軍人さんとラッシュ
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──軍人さんとラッシュ
俺たちはユリア君の案内で次の狩場に向かった。
狩場に向かう途中では不思議と魔獣に遭遇しなかった。いつも害獣駆除を依頼されて森に罠を仕掛けに入ると、魔狼やゴブリンの1匹2匹には遭遇するものだが、今日の森は静まり返っているかのようだ。
「嫌な予感がするな」
「私もだ。少し静かすぎる」
俺が告げるのにユリア君が頷いた。
「え? 何かおかしいことってあります?」
「分からないのか、間抜け黒魔術師。魔獣がまるで活動していない。私たちを襲おうともしてこない。魔獣除けポーションを使っているわけでもないのにだ。これはレッドドラゴンに次ぐ怪物が現れたか、何か森に異変が起きている兆候だ」
レーズィ君はやはりどこかリーゼ君に似ている。
「レッドドラゴンに次ぐ魔獣というのはそう簡単に現れるものだろうか?」
「分からない。この付近は開拓村というだけあって未開拓だ。どこから魔獣が侵入して来てもおかしくはない。厄介な化け物が住み着いた可能性は否定できない」
「ふむ」
レッドドラゴンのような怪物が森の主として鎮座し他の魔獣を抑えている状況と、レッドドラゴンのような魔獣がおらず他の魔獣の活動が活発になっているのと、どちらがマシな状況なのだろうかと考える。
低位魔獣がうろついている状況もそれなりに危険だ。森でゴブリンに襲われて怪我をした農民もいる。幸いにして死者は今のところいないものの、いつまでこの状況が続くのかは分からない。不意にバランスが崩れる可能性もあるだろう。
「大物がいれば、今度は私が仕留めたいな。レッドドラゴンも秘かに狙っていたから」
ユリア君は生粋の狩人だな。獲物を仕留めることを楽しんでいる。
「レーズィ君はシュトレッケンバッハの山に長らくいたのだろうが、奇妙な魔物は見かけなかったか?」
「うーん。特には。時折、ゴブリンが侵入してきて、ダンジョン内のミノタウロスが追いかけていくのを見かけたぐらいです」
ああ。あの時はそれで。
「ここが狩場だ。魔狼がよく集まる。獲物が豊富だからな。魔狼同士で縄張り争いをしている場所でもある。ここで臭いを振りまけば、魔狼はきっと集まってくるだろう」
「では、始めよう」
俺たちは前の狩場と同じように魔狼の乾燥させたフンを撒いて回り、それにレーズィ君が火をつける。またあの鼻を突く悪臭が振りまかれ始め、森の中に臭いが漂っていく。
ここはシカや小動物が食する木の実や草木が豊富な場所だ。獲物を求める魔狼の群れが縄張りにしたがるのも分かる。それであるがゆえに、縄張りを侵害していると示すこの臭いは効果を発揮するはずだった
「……来ないな」
「うん。なかなか集まらないな。おかしい」
しかし、いつまでも魔狼はやってこない。
森は静かなまま、フンの臭いも途絶えようとしている。
「もう一度フンを撒くか?」
「いや。もう少し様子を見よう」
俺たちはユリア君の提案でもうしばらく様子を見ることにした。
しかし、様子がおかしいので、ユリア君とレーズィ君には万が一に備えて、木の上に待機してもらうことになった。ユリア君もレーズィ君も狩場が見渡せる場所に陣取り、俺はその下でコンバットナイフを抜いて耳を澄ませた。
猛烈な足音が響き始めたのはその時だ。
「凄い数が集まってきているぞ。40頭、いや50頭以上はいる」
「うん。これはラッシュだ。魔狼たちは私たちの存在に気付いた可能性がある。臭いを追われたのかもしれない。魔狼の群れ同士がこの山で暮らす魔狼の敵になる私たちに向けて徒党を組んだのだろう」
ラッシュか。10頭でもなかなか苦労する魔狼の群れが50頭以上の規模になるとは危険極まりないな。いくら両腕と両足を複合装甲の義肢にしていても、喉笛を噛み千切られたららそれでお終いだ。犬の相手はあまりしたくない。
「対応できるか?」
「お前がいればできる。私も全力で援護する」
期待されているようだ。期待に応えなければな。
「私も全力で援護しますよう!」
「頼む、レーズィ君」
レーズィ君の魔術があれば確かに不可能ではないだろう。
「──来たぞ。ゴブリンのおまけつきだ」
そして魔狼の群れが姿を見せた。数は60頭ほど。その上にゴブリンが魔狼に騎乗して雄たけびを上げている。その手には木で作られた槍などが握られている。全く、どうにも面倒なことになったな。
