錬金術師さんと黒魔術師さん?
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──錬金術師さんと黒魔術師さん?
ダンジョンを見つけたというヒビキさんの案内でボクたちはシュトレッケンバッハの山のダンジョンにやってきた。
「どうだろうか。これがダンジョンで間違いないだろうか?」
「間違いないですね。でも、どうして今まで見つからなかったんだろう……」
ここら辺はボクも素材集めに来たことがあるけど、こんなものなかったのにな。
「確かに生活臭がするな。人間が出入りした形跡がある。それからミノタウロスの足跡も。誰かがここに住んでいるぞ。黒魔術師かどうかはまだ分からないが」
「やはりそう思うか。ミノタウロスの足跡は確実だが、人間の出入りの痕跡については微量な痕跡しか残されていなかったからな」
ボクには何が何やらさっぱり分かりません。
「ダンジョンは私が先行する。罠などがあれば対処できるからな。お前はお荷物錬金術師を守っておけ。後ろから何が来るか分からない」
「理解した。背後は任せてくれ」
ダンジョンは狭い通路を進むものがほとんどだ。そういう場所では陣形は縦列にならざるを得ない。今回の陣形はユリアさんが先頭、ボクが中央、ヒビキさんが後方という陣形だ。ふたりに守られているボクが一番安全なのはいうまでもない。
そして、ボクたちはダンジョンに足を踏み入れた!
「ふむ。意外なほど現代的な建造物だな……」
ヒビキさんはダンジョンの中を見渡してそう告げる。
「現代的じゃないですよ。過去の文明の遺産ですから。でも、昔の方が文明がちょっと進んでいたのか、地下に潜っても空気が綺麗なんですよね。今でも何かしらの魔道具が機能しているのかもしれないです」
「空調設備が整っているのか。やはり現代的だな」
現代的じゃないと思うよ? だって、ボクたちにはこういうの作れないし。
「排水も行われているようだ。過去の文明というのは……」
そう言えば雨で水没したダンジョンって話も聞かないな。過去の人たちはどれだけ進んだ魔道具を使ってたんだろう? ボクには想像もできないや。
「静かに」
不意にユリアさんが声を上げて、ボクたちを制止する。
「物音が聞こえないか?」
「聞こえる。近いな。ミノタウロスのようなものではなさそうだ。音が小さい」
え? ボクには何も聞こえないんだけど?
「どこかに隠し扉がありそうだな。それか……。そうか。さては認識障害の魔術を使っていたんだな。道理で私も知っているはずのこの場所にダンジョンが見つかったわけだ」
「認識障害の魔術?」
「文字通り人の認識に障害を発生させる魔術だ。幻術とも呼ぶ。壁がない場所に壁があるように見せたりすることができる。このダンジョンの入り口も何かしらの認識障害の魔術で隠されていたに違いない。だとすれば、今まで見つからなかった理由も付く」
「なるほど。一種の高度な迷彩か。地形追従迷彩のようなものだな」
地形追従迷彩の方が意味が分からないです。はい。
「どうすれば見破れる?」
「どこかに魔法陣が刻まれているはずだ。ダンジョンの入り口が見つかったのもゴブリンたちが魔法陣を消したか、ミノタウロスが消したかしたせいだろう。魔法陣を消しさえすれば、認識障害の魔術も解ける」
「理解した。だが、俺は魔法陣についての知識がない。任せていいか?」
「ああ。任せてくれ」
そう告げるとユリアさんは手慣れた様子でダンジョンの壁などを調べていく。ダンジョンの中って結構暗いのに、よく探せるな。
「灯り、付けましょか?」
「ダメだ。他の魔獣を引き寄せることに繋がりかねない」
うう、ボクってば本格的にお荷物錬金術師だ。
「見つけたぞ。魔法陣だ。念のために罠ではないか確認する。下がれ」
「あっ! 爆裂ポーション!」
「ああ。お前の師匠から買った。あの錬金術師の作る品は確かだ。愛用している」
赤色をして厳重な封が去れた爆裂ポーション。エステル師匠が作ってる奴だ!
