錬金術師さんと開拓局
本日4回目の更新です。
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──錬金術師さんと開拓局
ボクが腰痛のポーションを瓶に詰め、朝ご飯を作り終えたころには、ヒビキさんは既に身支度を済ませていた。早い……。
「それで、開拓局という場所に向かえばいいんだな?」
「ええ。そこで村の外に連絡ができるんです」
朝ご飯を終えて、ボクがいつもの鞄に腰痛のポーションを詰めるのに、ヒビキさんが改めて確認してきた。やはり見知らぬ異国の地だと不安が大きいようだ。開拓局で連絡が取れてヒビキさんが安心できればいいのだけれど。
「ふむ。理解した。では、出発か?」
「はい! 行きましょう!」
いざ、開拓局へ!
「開拓局っていうのはどのような仕事をしているんだ?」
「開拓村の開拓支援ですよ。開拓計画を立てて、それに必要とされる資材や人材を確保できる見込みを付けて、各地方から開拓者を勧誘するんです。ボクたちも開拓局の勧誘でこの村に来たんですよ。エステル師匠が静かな村で過ごしたいって言うから」
開拓局の仕事は多岐にわたる。
まず大きなものは開拓計画の策定。その地方の予算などとにらめっこし、現実的な開拓計画を作る。この時点で問題が生じると、取り返しのつかないことになるので、その策定は慎重に進められている。と、オスヴァルトさんから聞いた。
それから資材と人材の調達。開拓計画で策定された開拓計画を実行できるように、資材と人材を調達する。資材の調達は地元の領主──ここならばファルケンハウゼン子爵閣下──が資金を工面して調達する。後は開拓の際に採取できる資材で賄う。このヴァルトハウゼン村ならば、森林を切り開いた際の木材なんかも重要な資材だ。
人材はなるべく費用を使わないように調達される。自由農民たちに土地を提供することで、農民を増やす。そして、その農民たちが魔獣に遭遇した際に討伐を依頼する冒険者ギルドを誘致して、冒険者を増やす。そうやって人口を増やしていきながら、様々な需要と供給を満たしていくのである。
ボクとエステル師匠もここにポーションの需要があって、土地が静かだからということで移り住んできた口だ。ボクとエステル師匠は昔は帝都の外れに住んでたんだけど、あそこは治安が悪いし、衛生的にも劣悪だったし、移り住んで正解だったかな。
それから開拓局は新規住民のための住居確保はもとより、村祭りの主催者にもなっている。この村はできて間もないので歴史や伝統はなく、開拓局と村人が一緒になってイベントを作っていくのだ。
ボクにはそれがたまらなく楽しい! だって、お祭りを自分たちで催せるんだよ? そんなに楽しいことなんて他にないよ! 収穫祭や聖人の日のお祝いなどは開拓局が主催し、村人たちが協力して行われているんだ!
ヒビキさんももうちょっと早くこっちに来てくれたなら、この間の春の収穫祭を楽しむことができたのになー。ちょっと残念だ。
「兵士は駐留していないのか? それか警察機構は?」
「兵士はいませんよ。警察は村人と冒険者で組織する自警団があります。ボクもボランティアで自警団にポーションを納めたりしてましたよ。自分のことは自分で面倒を見るも開拓村のモットーですけど、住民同士の支え合いも大事って言われてますから」
ヒビキさんはここに軍隊や警察がいないことを疑問に感じていたようだ。
確かにファルケンハウゼン子爵閣下の兵士もここを軽く巡回するのみだけど、警察は自警団が組織されている。ボクたちもそれに協力していてエステル師匠は戦闘用の爆裂ポーションを納めたり、ボクは体力回復ポーションを納めたりしている。いざという時に助けてもらうためだ。ボクもエステル師匠も錬金術師で戦闘力はほぼ皆無だからね。
「自警団、か。あの森のドラゴンは自警団が扱う案件だったのか?」
