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錬金術師さんと心配

…………………


 ──錬金術師さんと心配



 ヒビキさんがなかなか帰ってこない。


 馬ならばファルケンハウゼン子爵閣下の城までは2時間もかからない程度のはずだ。それなのにヒビキさんは朝に出ていったまま、夕方になっても帰ってこない。


 もしかすると、ヒビキさんはやっぱり騎士になっちゃったんだろうか。それだと悲しいな。もう一家の一員なのに何も言わずに出ていっちゃうだなんて。


 レーズィさんもそわそわしてる。途中で魔獣に襲われたんじゃないかって気が気じゃないみたい。ヒビキさんなら魔獣程度は倒せるだろうけど、護衛対象であるフィーネさんを抱えた状態なら分からない。全力が発揮できずに、魔狼やゴブリンに囲まれて殺されちゃったのかもしれない。


 とにかく、心配だ。何事かあればファルケンハウゼン子爵閣下の城から何らかの連絡があると思うのだが、それもない。それでボクたちは完全に訳の分からないままに、放置されていた。


「ヒビキさん大丈夫でしょうか……?」


「分かりません。でも、きっとヒビキさんだから大丈夫ですよ!」


 レーズィさんが心配するのにボクがそう告げる。


 大丈夫であって欲しい。無事にこの店舗兼家に帰ってきて欲しい。


「なあにも心配することはないよ。相手はヒビキなんだ。レッドドラゴンを殺して、新生竜も7体殺した男だぞ。それぐらいの奴がそう簡単にくたばるもんかい。きっと子爵の娘っ子に頼まれて城にいるだけだろう。じきに帰ってくるはずさ」


 エステル師匠はこのことについては全く心配していない。ボクもエステル師匠のように豪胆になりたいよ。


「帰った」


 ヒビキさんの声がしたのはそんなときだった。


「ヒビキさん! 大丈夫でしたか!?」


「うむ。やはり追いかけて正解だった。途中で魔狼の群れにでくわした。なんとか撃退したのだが、それから次にゴブリンの群れに遭遇してな。どちらも倒せはしたもののフィーネ嬢が危ないので、持っていた中級魔獣除けポーションを使うことになった」


「フィーネさんは魔獣除けポーションも持たずにここまで来たんですか!?」


「そうらしい。臭いが気になるとかで。あれでよく無事にこの村までこれたものだ」


 全くだよ! あの荒れ道はまだよくよく魔獣が出没するから、郵便配達にいくハンスさんもうちで魔獣除けポーションを買っていくのに! フィーネさんってば本当に危なっかしい人だなっ!


「それで遅くなったんですか」


「それもあるのだが、城に着いてからがまた問題でな。フィーネ嬢は父親の断りもなく城からひとりで抜け出してきたようで、その説明を俺にも求められた。実質は尋問のようなものだったが、ありのままのことを話した」


「もう、フィーネさんは……」


 エステル師匠の言う通り、さっさと帰しておくべきだった。でも、それだとフィーネさんが魔獣に襲われるわけで……。あー! 面倒くさいな!


「それからファルケンハウゼン子爵閣下がことの事情を理解し、詫びに来てくれた。娘が迷惑をかけてすまないと。だが、フィーネ嬢に変な約束をした俺も悪いと非難されてしまったがな。やはり、軽率な約束事はしないものだ」


「ヒビキさんは悪くないですよ! 悪いのはフィーネさんですし!」


 そうだよ! フィーネさんってばもう!


「まあ、軽く注意されたぐらいでそこまで真剣に叱責されたわけではない。むしろ、娘であるフィーネ嬢を魔獣から保護してくれて助かったと言われたぐらいだ。そのお礼ということで城で昼食に誘われてな……」


「あー……。だから、遅かったんですね……」


 貴族の人たちの食事は美味しいらしいけど時間がかかるのだ。これでヒビキさんが遅くなった原因が分かったよ。


「そういうことだ。昼食だから軽いものなのだろうと思ったのだが、肉や魚やらいろいろと出てな。数時間はかかってしまった。しかし、得たものもあるぞ」


「何ですか?」


「ファルケンハウゼン子爵閣下がレーズィ君のゴーレムに僅かながらだが出資してくれるそうだ。使えるものが完成したら、本格的に生産することに力を貸すとも約束してくれた。レーズィ君にとってはいいニュースだろう」


「おおっ! 凄いです、ヒビキさん!」


 ヒビキさんはレーズィさんのことも考えていてくれたのか!


