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軍人さんと過去の思い出

…………………


 ──軍人さんと過去の思い出



 魔獣駆除の依頼を受けた俺たちはラインハルトの山にやってきた。


 リーゼ君の素材集めで散々訪れたことがあるので、地形の把握は出来ている。問題はどうやって魔狼50体とゴブリン50体を引き寄せるかだ。


「ヒビキ。魔狼を狩るならば、この奴らのフンを燃やせ。そうすれば魔狼が次々に寄ってくる。テリトリーを他の魔狼に侵されたと思って向かってくるだろう」


「なるほど。では、早速そうしてみよう」


 ユリア君が僅かに悪臭のする魔狼のフンを取り出すのに、俺はそれを並べていった。そして、それにレーズィ君は火をつける。周囲には何とも言えない悪臭が漂い始め、あまりの臭いに鼻を塞ぎたくなってくる。


「俺たちは待ち伏せと行こう。魔狼を相手に待ち伏せが有効かはいまいち分からないが、正面から戦うよりもマシなはずだ」


「もちろんだ。魔獣は奇襲するに限る」


 そこで俺たちは岩陰に隠れた。魔狼の嗅覚が普通の狼並みであれば、すぐに気づかれてしまうだろうが、なるべく臭いが漏れないように風下の岩陰に隠れる。


「来たぞ」


 暫くすると魔狼が10体ほど姿を見せた。どれもが獰猛そうに周囲を見渡している。臭いがしたから着て見たが、肝心の他の魔狼の姿が見えないことに混乱しているようだ。


「レーズィ君。魔術での支援を頼む。ユリア君は自由に行動してくれ」


「お任せください!」


 レーズィ君の青魔術は有効だということはグリフォン戦でも証明されている。魔狼を相手にする際にも彼女の魔術は役に立つだろう。ユリア君が役に立つことは言うまでもない。彼女は優れた兵士──狩人だ。


「では、行くぞ」


 俺は身を低くし、地面を蹴って物陰から飛び出した。


「オオオォォォ!?」


 魔狼の群れが後れながら俺に気付き、低い唸り声を上げる。


「<<速度低下>>!」


 すかさずレーズィ君が相手に魔術をかけた。


 仕組みは謎だが、魔狼たちの動きが鈍る。


 ふむ。これはちょうどいい。すばしっこい魔狼を仕留めやすくなったし、こちらへの危険も少なくなった。レーズィ君には感謝しなければ。やはり彼女にパーティーに加わってもらったのは正解だった。


「<<速度上昇>>!」


 次は俺の速度が上がった。


 既にナノマシンが脳をホットにし、体感時間は遅延している。そう、アドレナリンが脈拍を上げ、ほどよい緊張状態を調節している。これがサイバネティクス技術の恩恵だ。この技術を受けた軍人はスローモーションのような状況で戦える。


 軍では単にスローモーと呼んでいたが、それにレーズィ君の魔術が加わった。


 こちらの動きは従来のままに相手の動きだけが酷く鈍る。これでは負けるというのが難しいというものだ。


 俺は魔狼の首を裂き、魔狼の頭を砕き、魔狼の心臓を抉る。魔狼の内臓器官についてはリーゼ君が魔狼を解体するところを見ているので把握済みだ。進化の結論か、魔狼の心臓は普通の犬と変わらぬ位置にあった。


 そして、横から矢が飛んできて魔狼の眼球を抉りながら脳を貫く。


 ユリア君だ。彼女の弓の腕前には驚かされる。100メートル以内なら必中だ。どのような素材の弓を使っているのか知らないが、弓の性能だけではないだろう。俺が扱っても同じような制度を出せるとは思わない。


「終わりだ」


 最後の1頭に俺は回し蹴りを叩き込み、魔狼の頭が爆ぜる。


「終わったな」


「凄いですよう、ヒビキさん!」


 物陰からユリア君とレーズィ君が姿を見せる。


「うむ。ところで、討伐の証はどのようにして証明するのだろうか?」


「耳を削いで持って行く。右耳だ。その数で冒険者ギルドは討伐数を判断する。魔狼を生きた状態で耳だけ削げる人間はいないからな」


「なるほど。それならばかさばらずに済むな」


 現代日本ならば動物虐待だと文句を言われそうだが、この世界のやり方がそうならばそれに従うのみだ。郷に入っては郷に従えともいいう。


 俺は飛び散った肉片や息絶えた魔狼の死体から耳を削いでいく。耳削ぐのに使うコンバットナイフは暇があれば研いでいるが、いざという場合に備えて予備を準備しておいた方がいいかもしれない。


