錬金術師さんと融資
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──錬金術師さんと融資
ボクはゴーレム開発をと意気込むレーズィさんを連れて開拓局に向かった。そろそろ日もくれそうだからとヒビキさんが一緒について来てくれている。ユリアさんはレーズィさんがうちに住み着いたのを確認してからさっさと帰っちゃった。
さて、開拓局の人たちはレーズィさんのゴーレムにお金を出してくれるかな?
「おや。リーゼちゃん、ヒビキさんも。そ、それからその後ろの美女はどなた?」
開拓局の事務所に入るとそろばんで経理らしき仕事をしていた。が、レーズィさんが姿を見せるなり、レーズィさんに目が釘付けになっている……。
いいよねっ! 胸の大きい人は!
「こちらはレーズィ・ローゼンクロイツさんです。シュトレッケンバッハの山のダンジョンに住んでいたのですけど、魔獣なんかで危なくなってきたから麓まで降りてきたんですよ。レーズィさん、こっちは開拓局のハンスさんです」
「よろしくお願いしますう!」
レーズィさんが手を振るのに胸が揺れる……ギリッ。
「こ、こんにちは、レーズィさん。自分はハンスです。ところで、今日はどのようなご用件で? なんでも相談に乗りますよ」
ハンスさんってば鼻の下伸ばして浮かれちゃってさ。ヒビキさんを見習いなよ!
「実を言いますと、この村の発展、いや人類文明の発展のために出資をしていただけないかと思いまして!」
「え? リーゼちゃん、どういうこと?」
レーズィさんが身を乗り出して告げるのにハンスさんが困惑気味にボクを見る。
「レーズィさん。あれを見せないと分かってもらえませんよ」
「そうでした。まずはこれをご覧くださいっ!」
そう告げて、レーズィさんは懐からチビゴーレムを取り出した。
「なにこれ? 新しいおもちゃ?」
「そうではありません! 見てください! レーズィ式魔道ゴーレム1号、起動!」
レーズィさんが声を上げると、チビゴーレムが動き出し、机に置いてあったカップを持ち上げて、トコトコと運び始めた。どこまでも滑らかな動きだ。
「おおっ! ひょっとしてこれって伝説のゴーレムなの!? マジで凄いな!」
「そうでしょう、そうでしょう。これから開拓局より出資が得られれば、より大型のゴーレムを作って、それこそ街道整備などにも使うことができますよう!」
「なるほど。それで村の発展か」
レーズィさんの言葉にハンスさんが納得する。
と、ハンスさんが納得したところでチビゴーレムの動きが止まった。
「あれ、動かなくなったぞ」
「ああ……。魔力切れですねえ。低級魔力回復ポーションを使用していましたから、そこまでもたなかったんでしょう……」
低級魔力回復ポーションだもんね。そこまでの魔力は補充されないや。
「うーん。ポーションで動くゴーレムか。これより大きなサイズのものもあるの?」
「現状ではこのレーズィ式魔道ゴーレム1号だけです……。でも、出資が受けられれば、もっと大型でパワフルなゴーレムが作れますよう! 村まで延びる街道だって、ゴーレムたちが作ってくれるでしょう!」
ハンスさんが尋ねるのに、レーズィさんは自信満々にそう答えた。
「よし。分かった。局長に話を通してみるよ。きっとこの案に乗ってくれますよ、レーズィさん。ご安心ください」
「ありがとうございますう、ハンスさん!」
ハンスさんはレーズィさんにそう告げと、事務所の奥に向かった。
「直接話したいから、局長室に来てくれる?」
暫くしてハンスさんは戻ってくるとそう告げた。
「行きましょう、レーズィさん。身分証明書も発行してもらわなきゃいけないですし」
「そうですね。行きましょう!」
というわけで、ボクたちは局長室にレッツゴー!
