錬金術師さんと軍人さんの昇格
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──錬金術師さんと軍人さんの昇格
ヒビキさんが新生竜7体を倒してから翌日のこと。
ボクたちは冒険者の人たちを雇って新生竜の死体を麓に下ろした。
新生竜の死体を見た村の人は明らかに動揺していたが、やがて安堵の表情に変わった。新生竜はいたが、もう過去のことだとして。
「しっかし、新生竜7体、か。よくやれたね?」
エステル師匠は呆れたような感心したような声を上げる。
「これだけあれば当面錬金術の素材には困らないのではないか?」
「そりゃそうだよ。だが、これだけの量を処理するとなると頭痛がしてくるね……」
また家の中が内臓だらけに……。
「けど、ヒビキさんがせっかく狩ってきてくれた新生竜ですよ! 頑張って使いましょうよ! ボクも手伝いますから!」
「分かった、分かった。ちゃんと使うよ。それから──」
エステル師匠がヒビキさんの方を向く。
「今から開拓局の若造のところにいって、氷室を借りれるようにしておきな。そうすれば聖ペトロ祭まで肉は持つだろう。聖ペトロ祭まで残り2日だしな。肉は多ければ多いほどいいってもんだ。あんたも新生竜の肉、食ったことあるんだろう?」
「ああ。あれはなかなか美味かったな。では、そのように手配してこよう」
「素材を抜き終えてから持って行くから、のんびりでいいよ」
さあ、まずは新生竜の素材を取り出さなければ!
新生竜の内臓と脂肪。これらは上質なポーションの材料になる。ボクとエステル師匠はふたりで新生竜を解体し、内臓などの部位をはぎ取っていく。新生竜もドラゴンなので、内部が腐ったりすることはない。血液すらも新鮮なままだ。
脂肪は後でバーベキューをすることを考えて控えめに採取しておく。ボクもあの美味しかったドラゴン肉が忘れられないからね。
「しかし、ヒビキも大概規格外な男だね。新生竜を7体も狩ってくるなんて。時々同じ人間なのか疑わしくなってくるよ」
「ヒビキさんは“黒狼の遠吠え”と協力したからできたって言ってましたよ?」
「それをどこまで信じたものかね。“黒狼の遠吠え”は確かにヴァルトハウゼン村のエース冒険者だけど、最近B級に上がったばかりのひよっこだ。あたしとしてはヒビキがほとんどやったと見ているよ。何せレッドドラゴンを蹴り殺すような男だ」
うーん。どうなんだろう。ヒビキさんは確かに謙遜しすぎなところもあるし、今回の戦果も“黒狼の遠吠え”の人たちに譲ったのかも。でも、“黒狼の遠吠え”だってユリアさんみたいな実力者がいるし、何にもしなかったとは思えないんだよね。
「まあ、どっちでもいいか。新生竜はくたばって、村は安全。あたしたちはドラゴンの内臓と戯れるってな。これだけの内臓を納められるたけの容器はあったかね。一部は干すとしても、今から全部は調合できないよ」
「家中の容器と油集めてきます!」
「よし。行ってこい、馬鹿弟子」
せっかくの新生竜の素材だ。無駄にはしたくない。それにこれだけあればまたエステル師匠がボクに上級ポーションを作らせてくれるかもしれないしねっ!