「爆発で魔法陣を消す。罠ならば魔獣が飛び出てくるなりするだろうから、距離を取っておきたい。下がれ」
「理解した」
ユリアさんが爆裂ポーションの導火線に火をつけるのに、ボクたちは安全な場所まで距離を取って、爆発に備えて身をかがめる。
そして、炸裂。
爆裂ポーションがオレンジ色の炎と共に爆発し、周囲が一瞬煙で覆われる。
「……罠ではないようだな。隠し扉が見つかった」
「驚いたな。本当に隠されていたのか」
先ほどまでは壁だった場所に鋼鉄の扉が出現していた。
「お宝、ありますかね?」
「それよりも黒魔術師が気になる。黒魔術師ならば付近をアンデッドで固めているはずだ。それなのに青魔術の認識障害の魔術で扉を隠していたのか。これは思ったより複雑な事情があるのかもしれない」
「う、うん? 確かに変ですね……。ゾンビとか1体もいませんでしたし……」
黒魔術師は大抵死霊術を使う。それでアンデッド生み出して自分の身を守るのだ。。それを使わなかったということは……どういうことなんだろう。もしかして、死霊術を覚えてないのか? まあ、そんなポンコツ黒魔術師がいるはずないけど。
「先ほどの爆発で寝ていた魔獣が起きたかもしれない。ここは手早くこの部屋を調べて、離脱するかどうかを決定しよう」
「理解した。援護する」
ユリアさんが扉の横に立つのにヒビキさんも反対側に立った。
「3、2、1で開けるぞ。いいな?」
「ああ」
ふたりともとっても手慣れてる。どんくさいボクには無理そうだ。
「3、2、1!」
ユリアさんが扉に手をかけて素早く開き、ヒビキさんが滑り込むように室内に突入する。援護というよりヒビキさんが突入してるよね。
「ふえっ!?」
ヒビキさんが突入してからすぐに間の抜けたような女の人の声が響いた。
「動くな。動けば射る」
「わわっ! 動きません!」
ボクがそろそろと部屋の中を覗いてみると、そこにはアッシュブロンドの髪を三つ編みにして肩に流した女性が両手を上げていた。魔術師らしく、厚手のローブに身を纏っているのであるが……胸がとても大きい。背丈はユリアさんと同じくらいなのに、胸だけとても大きい。大きい。ちょっと嫉妬する……。
「ふむ。これがゾンビというものか?」
ヒビキさんがナイフを構えながら眺めるのはゴブリンのゾンビだ。青ざめた色をしていて、部屋の中でカチャカチャとビーカーやフラスコ、試験管などを洗ったり、棚に仕舞ったりしている。
やっぱり黒魔術師だったみたいだけど、ちょっと変な黒魔術師だ。
「黒魔術師だな。ここで何をしている?」
「研究してました!」
ユリアさんが弓矢を向けたまま尋ねるのに、黒魔術師さんがそう返す。
「研究? 何のだ?」
「ゴーレムですよう。ゴーレムを作る研究をしてたんです!」
「ゴーレム? 神話の話ではないか。嘘を吐くな」
「嘘じゃないですよう! 本当ですって! そこにミニチュア模型があるでしょう?」
ゴーレムはかつてこのダンジョンを作ったような過去の文明の人たちが使役していたと言われている伝説上の存在だ。それを作ってるって言われてもにわかに信用は出来ないよね。だって人が良さそうだけど黒魔術師だし。
「これが模型か。動くのか」
「動きますよう。ほら」
黒魔術師さんが手を振ると机の上のゴーレムが動き始めた! それもかなりスムーズな動きだ! 人間と比べても遜色ないくらいにスムーズに動いている!
