうちの庭の様子を確認しながらエステル師匠の説明を聞く。


「仕様は前に言った通りだ。横幅2メートル、縦4メートル。そこまで大きなものは必要ない。ちゃんと仕様は覚えているだろうね?」


「当然だ。それに合わせてガラスや骨組みを作るのだからな」


「それならなんでこんなに遅れたんだい」


「それがなあ。ガラスはうちじゃ作っとらんのだ。こればかりはトールベルクだけで作れるものじゃないしの。そこでオーバープファルツのガラス職人に依頼しとったんだが、街道に盗賊がでるようになってなかなか届けられんという。最後は飛行船を使って輸送する羽目になってな。それで遅れたのだ」


「トールベルクからオーバープファルツの間に盗賊ね。そりゃまた面倒な」


「だろう。あそこは帝国随一の鍛冶職人の集まる場所だ。あそこのガラスはあんたが望んだとおりに頑丈で、日の光をよく通す。それに俺たち大工の商売道具もあそこなら一級品のものが手に入る。それなのになあ……」


 オーバープファルツはヒビキさんがファルケンハウゼン子爵閣下から授けられたミスリルのナイフを作った鍛冶職人の人がいる場所。帝国の鍛冶場と呼ばれるぐらいに、鍛冶職人に恵まれた場所だ。あそこにはボクたち錬金術師が素材を求めるように、鍛冶職人の人にとっての素材に恵まれているらしい。鉄やミスリル、良質の炭なんかにね。


 ちなみにボクたちが使っている錬金釜もオーバープファルツ製だ。


「騎士団はなにやってるんだろうね」


「その盗賊団がえらく賢いらしくてな。騎士団が攻めようとするとするりといなくなっちまうそうだ。騎士団もオーバープファルツからトールベルクまでの街道を全部見張っているわけにはいかないから、手の出しようがないってわけだよ」


「役に立たない騎士団たちだことで」


「まあ、騎士団に文句言ってもしょうがねえ。あっちはあっちでドナウ王国との国境線がきな臭くなって、えらく剣呑な状況だと聞いてるからな」


 そう言えば前にもドナウ王国と小競り合いがあったって話を聞いたな。


「今更ドナウ王国の連中と何を取り合うんだか。で、それはいいが、仕事の方はこれ以上支障をきたさないだろうね? こちとら随分と待たされて頭に来てるんだが」


「だ、大丈夫だ。すぐに取り掛かる。そうだな。ガラスも揃ったことだし、2日もあれば完成する。約束しよう」


「頼むよ。これ以上遅くなるようなら、違約金を払ってもらうからね」


 エステル師匠が睨むのに大工の人たちがコクコクと頷く。今日のエステル師匠はいつにもまして目つきが悪いからなー。


「工事、始まりましたね」


「ようやくな」


 ボクがエステル師匠に告げるのに、エステル師匠がため息交じりにそう返す。


「でも、温室には何を植えるんです?」


「冬場になったらダメになりそうな奴だ。ここら辺の植物は冬に耐えられるが、南方の薬草は冬を越せないものもある。そういう苗をトールベルクの市場で買い揃えてから、土壌を整備して、プランターを整えて、温室で栽培する」


「南方の薬草っていうとベニイロトリ草とか、マツボックリモドキ草とかですかね?」


「それからマゴノテ草やシバマクラ草だな。そこまで本格的にやるつもりはないよ。あくまでも冬の間に蓄えが途切れたときのためだ。あの狭い温室で栽培できるものの数は限られているし、何より世話するのが面倒くさい」


 まあ、本当に小ぢんまりとした温室だからな両脇にプランターの棚を置いたらいっぱいいっぱいになりそうな感じ。でも、あんまり大きな温室だと湿度と温度を保つのに魔道具がいくつも必要になりそうだからこれぐらいでいいのかな。


 そう思いながらボクは工事を見学する。


 大工さんたちはまずは基礎を作っている。地面を平らに均してから、ガンガンと杭を打ち込んで地盤に基礎を作っていく。それから石材で地面を固めて、それを埋めたら基礎の完成のようです。建築のことはよく分からないから何とも言えないけど。


 そして、そうしてできた基礎の上に大工さんたちが温室を組み立てていく。ガラスは透明なもので、流石はオーバープファルツ製というものだった。


 大工さんたちは漆喰で防水された木の枠にガラスを嵌め込んでおり、それを温室の形に組み立てていく。全面ガラス張りとか豪華な温室だな! と思ったら、扉は普通の木製のものだった。まあ、普段から扱うものは壊れにくい方がいいよね。


「おーお。これなら明日にはちゃんと出来上がりそうだね。馬鹿弟子、プランターと棚を木工職人のところに注文していたから取ってきな。駄賃に500マルクやるから、帰りに氷菓子を買ってきてもいいぞ」


「ええ……。ちょっと重くないですか?」


「そこは居候の作ったあれがあるだろう?」


「ああ!」


 レーズィさんのゴーレムか!


