錬金術師さんと試作ゴーレム
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──錬金術師さんと試作ゴーレム
ついにレーズィさんが鍛冶職人の人に依頼していたゴーレムの外装が完成した。
レーズィさんはヒビキさんと一緒に大喜びで品を受け取りに行き、荷車を引っ張ってヒビキさんが帰ってきた。
「レーズィさん。これからどうするんです?」
「まずは青魔術で刻印を刻みます。魔道具についてるのと同じものですよう」
ボクが興味津々で見つめるのにレーズィさんが作業を始める。
レーズィさんはゴーレムの外装の関節部位に青魔術で付呪を施し、刻印を刻みこんでいく。両手、両足、胴体、頭部と刻印が刻み込まれていく。これでゴーレムが動くようになるんだよね。魔道具はいつも使ってるけど不思議だ。
「そして、刻印を施したら、あらかじめ作っておいた土嚢を詰め込んでと」
レーズィさんはゴーレムに土嚢を詰め込む。土嚢の大きさはちょうどよく、内部にみっちりと詰まっていった。レーズィさんは隙間ができないようにうんしょうんしょと土嚢をゴーレムに押し込んでいく。
レーズィさんのゴーレムの外装は一見して普通の鎧のようだけれど、それぞれの部位が繋がっている。金具で留めるようになっており、レーズィさんは土嚢を詰め込み終えた部位を金具でぱちぱちがちゃがちゃと留めていく。
「よしっ! 後はコアに目覚めのポーションと上級魔力回復ポーションを注いで!」
レーズィさんはそう告げると、ゴーレムの中心──胴体の中にあるコアの中心に目覚めのポーションを注ぎ、加えてその周囲に上級魔力回復ポーションを注ぐ。二重構造になっているゴーレムのコアはポーションで満たされた。
「これで動くはずです……っ!」
レーズィさんはそう告げて腕を高らかと上げた。
「では、レーズィ式魔道ゴーレム2号起動!」
レーズィがそう告げると、縁側に腰かけるようにしていたゴーレムが立ち上がり、きびきびとした動きでレーズィさんの前までやってきた。
「やった! やりましたよう! ちゃんと動きますよう!」
「やりましたね、レーズィさん!」
レーズィさんが大喜びなのにボクも大喜びだ!
「では、早速この成果を見せに開拓局に向かいましょう!」
「そうですね。更なる融資も受けられるかもしれませんし」
ボクたちはうきうきした気分で開拓局に向かおうとする。
「あっ。せっかくなのでゴーレムに連れていってもらいましょう。レーズィ式魔道ゴーレム2号初のお仕事です!」
「え? どうやって?」
「こうやってです!」
レーズィさんがそう告げるのにボクたちは──。
「いやあ。結構乗り心地がいいものですねえ」
「なんだか不思議な感じです」
ボクたちは荷車に乗り、その荷車をレーズィさんのゴーレムが引っ張っていた。
「リーゼちゃん。そりゃなんだい?」
「ゴーレムですよ。レーズィさんが作ったんです」
「へええ。変わったものを作るんだね」
途中で出会った村の人たちは奇妙な視線でボクたちを見つめてくる。これはちょっと恥ずかしいぞ……。
「おっと。開拓局に到着です!」
レーズィさんとボクを乗せた荷車は開拓局に到着した。
「では、早速オスヴァルトさんたちに見てもらいましょう」
「そうしましょう!」
レーズィさんのテンションはいつにもまして高いぞ。
「失礼しまーす。オスヴァルトさんはいらっしゃいますか?」
「おや。リーゼちゃんにレ、レーズィさん。どのようなご用件で?」
開拓局ではハンスさんとカルラさんが仕事していた。いつも忙しそうだ。
「やっとゴーレムが完成したんですよう! それで成果をオスヴァルトさんに見ていただきたくて! 絶対に驚かれること間違いなしですから!」
「わ、分かりました。では、局長を呼んできますね」
ハンスさんは相変わらずレーズィさんの前では挙動不審だ。
「レーズィ君。ゴーレムができたそうだね。見せてもらえるかい?」
「もちろんですよう! これがレーズィ式魔道ゴーレム2号ですよう!」
レーズィさんはそう告げてゴーレムを指し示す。
「ふむ。外装は金属でできているのだね。外装にかかった費用は?」
「20万マルクです……。しかし、耐用年数は50年以上に及ぶことは間違いないですよう! それに大量生産したら価格も下がると思いますし!」
「20万マルクか……」
20万マルクでゴーレムを揃えるか、もっと安く人を雇って人材を揃えるか。
「ちなみにこのゴーレムの動力源は?」
「上級魔力回復ポーションですよう。これで48時間はぶっ続けで働けますよう」
「なるほど。となると1日4000マルクか」
「そ、それも大量生産が叶ったら価格は下がるはずですから」
普通、工事をする人に支払う代金は1日で8000マルク程度だ。その点ではレーズィさんのゴーレムの方がコストパフォーマンスは高いと言えるだろう。
「このゴーレムはどんな劣悪な環境でも働けますし、魔獣に襲われても平気です! 量産するなら価格は必ず下がります! どうか開拓局で採用してください!」
レーズィさんはゴーレムを売り込もうと必死だ。
「確かにあの街道建設予定地には魔獣が出没する。それに昼夜を問わず働けるゴーレムというのは魅力的だ。更なる融資を行いますので、早速街道の整備に取り掛かっていただけますか?」
「はい!」
こうしてレーズィさんのゴーレムは開拓局で試験採用された。
ゴーレムが使えると分かったらファルケンハウゼン子爵閣下が量産に手を貸してくれるようだし、当面の問題はこれでないのかな?
