軍人さんと魔獣狩り
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──軍人さんと魔獣狩り
この地に来てから既に2ヶ月が経過した。
未だに地球に帰る術は見つかっていない。日本情報軍は俺のことを既にMIAだと判断しているかもしれない。輸送機は明らかに撃墜されていたが、キルギスは表向きは日本に友好的な国家だ。日本情報軍が墜落現場を調査して、死体のDNAを調べれば、俺がいないことは分かるだろう。
残してきた家族はいない。恋人もいない。つながりがあるのは日本情報軍だけだ。
友人はいた。同じ部隊の隊員やアメリカ情報軍の兵士たち。後者については本当に友人なのかどうかは断言できない。あれは俺に対するアメリカ情報軍の腹の探り合いの一環だったのかもしれない。悪い奴らではなかったが、情報軍という組織はどこもここも嘘だらけだからな。
さて、帰る手段が見つからないからと言って、自棄になっていいわけではない。
今の任務は生き延びることだ。
幸いにして現地住民──リーゼ君たちを初めとする人々とは友好的な関係を築けているし、生活の術も手に入れた。後は帰還の術が見つかるまで、この生活を維持ないし向上させていかなければならない。
要は働くことだ。労働は人間の義務だからな。
「おはよう、リーゼ君。昨日は食べすぎじゃなかったか?」
「大丈夫です! あれぐらいはペロリですよ! 成長期なので!」
リーゼ君は今年で12歳だろうだ。12歳にしては些か小柄な気もするが、この世界ではこのようなものなのだろうか。文明レベルは地球と比較すれば明確に劣るものの、普段の食事は栄養が十分にあるものだと思うのだが。
「ふわあ。おはようございますう」
「おはよう、レーズィ君」
リーゼ君が朝食の支度をしているのにレーズィ君が下りてきた。
ここに来た当初はローブと下着しか衣類を持っていなかった彼女だが、村の雑貨屋でリーゼ君といろいろと買い揃え、今日は青い半袖のワンピースを纏っている。
地球のサブカルチャー的に魔術師といえばローブなのだろうが、その理由は不明だ。いつかレーズィ君に訊いてみよう。
「ううん。いい匂いがしますよう。手伝いましょうか?」
「大丈夫ですよ。すぐ済みますから座って待っててください」
俺もレーズィ君も居候の身なので、できることはなるべくやっている。だが、料理に関してはリーゼ君が仕切っているので何も言えない。
「おはよう……。あいたた……」
暫くしてぼさぼさの髪になったエステルが起きてきた。見るからに二日酔いだ。
「エステル。水を飲んだ方がいいぞ。なんだかんだで二日酔いには水が効くという」
「大丈夫。大錬金術師であるエステル様が二日酔いなんぞに悩まされるものかい。こういう時の痛み止めはちゃんと準備してある。あいたたた……」
エステルはそう告げると棚から瓶をひとつ取り出して、そこから丸薬を2粒取り出すと水で飲みほした。あれが痛み止めか。万が一の場合に備えて覚えておこう。
「あー。昨日はついつい飲みすぎちまったね。あたしのお気に入りの酒が空だよ。また上級ポーションを売りに行って金を稼いで、トールベルクで美味い酒を買うか」
「あっ! まだ上級ポーション作るんですか?」
「作らないとこの内臓の山が片付かないだろう」
まあ、エステルの言うように今の家の中は新生竜、魔狼、グリフォンの内臓で覆い尽くされている。乾燥が必要なものは外で干されているが、些か猟奇的な光景だ。
「新生竜の素材があれば上級ポーションはまた作れるし、グリフォンの素材も使える。ここは少しばかり気合いを入れて作ろうかね」
「手伝わせくれます?」
「また1本だけ作らせてやるよ。その代わりさっさと裏庭を拡張しな」
「はあい……」
俺も暇を見て裏庭を耕して畑を広くしているのだが、何分リーゼ君が持ち帰った薬草の苗の種類が豊富で、まだまだ拡張が足りない。リーゼ君と俺は暫くの間は土いじりを趣味にする運命にあるようだ。
「上級魔力回復ポーションは! 上級魔力回復ポーションはできますか!?」
「ああ。作ってやるよ。お代はいただくけどね」