「おお。あなたがレーズィさんか。私はオスヴァルト。ヴァルトハウゼン村開拓局局長を務めている。それで画期的な魔道具を開発する費用が欲しいとか?」
「ええ。その通りですよう。完成したゴーレムは村の開発に役立つこと間違いなし! ということで出資していただけませんか?」
「確かに伝説のゴーレムのようであれば昼夜を問わず働いて、瞬く間に街道を完成させてしまうでしょう。ですが、あなたの作るゴーレムは伝説のものとは異なるのでは?」
「た、確かにオリジナルの要素があります。ですが、その働きは伝説のゴーレムに比類すると言っていいですよう!」
オスヴァルトさんも出資するものを慎重に検討している。
「では、実用的なゴーレムが作れるだけの出資はしましょう。それが実用可能レベルだと判断したら大幅な出資を行います。出資というより融資ですね。いずれはゴーレムで稼いだお金で返済していただければと思います」
「了解です!」
そんなに安請負して大丈夫なの、レーズィさん。大型ゴーレムを作るには上級魔力回復ポーションを必要だし、本体も一から作らなきゃならないし、上手くいくのかな。
「それからお願いがあるんですか、身分証明書も発行してもらえないでしょうか? ここにエステルさんという女性から渡された紹介状があるのですが」
「ふむ。私にレーズィさんの身元引受人になってもらいたいと。それだと正式な身分証明は行えないのですか?」
「そのー……。いろいろありまして……」
リッチーになって300年間ダンジョンで暮らしていたことを話さないでくれて助かった。話していたら黒魔術師として追われる身になっていただろう。
「身元引受人になるのは問題ない。レーズィさんの身分証明書も発行しよう。レーズィさんの発明が上手くいけば、この村は大きく発展することになる。そのチャンスを棒に振るわけにはいかないからね」
「ありがとうございますう……!」
本当に黒魔術師なのかと思うほど明るくて、礼儀正しい人だ。
「それでは身元証明書を発行しよう。名前、年齢、住所を頼む」
「えーっと。名前はレーズィ・ローゼンクロイツ。年齢は……18歳。住所はリーゼさんのお家にお邪魔しています。ダンジョンからは引っ越したので」
「ふむ。では、そのように作ろう。ところでダンジョンはどの付近に?」
「シュトレッケンバッハの山の中腹辺りですよう」
オスヴァルトさんの視線がダンジョンという単語で鋭くなった!
「階層は?」
「10階層以上ですう。私は1階に暮らしていました」
「10階層以上のダンジョン……!」
レーズィさんの言葉にオスヴァルトさんが息をのむ。
「レーズィさん。ダンジョンの存在を教えてくれて感謝する。ありがとう。これでこの村にも冒険者が大勢訪れることになるだろう。ダンジョンがあるということは隠されたお宝があるかもしれないということだからね」
ダンジョンも村おこしの材料になるね!
「だが、いきなり人口が増えるのは困る。治安の問題もあるからね。自警団を増強してから、ダンジョンの存在を公表することにしよう」
そうだよね。いきなり荒れくれ者の冒険者が押し寄せてきたら治安が悪化するよね。
「それでは身分証明書を発行するので暫し待っていてくれるかな?」
「はいっ!」
というわけでレーズィさんとボクたちは局長室の外に。
「レーズィ君。君は融資を受ける以上成果は出さなければいけないし、お金も必要だろう。これから冒険者に登録するのであれば、俺と一緒にパーティーを組んでくれないか? 君ならば安心して任せられる気がする」
「お任せください! 青魔術は全てマスターしていますし、その黒魔術に関してもそれなり以上の知識がありますので」
「頼りにさせもらう」
レーズィさんも冒険者になったらヒビキさんは鬼に金棒だね。青魔術は敵の戦闘力を低下させたり、味方の戦闘力を強化したりする効果があるから!