「容器、容器っと」
「何をされているんですか、リーゼさん?」
「あっ。レーズィさん。今ドラゴンの内臓を油漬けにする容器を探してるんですよ!」
ボクが家の中の棚を漁っているとき、レーズィさんが姿を見せた。
昨日は大活躍だったそうで、今日はゴーレム作りに専念するらしい。
「探すの手伝いましょうか?」
「是非!」
レーズィさんも優しい人だ。
「これなんてどうです?」
「それはエステル師匠が梅酒を漬けるのに作るのだから怒られちゃいます」
「なら、こっちは?」
「ふみふむ。よさそうですね。運びましょう!」
レーズィさんが今は何も使ってない樽を指さすのに、ボクとレーズィさんが樽を抱えてトコトコと樽を運ぶ。頑丈な作りなので結構重い。
こういう時にヒビキさんがいてくれたら助かるのだが、生憎ヒビキさんはまだ開拓局に行っている。レーズィさんもそこまで腕力はないし、か弱い女だけで力仕事をするのはなかなかきついものだよ。
「ふいっ! なんとか運べましたね!」
「遅いぞ、馬鹿弟子」
「これでも急ぎましたよ!」
エステル師匠はボクたちが容器を探している間に新生竜をほとんど捌き終えていた。干すべき内臓は板の上に乗せられて日の光が当たる場所に置かれ、油漬けにする内臓はボクが先に用意した樽や瓶に納められていた。だが、それでもまだまだ内臓は残っている。
「じゃあ、残りの内臓を詰め込んで油で漬けな。その前に容器は綺麗に洗うんだよ」
「ラジャ!」
ボクは持ってきた樽を井戸水で入念に洗うと、エステル師匠が解体した新生竜の内臓をドボドボと詰め込んでいく。そして、そこに新鮮な油を注ぎ、保存できるようにしておく。後で使う時に分かりやすいように部位ごとに分けることも忘れない。
「もう1個、樽がありましたよう!」
「グッジョブです、レーズィさん!」
ボクが樽に内臓を詰め終えたころ、レーズィさんがもう1個樽を持ってきてくれた。
洗って、洗って、内臓ドボドボ、油ドボドボ。
実に単調な作業ながら、この新生竜の豊富な素材が金塊に匹敵する価値があるかと思うと嬉しくなる。これで大金持ちだよっ!
「レーズィさん。もう樽はなかったですか?」
「もうないですねえ。それでラストだったみたいです」
無念。まだ内臓は残っているというのに。
「仕方ない。今からもうポーションを作るか。乾燥させる奴はいいとして、生で使う奴は使っちまわないともったいないからね」
「おおっ! エステル師匠、上級ポーション作るんですか!?」
「あたしは上級ポーションを。お前は低級、中級ポーションをだ、馬鹿弟子。徹夜の作業になるかもしれんぞ。覚悟しておけ」
「うへえ」
徹夜でポーション作りはつらいなあ。
「ここにいたか」
そんなやり取りをボクとエステル師匠がしていたとき、意外な人が姿を見せた。
「ユリアさん?」
ユリアさんがうちの絶賛新生竜解体中の裏庭にやってきた。
「ヒビキはどこだ? それから黒……青魔術師も」
「レーズィさんは家の中にいますよ。ヒビキさんは開拓局です」
「ふむ。留守か。仕方ない。入違っても面倒だ。ここで待つ」
ユリアさんはそう告げると縁側に腰かけた。
「何かご用なんですか?」
「うん。冒険者ギルドで話がある」
何の話だろう? 報酬はもう受け取ってるはずだけど。
ちなみにヒビキさんとレーズィさんはこのクエストでそれぞれ10万マルク稼いでいる。凄い稼ぎだけど、新生竜7体を相手にしたにしては安いと思う。でも、開拓局もお金がないので、これ以上の報酬は支払えないそうだ。
どこもここもお金が足りなくてなんだか世知辛いなー。街道ができれば状況も改善するのかもしれないけれど。
「その新生竜の肉、食わないのか?」
「こいつは祭りの日まで取っておくんだよ。バーベキューの肉がいるだろう?」
「なるほど。楽しみだな」
ユリアさんは本当にお肉好きだな。
「エステル。氷室を借りられるように手配してきた。荷馬車も借りてきたから運ぼう」
「ん。来たか、ヒビキ」
「ユリア君?」
ここでヒビキさんが帰ってきた。馬の嘶く声が正面の方から聞こえる。
「青魔術師と冒険者ギルドに来い。話がある」
「冒険者ギルドに? だが、その前にこの肉を氷室に運ばなければならない」
「後にしろ。新生竜の肉はそう簡単には痛まない」
ユリアさんってば強引。
「興味あるんでボクも一緒に行っていいですか?」
「俺は構わないが……。エステルの了解を取った方がよくはないか?」
はっ! 背後からエステル師匠の冷たい眼差しがっ!
「エ、エステル師匠、出かけてきていいですか……?」
「いいよ、いいよ。行ってきな。どうせ暫く錬金釜は私が使うからね。けど、帰ってきたら馬車馬のように働いてもらうよ」
「うへえ」
了解は取れたけど後が大変そう。
「では、レーズィ君を呼んでくる。待っていてくれ」
「ラジャ!」
ということでボクたちはユリアさんたちと一緒に冒険者ギルドに行くことになった。
さて、一体何の話なんだろうか?