「ふむ。このゴーレムに黒魔術は使われているのか?」
「いえ。青魔術だけです。最初は黒魔術を使ってゴーレムを作ろうとも思ったんですけど、ゴーレムに低位悪魔や死霊を憑依させるところまではよかったんですが、所詮は低位悪魔と魔獣の死霊なので途中から言うこと聞かなくなって……」
この黒魔術師さんは割と人が好さそうな気がする。態度の節々でなんとなく分かる。
「あの、お名前は何と言うのですか? ボクはアンネリーゼ・アンファング。リーゼって呼んでください」
「私はレーズィ・ローゼンクロイツです。黒魔術師兼青魔術師ですよう」
レーズィさんか。しかし、こんなシュトレッケンバッハの山の中でひとりで暮らしていくのは大変だっただろうな。
「ずっとここに住んでたんですか?」
「そうですね。300年ほどです。あれこれと試しているうちに月日が過ぎてしまいましたよう。アハハ」
300年!? ひょっとして死霊術師が目指す最高峰のリッチーになってるんじゃあ。
「ああ。もちろん私はリッチーですよう。けど、誰かに迷惑をかけてリッチーになったわけでもありませんし、黒魔術も慎重に扱ってしました」
どうだろう。自己申告だけど信じていいのかな?
「それよりリーゼさん。あなたの抱えているのは薬草の苗では? もちかして、あなたは錬金術師であったりしませんか?」
「え、ええ。しがない錬金術師ですけど」
「おおっ! なんという僥倖! こんな山奥に錬金術師さんが来てくれるなんて! リーゼさん、是非とも私の研究を手伝ってください!」
レーズィさんはユリアさんに弓矢を向けられている状態でボクの方に駆けだしてきた。いきなりのことなのでボクはびっくり。ユリアさんは油断なく弓矢でレーズィさんを見張っているけれど、ここまで動かれたらあんまり意味ないよね。
「け、研究を手伝うっていうとどのような?」
「ゴーレムのコアを作る研究です!」
ゴーレムのコア? ボクも錬金術師をやって見習いの肩書も取れたけど、ゴーレムのコアになるようなものの作り方は記憶にない。そもそもゴーレムは伝説上の生き物だし。
「その顔はどうやってと疑問におもわれていますね。無理もありません。これは私が考えついた特別な方法なのですから!」
「具体的には何を?」
低位悪魔とか魔獣の死霊を言うこと聞かせるものを作るとか嫌だよ?
「私のゴーレムは今のところ青魔術で動きます。ですが将来的には大量生産して、人間を労働というものから解放したいと思っているのです。そのために必要なのがゴーレムのコアなのですよう」
「だから、具体的には何を?」
テンション高いな、レーズィさん。
「大量生産すると個人の魔力では手におえなくなることがあります。そこでコアに目覚めのポーションと上級魔力回復ポーションを詰めて、それを魔力源にして、上級魔力回復ポーションが尽きるまで働かせるわけです」
「ああ。なるほど!」
目覚めのポーションは生まれてから3、4歳になっても魔力がない人のためのポーションだ。そのものの魔力となり、体に定着する魔力の塊のようなものだ。
それでコアに魔力を目覚めさせ、消費していく魔力を上級魔力回復ポーションで補うという話だね。理論的にはいけそうな気がしてくる。
「でも、試してみたことあるんですか?」
「それが……。私、錬金術の知識は持ってなくて、何をどう調合していいのかも分からないし、錬金釜の作り方も分からないしで頓挫していたんですよう。このような山しかない土地には錬金術師さんも来てくださらないでしょうし」
「……今、山の麓がどうなってるかしってます?」
「荒れ地が広がっていると記憶していますが」
「違います。村ができています。開拓村ができて、ボクとエステル師匠が錬金術の店舗を構えているんですよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
本格的な引きこもりだったんだな……。
「う、うーん。せっかく人気のない場所をと思ってここを選んだのですが、まさか開拓村ができているとは。どうしましょう……?」
