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錬金術師さんと怪しい噂

…………………


 ──錬金術師さんと怪しい噂



「ヒビキ。尾行は?」


「ついていない。今回は穏やかに終わるかもしれないな」


「どうだかね」


 エステル師匠が小声で尋ねるのにヒビキさんがそう返す。


 いつも思うけど、ヒビキさんってどうやって尾行とか見抜いているんだろう?


「インゴ。エステル様が来たぞ。茶を出しな」


「エステルか……。それに今回はまたひとり増えてるな」


 エステル師匠が扉を開いて店の中に入るのに、インゴさんがそう告げる。


「こっちはゾーニャ殿。まあ、騎士殿だ。ここら辺も最近偉く物騒みたいだからついて来てもらった」


「失礼する、店主」


 エステル師匠がゾーニャさんを紹介し、ゾーニャさんが頷く。


「まあ、物騒ではあるわな。ガルゼッリ・ファミリーだかなんだかかいつも面倒を起こしている。俺の店はまだ被害に遭ってないが、盗みやら、詐欺やら、用心棒の押し売りだかをしてるらしい。面倒な話だよ」


 ガルゼッリ・ファミリーの人たちにも困ったものだ。


「それで今日もポーションか?」


「そうだ。だから、茶を出しな。茶菓子もね」


「はいはい。店番を頼むぞ、ヨハン」


「はい、店長」


 そして、いつものようにヨハンという子が店番に。


「ねえねえ。君って歳いくつ?」


 ボクは今日は仲良くなれるかなと思ってヨハン君に尋ねてみる。


「12歳です」


「なら。ボクとおんなじだね! よろしく、ヨハン君!」


「よろしくお願いします」


 う、うーん。なんだか距離を感じるよ。


「ヨハン君ってアルバイトの子?」


「いいえ。店長の息子です。いつも働いてますよ」


「そうなんだ! ボクもエステル師匠の下で働いているよ。ボクたちいろいろと似たところがあるね!」


「えっと。そうでしょうか?」


「そうだよ、そうだよ。共にポーションを扱うお仕事で、親の下で働いているんだから。すっごく似てるね。お父さんは厳しい人?」


「いえ。店長は優しいですよ。いろいろと教えてもらっています。将来は自分がこの店を継ぐことになるので」


「へー。エステル師匠もちょっとは優しくしてくれないかなー」


 うん。ちょっとだけ距離が縮まった気がする。


「その、リーゼさんは錬金術師ですよね? ポーションを作るのってとっても大変だって聞きましたけれど、ヴァルトハウゼン村のような田舎でもやっていけるのですか?」


「大丈夫だよ! むしろ、ヴァルトハウゼン村のような田舎の方が素材も豊富でポーションが作りやすい感じかな? まあ、まだボクは中級ポーションぐらいしかまともに作れないけどね。ハハハ……」


「いえ。中級ポーションでもポーションはポーションです。卑下することはありませんよ。自分なんて何も作れませんから」


「そう言ってくれると嬉しいよ!」


 錬金術師であることを褒められるのは嬉しいな!


「馬鹿弟子。いつまでしゃべくってるんだい。早く来な」


「あっ。それじゃあね! また今度!」


 エステル師匠が呼ぶのにボクがエステル師匠の方に向かう。


「さて、今回は物騒なことに山に新生竜が7体も出てね。そいつらが残した素材を使ってる。どれも一級品のポーションだ。こいつを安く叩こうなんて考えないことだね。それなりの対価を支払ってもらうよ」


「新生竜が7体? そいつはまた。この間のと合わせると8体だな。まだレッドドラゴンが隠れているんじゃないだろうな?」


「出たのは新生竜だけさ。レッドドラゴンの目撃情報はないよ」


 エステル師匠がポーションを並べるのに、インゴさんの目が光る。


「まあ、それだけ出たなら素材は随分と豊富だっただろう。ちょっとは値引きしてくれていいんじゃないか?」


「馬鹿言うんじゃないよ。新生竜を討伐するのも手間がかかったんだ。このヒビキが死にそうになってようやく仕留めた獲物なんだからね。その手間を考えたら値引きなんて1マルクたりともできないね」


「おいおい。そりゃないだろう。30万マルク」


「100万マルクだ」


 また値段交渉が始まった。


 エステル師匠は60万マルクは稼ぐって言ってたけど、60万マルクで売れるのかな?


「冗談じゃない。出せるとしても40万マルクだ」


「90万マルク。このエステル様が新生竜の素材で作った一級品のポーションだよ。馬鹿な値段を付けないで欲しいね」


「分かった、分かった。60万でどうだ?」


「80万マルク」


「エステル。お前さんの腕前は認めるが、こっちにも財布の都合がある。70万マルク」


「まあ、それぐらいならいいかね。75万マルク」


「お手上げだ。それでいい」


 エステル師匠ってばちゃっかり予定の60万マルクより多く稼いでいる。


「ところで、エステル。ここら辺に来た時変な男たちに誘われなかったか?」


「いいや。こっちには騎士殿が付いてるんでね」


「そうか。いや、これはうちの店にポーションを卸しに来た錬金術師から聞いた話なんだが、ここら辺で怪しい男たちが錬金術師を雇っているらしい。かなり高い報酬を約束しているらしくて、誘いに乗る錬金術師もいるそうだ」


 ん? 怪しい人たちが錬金術師を雇っている?


