錬金術師さんとチャレンジ
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──錬金術師さんとチャレンジ
「で、連れ帰ってきたと」
エステル師匠が胡乱な目でレーズィさんを見つめている。
「ダンジョン暮らしの青魔術師なんて初めて聞いたが、本当かい?」
「ええ! 300年──3年ほど暮らしていましたよう!」
そうそう危うく正体のばれそうになる黒魔術師さんである。
「ふん。本当かい、冒険者の娘」
「事実だ。こいつはここに居着いてからずっとダンジョン暮らしだった。そのせいで宿なし、職なし、能無し、身分なしだ。そちらで面倒を見てくれないか?」
エステル師匠が尋ねるのに、ユリアさんがそう返す。レーズィさんは何か言いたげだったけど、ボクが必死に抑えるようにジェスチャーしたおかげで黙っていてくれた。けど、宿無し、職なしはともかく能無しは酷くないかな?
「はあ。まあ、事情は何となく分かったよ。そう言えば、シュトレッケンバッハの山の黒魔術師が噂になってたけれど、それとは関係ないんだね?」
「え、えーっと、それはー……」
レーズィさんとボクが視線を泳がせる。
「そういうことかい。面倒ごとは嫌いだよ。一応紹介状は書いてやるから、身元引受人にはオスヴァルトの奴にでもなってもらいな。オスヴァルトの奴もゴーレムが本当に手に入るなら喜んで手を貸すだろうからね」
「ありがとうございます!」
エステル師匠はなんだかんだで優しいな。
「で、住むところがないからうちに?」
「お、お邪魔でなければあ……」
「いいよ、いいよ。ただし、死んだものが生き返って動いてたら叩き出すからね」
「はい! 構いません!」
わあい! これでレーズィさんも開拓村の一員だね!
「じゃあ、紹介状を書いてやるからちょっと待ってな」
「あの、エステル師匠。上級魔力回復ポーションって作れます?」
エステル師匠が立ち上がるのに、ボクがそう尋ねる。
「それぐらい何の問題もないよ。だが、素材が足りたかね。この村じゃ上級魔力回復ポーションの需要なんてほとんどなかったから、その手の素材集めはしてなかったと思うが。倉庫を見てきな、馬鹿弟子。ユウヒノアカリ草とお化けタンポポの根、それからスソマタギ実と魔力用混合液にストックがあればすぐに作れる」
「ラジャ! 確認してきます!」
ボクはトトトと倉庫に向かう。
ユウヒノアカリ草は主にエルンストの山に生えている薬草だ。ユウヒノアカリって名前が付いてるけどあまり日の光を好まず、草木の影になる場所に生えている。割合珍しい薬草だ。だが、これは魔力回復ポーションにぐらいしか使い道がないので、あまり集めた記憶はない。
というのも、この村で魔力が自然回復しなくなるまで使うようなことはほとんどないのだ。レッドドラゴン討伐の際には遥か遠方から冒険者の人たちがやってきて、魔力切れになるまで魔術攻撃を叩き込んだそうだけど、そういう人たちは自分たちで魔力回復ポーションを持ち込んでいる。うちで買うことはない。
そして、普段は魔狼やゴブリンを相手にしている冒険者の人たちはそこまで必死に魔術攻撃を行わない。大抵の魔術師の人は魔力に余裕を持たせて、魔狼やゴブリンの相手をするし、前衛の人はそれをしっかりと支えているのだから。
そのような理由で魔力回復ポーションを、まして上級魔力回復ポーションを作るような機会はこの村に越してきてから滅多にないことであった。
だから、材料があるかどうかは疑わしい……というかなかった……。
「エステル師匠ー。素材足りないですー」
「足りないのは?」
「ユウヒノアカリ草です。他はあります」
「困ったね。エルンストの山にはまだ行ってないんだろう?」
「まだですねー」
この間ラインハルトの山、今回がシュトレッケンバッハの山で、その次にエルンストの山を予定していたのだ。エルンストの山を最後に回したのは、お化け魔狼の一件があってちょっと物騒だからだ。
「なら、上級魔力回復ポーションはお預けだな。他に必要なポーションは?」
「ええっと。目覚めのポーションですっ! これでゴーレムのコアに魔力を宿すんですよう! それで万能ゴーレムの完成です!」
「それなら材料はあるはずだし、馬鹿弟子にも作れるはずだ。作ってもらいな。料金はサービスしておいてやるよ。ただし、上級魔力回復ポーションのお代は払ってもらうからね。あれを作るのは意外と面倒なんだからな」
「了解です!」
すぐさま了解してるけど、ちゃんと代金払えるのかな、レーズィさん。結構高いよ、上級魔力回復ポーション。
「じゃあ、あたしは紹介状を書くから、あんたたちは目覚めのポーションを作っておいで。錬金釜は使ったらちゃんと洗うんだぞ、馬鹿弟子」
「いつも洗ってます―!」
全く、エステル師匠はボクのことなんだと思ってるんだい!
