錬金術師さんと尾行
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──錬金術師さんと尾行
「ほら、エステル様のお出ましだぞ。茶を出せ、茶を」
「げっ。またお前かよ、エステル」
エステル師匠がインゴさんのイマーヴァール薬品店の扉を開けてそう告げる。
「げっじゃない。今回も美味しい取引を持ち掛けてきてやったんだから感謝しな」
「上級ポーションか? よくよくそんなに素材が手に入るものだな」
「うちには規格外な冒険者がいるからね」
新生竜を狩ったのも、グリフォンを狩ったのもヒビキさんたちだ。ヒビキさんたちの活躍おかげでたっぷりと上級ポーションの素材が手に入ったのだ。ヒビキさんたちは感謝しかない。
「しかし、上級ポーションというと買う人間は限られるからな。そんなに大量に入荷しても捌けるかどうか分からないな」
「嘘を言いな。前に卸した上級ポーションは全部捌けているじゃないか。ここにはA級冒険者も来るんだろう。そう言う人間が買っていく。そうじゃないかい?」
「むう。いつもA級冒険者が来てくれるとも限らないのだがな」
お互いに値段を決めようと激しいやり取りが買わされている。
「まあ、とりあえず茶でも出しな。茶菓子もな」
「はいはい。ヨハン、店番を頼むぞ」
「はい、店長」
ヨハン君はボクと同じくらいの年齢だと思う。友達になれたらいいんだけどなあ。喋る機会がないから、なかなか距離が縮まらないや。
「で、これが上級ポーションか。流石はエステルだな。どれも透き通っているし、薬本来の色をしている。これは売れるだろう。素材が簡単に手に入ったなら、それなりに値引きには応じてくれるか?」
「何を抜けたことを言っているんだい。通常の素材集めは確かに大変だけど、上級ポーションに加工するまでにそれなり以上の手間がかかっているんだよ。値引きなんて論題だ。他の店に卸すって手もあるんだからね」
エステル師匠は相変わらず強気だ。今回もインゴさんからありったけふんだくるつもりなんだろう。
「それに上級ポーションの棚に貼られていた値段。あれはちと市場価格より高くはないかい? あたしのポーションでそれなり以上に儲けているんだろう。その儲けを吐き出しな。90万マルク」
「いくら新生竜の素材を使ったポーションと言えどもそれ暴利だ。40万マルク」
「やれやれ。新生竜とグリフォンの素材だよ。どこの冒険者が素材が採取できる形で新生竜とグリフォンを狩れるっていうんだい。素材の希少性からして、80万マルクだ」
「そんな大金を払ったらうちの店は倒産する。50万マルク」
「分かってないね。これは上級ポーションだよ。それもこんなに纏まった数。どうせ、この街には上級ポーションを作れるような錬金術師はいないんだろう。70万マルクだ」
「ところで、リーゼちゃん。エステルが一度だけ酷い失敗をしてね。その時のエステルの格好と言ったらそれはもう酷いもので──」
「分かった、分かった! 60万マルクで勘弁してやるよ!」
「よし。商談成立だな」
エステル師匠的には勝った商談なんだろうか?
「これからも機会があれば上級ポーションをうちの店に納めてくれないか? A級冒険者もそうだが、騎士団も購入していくことが多くなった」
「考えておくよ。こっちもそうそう上級ポーションの素材は手に入らないからね」
新生竜は恐らく1体ではない。あれがレッドドラゴンの子供なら、最低でも4、5体の新生竜が孵化して、そこら中で狩りに励んでいるはずだ。新生竜は共食いもするらしいから、もっと数は減っているかもしれないけれど。
「まあ、本当に素材が手に入った時でいい。それから──」
インゴさんが上級ポーションの中から1本のポーションを取り出す。
「これはリーゼ君の作った奴だろう?」
「そ、そうです。まだ早かったでしょうか……?」
今回も物もインゴさんには見抜れてしまった。
「いや。これは不純物もないし、それなりによくできている。だけれど、上級ポーションとしては売れないね。中級ポーションと言ったところだ」
「しょぼーん……」
薬効は確かなはずなんだと思うんだけどなー。
「色がほんのり緑がかっているだろう。上級疲労回復ポーションは綺麗な透明になる。これは素材の薬効が幾分がダメ見になっている証拠だ。というわけで、これは上級ポーションとしては売れないな」
「そうですか……」
薬効もダメにしてたのかー……。勉強が足りないなー……。
「エステルがポーションを作っているところをよく観察するといい。こいつは口は悪いが腕は確かだ。学び取れるものがるだろう」
「はい!」
エステル師匠が上級ポーションを作っているところを念入りに観察して、ボクもエステル師匠みたいなポーションが作れるようにならないと。
「ところで聞きたいんだが、この付近でライコウミツの実を扱っている店はあるかい? ちょっとばかり入用なんだが」
「それなら市場に行くといい。市場でもバーテルスの店が新鮮で、いい素材を売っている。俺が錬金術師に勧めるとしたらこの店だ」
「助かった。バーテルスの店だね」
というわけでインゴさんとエステル師匠の取引は終わった。
「本来なら30万マルクってところなのに得したな。今日も好きなものを食べていいぞ。先に昼飯を済ませてから、それから買い物に行く」
「ラジャ!」
もうすぐ正午。お昼ご飯の時間だ。市場もお昼休みで静かになるだろう。
ボクはまた大盛オムライスを食べるぞ!