……黒魔術は死霊術で死んだ魔獣を操ったり、敵を呪殺したり、悪魔を召喚して戦わせるとかいう手段があるけど、黒魔術師だと分かると困るので、そういうのはなしの方向で行ってもらいたいものだ。
「ああ。人生に展望が開けた気がします! ゾンビはだめでもゴーレムなら人々も受け入れてくれるでしょうし、ついに人類が労働という枷から解放されるのですよう!」
「そこまで簡単にはいかないだろう。知能がなければ」
そうだよね。お茶を運んだり、土木作業ができたとしても、ハンスさんがやっているような帳簿の整理だったり、開拓局の開拓計画の策定などを考えると、ゴーレムはまだまだ万能じゃないみたい。
「い、いずれは知的行動が行えるゴーレムも開発しますよう! 頑張りますっ!」
レーズィさんはやる気満々だ。
「レーズィ君。身分証明書が発行できた。それから当座の開発費用としてここに50万マルクを準備した。ゴーレムの完成、楽しみに待っているよ」
「おおっ! ありがとうございます!」
暫くしてレーズィさんの身分証明書と50万マルクの貨幣を納めた箱を手にしたオスヴァルトさんが現れた。
こうしてレーズィさんは50万マルクの借金を負った。無利子の融資なだけ温情だね。
「では、ゴーレム開発を邁進させる、その前に」
ボクとレーズィさんのお腹が同時に空腹に文句を言う。
「家に帰って食事にしましょう。今日はレーズィさんの歓迎会でとびっきりの料理を作りますからね。楽しみにしてください」
「かたじけないです……」
腹が減っては戦はできぬ。
ボクの裏庭の拡張も、レーズィさんのゴーレム開発も、お腹をいっぱいにして考えないとね。食事で頭が澄み渡ることがあるのですから!
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というわけで、今日はレーズィさんの歓迎会!
ヒビキさんの時は唐突でそこまで大したことはできなかったので、これはヒビキさんの遅ればせながら歓迎会も兼ねてだ。なので、今日はご馳走だぞっ!
「はいっ! 今日のメニューは鴨の香草焼きをメインに、川魚のソテー、カボチャスープ、オニオンサラダ、デザートのチーズケーキの豪華絢爛な料理の数々です! どうぞご賞味ください!」
今日はヒビキさんとレーズィさんの歓迎会ということで張り切っちゃったぞ! 最近は徐々にとはいえど低級体力回復ポーション調味料風味の特許代やゾーニャさんたちへの低級ポーションの輸出で我が家の家計は僅かながら上向きなのだ!
「わああ! ご馳走ですよう! ここ数百年で食べた中で一番のご馳走です!」
もはやレーズィさんが正体を隠そうとしないのは困りものだけど、エステル師匠も既にレーズィさんの正体を見破っているようなので何も言うまい。黒魔術師にも理解のある師匠でよかったよ。
「今日は一段と素晴らしい食事だな、リーゼ君」
「遅ればせながらヒビキさんの歓迎会も兼ねていますからね! ヒビキさんが我が家に来られた時は大した歓迎会はできませんでしたし」
「いや。そのような気遣いをしてもらえるとはありがたい限りだ」
いやいや。こちらこそいろいろとお世話になってますから!
「ふうん。馬鹿弟子もちいとは料理が上達したね」
「そうでしょう、そうでしょう。多分、ポーション作りの腕前も上がってますよ!」
「腕のいい錬金術師は料理の腕前もいいって俗説か? ありゃ嘘っぱちだぞ。錬金術師でも酷い味覚の奴はいるし、とんでもない食生活を送ってる奴もいる」
ぶー……。エステル師匠も素直に褒めてくれたらいいのにー。
「まあ、料理が上手くなって損することはない。よく成長したな、馬鹿弟子」
「えへへ」
エステル師匠ってば上手くできたらちゃんと褒めてくれるんだから、最初からそう言ってくれればいいのになあ。
「ではヒビキさんとレーズィさんの新たな門出を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
まだお酒が飲めないボクは果実のジュースで、エステル師匠、ヒビキさん、レーズィさんは赤ワインで乾杯した。
最初はふたりしかいなかったこのボロ家だけど、今はヒビキさんがいて、レーズィさんが暮らすことになってにぎやかになったきたな。これからどんな生活になっていくのかとってもワクワクしてきたよ!
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