 世界から労働をなくすために頑張っているレーズィさんなら労働に悩まされているボクのためにゴーレムを貸してくれるだろう!


「じゃあ、行ってきます!」


「荷車は物置だからな」


 さてさて、レーズィさんは、と。


「ふんふん♪」


 いたいた。レーズィさんは2体目のゴーレムに詰めるための土嚢を準備している。外装はもう鍛冶職人さんに注文済みらしい。3体作るなら60万マルクのところを50万マルクでいいと言われて、レーズィさんは即決していたそうだ。


「レーズィさん、レーズィさん。ゴーレム貸してくれませんか?」


「ゴーレムですか? 今ちょうど使っているところなんですけど……」


 うわっ! よくよく見たらゴーレムが布を編んでる!


「レ、レーズィさん。これってちゃんと編めてるんですか?」


「もちろんですよう! 今日は残りの土嚢袋作りはゴーレムに任せて、私はヒビキさんとクエストに出ようと思っていたんですけど……」


 これはいろいろと危険な臭いがする。


 レーズィさんのゴーレムは確かに人間を楽にさせてくれるだろうけど、その布を編む仕事で稼いでいる人たちから仕事を奪うことにはならないだろうか? 人間、仕事がないと収入もないので食べていけなくなる。


 だが、当のレーズィさんはそこら辺の問題を分かっているのか、あるいはいないのかのんびりしている……。


「レーズィさん。ゴーレムにあまり労働を任せるのは危ないですよ」


「ええっ!? ど、どうしてですか!? 人間が労働から解放されたら、その幸福感で本物の文明が築けるんですよう!?」


「い、いや。文明とかじゃなくて、今は労働の対価にお金を貰っている社会ですから。ゴーレムがその労働を取っちゃうと、お金が稼げなくなって貧しい思いをする人たちが出て来ると思うんですよね」


「はっ……! そ、そのような問題が……。ど、どうしましょう……。ゴーレムが普及すれば大丈夫だと思っていたのですが、過渡期のことを考えていませんでした……。これは発明しなければよかった発明なのでしょうか……」


 ボクの言葉にレーズィさんはおろおろとうろたえ始めた。


「だ、大丈夫です。きっとすぐには問題になりませんから。ただ、変革は緩やかに行っていきましょう。あまり急ぎすぎると問題が大きくなりそうですから」


「わ、分かりました! あわわわ……」


 ボクとレーズィさんがあわあわとうろたえている間にもゴーレムは黙々と土嚢袋に使う布地を編んでいる。本当に暢気なゴーレム君だね!


「それでゴーレムは今日は借りれない感じでしょうか?」


「いえ。リーゼさんの頼みであれば構いませんよう。どうぞ借りていってください」


 レーズィさんには悪いけど、ボクもひとりじゃ棚やプランターを運べないからね。


「じゃあ、ちゃんと洗って返しますからお借りしますね!」


「はい。多分、私も途中で出かけてると思うので、そこら辺に待機させておいてください。今日はクエストに行かないと、いくら開拓局やファルケンハウゼン子爵閣下から融資を受けていても、ゴーレムは完成しませんからねえ!」


 まあ、レーズィさんは開拓局から受けた100万マルクの融資を全く返済できていないし、とにかくお金が必要なんだろうね。レーズィさんたちが倒した新生竜の素材で75万マルクと荒稼ぎしたボクたちの肩身が狭いよ。


 というわけで、ボクはレーズィさんからゴーレムを借りて、物置から出した荷車を押してもらう。レーズィさんのゴーレムはパワフルで、スムーズに道を進んでいく。ボクは荷車に乗ってゴーレムが誰かを撥ねたりしないように前方に注意する。


「あっ。ヒビキさんだ。ヒビキさーん!」


「リーゼ君? それはレーズィ君のゴーレムか。一体何を?」


「エステル師匠に頼まれて、温室に置く棚とプランターを取りに木工職人さんのところまでお使いに。これって結構乗り心地いいですよ」


「ふむ。一見して面妖だが……」


 まあ、ゴーレムががたがたと馬のごとくボクが乗った荷車を押しているのはちょっと変な光景だろう。村の人たちも未だに変なものを見る目で見てるし。


「それでヒビキさんは何をしてたんです?」


「ああ。またイノシシが作物を荒らしているからどうにかして欲しいという依頼を受けて、イノシシの駆除と再発防止に向かった」


「再発防止?」


「グリフォンのフンを撒くとイノシシが恐れて近づかないそうだ。魔狼などの魔獣も一時的には退けられるそうで、農家の人たちから教えてもらって撒いてきた。やはり、この世界でもこういう方法はあるのだな」