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今日のお昼は別の店だった。
残念なことに大盛オムライスはなかったが、大盛ミートパスタはあった。僕はそれを注文し、エステル師匠は激辛ペペロンチーノを注文し、レーズィさんはマルゲリータピザを注文し、ヒビキさんはグラタンを注文した。
やっぱりボクが一番食べている気がするけれど、成長期ですので!
「ふむ。また尾行されているな」
食事の席でヒビキさんがそれとなくそう告げて、ボクは目を丸くする。
「わ、私のせいでしょうか?」
「落ち着きな。あんたの正体を知っている人間はトールベルクにはいない」
黒魔術師であるレーズィさんがうろたえるのにエステル師匠がそう告げる。
「また騎士たちかい?」
「いや。違う。今度は見るからに柄の悪そうな連中だ。尾行の腕前も素人だな」
ヒビキさんはどうやってそういうのを見分けてるんだろう?
「ふうん。じゃあ、例のガルゼッリ・ファミリーとやらかもね。この間、あんたがボコボコにしたから根に持ってるのかもしれないよ」
「だとすると面倒だな。相手はただ尾行しているだけだ。こちらからは手を出せない。だが、相手はなんだろうとすることができる。俺がダメなら君たちを狙うかもしれない。そうなるならば最悪だ」
エステル師匠が告げるのに、ヒビキさんが困った表情を浮かべる。
ヒビキさんに負けたからってボクたちに手を出そうなんて卑怯な人たちだ! こっちには赤魔術が使えるエステル師匠やレーズィさんだっているんだから、返り討ちにしてやるぞ! ボクは何もできないけど!
「馬鹿弟子。こういう時こそお前の出番だ」
「え? ボク何もできませんよ?」
エステル師匠は何を言っているのだろうか。ボクは戦闘力皆無だよ?
「例の騎士さんだよ。お前が助けてやっただろう」
「ああ! ゾーニャさんですね!」
「そうそう。こっちで買い物する間はガルゼッリだろうが、なんだろうが静かにしておいてもらわないとな。騎士殿が近くにいてくれれば、こっちが多少なりと粗暴な扱いに訴えようと相手は黙るだろう」
そうだ! ゾーニャさんは治安で困ったことがあったらいつでも力になるって約束してくれてたんだった! なんだかお礼を催促するようであれだけど、力になってくれると言ってくれたのだから頼りにさせてもらおう!