「じゃあ、レーズィさん。早速目覚めのポーションを作りましょう!」
「はい!」
レーズィさんがうきうきした様子でボクの後ろから付いてくる。
「準備するのはまずシロノミズ草とブタノフグリの実と牛乳、それから魔力用混合液。シロノミズ草は乾燥させてあるものを煎じて、ブタノフグリの実はお湯につけて柔らかくして細かく切り、それらを温めた牛乳の中に入れます」
どれもそこまで値段の張らない素材だ。シロノミズ草は畑の脇とかでも取れるし、ブタノフグリの実は裏庭でよく転がっている。これらは調合方法によっては低級魔力回復ポーションにもなるので採取しておいて損はない。
「そして、ザルで素材を越して、残った素材の薬効が詰まった牛乳を魔力用混合液と混ぜてから、錬金釜でコトコト弱火で煮込んでいきます」
「ふむふむ。錬金釜って作れますか?」
「え、えーっと。これは一応、帝都の職人さんが作ったものなので……」
「そうですかあ……」
錬金釜には薬効を引き出す特別な鉱石などを含有した金属で作られている。魔道具で温度管理もできるようになっているのは特別製の証。帝都の外れから引っ越してくるときにもこれだけは忘れずに抱えてきた。
「ちなみにお値段はおいくらほどで?」
「500万マルクぐらいだってエステル師匠は言ってました」
「5、500万マルク……」
レーズィさんが卒倒しそうだ!
「な、なにも無理して自分で釜を持たなくても、使い方を覚えて、ちゃんと使用後に洗ってくれるならエステル師匠も貸してくれると思いますから!」
「うう、かたじけないですよう……」
ボクの代わりに低級ポーション作ってくれたりしてとは期待していない。低級ポーションでも作るのには修行が必要なのだ。
「で、そろそろ独特の臭いがしてきたので、火を止めて、釜の中身を樽に注ぎます」
ドボドボドボと樽に釜の中身を注いていく。釜が重いので結構力がいる。
「後は自然に冷えるのを待てば完成です!」
「おおーっ! これが錬金術なのですねっ! 感激しました!」
いや。ここは感激する場面ではないと思う。
「エステル師匠が上級魔力回復ポーションを作ってくれる前に、低級魔力回復ポーションで実際にゴーレムが動くのか実験してみましょうか?」
「そうですねえ。まだ理論的な話でしかないですし、開拓局の方に売り込むには模型ででも動くところを示さなければなりませんよね!」
ということで、ボクたちはレーズィさんの試作ゴーレムを動かしてみることに。
「うわあ。可愛い! これも小さくて滅茶苦茶可愛いじゃないですか!」
「そうだな。これだけ小さければ閉所での作業にも向いていそうだ」
ボクとヒビキさんが感激して眺めるのはレーズィさんのチビゴーレムだ。
ほとんど手の平サイズで、レーズィさんのダンジョンの研究室にあったものより丸々とした体形をしている。丸いボールに手足が付いている感じ。頭はないけれど、レーズィさん曰く外部の環境を認識する装置が付いている。それが猫の耳にそっくりなのだ!
「では、まずは目覚めのポーションを注いで……」
レーズィさんは試作ゴーレムの胴体をパカリと箱のように開くと、中にあるガラスの玉に目覚めのポーションを注いでいく。これで理論上はこのチビゴーレムは魔力を有することになる。無機物に目覚めのポーションを使用したことはないから分からないけど、魔道具の素材には確かに目覚めのポーションに類似した素材が使われている。
「そして、その外側に低級魔力回復ポーションを注いで……」
ゴーレムのコアは二重になっていて、内側に目覚めのポーション、外側に低級魔力回復ポーションを注げるようになっている。混ざっちゃうとどうなるか分からないからね。
「では、行けえ! レーズィ式魔道ゴーレム1号っ!」
レーズィさんが命じるのに、チビゴーレムが動いた!