「麓に降りてきたらどうですか? 青魔術師としてなら冒険者登録もできますし、ボクたちの店舗を利用することもできますし」
「冒険者ですか……。生憎、荒事には向いていないのですが、錬金術でポーションを作ってもらうとなるとお金が必要ですね。ちょっと行って稼ぎたいのですが、私の記憶が確かなら、冒険者ギルドの登録には身分証明書が必要だったかと……」
「身分証明書、ないんですか?」
「300年以上も生きていると怪しまれますからね。既に死亡届けが出されていますよう」
そうだった。普通の人は300年も生きない。そりゃ死亡届けが出されるよね。
「何かいい手はないでしょうか?」
「ボクに聞かれても……。でも、そのゴーレムというのが本当に実用化できるなら、開拓局がサポートしてくれるはずですよ。開拓局は街道が作りたいんですけど、予算不足で停滞していますから。その点、休みなく働けるゴーレムが加われば街道もあっという間に完成するんじゃないですか?」
「おお。ありがたい情報ですよう。では、開拓局まで向かおうと思います。……ところで開拓局ってどこにあるんですか?」
「案内しますから心配せずに。しかし、黒魔術師って名乗ったら絶対にダメですよ。青魔術師で通してください。流石の開拓局も黒魔術師を認めるとは思えませんから」
「了解です、リーゼさん!」
本当に分かってくれたかな? ニコニコしてて分かってない気がする。
「聞きたいのだが、このダンジョンは何階層まである?」
「それが……とても深いダンジョンのようなのです。偵察のゴブリンゾンビを送ったところ、10階層以上あるようです」
「10階層……。半端ないな」
ダンジョンは平均でも4、5階層だからな。このダンジョンの異常性がよく分かる。
「ダンジョンの探索は後日にしよう。今は素材を集めて、帰還することに専念する」
「ああ。10階層ともなれば、もっとパーティーが必要だ」
10階層のダンジョンかー。どんなお宝が眠ってるんだろう?
「レーズィ君。君はこれからもここに住み続けるのか?」
「うーん。悩みどころです。開拓村に受け入れてもらえれば、開拓村に住みたいと思いますけど、こうやってゴブリンゾンビに雑用をやらせているのを見られたら、一発で黒魔術師だってばれちゃいますからね」
ヒビキさんが尋ねるのに、レーズィさんが困った表情を浮かべる。
「実験機材だけ持ち出して、ゴブリンゾンビは置いていってはどうだ? 雑用だろうと自分でやれないことはないんだろう? 冒険者をするのにこのシュトレッケンバッハの山から開拓村まで来るのは時間がかかるし、危険だ」
「そうですねえ。なら、ゴブリンゾンビは全部機能停止します!」
レーズィさんがそう告げて指を鳴らすとゴブリンゾンビたちがその場で硬直したまま動かなくなった。
「ここの実験機材は追々運んでいくとして、当面はどこで暮らしましょうか……」
「あっ! ボクたちの店舗兼家に泊まって言ってください。歓迎しますよ」
「いいのですか! あなたは聖人のような人ですよう! では、お言葉に甘えて!」
ボクたちの家はぼろいけど無駄に広いのだ。ヒビキさんを泊めても、まだ空き部屋がある。レーズィさんが泊っても大丈夫なはずだ。
「ところでレーズィさん。ここら辺でふんわりとしたコケを見かけませんでした?」
「ああ。それならありますよう。我流の錬金術でポーションを作ろうとした時のあまりものですが。これでしょうか?」
「そう! それです! 高級素材なので、それを渡せばエステル師匠も快くレーズィさんを泊めてくれると思いますよ!」
クモノスゴケ。湿ったダンジョン内でときたましか採取できない高級素材だ。
「では、もうちょっと素材を集めたら帰宅しましょう! 裏庭の拡張も忘れてはならない仕事ですからね!」
「ああ。そうしよう」
というわけでボクたちの中に黒魔術師で青魔術師なレーズィさんが加わった。
エステル師匠はいきなり人を連れてきて怒らないかなー……。
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