「まさか! あれは冒険者ギルドの仕事ですよ。前にも討伐依頼が出されたんですけど、討伐隊が一度全滅してからはみんな慎重になって。でも、ヒビキさんのおかげでリベンジできましたし、冒険者ギルドの人たちも喜ぶと思いますよ」
「獲物を奪ったとは思われないだろうか?」
「あれはもう誰の獲物でもなかったですから。とにかく手におえない森の暴君だったんです。これからは穴を埋めるように小型の魔獣が出没すると思うので、そっちの討伐で冒険者さんたちは大忙しになると思いますよ」
ヒビキさんはとっても思いやりのある人なんだな。獲物を奪ったって考えはボクにも思い浮かばなかった。だって、ラインハルトの山のレッドドラゴンだよ? 冒険者たちを食い殺して、焼き殺して、恨みつらみをため込んでいた怪物だ。それを獲物と呼ぶような上級冒険者がいてくれればいいのだが、碌な報酬も出せない地方の開拓村にそんなエース冒険者が来るはずもないのです。
むしろ、これからはレッドドラゴンが獲物にしていた小型の魔獣がうろうろしだすと思うので、そっちの討伐でお金を稼げると冒険者の人たちは安堵するはずだ。
魔狼なんかが出没したら、すぐさま冒険者ギルドに依頼が来るだろう。魔狼は一度自分たちのテリトリーと定めると、全滅させない限り移動しようとしないからね。
「その、冒険者という職業について詳しく教えてくれないか?」
「いいですよ。まず冒険者というのは──」
ヒビキさんが尋ねてくるのにボクが答える。
冒険者は冒険者ギルド──この辺りなら北部冒険者連盟──に登録している人たちのことを指す。基本的に冒険者ギルドは身元を証明できる書類さえあれば100マルクで登録でき、その後も費用は特に掛からない。
そして、冒険者は基本的に下からE級、D級、C級、B級、A級の5つの階級に分けられるということ。これは冒険者が自分の力量を超えた無謀な仕事に挑んで、死傷するのを阻止するための措置であり、階級が高いから偉いとかいうわけではない。……少なくとも、北部冒険者連盟ヴァルトハウゼン村支部のクリスタさんはそう言っていた。
実際のところ、階級が低い冒険者の人の方が安い報酬でいろいろと引き受けてくれるし、仕事も丁寧だから階級が低い人の方が信頼できる。階級が上の人は、報酬も高いし、安い仕事は滅多に引き受けてくれないし、後始末が雑だったりするし。
まあ、階級が上の人が全員そうだとは言わない。実際にラインハルトの山のレッドドラゴンに挑んで死んでいったのはB級クラスの冒険者の人たちだったと聞いているし。
何事も適材適所だね。
「冒険者になるのは身元の証明が必要なのか……」
「あっ。ヒビキさんは身元が証明できないんでしたね……」
これまでの迷い人がどうやって過ごしてきたのかの詳細は知らないが、ヒビキさんが仕事をしようとすれば身元の証明が求められる。冒険者ギルドでも、開拓局が斡旋する仕事でも、身元の証明が必要になるからな……。
「なんなら、ボクたちの店で働きますか? ヒビキさんはボクの命の恩人だし、恩返しがしたいんですよ!」
「だが、見たところ、君たちの店にはもう従業員はいらないのではないか?」
「ま、まあ、そうかもしれませんけど」
正直、ボクたちの錬金術店はボクとエステル師匠でほぼ問題なく回っている。今更新しい店員を入れても、どう扱っていいのか困りものである。
素材の収集とかなら仕事になるけど、そこまで頻繁に行くものじゃないしなあ。
「俺は俺でなんとか仕事を探してみる。世話になったな」
「う、うーん。ボクもお力になれればいいんですけど」
そういえばエステル師匠がオスヴァルトさんに渡してくれって言って、ボク一通の手紙を受け取っていたんだよな。それに何かこの事態を変える何かがあるのかもしれない。諦めてしまうのはまだ早い!