「やったー!」
レーズィ君はゴーレム作りを本格化させるのだろうか。そのためには鍛冶職人と会う必要がるとも言っていたが。ゴーレムの本体を作るのには、鍛冶職人の手が必要らしい。しかし、電源も内燃機関も人工筋肉もなしにあのようにスムーズに動けるゴーレムを作るのだから、レーズィ君には驚かされる。
「レーズィ君。予算は足りるのだろうか? ゴーレムの本体にはそれなり以上の資金がかかるだろう。50万マルクで足りるものなのか?」
「それはあ……。鍛冶職人の人と相談してみないと分からないですねえ。まず市場価格というものが分かりませんし、この手の品は全く新しい挑戦になるので普通よりも割高になるかと思いますので……」
「つまり、やはり資金が必要ということか」
「そうですねえ。世知辛いです」
何事もにも金が必要なのはどこの世界も同じか。
「もう薬草の苗の採取は終わったとみていいのだろうか?」
「ええ。必要なのは揃いましたから。後は肥料を撒いて、植えるだけです」
俺の問いにリーゼ君がそう答える。
「ならば、俺たちは資金調達のために冒険者ギルドで依頼をこなしてくる。どうやらレーズィ君にはそれなり以上の資金が必要なようだからね」
「はい……」
俺がそう告げるのにリーゼ君が残念そうな顔をする。恐らくは俺と一緒に裏庭の畑を広げるつもりだったのだろう。
「帰ってきたら畑の方を手伝うので心配はしないでくれ」
「ありがとうございます、ヒビキさん!」
感謝するのは得体も知れない俺に身分と住処、食事を与えて貰っている俺の方だ。
「では、朝食にしましょう!」
「いただきます」
今日もたっぷりのパンとサラダ、牛乳の朝食だ。サラダは豆とベーコンが入っており、タンパク質補給にもなる。まあ、昨日あれだけ肉を食ったのだから、タンパク質のことなど当分は心配せずともいい気もするが。
さて、朝食を食べたらレーズィ君と冒険者ギルドに向かおう。階級は未だにD級のままだが、何か稼げる仕事はあるだろうか。
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朝食を終えて今日も冒険者ギルドにやってきた。リーゼ君がお弁当まで用意してくれたのには感謝の限りだ。
さて、何か稼げそうなクエストはあるだろうか?
「害獣駆除が多いな。それから農作物の収穫。後は聖ペトロのお祭りの準備か」
クエスト依頼の掲示板は相も変わらず、害獣駆除をメインにして、あまりバリエーション豊富でないラインナップが並んでいた。どれもそこまで高い報酬は出ず、平均して2000マルク程度の依頼だ。
どうにかしてもう少し稼ぎたいのだが……。
「ヒビキ。依頼を探しているのか?」
「ああ。そうだ」
俺がクエスト依頼の掲示板を眺めているのにユリア君が声をかけてきた。
ユリア君は信頼できる冒険者だ。ソロで活動していたならば間違いなく勧誘しただろう。だが、既に彼女は“黒狼の遠吠え”に所属している。これから先、問題ごとに首を突っ込みたくなければ、彼女はパーティーには誘えない。
「お勧めのクエストがあるぞ。これだ」
ユリア君がそう告げて掲示板から剥がしたのは、魔獣駆除の依頼だった。
ラインハルトの山で魔狼とゴブリンの群れが確認されていて、麓に被害が及ぶ前にある程度間引いてしまいたいという依頼だ。依頼主は開拓局。報酬はなんと1万マルクだ。これは美味しいクエストだろう。
「開拓局の依頼は報酬はいい。お前も依頼を選ぶならば開拓局の仕事を選べ」
「助言、感謝する」
開拓局の依頼は報酬がいいのか。いいことを聞いた。
「それでこの依頼を受けるか?」
「受けようと思うが、D級冒険者でも受けれるものだろうか」
「それは私がいれば問題ない。私はB級冒険者だ。このクエストの条件を満たしている」
報酬が高いだけあってクエストの要求される階級は高い。最低でもC級冒険者となっている。俺はD級、レーズィ君がE級なので受けることはできないように思われる。
だが、B級冒険者のユリア君がいれば受注はできるようである。
しかし、規則に厳しいクリスタがそれを容認してくれるだろうか?
