錬金術師さんと森の噂
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──錬金術師さんと森の噂
今日も今日とて、課題である裏庭の畑の拡張作業を行うのです!
この間、ラインハルトの山で集めた素材はヒビキさんに手伝ってもらって、肥料を撒いた土壌に丁寧に植えていった。この肥料も錬金術で作られているものなんですよ。堆肥も使うけれど、薬効成分が豊富な薬草を育てるには欠かせない一品です。
ちなみに昔の肥料は使いすぎると土地をダメにしてしまうという欠陥があったけれど、ここ最近の肥料はその点が改良されて土地に負担を与えないソフトなものになった。なので、長期的に裏庭で薬草を栽培していけるはずだ。
ちなみにテンキュウ草は虫に食べられたり、鳥につつかれたりすると嫌なので、家の中のプランターで栽培。これだけ高価な素材を悠々と栽培している錬金術師はきっとボクたちくらいだね!
さて、今日はシュトレッケンバッハの山にでかけて収穫だ!
冒険者ギルドに依頼に向かう。ヒビキさんは先に出かけていた。
なんでも、本格的にパーティーメンバーを探さないといけないらしい。クリスタさんに迫られているみたいだな。レッドドラゴンすら破るヒビキさんでも、あのクリスタさんには敵わないらしい。
「こんにちは!」
「おう。こんにちは、リーゼちゃん」
冒険者ギルドヴァルトハウゼン村支部の冒険者の人たちとはほとんど知り合いだ。みんなうちのポーションを買ってくれるし、ヒビキさんが来る前は森の素材集めの際の護衛もしてもらったし。基本的にいい人たちなのだ。
「リーゼちゃん。裏庭の拡張を始めたんだって? 今度、中級の体力回復ポーションを買いに行くからよろしく頼むよ」
「お任せください! とびっきりのをボクが準備しておきますよ!」
こうして仕事の依頼なんかを受けることもあるので、暇があれば冒険者ギルドには通っている。その地域の顧客のニーズに応えるのも地域密着型錬金術師だってエステル師匠が言っていたことだし。
「やあ、リーゼ君。今日も素材集めか?」
「はい、ヒビキさん。それでパーティーメンバーは集まりました?」
「う、うむ。それが難航していてな。ここにいる冒険者たちはほとんどがどこかのパーティーに所属しているのだ。ソロで冒険者をしているのは俺ぐらいで、誘おうにも誘うことはできないし、階級がまだ低いので練度の高いパーティーに加わるのも難しい」
ヒビキさんのパーティー集めは未だ難航中かあ。
「他の支部から新人さんが来てくれるといいんですけどね」
「新人か……。目の前で死なれたりすると目覚めが悪いのだが……」
ヒビキさんも妥協しないとまたクリスタさんに怒られるよ?
「だが、幸いに今回もユリア君が手伝ってくれるそうだ。よろしく頼む、ユリア君」
「うん」
……ユリアさんがひとりで暇にしているということは“黒狼の遠吠え”は未だに遊んでいるのか。ヴァルトハウゼン村きってのエース冒険者なんだから、もうちょっと頑張って欲しい。あの例のエルンストの山のお化け魔狼討伐とか。
「では、今日はシュトレッケンバッハの山まで素材集めに行きます。クエストを貼りだしますね」
「シュトレッケンバッハの山、か」
ボクが告げるのに、ユリアさんが考え込むように顎に指を置いた。
「どうかしました?」
「シュトレッケンバッハの山でゾンビを見たという報告がある。もしかすると、あの山に黒魔術師が住み着いたかもしれない」
「ええっ!? 本当ですか!?」
「お前に嘘を言っても私は得をしない」
黒魔術師だなんて! レッドドラゴンといいどうしてこの村の山は面倒なものを引き付けてくるのかなー!
「すまない、リーゼ君。黒魔術師とは何だ?」
「使っちゃいけない魔術を使う人です」
「使ってはいけない魔術? そんなものがあるのか?」
「あるんです」
ヒビキさんの世界には魔術は存在しなかったのだからボクが説明しないとね。
「死霊術や呪殺、それから疫病を流行らせたり、悪魔を召喚したりですね。どれも危険な魔術なので、帝国魔道院では禁呪に指定されているんですよ。もしも、黒魔術で他人を害したとなれば、間違いなく死刑です」
「つまり危害を及ぼさない限りは法では裁けないということかな?」
「ま、まあ、そうなんですけど……。けど、黒魔術はどれも悪意に満ちたものですから、他人を害さないなんてありえないんですよ!」
きっとシュトレッケンバッハの山に住み着いた黒魔術師も何か悪いことを企んでいるに違いない! 村に疫病を蔓延させるとか、悪魔を召喚しようとしているとか!
「ふむ。理解した。今回はその点に注意して素材集めと行こう」
「ええ。重々注意しましょうね」
黒魔術師がいるならクエストの難易度はちょっと上がるが、確定情報ではなく噂なのでD級冒険者であるヒビキさんでも引き受けることができた。
クリスタさんからは相変わらず特定個人にクエストを斡旋しないで欲しいと頼まれたのだが、これもヒビキさんの冒険者ギルドでの階級を上げるためなのです!
