錬金術師さんとお師匠様
本日2回目の更新です。
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──錬金術師さんとお師匠様
ラインハルトの山を下りれば、そこは開拓村ヴァルトハウゼン村である。
街は開墾を進める自由農民の人たちが今日も日が落ちた時間──本来ならば休むべき時間でも──精を出しており、冒険者ギルドヴァルトハウゼン村支部では荒くれ者の冒険者たちがたむろしている。
「賑やかそうな村だな」
「開拓村はとっても賑やかですよ」
ヒビキさんが告げるのにボクがそう返す。
ヴァルトハウゼン村。帝国にいくつもある開拓村のひとつで、自然を切り開いて開拓していき、いずれは都市になることを夢見る場所だ。
開拓村は皇帝陛下に指定を受けた特別な村で、税金が非常に安かったり、冒険者ギルドに仕事を求めて大勢の冒険者たちが来たりする。一応はファルケンハウゼン子爵閣下の領地なのだが、彼はこの村の発展を支援し、税金を搾り取るようなことはしていない。
そんなことをすれば赤子から乳を取るようなものだ。村は開拓されて、立派な都市になる前に、寂れ果てて潰れてしまうだろう。
今はみんなが汗水を流して必死に鬱蒼と茂る森林の開墾を続ける。ここが発展すれば、ここを開拓した人たちは大きな富を手に入れられる。だからこそ、みんな必死だ。そして、必死過ぎて怪我をする人にはポーションが欠かせない!
「あっ! ここがボクとお師匠様の店舗兼家! 今から君のことをお師匠様に紹介させていただきますね!」
「ああ。頼んだ」
基本的にヒビキさんは口数が少ない人のようだ。けど、ずっと無言でいられると間が持たなくて困るのだけれども。ちょっとは向こうからも積極的に喋りかけてほしい。
そして、ボクとヒビキさんが裏口から店舗兼家に入ると──。
「この馬鹿弟子!」
「あいたーっ!」
帰ってそうそうにボクは怒られた。
「キタノスズメ草を採るのにどれだけ時間がかかってるんだい! もう日も落ちてしまっているじゃないか! 村ではお前が魔獣に襲われたんじゃなかろうかって騒ぎになっていたんだからなっ!」
この激怒している20代後半ほどの女性がボクの錬金術の師匠であるエステル・アンファングだ。苗字が同じなのはボクが彼女の娘ということではなく、孤児だったボクを拾って育ててくれたからだ。
キリッとした顔立ちに、流れるプラチナブロンドの長髪、スレンダーなボディ。長身で成人男性ほどはある背丈。黒髪で背丈が低く、ふにゃっとした童顔幼児体型のボクと繋がりがないのはそれだけで分かるというものだ。
「で、そっちの男は誰だい?」
「この人は命の恩人です! ボクがレッドドラゴンに襲われていたところを助けてくれたんですよ! それはもう凄かったんですから!」
「レッドドラゴン! この馬鹿は! あれだけ気を付けろと言ったのに!」
またポカリと叩かれた。酷い。
「しかし、レッドドラゴンを倒すとは。あんたの他に仲間がいたのか?」
「いや、俺ひとりだけだ。喋る爬虫類というのはとても珍しかったのだが、この土地の生き物はみんな喋るのか?」
「そんなわけないだろう。魔獣の中でも歳を重ねたものが、ああいう化け物に育つんだよ。知的な化け物にな。そうなると討伐するのは一苦労だ。改めて聞くが、本当にあんたひとりでやったのかい?」
「今ここにいるのは俺だけだ」
エステル師匠が訝し気に尋ねるのに、ヒビキさんはそう返した。
「そういう風に言うということは他にも仲間がいるのか?」
「……分からない。気付いたらここにいた。そして仲間たちを探して森を探索していたらあの喋る爬虫類に出くわした。そこの子供が襲われているようなので、やむを得ず殺すことになった」
ヒビキって名前も変わってるけどにほんじょーほー軍って軍隊も謎なんだよね。
「あんたがここにいる理由はある程度想像は付いたが、まずは馬鹿弟子を救ってくれた礼を言わせてくれ。馬鹿だが、悪い弟子じゃないんだ」
「馬鹿でもないよ!」
エステル師匠はボクのことを何だと思ってるんだい!
「まあ、そっちの事情は夕飯でも食いながら追々聞くとしよう。リーゼ、飯の支度は済んでるから配膳しな」
「ラジャ!」
エルテル師匠がご飯作ってくれるなんて何年振りだろう。エルテル師匠のご飯はボクが作るよりも美味しいから好きなんだよね! まあ、普段の家事は弟子であるボクがやることになってるから滅多に食べられないんだけど。
小さいときはエルテル師匠ももっと優しかったのにな―。
「今日のご飯♪ ご飯♪」
ボクがるんるん気分で台所に向かうと、そこには香ばしい匂いのする鮭の蒸し焼きが鎮座していた。香草をたっぷり使った贅沢な一品だ。やっぱりエステル師匠は料理が上手だなあ。錬金術の腕前がいい人は料理も上手って話は本当らしい。
ボクはお客さんであるヒビキさんのためにちょっとだけ多めに鮭とサラダとパンを盛りつけると、エステル師匠とヒビキさんが向かい合っている食卓に運んでいった。
「──で、気付いたらあのライヒハルトの森にいた、と。その“ひこーき”っていうのは飛行船とは違うのかい?」
「この土地の飛行船を見ていないのでなんとも言えないが、恐らくは違うものだろう。俺が搭乗していた飛行機──輸送機は特殊作戦仕様だった。レーダーをすり抜けて、地上に兵員をピンポイントで降下させられるものだ。あれを使っているのは、日本空軍とアメリカ空軍だけだからな」
既にエルテル師匠とヒビキさんはボクがいない間に話を進めているようだ。ずるいや。ヒビキさんを連れてきたのはボクなのに!