「さて、ここが開拓局ですよ!」
正式にはヴァルトハウゼン村開拓局だ。
「こんにちは!」
「おう、こんにちは、リーゼちゃん。例の局長の腰痛のポーション?」
ボクが挨拶するのに開拓局の事務員さんが心地のいい返事を返してくれる。
「はい。それから皆さんに疲労回復ポーションの差し入れを」
「マジで! ありがとう、リーゼちゃん!」
ボクは鞄を下ろすと、事務仕事をしている開拓局のメンバー──ハンスさんとカルラさんに作り置きしていた疲労回復ポーションを手渡す。ふたりとも仕事が忙しいのか、目の下にクマを作っている。少しは疲れが取れてくれるといいけれど。
ハンスさんは若くて優しい男性だけど髪切ったり、髭とか剃ったりとかした方がいいと思う。開拓局の仕事が忙しいのは分かるけれど……。身ぎれいにしてないと女の人にモテないよって言ったらすっごくショック受けてたからもう言わないけどさ。
カルラさんは無口な女性で、ボクに一礼するとポーションを飲み干して、カリカリカリカリと書類仕事を続ける。無表情に書類に素早く目を通して、筆記していく様は、伝説のゴーレムを連想させる。そこまで冷たい人ではないんだけどね。
「で、そっちの大きい男性は誰よ?」
「ヒビキさんです。昨日の夕方にレッドドラゴンに襲われていたところを助けてもらったんですよ! すっごく強い人なんです!」
「え? レッドドラゴン? あのラインハルトの山の?」
「そうです、そうです。この後で冒険者ギルドの人たちと一緒にレッドドラゴンの死亡の確認と、レッドドラゴンからの素材収集を行う予定なんですよ」
ハンスさんが目を見開くのにボクが自慢げに告げる。本当は自慢しなければいけいのはヒビキさんなんだけど、ヒビキさんは自分がやったことがどれだけ規格外な行動だったかを今いち認識してないみたいだしなー。
「ああ。とうとうラインハルトの山の主もくたばったか。盛者必衰、世は無情って奴だな。だが、これで冒険者ギルドも忙しくなるだろう。これからは小型の魔獣がぞろぞろと出てくるはずだからな」
「レッドドラゴン以上に用心しないといけませんね」
レッドドラゴンほどの強さはないとはいえど、魔狼やゴブリンが群れれば人は簡単に殺される。幸いなのはレッドドラゴンと違って、これらの低級魔獣には魔獣除けポーションが有効だということだろう。また一儲けできそうだ。
「ところでオスヴァルトさんはいらっしゃいますか?」
「ああ。いるよ。今局長室で書類と格闘してるところ。疲労回復ポーションもセットで持っていってあげなよ」
「はい!」
ボクたちはオスヴァルトさんに用事があって来たのだ。ヒビキさんも待っていることだし、早速オスヴァルトさんの下を訪れよう。
「オスヴァルトさん! リーゼです! ご注文の品を持ってきました!」
「おおっ! 開いてるから入ってくれ」
ボクが告げるのに、部屋の中からオスヴァルトさんの声が響く。
「失礼します」
ボクが扉を開けて中に入ると、そこは酷く荒れた部屋になっていた。
その端にいる初老の男性がヴァルトハウゼン村開拓局局長のオスヴァルトさん。白髪が混じった太い眉毛が特徴的で、見た目のままにいい人だ。よくよくボクに頭痛のポーションや肩こりのポーションを依頼してくれる。
「すまない。座れる場所に座ってくれ」
「はい」
ボクたちは書類に覆われた部屋をそろそろと進むと応接用のソファーに腰かけた。
「あった、あった。昨年度の収益記録だ。全く、何でこの年だけ抜け落ちていたのだろうな。もう4時間も無駄にしてしまった」
オスヴァルトさんはそう告げると、探し出した書類をバインダーに挟み、ボクたちの向かいに腰かける。
「それで例の品は完成したのかい?」
「はい、どうぞ。1日に3回を目途に服用してくださいね。腰の痛みが治まったら、もう服用しなくていいですよ。過度な使用は絶対に控えてくださいね」
「分かった、重々承知している。では、これが代金だ」
そう告げるとオスヴァルトさんは腰痛のポーションの市場価格である800マルクを支払って、ボクからポーションを受け取った。
「はあ。これで忌々しい腰痛からさよならできるかと思うと安堵するよ。ありがとう、リーゼちゃん」
「お役に立ててよかったです」
いつでもボクの作るポーションで幸せそうになってくれる人を見るのは嬉しいことだ。報酬を貰う以上の達成感がある。もちろん、報酬がいらないわけではないけどね!
