軍人さんと新生竜討伐
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──軍人さんと新生竜討伐
俺たちは早朝にリーゼ君の店舗兼家を出た。
「知恵を得た新生竜……。確かに脅威ですねえ……」
「レーズィ君。無理は言わないが、できれば同行してくれ。君の力が必要になる」
「ご心配なく! 私は絶対に付いて行きますよう!」
レーズィ君の青魔術は非常に有用だ。戦いに勝てる可能性を上げてくれる。
「待ち合わせ場所はここのはずだが」
暫く歩いて、俺たちはラインハルトの山のすぐ麓までやってきた。ここにある大木が待ち合わせ場所の目印になっていた。
冒険者ギルドで落ち合わなかったのは、混乱を避けるためだ。知恵を得た新生竜3体がラインハルトの山を下りてくる可能性がることはまだ伏せてある。村人が知れば、大混乱を起こす可能性があった。故に俺たちも秘かに動いている。
「すまない。待たせましたか?」
「いや。大丈夫だ」
数分後にミルコ君たちが姿を見せた。いつもの冒険者らしい装備をしている。鎧の上にいくつものポーチが付いたジャケット。冒険者たちはこのポーチに様々なポーションや装備を収納している。
俺もこちらにやってきた際のタクティカルベストを纏い、同じように弾倉の代わりにポーションを入れている。万が一の場合に備えて、エステルから上級ポーションを渡されているものの、これは使わずに返品できるといいのだが。
それにしても“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーは若い。
パーティーリーダーのミルコ君は20代前半ほどだろう。リオ君とレベッカ君も同い年かそれよりちょっと下に見える。ユリア君に至っては10代で通じる。
きっと若くから冒険者をやっていたのだろう。冒険者歴は間違いなく俺とレーズィ君よりも上のはずだ。
俺は軍人としての経験はあるが、魔獣などを相手にする冒険者としての経験は浅い。これまでは力尽くでどうにかしてきたが、相手が知恵を持ち始めた高脅威の目標であるならばこれまでのようにはいかない恐れもある。
それに今回のクエストは不吉だと俺の本能がそう告げていた。この手の予感は決して無視できるものではない。
「では、出発する前に作戦を確認しましょう」
「ああ。確認しておこう」
作戦そのものは開拓局でのあの会議で決めていたが、確認することは悪いことではない。ブリーフィングを疎かにすると連携も乱れる。ブリーフィングを徹底していれば、万が一の場合にも対応できる可能性は上がる。
「まずは新生竜をおびき寄せることです。新生竜がどこまで賢くなったかは分かりませんが、新生竜はその体を大きくするために食欲に満ちています。そこで、ラインハルトの山のこの地点に家畜を置いておびき出すことを狙います」
そのための家畜の調達に手こずったのだろう。村人には新生竜の話は聞かせられないから、冒険者が家畜をそのまま買っていくのには不審感を抱いたに違いない。
「上手く新生竜を誘導出来たら、レベッカが赤魔術を叩き込んで新生竜を地面に押し留ます。それからは俺たち前衛職が一気に食らいつき、ユリアは毒矢を新生竜に叩き込んでいき、そのまま討伐してしまいます」
些か乱暴な作戦だが、これぐらい大雑把な方が細かく予定を決めすぎてしまうよりも、臨機応変に対応できるからいい。もちろん、大雑把過ぎても作戦の軸がなくなり、失敗に繋がるのだが。それでも今回の作戦は誘導、制圧、打撃の3つがちゃんと軸として揃っている。問題はそこまでないはずだ。
「ヒビキさんは前衛職の担当をお願いします。ユリアからヒビキさんの体術はレッドドラゴンを屠ったのも納得できるものだったと聞いていますから」
「期待に沿えるように努力しよう」
ユリア君は信頼の眼差しで俺を見ている。失望はさせたくない。
「では、待ち伏せ地点はこの位置で。出発しましょう」
「ああ。出発しよう」
こうして俺はミルコ君たち共にラインハルトの山の新生竜に挑むことになった。
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ラインハルトの山を進む。
途中、魔狼が家畜を襲おうとしたが、それは俺とリオ君、ユリア君で退けた。
「魔狼を相手になれてるな」
「何度も相手にしてきたからな」