「そろそろ階級上がるといいですね」
「ああ。もっと稼げるようになれればいいんだが」
まあ、階級が上がっても、この平和なヴァルトハウゼン村で発生するクエストなんて、そこまで大したものはないだろうけど。
今一番の課題はエルンストの山のお化け魔狼で、その捜索と討伐にいくつかのパーティーが取り組んでいる。残りは麓まで降りてきた低位魔獣の駆除程度だ。低位魔獣の駆除も命がけの仕事だからそれなりのリスクはあるんだけど、この村の冒険者の人たちならば朝飯前に片付けてくれる。
ヒビキさんはC級冒険者に上がったら、どんなクエストを受けるつもりなんだろう?
「ヒビキさん。受けたいクエストってあります?」
「そうだな。麓に下りてきて田畑を荒らす魔獣の駆除や、収穫の手伝いなどだな。収穫の手伝いは確かに報酬は低いがとても感謝されるし、収穫した野菜を分けても貰える。これからもその手の依頼をこなしていくつもりだ」
レッドドラゴンをひとりで討伐した人が、収穫の手伝いかー……。
悪いとは言わないけれど、もうちょっとデンジャラスなクエストには挑戦してみないのかな? やっぱりソロだと危険だから控えてるのかな?
「まずはC級冒険者に上がることが何よりだ。今回もクエストをこなして、階級を上げていくことにするとしよう」
「そうですね! 頑張りましょう!」
というわけでボクはクリスタさんにクエスト依頼をお願いして、クリスタさんはため息交じりにカリカリと記したクエスト依頼書をヒビキさんたちに手渡した。
「ヒビキさんとユリアさんには新生竜という将来脅威になりかねない魔獣を駆除してくださったので、見逃すことにしましょう。ですが、クエストは誰もが受けれるように努力してくださいね、リーゼ?」
「は、はい……」
そして、怒られるボクであった。
「では、気を取り直してシュトレッケンバッハの山にレッツゴー!」
ボクたちは店舗腱家で準備を整え、シュトレッケンバッハの山に向かった。
そこに何が潜んでいるかも知らずに……。
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シュトレッケンバッハの山は魔獣で溢れている。そこで中級魔獣除けポーションを使って、魔獣を刺激しないようにして静かに素材を集めていく。
今回はケチらず中級魔獣除けポーションを使用していたおかげで、まだ魔獣には遭遇していない。まあ、魔獣に襲われてもヒビキさんもいるし、ユリアさんもいるし、大丈夫なのだろうとは思うけれど。
そして、ふたりは相変わらず無口……。お喋りが好きなボクには辛い。
「待て、リーゼ君。足音がする」
「足音? 魔獣ですか?」
「分からない。小さな足音がいくつも続いている」
それってひょとしてゴブリンじゃないかな?
ゴブリンの群れは時折魔獣除けポーションでは手におえなくなることがあるのだ。魔獣が津波のように押し寄せるスタンピードの時などのような非常事態においては。
けど、スタンピードにしては静かだ。
「噂をすればゴブリンだ。私はどうすればいい?」
「リーゼ君の警護を頼む」
「了解した。来い、お荷物錬金術師」
いつまでもお荷物錬金術師って呼ばないで! 確かにお荷物だけれど!
「ふむ。おかしいな……」
「何がです?」
「足音が速すぎる。何かに追われているようだ」
ゴブリンは何かに追いかけられてこっちに来てる?
い、嫌な予感しかしない。
魔狼? コカトリス? グリフォン? それともまた新生竜?
「ピギィ! ピギイィ!」
ゴブリンたちの姿が見えた。確かにそれはボクたちに襲い掛かってきているというよりも、何かから逃げているようにみえる。だが、ゴブリンを追いかけているものの正体はなんだろうか? こちらに友好的な冒険者とかであってくれたらいいんだけど……。
「ブモオオオォォォ!」
げーっ! ゴブリンたちを追いかけているのってミノタウロスじゃないか!
ど、どうしてこんなところにミノタウロスが!? あれってダンジョンの中にしか出没しない魔獣じゃなかったっけ!? 外に出てくるなんて聞いてないよ!