「行くぞ、ユリア君、レーズィ君。相手は動きからしてこちらの存在を把握している。奇襲は不可能だ。正面からぶつかるので援護を頼む」
「任された」
俺がギリギリまで物陰に隠れてから、魔狼に向けて突っ込んだ。
「<<速度低下>>!」
迫りくる魔狼とゴブリンたちの動きがレーズィ君の詠唱で一斉に鈍る。
「<<速度上昇>>!」
続いて俺のそのもの速度が増す。俺に向かって四方から突撃して来る魔狼とゴブリンたちの動きが、スローモーの中で止まったようになり、俺の動きはそのままの速度で繰り広げられる。完璧な支援だ。
「ありがとう、レーズィ君」
俺はレーズィ君に礼を言うと、魔狼とゴブリンの群れの中に一気に地面を蹴って跳躍する。眼下にいるゴブリンたちがうろたえる様子がありありと分かる。魔獣というのも意外に表情があるものなのだな。
そして、俺はそのままの勢いで魔狼とそれに騎乗するゴブリンを踏み抜く。粘着質な音が響き、ゴブリンもろとも魔狼が肉塊になる。
「ピギィ! ピギィ!」
混乱したゴブリンたちの陣形が乱れる、チャンスだ。
俺は隊列の乱れたゴブリンを相手に虐殺を繰り広げる。コンバットナイフで喉を掻き切り、心臓にナイフを突き立て、義肢の打撃で敵を原型を留めぬ死体へと変える。
それでいて俺が狙っていたのは指揮官だ。指揮官を討ち取れば、この戦いも有利に運ぶ。統率の完全に乱れたゴブリンを相手にするのは、統率が取れたゴブリンを相手にするより遥かに楽であることは間違いないのだから。
「いた」
俺は乱れながらも統率を取り戻そうとしているゴブリンと魔狼の隊列の中で、部下であろうゴブリンたちに指示を出しているようすのゴブリンを見かけた。冒険者からはぎ取ったであろう鎧に身を包んだ。他のゴブリンとは異なるものだ。
「人間のエゴだが、恨んでくれるな。所詮、世界は弱肉強食だ」
俺は再び跳躍してゴブリンの指揮官を捉えると、その顔面に蹴りを叩き込んでやった。ぐちゃりと顔面の潰れる音が響き、頭を潰されたゴブリンの指揮官は痙攣しながら魔狼から脱落した。
このゴブリンの指揮官の死亡はゴブリンたちに衝撃を与えた。
命令がなくなり右往左往するだけになったゴブリンたちはいい獲物だ。次々にコンバットナイフで切り刻んでいき、義肢の打撃で魔狼もろとも吹き飛ばす。
それでも、ゴブリンたちの数は多く、四方を囲まれているだけあって不利だ。
だが、俺にはユリア君とレーズィ君がいる。
ユリア君は俺を狙っているゴブリンを次々に射殺していき、俺の死角となる部分も的確に潰して来てくれている。やはり後方を任せるならばユリア君だ。彼女が“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーでなければ即座に勧誘したものの。
「まだまだ数が多い。やれるか?」
相手の速度低下は未だ続いており、こちらの加速も続いている。このまま鏖殺することは不可能ではないように思われた。もちろん、無傷で切り抜けられると考えるほど、楽観的な考えはしていないが。
「<<活力低下>>!」
レーズィ君は俺のまだ知らない魔術を詠唱する。
そのことでこれまで俺を殺そうとしていた魔狼たちは俺に怯えるようになり、ゴブリンたちの戦意も萎えていくのがはっきりとわかる。
「ナイスフォーローだ、レーズィ君。これならやれる」
俺とユリア君は動きも戦意も鈍ったゴブリンと魔狼を相手に虐殺を繰り広げる。止まっている魔狼はいい的であり、それに騎乗しているゴブリンたちもいい獲物だ。
「ピギィ! ピギイイィィ!」
指揮官を失い、速度も戦意も喪失した魔狼とゴブリンは撤退に向けて走る。
だが、逃がすわけにはいかない。ここでしっかりとノルマである魔狼50頭、ゴブリン50体を仕留めておきたい。今日の依頼の目的は増えすぎた魔狼やゴブリンといった低位魔獣を間引くことだ。生かして逃がすわけにはいかない。
俺は地面を蹴って駆け、魔狼とゴブリンを追撃する。
ゴブリンは魔狼にしがみ付いて必死に逃げているが、甘い。
俺は先回りし、突っ込んできた魔狼とゴブリンに義肢とコンバットナイフを振るう。ゴブリンたちも最初は応戦しようとしていたが、やがて無理だということに気付いた。それは魔狼とゴブリンたちが鈍すぎ、俺が素早すぎるためだ。
「ピギィ!」
魔狼とゴブリンの群れの1頭が槍を手に突撃してきて、他の魔狼とゴブリンは撤退しようとする。これはちと状況が面倒になったかもしれない。
「逃がさん」