魔狼の相手は慣れたものになった。こうも頻繁に魔狼に遭遇するならば、自然と対処方法が身に着くというものだ。腕をわざと噛ませて、相手が怯んだところをコンバットナイフで始末する。これが一番楽な対処方法だ。
もちろん、魔狼も腕だけで満足するはずもなく喉笛を狙って攻撃を仕掛けてくるが、レーズィ君の支援がある状況ならば問題なく返り討ちにできる。文字通り、安い仕事だ。
「それでもこの数の魔狼を相手に汗ひとつかかないなんて、ユリアの言う通りに人間離れした動きだな。その体術はどこで教わったんだ?」
「軍だ。軍にいた」
先ほどからリオ君がどうにも俺に興味を示している。義肢のこと、ナノマシンのことを全て話してまえば楽だろうが、軍機は維持しておかなければならない。
「最近の軍人は訓練されているんだな」
「まあ、それなりにはな」
リオ君まで体術を教えて欲しいといいださなければいいのだが。
「さて、そろそろ待ち伏せ地点だ。準備をしよう」
魔狼の襲撃を返り討ちにしながら、俺たちは待ち伏せ予定地点までやってきた。ここに家畜をつないで様子を見るのだ。念ために周囲には低級魔獣除けポーションが巻かれている。この家畜を魔狼などに持って行かれは困る。
「上手くいくと思いますか、ヒビキさん」
「それは君たちの方が詳しいのではないか? 冒険者歴は俺より長いのだろう?」
「そうなんですけど、知恵のついた新生竜3体なんて相手するのは初めてですからね。俺たちがB階級まで上がったクエストはヒポグリフの番の駆除程度で、ヒポグリフも知性を持ちますが、ドラゴンには及びません」
「この世界は変わった生き物が多いな。ギルドで魔獣図鑑を一読したが、とてもつもない怪物たちが跋扈している。よくこれまで人類が生存できたと感心するほどだ」
「人類の方もその知恵を活かして戦ってきました。魔獣のワンサイドゲームにはならないように頑張っていますよ。こうして罠を張ったりしてですね」
「君たちはとても逞しいな」
魔獣が跋扈するこの世界で人類が文明を築けたことが素晴らしい。文明を形成する難易度は地球の比ではなかったはずだ。
「それで、ヒビキさん的には上手くいくと思いますか?」
「可能だろうが、どうも不安な予感がする」
なんだろうか。この不安は。作戦が上手くいかないとか、そういうレベルの予感ではない。自分たちの命の危機に関する不安だ。
「そうですか。では、慎重にことを進めましょう」
「そうしよう。誰も死んだりすることなくヴァルトハウゼン村に帰るんだ」
“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーも、レーズィ君も生きてヴァルトハウゼン村に帰って欲しい。もちろん、俺だって生き残れるのであれば、生き残って共に勝利を祝いたいと思っている。
「……来たぞ。例の新生竜が3体。こちらに向かっている」
俺の補正された聴覚は鋭敏な音響センサーとなり、新生竜の訪れを知らせる。
「獲物に食らいついてくれ、頼む」
ミルコは俺の隣で必死に祈っていた。
3体の新生竜は様子を探るように周囲を旋回して飛行したものの、草木に隠れている俺たちは気付かなかった。
新生竜はそのまま1体ずつ慎重に降下し、震え上がっている豚を前に炎を口の中にうごめかせ始めた。
そして、出来上がる豚の丸焼き。新生竜は獲物に炎を通して食するらしい。
「そろそろではないか?」
「そうですね。レベッカ、頼む」
ミルコがそう告げるのにレベッカが動いた。
「<<爆裂嵐>>!」
家畜の肉を貪る新生竜たちの頭上で何発もの爆発が炸裂した。
「いこう、ミルコ君」
「はい、ヒビキさん」
レッドドラゴンが地面に押し付けられたのを確認して、俺とミルコたちが新生竜に向けて突き進んでいく。
「<<速度低下>>!」
レベッカ君の赤魔術と合わさってレーズィ君の青魔術が発動する。レッドドラゴンたちは重い重しでも付けられたように動きが鈍り、低い唸り声を上げる。
「<<速度上昇>>!」
続けざまにレーズィ君が発動させた青魔術で俺たちの動きが加速する。人工筋肉が脈打ち、地面を勢いよく蹴る。俺はそのまま一気にレベッカ君が封じ込めている新生竜の1体に向けて突進する。
「オオオォォォ!」
新生竜は口の中に炎をうごめかせると、俺の方に口を向けた。