「その前に動いているところを見せていただいてもよろしいかな?」
「はい! 重い荷物だろうと何だろうと運んで見せますよ!」
「では、まずはこの昨年度の収支報告書を運んでみてくれるかい?」
「お安い御用です!」
レーズィさんのゴーレムは収支報告書が収まった箱を軽々と抱えると、それをオスヴァルトさんが指定した場所まで運んでいった。なめらかに動きで中に人間がいるのではないかと錯覚してしまいそうである。
「ふむ。では、次は穴を掘ってもらっていいかい? 土木作業に耐えられるか確認しておきたいと思う」
「任せてください!」
レーズィさんのゴーレムはレーズィさんと一緒に開拓局の外に出る。
そこでスコップを渡されると、レーズィさんのゴーレムは一心不乱に穴を掘る。人間の倍はあるような凄まじい速度だ。
「これは……素晴らしいな。これだけでも20万マルクの価値はある。では、レーズィ君、追加融資の50万マルクだ。そちらのゴーレムが今度は集団で作業しているところを見せてくれるとありがたい」
「お任せあれ!」
レーズィさんはうきうきした気分で開拓局を出ていった。
「やっとゴーレムが売り込めましたよう。これで人類が労働から解放される日は近いですねえ! 真の文明が築けるのももう少しと言ったところですよう!」
レーズィさんは働き者なのに働くのは嫌いみたい。
「帰りましたー」
「帰りましたよう」
ボクとレーズィさんが家に戻ってくるが家の中は静かだ。
「エステル師匠は上級魔力回復ポーション作りかな。集中しているのを邪魔されると滅茶苦茶怒られるので、静かにしておきましょうね」
「はい」
というわけでボクたちはお茶でも飲んでまったりする。
「しかし、上級魔力回復ポーションはネックですねえ。ゴーレムを可能な限り長期時間働せるのに上級魔力回復ポーションがいいんですがその価格が……。もうちょっとどうにかして価格を下げることはできませんか?」
「難しいですね。上級魔力回復ポーションの値段が高いのは手間もあるのですが、素材が手に入りにくいという弱点もありますから。ユウヒノアカリ草が栽培が難しく、レア素材のために価格が下げにくいんです」
「そうですか……」
レーズィさんがしょんぼりしている。
「別のレシピを試すって手段もありますけど、大なり小なりレア度の高いアイテムが求められますからね。中には上位魔獣の素材が必要なものもあって、そう簡単には手に入らないんです。けど、ツバメノタマゴ草を使ったレシピなら……」
「安くなるですかっ!?」
「え、ええ。その代わり製造に手間がかかりますけれど」
「お手伝いするので試してみましょう!」
レーズィさんがやる気になってしまった。ツバメノタマゴ草を使った上級魔力回復ポーション作りは恐ろしく手間がかかるのだが。
「まずはエステル師匠に作っていいか聞いてきますね」
「お願いします!」
レーズィさんは土下座でもしそうな勢いでボクに頼み込む。
「エステル師匠。新生竜の素材って捌けてきました?」
「まだまだだよ。いい加減疲れてきたね」
エステル師匠は今度トールベルクのインゴさんの店に売りに行く上級ポーションを一心不乱に製造している。その疲労も相まってか、恐ろしく不機嫌に見える。
「エステル師匠。この中級疲労回復ポーションをどうぞ。気分がすっきりしますよ」
「気が利くね、馬鹿弟子。それで、お前は何を企んでいる?」
親切心で渡したのに下心を疑われた! まあ、下心はあるんですが。
「レーズィさんのためにツバメノタマゴ草を使った上級魔力回復ポーションをつくりたいんですけど、作ってもいいですか?」
「ツバメノタマゴ草を使った上級魔力回復ポーション? あれはとんでもなく手間がかかるよ。時間の無駄だろう。それならユウヒノアカリ草を採取してきた方がマシだ」
「ですよねー。でも、それだとお高くなるんで。やっちゃダメです?」
「好きにしな。あたしはちょっと寝る」
エステル師匠は今日はお疲れの様子で、欠伸をしながら部屋から出ていった。
「さてっと! じゃあ、始めますか!」
ボクはツバメノタマゴ草、お化けタンポポの根、それからコオリノアオ草を準備する。コオリノアオ草は乾燥したものを準備。お化けタンポポとコオリノアオ草は、ツバメノタマゴ草と同じように採取しやすい薬草で、裏庭の畑にも植えてある。
「まずはツバメノタマゴ草とお化けタンポポの根を水と共にじっくり弱火で……」
煮込むこと3時間。沸騰しないように用心しながら薬効成分を引き出す。
「で、混ざり合ったものをザルでこして、不純物を取り除いて……」
この作業を約10回。徹底的に不純物を取り除く。
「そして、そして、不純物を取り除いた溶液とコオリノアオ草を治癒用混合液に浸して、待つこと3時間……」
ひたすら待つ。
「で、この薬効が染み渡った溶液をまたザルでこして不純物を取り除いて……」
徹底的に不純物を取り除く。
「また錬金釜で沸騰しないように弱火で煮込んで……」
煮込むこと1時間。
「出来上がった溶液にオリーブオイルを加えてひたすらに混ぜる!」
ガチャガチャとホイッパーを使ってひたすらに混ぜる! 混ぜる!