「クリスタ。この依頼を受けたい」
「構いませんが、おひとりで?」
「いや。“チーム・アルファ”と一緒だ」
「クエストは受けれますが“チーム・アルファ”の方々は危険を承知なのですね?」
「レッドドラゴンを蹴り殺す男だぞ。たかだか魔狼やゴブリンの群れ程度でどうにかなるものか。早くあいつの階級を上げてやれ」
「残念ですが、まだ規定を満たしていませんので」
クリスタはなかなか俺をC級冒険者に上げてくれない。クリスタのことだから私情が挟まれているということはないだろうが、どうすればC級冒険者になれるのかは謎のままだ。危険度の高いクエストを達成することで上げられるそうだが。
危険度の高いクエストなら受けてきたつもりだ。ラインハルトの山、シュトレッケンバッハの山、エルンストの山でのリーゼ君の護衛。護衛の際には新生竜やグリフォンなどと交戦している。俺としては大した事のない相手であったが、危険はあったはずだ。
そう、俺は無敵じゃない。うっかり間違えば死ぬことになる。
リーゼ君が中級体力回復ポーションを分けてくれたが、どの程度の効果があるのかは分からない。やはり、軍隊において孤立するというのは致命的だな。後方支援が一切受けれない環境での戦闘は今まで以上に気が抜けない。
「では、クエストをお任せします。内容はクエスト依頼書に書かれています」
クリスタはいつもの無表情でクエスト依頼書をユリア君に手渡した。
「これで受けれるぞ。早速出発しよう」
「ユリア君。確認しておきたいのだが、“黒狼の遠吠え”は本当に活動を休止しているのか? 君を疑いたくはないが、あまりにも長い間、この冒険者ギルドに顔を出していないので気になるのだが」
「うん。やつらは恋だのなんだのにうつつを抜かしている。B級冒険者としては私たちは稼いだ方だから、今は長期休暇のようなものだ」
実は“黒狼の遠吠え”はクエストを受けていて、ユリア君は俺と組むために残っているのではないかと考えたが、それは些か自意識過剰だったな。
「では、よろしく頼む」
「お願いします!」
こうして魔獣討伐のクエストを受領した。
内容は魔狼50体、ゴブリン50体の討伐だ。森の中には魔獣が溢れているそうだから、見つけるのに苦労はしないだろうが、問題はそれだけの大軍に囲まれて勝てるかどうかだ。魔狼の群れは十分すぎるほどの脅威になる。ゴブリンについてもわずかながら知能があるという点で危険だ。
「心してかかろう。油断はなしだ」
「当たり前だ。自然は何をするのか分からない。突然、魔獣の大軍が押し寄せてくることもあれば、魔狼やゴブリン以外の魔獣に襲われる可能性もある。それからこのクエストでは前に住み着いていたレッドドラゴンが残したであろう新生竜の目撃条件もあり、それを討伐すれば5000マルクの追加報酬がでるぞ」
「新生竜を狩ったらエステルに渡そう」
エステルは上級ポーションの製造を始めている。素材は多ければいいだろう。
「錬金術師か。まあ、いいだろう。肉はいただくが内臓はくれてやる」
ユリア君は些か錬金術師を好ましく思ってない節がある。それがただの偏見故のものかのか、何か過去にあったのかは知る由もない。
「では、魔獣狩りに向かうとしよう。レーズィ君も油断しないように」
「はいっ!」
レーズィ君は勢いよく拳を突き上げるのをユリア君が胡乱な目で見ていた。やはり、生粋の冒険者ではないメンバーがいることが不安なのだろうか。
まあ、レーズィ君もユリア君も悪い人間ではない。次第に打ち解けるだろう。
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