だが、その手の攻撃手段はレッドドラゴンとのやり合いで学習済みだ。敵の口内の炎の動きをよく観察し、それが放たれる段階になってから勢いよく飛びのけばそれでいい。火炎放射の時間はレッドドラゴンが30秒、新生竜が15秒と非常に短い。数分に渡って展開される弾幕の中を駆け巡るように調整された俺のような軍人にとっては慣れたものだ。
そして、火炎放射。
おっと、危ない。俺が間違っていたようで、火炎放射の時間は個体によって差があるようだ。今回は18秒だった。せっかく買った冒険者用の頑丈で動きやすい服を、危うく燃やされるところであった。
だが、それまでだ。
火炎放射さえ終われば、後は他の獣と変わりない。もちろん、牙は魔狼より大きく、鋭い爪の並ぶ腕はグリフォンよりも巨大だ。それらの攻撃を受ければ、確かに致命傷を負う可能性がある。脅威ではないとは言えない。
しかし、こちらとて現代技術の結晶であるサイバネティクス技術の恩恵と軍用義肢というある意味でのモンスターだ。そう簡単に屠られるつもりはない。まして、今やレーズィ君の支援すら受けているのだから。
さあ、いざ尋常に勝負だ、トカゲ君。
「ゴオオオォォォッ!」
新生竜が雄たけびを上げ、俺に向けてその腕を振り上げる。
「ふんっ!」
そして、振り下ろされた新生竜の腕を俺は左腕で跳ねのける。
全身がナノマシンでホットになっている。アドレナリンが分布され、戦闘に最適とされた適度な緊張感が維持され、それでいて死への恐怖は薄い。だからこそ、このような無茶ができる。死を恐れないことはある意味では欠陥だが、恐怖によって思考が支配されしまうことの方が致命的だ。
「ゴオオォォッ!?」
新生竜は明らかに動揺していた。獣というものにも表情はある。
「悪いが、弱肉強食だ」
俺はそのうろたえた新生竜の頭に向けて回し蹴りを叩き込む。軍用義肢による打撃は最大で鉄筋コンクリートですら粉砕する威力を有する。それをまともに頭に食らって無事な生き物など存在しない。
ベゴリと鈍い音が響き、新生竜の頭が砕け、脳漿をまき散らすと共に首があらぬ方に曲がる。新生竜は悲鳴を発することもなく、数回痙攣して地面に崩れ落ちた。
「ミルコ君! そちらは大丈夫か!?」
「ええ! 今、戦闘中です!」
ミルコ君たちは2体の新生竜を相手にしている。
リオ君が盾を構えて火炎放射を防ぎ、その隙を見てミルコ君が長剣で切りかかっている。レベッカ君は引き続き新生竜が空に飛びあがるのを阻止するために低高度に赤魔術による攻撃を放っており、ユリア君は弓矢で新生竜を狙っていた。
既に新生竜の1体がユリア君が放った矢で右目を潰され、恐らく毒矢だったそれで動きが鈍っている。もう1体の新生竜もミルコ君の攻撃で顔面や腕にいくつもの裂傷を負い、血を流しながら戦っていた。
だが、ギリギリのバランスだ。いつ、戦況が新生竜側に傾くか分からない。
「<<活力低下>>!」
そこでレーズィ君が青魔術を放つ。
新生竜の動きが酷く鈍り、じりじりと後退を始めた。
「ミルコ君! 君は矢の刺さった方を叩け! 俺はもう1体を仕留める!」
「了解です、ヒビキさん!」
レーズィ君が相手から戦意を奪った今が攻撃のチャンスだ。戦争というものは常に逃げようとするときに致命傷を負うものなのだから。
俺は短く跳躍すると、そのままの勢いで顔面にいくつもの裂傷を負った新生竜の頭部めがけて踵落としを決める。新生竜の頭蓋骨がへこみ、そのまま地面に叩きつけられる。加えて、そのままの動き今度は頭を蹴り上げる。頭は完全に破壊され、首もへし折れたのが確認できた。
「はああっ!」
その頃、ミルコ君たちも新生竜にトドメを刺そうとしていた。ユリア君の毒矢にレーズィ君の青魔術で完全に動きが鈍り切った新生竜の喉を狙ってミルコ君が長剣を突き出し、鱗に阻まれながらも、ついに長剣を突き立てた。
「ゲボッ……!」
新生竜は首から大量の血液を吐き出すと、ぐったりと地面に崩れ落ちた。
「やったぞ! これで討伐完了だ!」
「やったな!」
勝利に歓声を上げるミルコ君たち。
だが、俺とユリア君は耳を澄ませていた。
「残念だが、これで終わりではなさそうだ」
「え? それはどういう……?」
「新手だ」
上空から飛来したのは新たな新生竜4頭。サイズは俺たちが討伐したものと変わりなく、その表情は明らかに兄弟を殺された俺たちへの殺意に満ちていた。
「あのドラゴンは随分と子だくさんだったようだ」
俺は小さくため息を吐いた。
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