「うわあ! ありがとうございますよう、ヒビキさん!」


「ああ。それでこれが渡された30万マルクだ。試作機を作るのに使ってくれと言われた。返済の必要はないとのことだったので、開拓局からの融資の返済に充ててもいい。好きなように使ってくれとのことだ」


「おお……っ! 助かります!」


 レーズィさんは目の前のことが信じられないくらいに嬉しそうだ。そうだよね。いきなり30万マルクなんて大金が転がり込んで来たら嬉しいよね。


「ヒビキさんにはお礼はなかったんですか?」


「それが騎士になってはどうかとは言われた」


「ええっ!? そ、それでなんて返事を?」


「前と同じだ。俺はここにいなければならない理由があるから受けられないと」


 ほっ。ヒビキさんが出ていくようなことにならなくてよかった。


「それでもどうしてもと言われたが、俺は騎士としての務めを果たせる能力も知識もないからと言って断った。実際のところ、俺は騎士というものが何をするものなのかよくわかっていないんだ。警察官や護衛のようなものだろうか?」


「そうですね。君主のために戦うのが騎士の人の役割です。まあ、細かいことはボクにも分かりませんけど、君主の人が皇帝陛下に招集されて戦争にいくときは付いて行ったり、普段は領地の見回りをしたり、護衛をしたりするみたいです」


 ボクも騎士の人の知り合いはゾーニャさんぐらいだからよく分からないのだ。ゾーニャさんは皇帝陛下直轄の騎士の人だから、他の騎士の人とは役割が異なるだろうし。


「なるほど。だが、それには貴族に対する礼儀作法なども必要なのだろう?」


「そりゃ当たり前さ。普通はいきなりそこらの人間を騎士にしたりはしない。従騎士から始めて、そこで貴族世界の風習を学んでいき、きちんと理解出来たら騎士になれるのだからね。だから、あんたを騎士に誘っているのはただの社交儀礼だよ」


「やはりそういうものか。提案はあまり真剣には行われていなかったしな。……フィーネ嬢を除いて、だが」


 フィーネさんはまだ諦めていないのか。困ったものだ。


「その代わりにこれを受け取った。使ってくれとのことだ」


「わあっ! ナイフじゃないですか!」


 ヒビキさんが取り出したのは、鞘に納められた1本のナイフだった。ヒビキさんが刀身を抜くと、剣呑な輝きを宿した鋼鉄の刃が姿を現す。


「ほう。そいつはミスリルのナイフだね。子爵も随分と気前がいいじゃないか」


「そうなのか? まあ、いざという場合に予備のナイフが欲しかったのでちょうどよかったと思っているところだ」


 ミスリルのナイフを予備なんてもったいない!


 けど、ヒビキさんのナイフも切れ味抜群で太陽の光に輝かないっていう不思議なナイフだしな。ヒビキさんにとってはミスリルのナイフもその程度の価値なのかもしれない。


「しかし、どうしてナイフを?」


「うむ。それが昼食の場でレッドドラゴンと新生竜を討伐したときの話をしてな。その内容に子爵閣下とフィーネ嬢がいたく感動したらしく、是非とも使ってくれと託された。血生臭いだけの話だと思うのだが」


 ボクもヒビキさんが新生竜を討伐したときの話聞きたい!