「それはガルゼッリ・ファミリーに違いない。奴らは錬金術師に違法な薬物であるネッビアというものを作らせているのだ。誘いに乗った錬金術師について詳しい情報はあるだろうか? あるいは怪し気な男たちについての情報は?」


「俺も噂に聞いただけだからなんとも言えない。帝国錬金術学校の出身者を狙って誘っているとか、金がなさそうな貧乏錬金術師を狙っているとか、噂はいろいろだ」


「そうか……」


 インゴさんの答えにゾーニャさんがしょんぼりする。


「だが、何か分かったら伝えておくよ。こっちも錬金術師が怪し気な仕事に手を出して捕まるのは困る。錬金術師がいなくちゃこの店は成り立たない。この錬金術師は気が向いた時にしか商品を卸しに来ないしな」


「こっちにも都合ってものがあるんだよ」


 インゴさんがエステル師匠を見ながら告げるのにエステル師匠がそう返した。


「よろしく頼む。報酬は出すつもりだ」


「ああ。トールベルクの市民として協力しましょう」


 ゾーニャさんが手を差し出すのにインゴさんが握手した。


「それじゃあ、行こうか。こっちは久しぶりの都会を満喫したいしね」


「そんなことならここに店を構えればいいじゃないか」


「こっちにはこっちの事情があるんだよ」


 エステル師匠がトールベルクにお店を構えるとなると、ヒビキさんたちとはお別れになっちゃうし、せっかく整備した裏庭も無駄になっちゃうし、素材の調達もお金がかかるようになるし、いろいろと大変だ。


「さてと。まずは飯だな。好きなものを頼んでいいぞ。今日はあたしの奢りだ。騎士殿も護衛のお代だと思って好きなものを食ってくれや」


「いや。市民を守るのは騎士の義務だ。だが、そこまで言うならばご厚意に甘えよう」


 なんだかんだでゾーニャさんもお腹が減っているみたい。


 そして、今日のお店はまた別のお店で、ボクは大盛ハンバーグセット、エステル師匠はステーキ、ヒビキさんは牛肉の包み焼、ゾーニャさんはカツレツセットを頼んだ。いつものようにボクが一番食べているように見えますが、成長期ですので!


「リーゼ君。そのハンバーグをレタスとトマト、チーズなどと一緒にパンで挟んだのがハンバーガーだ。想像は付く味だろう?」


「へえ。変わった食べ方をするんですね。今度お肉が手に入ったら作ってみますよ!」


 ヒビキさんも故郷の味を味わえば落ち着くというものだろう。


「無理には頼まないが、楽しみにしている。それにしても──」


 ヒビキさんがメニューを見る。


「コメは扱っていないんだな」


「コメ? ああ。エスパーダ半島にはコメを食する文化があったね。ここら辺でコメを食う人間はほとんどいないがね」


「まあ、小麦しか育てていないのではな」


 コメかー。市場に並べられてないかな?


「それよりさっきの噂だ。錬金術師を勧誘してるって連中。錬金術師にどんなものを作らせてるんだい?」


「うむ。ネッビアという中毒性のある薬物です。一時的な快楽はもたらされますが、非常に中毒性が高く、一度使用すると抜け出すにはとても長い時間が必要になります。もし、使用を止めずに使い続けると、廃人になってしまい、死んだも同じとなります」


「そりゃまた。随分と厄介な薬を作ってくれたものだね。そのガルゼッリ・ファミリーというのは。錬金術師としては外法だよ」


 エステル師匠たちはガルゼッリ・ファミリーについて話し合っている。早く全員検挙されて、トールベルクの街が安全になるのを祈るばかりだ。


「おとり捜査、ってのは考えなかったのかい?」


「考えたのですが、適した人材がいなくて……。万が一の場合に自分で生き残れる技能がある人間でないと、無実の錬金術師を死なせてしまうことになりませんので」


「なら、あたしが付き合おうか?」


「エステルがですか!?」


 ゾーニャさんもびっくりしたけどボクもびっくりだよ!


「あたしは赤魔術の心得があるし、いざとなればヒビキもいる。ちょっとぐらい手伝っても構わないよ」


「それは助かります! 是非ともお願いします!」


「声が大きい。どこで聞かれているか分からないんだよ」


「すみません……」


 ゾーニャさんはテンションが上がりすぎだ。


「ただ、囮になるのは今度だよ。今は金をたんまり抱えていて貧乏錬金術師には見えない。今度はもっとみすぼらしい恰好でくるから、上手い具合にその怪し気な男たちを捕まえてやりましょう。ただし、条件がある」


「条件とは?」


「うちに上級ポーションが余っててね。それを買い取ってくれるならやるよ」


「それぐらいのことでしたら、是非」


 うちの在庫って相当な数があるんだけど、ゾーニャさんの騎士団は本当に大丈夫だろうか……。


「なら、決まりだ。あたしが上手い具合に獲物を誘い出すから仕留めな。って殺したらダメか。上手い具合に逮捕しな。間違ってもあたしを逮捕するんじゃないよ」


「心得た。早速、上司に聞いてきます。恐らくゴーサインがでるはずですので」


「まあ、しっかり頑張りな―」


 ゾーニャさんが告げるのに、エステル師匠はどうでもよさそうに返す。


 そんなに暢気で大丈夫なの!? 相手はそれなり以上の戦闘員を抱えているだろう犯罪組織だよ。それを相手にして大丈夫なのかな……?


「いざとなればそちらの身はこちらで保護する」


「頼りがいがあるね、ヒビキ。よろしく頼むよ」


 でもまあ、ヒビキさんがいればなんだかんだで安心かl


「では、次に騎士団にポーションを卸しに来る日が決行日だ。上手いことやれるといいんだがね」


「上手くいかせて見せますとも、戦友たちにはそう約束したのですから」


 こうしてゾーニャさんとエステル師匠が手を組んだ。


 次にトールベルクの街を訪れるときには戦争になるぞ……。


…………………

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