「これで10頭分だ。残り40頭か。意外に手間がかかるな」


「でも、この調子ならすぐですよう!」


 そうだといいのだが。何か問題が起きる気がしてならない。


 21世紀に入り、ナノマシンによるサイバネティクス技術が普及した世界においても、軍人たちは予感やジンクスを信じていた。嫌な予感がするときというのは、これまでの経験が見えない危険性を炙りだしている証拠なのだと考えらている。


 あの輸送機に搭乗した日も嫌な予感がしていた。そして、その通りに予感は的中した。俺は日本など欠片も存在しない土地で、未だによく分からない状況に置かれることになってしまった。


 やはり予感というのは無視できないな。


「次の狩場に向かおう。これだけ死体の臭いがしては魔狼とて寄ってこないだろう」


「うん。そうだな。次はもっと多く仕留められる場所にいくぞ」


 この周囲は魔狼の死骸が積み重なっており、血で真っ赤に染まっている。魔狼が臭いに敏感な生き物ならば、仲間の死体の臭いで満ちたこの場所に来るとは思えない。


「その前に臭いを落とすのに水浴びをした方がいい。私たちにも死体の臭いが移っているだろう。一度水浴びをして、臭いを流しておくべきだ」


「ふむ。ここら辺に水源はあっただろうか」


「ある。こっちだ」


 前衛で戦った俺にも、魔狼の死体から耳を削いだユリア君とレーズィ君も、魔狼の死体の臭いが移っていることは分かる。だが、水浴びぐらいでどうにかなるものなのだろうか。衣服に染み付いた臭いはどうしようもないと思うのだが……。


「ここだ。ここは魔獣もあまり来ない。周囲に魔獣除けポーションの材料になるオニノスズの実を宿す木が茂っている。魔獣は臭いを嫌って近づこうとしない。穴場だ」


 オニノスズの実は確かリーゼ君も集めていた素材だ。あまり高い木などではなく、腰ぐらいの高さのある樹木に実っている。なので、種を植えてから1年程度で実を宿すようになるとリーゼ君は言っていたな。


 ちなみに実は苦みがあっておいしくないそうだ。小動物やシカなどは貴重なタンパク源として摂取するそうだが。俺の世界で似たような植物は見当たらないな。


「では、ひとりずつ水浴びだ。黒魔術師、お前から入っていいぞ」


「それでは、失礼して」


 レーズィ君は茂みの奥に隠れると服を脱ぐ音を立て始めた。


 俺とユリア君はその間に周囲の安全を確保する。いくら魔獣が寄り付きにくいとはいえど、絶対に寄りつかないというわけではないはずだ。貴重な水場を魔獣が手を付けずに、そのまま見過ごしているとも思えない。警戒は怠らないようにしなければ。


「冷たい! うう、ようやくダンジョン暮らしから脱出して、温かいお風呂に入れるようになったと思ったのですがあ……」


 レーズィ君は何やら文句を言っている。


「黒魔術師。ちゃんと洗えよ」


「分かってますよう!」


 公衆の面前でユリア君がレーズィ君のことを黒魔術師と呼ばなければいいのだが。


「ふいっ! 洗いましたよう!」


「ふんふん。まあいいだろう。次は私だ。警戒は任せるぞ、ヒビキ」


「ああ。任された」


 次はユリア君が茂みに入っていく。


 レーズィ君の時と違って酷く静かだ。やはり訓練されているのだろう。


「ヒビキさん、ヒビキさん。ひょっとして私が水浴びしているとき覗きました?」


「そういう失礼なことはしない。それに周辺を警戒しなければ。確かに魔獣の数が日に日に増えているのが分かる。レッドドラゴンという食物連鎖の頂点がいなくなったせいで、生態系が混乱しているのだろう。我ながら無思慮なことをした」


「うー……。そうですか……」


「レーズィ君も警戒を頼む。ユリア君が戦闘状態にない今、戦えるのはふたりだけだ。レーズィ君の魔術があれば、ある程度の敵とは対等以上に戦える。頼りにしてるぞ」


「はい!」


 レーズィ君はリーゼ君とちょっと似たところがあるな。


「終わった。最後はお前だ、ヒビキ」


 暫くしてユリア君が戻って来た。


「警戒を頼む」


「任せておけ」


 俺は衣服を脱いで装備を解いてもある意味では武装は解除していない。体内のナノマシン群と義肢があれば、奇襲を受けない限りは戦える。


 もちろん、戦闘力は低下するだろう。だが、微々たるものだ。


 そっと湖の水面に足を下ろす。確かによく冷えた水だ。だが、この6月の湿った季節ではこの冷たさは逆にありがたい。俺は全身を湖の水につけ、魔狼から浴びた血を洗い流していく。湖の澄んだ水が徐々に赤黒く染まる。