 へー。ボクも長らくヴァルトハウゼン村暮らしだけど、そんな生活の知恵は初めて聞いたよ。今度、うちの裏庭の畑も害獣に荒らされないようにグリフォンのフンを撒いておこうかな。雑貨屋さんで売ってるといいけど。


「では、これからレーズィさんと本格的なクエストですか?」


「知っていたのかい? そう、今日はラインハルトの山の魔獣の間引きのクエストを受けるつもりだ。新生竜がいなくなったせいか、シュトレッケンバッハの山から魔狼やゴブリンがラインハルトの山に移動しているらしい。それから目撃者の情報では、ミノタウロスも出没したとかでな。報酬は高いが、危険を伴うクエストになっている」


「ミノタウロス!」


 あのダンジョンから獲物を探し求めてでてきたのかな?


「あんまり危険なことはしないでくださいね、ヒビキさん。お金は必要ですけど、死んじゃったら意味ないんですからね?」


「理解した。重々気を付けよう」


 ボクが告げるのに、ヒビキさんが頷く。


 まあ、ヒビキさんならよっぽどのことがない限り大丈夫だと思うけれど。


「それじゃあ、ボクは行きますねー。ゴトゴト、ゴトゴト、揺られていくよー」


「う、うむ。では、夕食までには帰るから」


 ボクが再びゴーレムの押す馬車でゴットゴットと揺られていくのに、ヒビキさんは引き気味に頷いた。まあ、やっぱり奇妙な光景ではあるのだろうけど。


 そして、揺られること30分。ようやく木工職人さんの仕事場に到達した。


「おや。リーゼちゃん。エステルさんに頼まれてた品を取りに来たのかい?」


「はい! お使いです!」


 木工職人さんはヴァルトハウゼン村にふたり。こっちもうちと同じようにお師匠さんとお弟子さんのふたりだ。ついでに鍛冶職人さんもふたり組である。そして、競合する他社はいないので頼りになるのはそのふたりだけとなる。


 まあ、鍛冶職人さんも木工職人さんも良心的価格でお仕事してくれるのでそれでいいのだ。うちもポーションの値段を市場価格より釣りあげて暴利を貪ったりしてないし、こういう小さな村ではそういう助け合いの精神が大事なのですっ!


「で、エステルさんが注文してたのはこのプランター8個と棚がふたつね。かなり重いけど大丈夫かい?」


「大丈夫ですよ! このレーズィさんのゴーレムが引っ張っていってくれますから!」


「ゴーレムか……。そのゴーレムは木を細工したりできるのかい?」


「ええっと。それはちょっと分からないです。一応は街道を作ることが目的なので、木を伐採してくることはできるでしょうけど」


 木工職人さんも自分の仕事が取られないか心配なのかな?


「まあ、街道を作ってくれるなら何だろうと大歓迎だ。それにゴーレムに腕前で負けるほど衰えてはいないつもりだからね」


「ええ。こんな素敵なプランターや棚を作れる人は限られます!」


 プランターには綺麗な細工も施されていて可愛らしい。棚にも飾りが施されている。あの温室に並べるのが楽しみだよ!


「それじゃあ、お代は先払いで貰ってるから、気を付けて帰るんだよ。今、ラインハルトの山が荒れてるらしくて、いろいろと物騒だからね」


「はい。きっと今頃ヒビキさんたちが魔獣を討伐してるはずですよ」


 ヒビキさんたちが今頃村を守るためにラインハルトの山の魔獣を間引いていることだろう。ヒビキさんたち冒険者の人たちがいるからこそ、開拓村は安全で、様々な商品の需要も生まれるのだ。感謝、感謝。


 ボクは帰り道には雑貨屋さんによって、エステル師匠からもらったお小遣いで氷菓子を食べた。キンキンに冷えた氷菓子は暑くなり始めた今の季節にはもってこいだ。


 ああ。今年も夏がやってくる。季節は巡る。ヒビキさんがこっちに来てから3ヵ月ぐらいか。時間が経つのも早いものだ。


「今度はヒビキさんも誘おうっと」


 そんなことを考えながら、ボクは氷菓子片手にゴーレムに揺られて家に戻った。


…………………

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