あの研究室のゴーレムと同じようにスムーズに動く! これは凄い!
「これって何か仕事はさせられないんですか!?」
「そうですねえ。では、お茶を持ってきてもらいましょう!」
そう言うとレーズィさんは懐から茶葉を取り出した。
「お茶、淹れてくれるんですか!?」
「ま、まだ流石にそこまでは……。でも、淹れたお茶をこぼさずに運んでくることは可能ですよう。その点は間違いありません!」
ふむふむ。ちょっと期待したんだけどなー。でも、このサイズだとお湯を沸かすだけでも精いっぱいだろうし、まあ無理だよね。本当にこぼさずに運べるのかな?
「では、台所をお借りしますね」
「どうぞー」
レーズィさんもダンジョン生活だったけど魔道具の使い方はちゃんとしっているようで、お湯を沸かして、あの茶葉でお茶を淹れていた。そして、淹れたお茶のカップをチビゴーレムに手渡す。
そして、そして──。
「おおーっ! 本当にこぼさずに運んでるー!」
チビゴーレムはスムーズな動きで、カップを運んでいく。お茶の1滴もこぼさず、ボクの手元まで持ってきて、ひょいと掲げた。
「うわあ! 可愛いっ! これだけで売れますよ、レーズィさん!」
「ダメですよう! これだけでは人類を労働という枷から解放するには至りませんから! 人類文明から労働がなくなったとき、初めて私たちは純粋な文明と呼べるものを持つことができるのですう!」
「そ、そうですか」
うーん。みんな働かなくなるとどうなるんだろう?
「まあ、このレーズィ式魔道ゴーレム1号で開拓局の方から出資が受けられれば、もっと大型のゴーレムを作って、たっぷりの上級魔力回復ポーションを注いで、農作業なり、土木作業なり、戦闘なりに使っていきたいと思います!」
「わー!」
開拓局のオスヴァルトさんもこんな画期的な発明ならお金を出してくれるだろう!
「ふむ。この世界の魔術というのは興味深いな。俺の世界にもこのゴーレムと似たようなものがあったが、まだまだ発展の余地ありというものだった。このままドローンの類も作れるならば、それはそれで画期的なのだが」
「どろーんって何です?」
「無人の飛行機だ。飛行船よりも搭載量と速度が大きく、それでいて遠隔地から操縦できるというものだ。小さいものは手で投げる紙飛行機のようなものから、大きなものはあの飛行船より巨大なものまである」
「変わってますね。誰も乗せないなんて」
誰も乗らない飛行船とかあっても何の意味もないと思うけどな。
「無人の飛行船ですか。そのアイディアはそそられますねえ。荷物の輸送に特化すれば、便数などももっと増やせるでしょうし」
レーズィさんはヒビキさんのアイディアが気に入ったみたい。
「しかし、戦闘でゴーレムを使うと言ったが、戦闘には耐えられるのか?」
「素材によりますねえ。鎧に使うような鋼鉄を使えば、それなりに戦えるものが作れるはずです。弱点はコアに衝撃が入ると、そこで動かなくなってしまうことですがあ……」
「見たところガラス製だからな。他の素材にはできないのか?」
「魔力が定着しやすい特殊なガラスなんですよう。これを鋼鉄に変えてしまうと、目覚めのポーションで魔力が宿らなかったり、上級魔力回復ポーションを注いでも魔力が伝わらなかったりするんです」
うーむ。ガラスのハートのゴーレムじゃ戦闘は難しそうだ。
「でも、中を緩衝材で覆えばガラスが割れることも防げるはずです! 目指すは画期的な緩衝材の開発です! これからゴーレムで戦争をするようになれば、人的被害が減るはずですからねえ!」
「そうかもしれないな」
熱心なレーズィさんと違って、ヒビキさんはどこか覚めていた。
「では、早速開拓局に向かいましょう! 開拓局から出資を受けなければゴーレムの開発は頓挫してしまうのですから!」
「はい。では、開拓局に向かいましょう。レーズィさんの身分証明書も発行してもらわなくちゃいけませんからね」
というわけでボクたちは開拓局にレッツゴー!
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