時間は決まっていない。溶液がとろみを帯びて白っぽくなるまでかき混ぜるのだ。
混ぜ混ぜ、混ぜ混ぜ、混ぜ混ぜ。
う、腕が疲れてくる……。でも、もう少し、もう少しなので……。
そして、激しくかき混ぜて、ようやく溶液が白っぽくなった。
これで出来上がりかと思ったらそうでもない。
ここでまた溶液を錬金釜で煮込むのだ。
とろとろ弱火で熱すること30分。とろみがなくなったら完成!
「できましたー!」
ツバメノタマゴ草からできた上級魔力回復ポーションだ!
「つ、疲れたー……」
これじゃ採算が取れないわけだよ。錬金釜を恐ろしく占有するのに、出来上がるのは上級魔力回復ポーションが1本。これならユウヒノアカリ草の群生地を探して、そこで採取して来てから30分程度で作る方がいいってもんだ。
「リ、リーゼさん。できましたか……?」
「できましたよ……。でも、これ手間がかかりすぎてダメダメです……」
レーズィがおずおずと様子を見に来たのに、ボクが白い上級魔力回復ポーションを取り出して見せた。確かにツバメノタマゴ草から上級魔力回復ポーションはできるけれど、これではあまりにも採算が取れない。
「おーい。馬鹿弟子。ポーションはできたかー?」
「できましたよ……。でも、これじゃ採算に合わないです……」
「だろうな。できたら他の連中が既にやってる」
ボクの言葉にエステル師匠がケラケラと笑う。
まあ、確かに安価なツバメノタマゴ草を材料に上級魔力回復ポーションが作れるなら、もうとっくに誰かが試してるよね。そんなに簡単に行く話じゃないか。残念。
「あっ! そうです! ゴーレムで自動化させてみてはどうでしょうか! ゴーレムなら機械的にこなしてくれるので、もしかすると簡単にできるかもしれませんよ!」
「錬金術師はそれなりに修行を積んでないとポーションは作れないんですよ、レーズィさんっ! ゴーレムに素材の質感とか薬効の出ている様子とかが分かりますか!」
「す、すみません。安易な考えだったようです……」
街道工事ならともかく繊細な技術が必要とされる錬金術にゴーレムはまだ早いよ! もしかするとボクたちが失業しちゃうかもしれないじゃないか!
「ふうむ。絶対に自動化できないとは思わないぞ。ツバメノタマゴ草から上級魔力回復ポーションを作るのは割と力業だ。あんたのゴーレムがどれほど精密に動けるかは分からないけれど、ある程度の質の代物はできるんじゃないかい?」
「エステル師匠ー!?」
いいの!? ボクたち錬金術師が失業しちゃうよ!?
「まあ、問題は錬金釜を占有しすぎて、そのせいで採算が取れなくなるってことだ。買い手があんたしかいない上級魔力回復ポーションばっかり作ってもしょうがない。それもツバメノタマゴ草から作る上級魔力回復ポーションなんてな。それを作るぐらいなら、もっと利益が出るポーションを作るね」
「そうですか……」
エステル師匠の言葉にレーズィさんがしょぼーんとした。
「まあ、この間の採取でユウヒノアカリ草はたっぷり手に入ってるし、市場にもユウヒノアカリ草は季節を問わず出回っている。そんなに焦ってツバメノタマゴ草から作ろうとしなくてもいいんじゃないかい。1本たったの8000マルクで、あのゴーレムは48時間働けるんだろう?」
「そうですね! 普通の労働者さんたちよりコストパフォーマンスはいいですよね!」
というエステル師匠の説得もあり、レーズィさんは無理にツバメノタマゴ草から上級魔力回復ポーションを作るという企てを諦めた。
問題は街道を作るのにゴーレム1体では不足するということだ。
オスヴァルトさんはもう街道の工事を始めてくれていいと言っていたけれど、これはどうしたものだろうか。
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