そんなことをボクが考えている間にゴブリンの群れはヒビキさんの脇を通り抜け、そのまま走り去っていった。ボクたちに危害を加える余裕すらないようだ。一目散に森の中を駆け抜けて過ぎ去っていった。
残されたのは──。
「モオオォォ……!」
「異世界で闘牛をすることになるとは思わなかった。どんなものだろうか」
ヒビキさんはナイフを構えてミノタウロスと相対する。
「モオオオォォォ!」
先手を打ったのはミノタウロスだ。
ミノタウロスが巨大な拳を振り上げて、ヒビキさんめがけて振り下ろしてくる。
だが、ヒビキさんには当たらない! ヒビキさんはすぐさま横にステップを踏んで回避し、その勢いをそのままにミノタウロスのわき腹を蹴り上げる。
「モ、モオオォォ……」
「存外呆気ないものだな」
ヒビキさんはそう呟くと、もんどりうって倒れるミノタウロスの上に跨り、その喉笛をナイフで引き裂いた。大量の血が噴き上げ、周囲が真っ赤に染まる。魔獣とはいえどちょっとばかりショッキングな光景だ。
「他に魔獣がいないか偵察してくる。少し待っていてくれ」
「了解した。お荷物錬金術師の面倒は任せろ」
「ああ。任せた」
ヒビキさんはユリアさんにそう告げると、颯爽と森の中を駆けていった。
「あの男、本当に強いな。ミノタウロスをひとりで倒すなんて。私にも不意が付ければできないことはないが、あの男は正面から戦って打ち破った。あの男がいればどんな迷宮だろうと攻略可能だろうな」
「やっぱり冒険者の方から見てもヒビキさんは凄いです?」
「凄い。あれがD級冒険者をやっているのが不思議でならない。恐らくはあの鉄仮面のせいだと思うが。あの女は規則にうるさすぎる」
鉄仮面とはクリスタさんのことだ。規則絶対で曲がったことは許さない。よく言えば誠実な人、悪いくいえば柔軟性に欠ける人である。
「あれは山育ちではないのか?」
「さ、さあ。軍隊にいたらしいですから、それで強いんじゃないんですか?」
「軍人でもあれほどの動きができる奴はいないぞ」
ヒビキさんも謎の山育ちなんだろうか。疑問だ。
「リーゼ君、ユリア君。偵察してきたが、他の魔獣はいないようだ。先ほど逃げていったゴブリンたちが気になるところだが……」
「あっ。それは大丈夫ですよ。ゴブリンは中級魔獣除けポーションがあれば本来は寄り付かないものですから。よっぽどのことがない限り戻ってくることはないかと思いますよ。それこそミノタウロスに追いかけられてるとか」
「ふむ。ゴブリンは魔狼のようにテリトリーを有さないのか?」
「よくお引越しする魔獣なんです。食い荒らして移動するというか……」
ゴブリンたちは住処をひとつに定めることはない。獲物の獲れる場所に移動して、獲物を獲ったら、その場で食べてまた獲物を求めて移動する。獲物といっても農作物とかもゴブリンの標的になるので、麓の農家さんたちにとっては大敵だ。
「そういうものなのか」
「そういうものだ。お前は戦闘技術は高いのに魔獣について疎いのだな。ギルドでは魔獣の図鑑の貸し出しをやっているから、この辺りに出没する魔獣は調べておいたほうがいいぞ。中には毒を有する魔獣もいる」
「そうだな。今度、クリスタに頼んでみよう」
ボクもこの付近の魔獣についてならある程度知識があるよ! 何せ錬金術の素材にもなるからね! ヒビキさんも知っておいて損はないと思うな!
「ああ。それから魔獣はいなかったのだが、奇妙な建造物を発見した。最初は洞窟かと思ったのだが、作りが人工的だった。内部までは捜索していないが、魔獣が作ったものだろうか?」
「あーっ! それってダンジョンですよ! この山にもダンジョンがあったのかー!」
「ダンジョン?」
え? ヒビキさん、ダンジョンも知らないのかな?
「ダンジョンっていうのはですね。古い文明が残した遺産のようなものです。内部にはお宝が眠っているとか。上手くいけば冒険者たちを集められますよ!」
「ふむ。我々で探索してみるのは無理なのだろうか?」
「えーっと無理じゃないと思いますけど、準備が必要ですね。ダンジョンは大体標準的なもので4、5階層あって魔獣の住処になってる場合もありますから」
「そうか。だが、おかしなことにどこか生活臭が感じられた。ここら辺に住んでいる人はいるのだろうか?」
「シュトレッケンバッハの山に? それはないでしょう。よっぽどのことがない限り、そんなことがあるはずが──」
そこでボクは思い出した。
「黒魔術師だー! きっと黒魔術師ですよ!」
ユリアさんが冒険者ギルドで噂していた黒魔術師に違いない!
「では、どうする? このまま素材を集めて帰り、このことをギルドに報告するか?」
「我々で討伐してしまおう。ミノタウロスは恐らくそのダンジョンから出てきたものだ。放っておけば次は何が出てくるか分かったものではない」
うわっ。ユリアさんが滅茶苦茶乗り気だ。ちょっとバトルジャンキー?
「それでいいだろうか、リーゼ君。素材集めとは関係ない話になってしまったが」
「いいえ! 大丈夫ですよ! ダンジョンのように湿った環境でしか取れない素材もありますから!」
そうなのだ。長い年月を経たダンジョンでしか採取できない希少なコケとかあるのである。それを栽培するのは難しいけど、持ち帰ればエステル師匠が上級ポーションに加工してくれるはずだ。ひょっとしたらボクにやらせてくれるかも?
「そう言ってもらえると助かる。では、ダンジョンという場所まで案内しよう」
「はいっ!」
というわけで、ボクたちはシュトレッケンバッハの山で発見された謎のダンジョンに挑むことになった。お宝はゲットできるかな?
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