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冒険者ギルドにやってきた。
今日は人が多い。聖ペトロ祭の開催に向けて、安全確保のために魔獣を狩ったり、そのお肉を調達したりといろいろ忙しいのだろう。聖ペトロ祭まで残り2日だからね。設営の手伝いとかも募集してたりして。
「ユリア。来てもらったか?」
「うん。連れてきた」
冒険者ギルドのカウンター前には“黒狼の遠吠え”のミルコさんを初めとするパーティーメンバーが揃っていた。
あっ! ひょっとして、また合同でクエストやろうってお誘いかな?
「来られましたか、“チーム・アルファ”の皆さん」
クリスタさんがヒビキさんたちを待っていたみたい。やっぱりクエストのお誘いかな? でもB級冒険者の“黒狼の遠吠え”がヒビキさんと組んでまでやらなきゃいけないような危険なクエストがあるのかな?
「ふむ。なんだろうか?」
「ヒビキさん、レーズィさん。あなた方をそれぞれ当ギルド支部の判断でB級冒険者とC級冒険者に昇格させます。今回通知する内容はそれです」
「昇格か」
おおっ! ヒビキさんがいきなりB級冒険者に!?
「ギルドとしましてはまだ昇格の条件を満たしていないため、昇格は異例の措置となります。これは“黒狼の遠吠え”の皆さんの推薦と今回の新生竜討伐での功績を鑑みてのことです。“黒狼の遠吠え”の皆さんから強い推薦があったことをお伝えしておきます」
クリスタさんがそう告げるのに、ミルコさんがサムズアップして見せた。
そうかー。“黒狼の遠吠え”の人たちの推薦があったんだ。
でも、そうだよね。新生竜を7体も倒しちゃうヒビキさんが未だにC級冒険者をやってるだなんておかしいもんね。なんならA級に昇格させたっていいぐらいだと思うな!
「では、ギルドカードを更新しますので提出していただいてよろしいでしょうか?」
「理解した。頼む」
ヒビキさんがギルドカードを差し出す。
「あ、あれ? どこに……」
レ、レーズィさんはギルドカードを探している。再発行には5000マルクだよ!?
「あった! ありましたよう! お願いします!」
ほっ……。レーズィさんははらはらさせるなあ。
「では、両名ともこれで更新いたしました。引き続き活躍を期待します、“チーム・アルファ”の皆さん」
クリスタさんはそう告げて更新されたギルドカードをヒビキさんとレーズィさんに手渡した。これでヒビキさんもB級冒険者だ!
「やった! やりましたねえ、ヒビキさん! これでもっとお金の稼げるクエストが受けれますよう!」
「ああ。ようやく自立できる見込みが出てきた」
レーズィさんはゴーレムを作るためにお金が必要だけど、ヒビキさんは本当にうちから出ていっちゃうつもりなんだろうか。もうすっかりうちの一員みたいなものだから、出ていかれると寂しいのにな……。
「おめでとうございます、ヒビキさん。実力が評価された結果ですよ」
「やったな。この鉄仮面を頷かせるのには苦労したぞ」
ミルコさんとユリアさんがそれぞれヒビキさんの昇格を祝う。
「私はギルドの規則に従っているだけです。規則は理由があって存在するのですから。それは冒険者たちを保護することにも、ギルドの利益を守ることにもつながっているのです。不条理なことをしているわけではありません」
「その通りだな。規則というのは理由があるものだ」
「理解していただけて助かります」
クリスタさんは今回は例外を認めたけど、きっと例外を認めてもいいって規則があったに違いない。そうじゃないとクリスタさんが規則を破るなんてありえないから。
「ヒビキさん、ヒビキさん。これからもヴァルトハウゼン村にいてくれます?」
「もちろんだ。まだ恩を返せたとは言いがたい。リーゼ君たちには世話になってばかりだったからな。それに帰還の術が見つからないのに不用意にここから動きたくない。もしかするとはぐれた仲間がまだどこかで生存しているかもしれないからな」
「そうですか! よかったです!」
ヒビキさんもB級冒険者になったからどこかに行ってしまいそうな気がしたけれど、まだこの村にいてくれるようで嬉しいよ!
「じゃあ、今晩はご馳走にしましょうね! この度のヒビキさんとレーズィさんの昇格を祝って!」
「ありがとう、リーゼ君」
さて、2日後は聖ペトロ祭だけどうちではちょっと早めにご馳走にしちゃおう。
聖ペトロ祭は新生竜のお肉が食べられるしね!
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