だが、逃げようとするゴブリンはユリア君が射殺していった。魔狼も、ゴーレムも、彼女の魔弾から逃れられるものはいない。次々に屍を晒し、右往左往する。
俺に向かって槍で挑んて来たゴブリンも今や肉塊だ。俺の蹴りを受けて上半身と下半身とが分断された。臓物をまき散らし、断末魔の悲鳴を上げながらゴブリンは崩れ落ち、ゴブリンの乗せていた魔狼にも打撃が叩き込まれ、頭が爆ぜる。
「ふう。これで終いか?」
辺り一面肉と臓物が撒き散らされている。地面は真っ赤な血で染まり、いたるところに纏うとゴブリンの死体が転がっている。その数はノルマである50頭を大幅に超えるものだ。だが、クリスタのことだ。余計に魔獣を狩っても特別報酬はでまい。
「ああ。まさに鬼神のような戦いぶりだったぞ、ヒビキ。お前は本当に素晴らしい戦士だ。お前と共にパーティーを組めて光栄だ」
ユリア君は些か俺を過剰評価気味だ。確かに苦戦して激戦となったが誰も鬼神のようは戦っていないのだが。
「ユリア君の活躍のおかげだ。俺の死角を確実に潰してくれた。本当に助かった」
「当たり前のことをしただけだ。それに私はお前より獲物を仕留めていない」
確かに前衛として敵陣で暴れまわった俺よりも、後衛で控えていたユリア君の方が仕留めた獲物の数は少ないだろう。だが、彼女の的確な攻撃のおかでげ、俺はこの戦いを生き延びることができたのだ。感謝の限りだ。
「レーズィ君。君の支援にも助けられた。あの相手を遅くする魔術と俺の速度を上げる魔術、そして相手から戦力を奪いとる魔術。どれも勝利のためには欠かせないものであった。礼を言う。助かった」
「私たちは同じパーティーのメンバーなんだから当然ですよう!」
レーズィ君はこう言っているが、レーズィ君の魔術は本当に強力だ。これから先も世話になることだろう。
「では、獲物の耳を採取したら、冒険者ギルドに戻ろう。またラッシュが来ては対処できるかどうか分からないからな」
「了解だ。今日は引き上げよう」
ラッシュ。今日は森の中の恐ろし現象を体験した。あれだけの魔獣に取り囲まれて生きていられるのは不思議なくらいだ。
リーゼ君へのお土産に魔狼の内臓を持って帰ろうかとも思ったが、家の中が内臓だらけであることから遠慮した。その代わり、リーゼ君が特徴を教えてくれたいくつかの薬草は採取していた。これが役に立ってくれれば幸いだ。
本日の狩りの成果は魔狼72頭、ゴブリン51頭となった。
俺たちは冒険者ギルドに戻ってクエスト達成をクリスタに告げる。
受付のクリスタは手早く耳の数を数えると神妙な表情になった。
「ヒビキさん。あなたをC級へと昇格させます。魔獣のラッシュに対応できるような冒険者ならばC級でもやっていけるでしょう。レーズィさんも同じようにD級へと昇格させます。よろしいですね?」
「ああ。よろしく頼む」
報酬の1万マルクに加えて、冒険者階級C級への上昇を果たした。
これからはもっと難易度が高く、報酬の高い仕事も引き受けられるだろう。もちろん、そのようなクエストがは注されていればの話であるが。
やはり開拓村になると皆そこまで裕福ではないので、報酬の限られる簡単な仕事がメインを占めている。収穫の手伝いはとても感謝されるし、お裾分けをいただけるのだが、いかんせんお金を必要とするレーズィ君には向いてない。
「また魔獣駆除ののクエストがでればいいのだが」
「もうすぐ聖ペトロのお祭りだ。お祭りに魔獣が忍び込んないように、魔獣駆除の依頼は確実にやってくるだろう。その時は私も誘うんだぞ」
「“黒狼の遠吠え”はそろそろ帰ってくるのではないか?」
「それもそうだが、私はお前と戦いたい」
「それはできない。君は“黒狼の遠吠え”のメンバーだ。そちらを優先してくれ」
「仕方ない。了解した」
ユリア君は頼りになるのが、彼女は“黒狼の遠吠え”のメンバーだ。
「さて、レーズィ君。報酬を分け合おう。君が多めに貰っていいぞ」
「いいんですかっ!?」
「ああ。元々レーズィ君のゴーレム開発費のために受けたクエストだ。レーズィ君が稼がなければ意味がない」
「ありがとうございますよう……!」
俺が2000マルク、ユリア君が3000マルク、レーズィ君が5000マルクの報酬の分け方になった。レーズィ君が喜んでいたようなので何よりだ。
彼女の目指すゴーレム作成が上手くいくといいのだが。
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