「それじゃ、食べ終わったら騎士団の兵舎に向かいましょうね」
「き、騎士団ですか……。その、聖騎士団とかではなく?」
「灰狼騎士団だから普通の騎士団ですよ」
「ほっ……」
聖騎士団だと何か困るのだろうか、レーズィさんは。
「ふむ。こういう時は魔獣相手の方が楽だと思えるな」
「まあ、魔獣は訴えてこないからね。殺そうとどうしようと文句は言いやしない」
ガルゼッリ・ファミリーさんは困りものだ。
というわけで、その迷惑なガルゼッリ・ファミリーの人たちに対応するためにボクたちは城壁近くにある騎士団の兵舎に向かうことになった。
ヒビキさん曰く、相手は多人数で尾行しているらしいけど、何が物騒なことに繋がらなければいいんだけどな……。
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「リーゼ!」
ゾーニャさんはボクが兵舎に顔を出すなり駆けつけてきた。ちょっとびっくり。
「お久しぶりです、ゾーニャさん」
「ああ。久しぶりだ。あれから便りを出そうとしたのだが、住所を聞くのを失念していて連絡ができなかった。息災だったか?」
「ええ。何事もないことはないんですけど、元気ですよ」
そう言えばゾーニャさんに住所教えてなかった。後でちゃんと教えておこう。
「それで今日はちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
「何なりと言ってくれ! リーゼは私の命の恩人だ!」
そこまで意気込まれるのもちょっと困る。
「どうもボクたち、この街で変な人たちに尾行されているみたいなんですよ。ひょっとしたら、ゾーニャさんが追いかけてるって言ってたガルゼッリ・ファミリーって集団の人たちかもしれないんです」
「それは。すぐに対処しよう。ガルゼッリ・ファミリーならば我々も追いかけているところだ。連中はなかなか尻尾を掴ませない」
「助かります、ゾーニャさん!」
ゾーニャさんが付いて来てくれれば、ガルゼッリ・ファミリーの人たちも迂闊なことはしないだろう。……いや、この間ゾーニャさんはガルゼッリ・ファミリーの人たちに襲われてたんだった。大丈夫だろうか。
まあ、いざとなればヒビキさんやエステル師匠がいるから大丈夫だろう!
「それじゃあ、行きましょう、ゾーニャさん!」
「ああ。同行しよう。その前に少し確認してもいいだろうか?」
「なんでしょう?」
ゾーニャさんが何やら真剣な表情を浮かべるのにボクは首を傾げる。
「レッドドラゴンの話は聞いたことがあるだろうか? この間、あなたたちが薬品店に入ってから確認したのだが、薬品店にレッドドラゴンの素材で作られた上級ポーションが大量に納品されていたのだ。あれはあなたたちが持ち込んだものだろうか?」
「ええっと。まあ、そうですね」
「となると、リーゼはヴァルトハウゼン村の出身か?」
「孤児だったんで自分の出身がどこかは分からないんですけど、今はヴァルトハウゼン村に住んでますよ。後で住所教えておきますね」
「うむ。だとすると、レッドドラゴンを討伐したものの名を知っているだろうか? あのレッドドラゴンが討伐されたと知って、こちらもかなりの衝撃を受けている。ヴァルトハウゼン村のレッドドラゴンと言えば、もう何百年もラインハルトの山の主として君臨していたからな」
「それは、そのー……」
ボクはチラリとヒビキさんの方を向く。ヒビキさんは仕方ないというように肩を竦めて見せた。どうせ冒険者の人たちがトールベルクの街に遊びに来たらばれてしまう情報だ。下手に隠して印象を悪くする方が問題だろう。
「実はこちらのヒビキさんが討伐したのです」
「なんと。それでどのようなパーティーで挑まれたのですか、ヒビキ?」
ゾーニャさんが目を輝かせている。やっぱり強い男の人は憧れるよね。
「いや、その時はパーティーは組んでいなかった。単独だ。幸いにして、相手は左目が矢で潰されていたのでたまたま倒すことができた」
「単独でレッドドラゴンを……? ヒビキは赤魔術師なのですか?」
「魔術師ではない。ただの歩兵だ」
まあ、びっくりするよね。実際に目の前で見たボクでも信じられなかったもん。
「あのガルゼッリ・ファミリーのものたちを打ち倒した腕前も凄まじいものだったが、ヒビキは武術に長けているのか? いや、レッドドラゴンをひとりで討伐するものを武術に長けているで済ませていいのかは分からないが」
「軍で訓練を受けた。それだけだ」
「軍人だったのですか。なるほど」
なるほどで納得できる話なのかなー? ヒビキさんの力は軍人だからで説明が付くものじゃないと思うけどなー。
「よければ今度、その武術を教えてはもらえないでしょうか?」
「いや。俺はヴァルトハウゼン村を活動拠点にしているので、あまりこちらに出てくる機会はないんだ。すまないが」
「そうですか……」
ゾーニャさんがしょんぼりしちゃった。まあ、でもヒビキさんの武術を教わっても、ヒビキさんの真似はできないと思うよ。ヒビキさんはいろいろと規格外だしさ。
「それで尾行の件、お願いできます?」
「もちろんだ。早速出発しよう」
そういうことでゾーニャさんが加わった。
騎士さんがいればとりあえずは安心かな?
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