「それから疲労回復ポーションも。疲れているみたいですから、頑張ってください!」
「ありがとう。その言葉が何よりの栄養になる」
オスヴァルトさんはそう微笑むと、疲労回復ポーションも一気飲みした。
「ところでそちらの男性は?」
「エステル師匠が言うには迷い人だろうと。ボクがレッドドラゴンに襲われそうになったところを助けてくれた命の恩人ですよ!」
「な、レッドドラゴンに!? 大丈夫なのか?」
「はい。ヒビキさんがあっという間に倒してしまわれたので」
ボクがヒビキさんを紹介するのにヒビキさんは考え込むような表情をしていた。
「冗談、ではないよな?」
「今日の昼ご飯前には冒険者の人たちと一緒にレッドドラゴンの素材収集に行きますよ。せっかく森の暴君を倒したことですし、お祝いにお祭りしませんか?」
「お祭りか。この間の収穫祭でかなりの出費になったからなあ」
レッドドラゴン討伐記念祭りとかしたかったけど、一番賑やかな春の収穫祭が終わった後ではお祭りの連続になってしまうなー。残念。
「それでこの男性は何を望んでここへ?」
「村の外に連絡を取りたいと思っている。ここなら手を貸してくれると聞いた」
「ああ。ここは村人たちの郵便を請け負っている。目的地はどこかな?」
そう告げてオスヴァルトさんは飛行船の巡回ルートを示した地図を広げる。
飛行船はこのヴァルトハウゼン村の貴重な輸送手段だ。馬よりも速く、天気がいい限りいつでも飛べる。ここら辺の村や都市は飛行船のネットワークでつながれ、この飛行船に遠い親類などへの手紙を託すのだ。
だが、オスヴァルトさんが広げた地図を見てもヒビキさんは何も答えない。
「もっと広い地図はないだろうか?」
「だとするとこれだ。世界地図だよ」
オスヴァルトさんが地図を広げたときのヒビキさんの驚愕っぷりはあり得ないほどだった。地図を血眼になって見つめ、ぶつぶつとあれこれ口にしていたがボクには聞き取りようのない言葉だった。
「……どうやら、俺は便りを出す相手を失ったようだ」
「この地図に載っていないのかい? 他にも地図は何枚かあるが」
「いや、結構。これで分かったことがある」
ヒビキさんは一呼吸すると口を開いた。
「俺の故郷はこの世界には存在しない。ここは完全な異世界だ。そうでなければ、盛大なびっくりイベントだろう」
故郷が地図にない? それはやはりヒビキさんが迷い人だったからだろうか。迷い人はいつも異世界から訪れる。だから、このボクたちの地図には載っていないのだろう。
「ヒビキさん。これからどうするの?」
「そうだな。できることをして、金を稼ぎたいが、どの仕事にも身元の証明が不可欠なんだろう。ならば、そういうものが求められない場所に向かう」
「そ、それって犯罪組織とか? ダメだよ、ダメ! 絶対にダメ!」
そこでボクはエステル師匠から託されていた手紙のことを思い出した。
「オスヴァルトさん。この手紙を読んでみてくれませんか?」
「ふむ。どれどれ……」
オスヴァルトさんは手紙の内容に目を通すと、ヒビキさんを見た。
「エステル君が身元引受人になってくれるそうだ。それで、開拓局でヒビキ君の身分証明書を発行してほしいと。あのエステル君に好かれるなんて、君は稀有な人物だね。彼女の他人嫌いは伝説的だというのに」
「そうなのか? とても気さくな女性だったが……」
エステル師匠がヒビキさんの身元引受人になるの!? そしてオスヴァルトさんが身分証明書を発行する。うん、これならばヒビキさんは冒険者ギルドでもどこでも働くことができるようになるよ! やったね!
「では、身分証明書を発行しますか。とりあえず名前と年齢、そして住所をお願いしましょう、ヒビキ君」
「響輝。年齢は28歳。住所は……この世界にはない」
ヒビキさんが額を押さえてそう告げる。
そうだった。ヒビキさんには住所がないんだ。異世界の人だから。
「じゃあ、とりあえずボクとお師匠様の店舗兼家を住所にしたらどうです?」
「それは悪くないだろうか?」
「大丈夫ですよ。エステル師匠もこう考えての手紙だったと思いますし」
エステル師匠が身分証明書の発行に住所が必要なことを知らないはずがない。恐らくはボクたちの住所をヒビキさんに使ってもらおうって考えだったはずだ。エステル師匠とボクの仲だから間違いないね!
「では、すまないがアンネリーゼ君の住所を使わせてくれ」
「リーゼでいいですよ。みんなそう呼んでますし」
「ふむ。では、リーゼ君の住所を」
アンネリーゼって名前だけど、長いからみんなリーゼって呼ぶのだ。ボクもそう呼んでもらった方が親近感があるから好きだ。
「よろしい。では、発行まで暫く時間がかかる。外で待っていてもらえるだろうか?」
「理解した」
というわけで、ヒビキさんの身分証明書が発行されることになった。
これさえあれば迷い人のヒビキさんでも、冒険者ギルドに登録したり、開拓局の仕事を受けられるわけだよね。これでヒビキさんの将来は安泰だ。いや、まだちょっと不安なところがあるかな……?
まあ、事態は確実にいい方向に向かっているとは言える。
この調子で張り切っていこー!
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本日22時頃に次話を投稿予定です。