 十二分に血を落とし、臭いを落としたと判断したら携行してきたタオルで全身を拭う。いつも手足を拭うときはその人工皮膚の下の複合装甲の冷たさを感じ、自分が手足を失ったのだということを実感する。


 一瞬のミスだった。


 俺たちは装甲車で市街地を移動していて、暗殺対象の建物に向かっていた。上空からは陸軍の攻撃ヘリと情報軍のドローンが支援に当たり、ヘリボーン部隊も侵攻中だった。俺たちは陸と空のふたつのルートで確実に重武装の敵対的民兵集団の大物が潜む建物に近づいていた。


 障害はない。そう思っていた。


 だが、建物までのこり3キロメートルの地点で激しい衝撃に襲われた。


 IEDだ。装甲車は対爆仕様だったが、口径203ミリ榴弾砲の砲弾を転用したIEDの爆発には耐えられなかった。先頭の装甲車が吹き飛び、その余波を受けて俺たちの装甲車も洗濯機に放り込んだように横転した。


 気付いた時には装甲車の外に放りだされていた。後続の装甲車から衛生兵がやってきて、必死に俺の出血を止めようと努力していた光景は覚えている。俺が引き千切れた自分の足を拾おうとして、自分の両腕が存在しないという滑稽な事実に気付いた時のことも。


 奇跡的に俺は助かった。軍はその時期、軍用義肢の開発に熱心になっており、俺に手足を失ったことで傷病除隊するか、それとも軍用義肢を使って二度目のチャンスを掴むかのふたつの選択肢を提示した。


 俺は迷わず後者を選んだ。俺が軍で学んだ知識は一般社会では役立つとは思えなかったからだ。俺の居場所は軍にしかないと思っていた。


 そして、俺と同じように軍用義肢を装備した隊員で編成される日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群に配属された。それからは……大して変わらない日々だ。誰かを殺すか、何かを騙すか。日本情報軍の薄汚れた任務に従事し続けていた。


 愛国心や軍人としての義務、祖国への忠誠は大した役割を果たさない。こと日本情報軍においては。俺たちは内戦を激化させるために民兵集団を訓練し、その中では子供兵までもを訓練していた。まだリーゼ君ほどの歳の子供たちにカラシニコフやパイプ爆弾の使い方を教えるのだ。


 そして、用が済めば資産を清算する。これまで友人面をして援助してきた民兵集団の指導者たちを暗殺するわけだ。


 そんなことの繰り返しで、どこに愛国心が生まれようか。軍事としての義務と祖国への忠誠がいつまでも精神を支えてくれるわけでもない。


 結局はナノマシンと薬物頼りだ。軍の精神科医がナノマシンに感情のフィルタリングを設定し、それでも“不具合”が生じる場合は薬物を投与して処理した。


 スマートな殺し屋。勇気や祖国への愛国心で戦うのではなく、ナノマシンと薬物で感情を調整されて、殺すために殺す新しい世代の軍人。


 そんな立場の人間と言えども、祖国日本への郷愁はある。いまでも日本のことを夢に見る。子供兵を殺したことで支払われた給料でインターネットショッピングをし、ファストフードのチェーン店で食事を済ませ、電子書籍を読み漁る。


 ここでの生活も決して悪いものではない。ここには現代日本が失ったものがある。この開拓村には俺にとっては遥か昔の昭和時代として聞かされてきたものが感じられる。だが、それでも俺は日本に帰りたい。


 それは俺は根性なしだからだろうか。知る由もない。


「終わった。狩場に向かおう」


「うん。こっちだ」


 ここから戻れば、また薄汚れた仕事が俺を待っている。


 それでもここから日本に帰還する。いずれは、必ず。


 だが、今は今を生き延びなければならない。世話になっているリーゼ君とエステルにも、共に冒険者をしているユリア君やレーズィ君にも、迷惑をかけるようなことがあってはならない。自分が生き延びるためだからと言って身勝手に動いていいわけではない。


 軍人としての義務と祖国への忠誠が失われている今、俺が大事にするべきなのは人として守るべきことだ。俺たちが今まで祖国のためと称して無視し続けてきたものを、今こそ大切にしなければならない。


 それを大事にするのは思いのほか、気分のいいものでもあるのだから。


…………………

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