「そりゃあ、感動するだろうね。何せたったの6名で新生竜7体を相手にして勝利したんだ。普通なら全滅してるところだよ。あたしも未だに信じられないくらいだ。新生竜を纏めて7体始末しただなんて、な」


「そうですよ! ヒビキさんはすっごいことを成し遂げたんですよ! そのことは誇らないと! ヒビキさんはちょっと謙虚すぎます! もうちょっと自分の業績を誇らないと舐められちゃいますよ!」


 エステル師匠とボクがそう告げるのにヒビキさんが困った表情を浮かべている。


「まあ、努力はする。だが、あまり慣れないものだ。こういうことは。軍でも功績の評価はあったが、あれはAIが無機質に行っていたからな。それに俺の仕事は所詮は殺すことだ。エステルやリーゼ君のように何かを生み出すことじゃない。非生産的だ」


 ヒビキさんは困った表情のままにそう告げる。


「違いますよ! ヒビキさんはこの村をレッドドラゴンと新生竜の脅威から救ったんですから! ヒビキさんのおかげでボクたちは安全に暮らしていけるし、この村を魔獣に追われることもなかったんですから! ヒビキさんの仕事も立派です!」


「そう言ってもらえると助かる。以前は誰かにそう言ってもらうことはなかったかならな。国民全員が軍隊に守られるのは当たり前だと思っていたし、俺たちの仕事は称賛に値しないものであったから」


「その国民の人たちは恩知らずですよ!」


 全く! ヒビキさんが頑張っているのに評価しないなんて考えられないよ!


「まあ、いい。今は満たされている。それでエステル、これは君にだ」


「ほう。蒸留酒かい。子爵も気が利くじゃないか」


 エステル師匠にヒビキさんが手渡したのは、度数の高そうなお酒だった。


 あーあ。エステル師匠ってば今朝頭痛で不機嫌だったのに、もうお酒見てご機嫌になってるんだから。全く学習してないなー。


「そして、これはリーゼ君にと」


「わあ! 髪飾りですか!」


「ああ。フィーネ嬢から世話になったと君に」


 ヒビキさんが手渡してくれたのは綺麗な宝石で飾られた髪飾りだった。こんなに綺麗な髪飾りが貰えるなんてボクってばラッキー!


「しかし、ファルケンハウゼン子爵閣下はどうして、エステル師匠にお酒を?」


 ここで疑問がひとつ。エステル師匠は今回の件ではフィーネさんを追い払おうとしただけだ。それなのになんでお礼を貰っているんだろう?


「詳しいことは俺にも分からないが、フィーネ嬢が小さいときに世話になったと」


「そうだよ。あの娘っ子のために流行り病の治療ポーションを作ったんだ。ここらで一番腕前がいい錬金術師はあたしだったからね。その礼だろう。随分と遅いことだが、全くないよりはマシってところだな」


 へー。そう言えば一度ファルケンハウゼン子爵閣下の騎士の人が家に来てたな。あれはエステル師匠からポーションを受け取るためだったのかな?


「それから次は俺が城に来てくれとのことだった。冒険者の生活に興味があるらしい。断りたかったのだが、どうしてもと言われてしまってな……」


「あー……。貴族の人は厄介ですね……」


「それからリーゼ君にも一緒に来てもらいたいと言われていた。錬金術師がどのようにポーションを作るのか興味があるそうだ。大丈夫だろうか?」


「ご馳走がでるなら喜んで行きますよ!」


 美味しいご飯を食べるチャンスは逃さないぞ!


「まあ、遅くなったのはこういう事情だった。レーズィ君、クエストには明日から行こう。もう資金が必要なければそれでいいが」


「いえ! より良いゴーレムを作るためにはもっともっとお金が必要ですからいきますよう! それに1体だけでなく、複数作って、動きを連動させる実験もしたいですし!」


「そうか。ならば、明日から頑張るとしよう」


 というわけで、無事にヒビキさんは帰ってきた。


 しかし、街道を整備するとなると、工事中に魔獣に襲われることにも注意しなくちゃいけないのか。魔獣除けポーションがあれば大丈夫だろうけど、魔狼がテリトリーを構築していたり、魔獣除けポーションを調達する資金に困ったりすると大変だ。


 それから街道が完成してからも、魔獣が寄り付かないようにしておかなければ、行商人の人たちもなかなか来てくれないだろう。


 うーん。問題は多いな。本当に街道はできるんだろうか?


 そこはかとなく疑問になってきたよ。


…………………

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