「はい、夕食だよ、ヒビキさん!」
「あ、ああ。ありがとう」
うん? 別に普通の食事だと思うけど、ヒビキさんは何か気になるところがあったのかな? どこか考え込むような表情を浮かべている。
「繰り返しになるが、ここはキルギスではないんだな?」
「違うよ。バヴェアリア帝国ファルケンハウゼン子爵領ヴァルトハウゼン村。何度も言っただろう。ここはそのキルギスなんて土地じゃないよ」
ヒビキさんの故郷はキルギスという場所なのだろうか。どうにもその地名に執着しているのが窺える。だけれど、ボクたちはキルギスなんて地名は聞いたこともない。
「それは地球で言うとどの辺りに位置しているのだろうか。中央アジアのどこかか?」
「ちきゅう? 中央あじあ?」
物知りなエステル師匠が知らないことをボクが知るはずもない。
「あんたの境遇から察するにあんたは迷い人だね。一昨日は満月だ。迷い人が現れてもおかしくはない。迷い人はいつも春の満月の日にふと現れるって言い伝えだからな。あんたは恐らく他所の世界から流れ着いた迷い人だ」
「そんな馬鹿な」
エステル師匠が告げるのに、ヒビキさんが目を見開いた。
「別の世界? そんなものがあるはずが……」
「昔話で聞かなかったか? って言っても異世界の昔話はこことは違うか」
ボクは迷い人の話は聞いたことがある。エステル師匠が昔、寝聞かせに語って聞かせてくれていたから。
迷い人は春の季節のもっとも寒い満月の日に訪れる。この世界──ジーオニアとは別の世界から訪れるのだ。
迷い人は誰しもが何かしらの特技を有している。料理の巧みな者、音楽の才能に溢れた者、そして武術に秀でた者。そういう人たちがこの世界に降り立ってきたから、この世界は繁栄してきたのだと、エステル師匠は語っていた。
ヒビキさんが迷い人なら納得だ。彼はひとりでレッドドラゴンを倒したのだから、迷い人に相応しい特技を有していることは間違いない。きっと秘伝の技とかを持っているに違いないよ。ボクにも教えてくれないかな。
「その、念のために確認が取りたい。このヴァルトハウゼン村から外に連絡できる場所はあるか? 電話やインターネットは?」
「いんたーねっと? その網が何の役に立つのか分からないが、外と連絡が取りたければ、開拓局局長のオスヴァルトに頼むといい。奴も悩みの種だったレッドドラゴンがいなくなってすがすがしい気分だろうから、気前よく手を貸してくれるだろう」
「分かった。明日にでも訪れよう」
ヒビキさんはよく分からない単語を使う。きっと異世界の言葉なのだろう。
「はいはーい! だったら、ボクが案内するよ! オスヴァルトさんには明日腰痛のポーションを届けに行くつもりなんだ! ヒビキさんはこの村には不慣れでしょう? だから、ボクが案内するよ!」
ここで存在感を示しておかないと忘れられてしまいそうだ。
「すまない。よろしく頼む」
「任せて!」
ふふん! ボクだって役に立つんだぞ!
「その前にお前さんは問題のポーションを作らなきゃならないだろ。こんな夜更けに帰ってきて、間に合うのかい?」
「あーっ! そうだった! 急がないと! エステル師匠、釜借りますね!」
「ちゃんと掃除しておけよ」
肝心の腰痛のポーションが完成してない! 大急ぎで作らないと!
「俺のせいだろう。何か手伝えることはあるだろうか?」
「大丈夫です! 慣れた仕事なんで!」
腰痛のポーションを作ることくらい朝飯前だ。
キタノスズメ草を煎じて、作り置きの治癒用混合液に浸すこと1時間。後はその上澄みを丁寧に採取していき、錬金釜でぐつぐつと煮詰める。そうすれば次第に白色だった上澄みが青色に変わっていき──。
「できあがり!」
これで腰の血行が促進され、かつ痛み止めにもなる腰痛のポーションの完成だ!
「そんなに簡単にできるものなのか?」
「あれ? 見てたんですか、ヒビキさん」
「興味が湧いてな」
自分の仕事をエルテル師匠以外の人間に見せるのは初めてだ。
「その釜が特殊なのか、それともさっきの液体が特殊なのか……」
「どっちも錬金術師なら必須のアイテムですよ。錬金釜は薬効を向上させてくれるし、混合液はいろいろなポーションの原材料になりますし」
「ふむ。奇怪な……」
そんなに奇妙だろうか? 当たり前のことだと思うけどなー?
「ヒビキさんの世界の錬金術師さんたちはどうやってたんです?」
「俺の世界に錬金術師はいないよ。製薬メーカーと薬剤師がいるだけだ。それに今はほとんど薬には頼っていない。ナノマシンが問題を解決してくれるケースがほとんどだ」
「なのましん?」
また奇妙な単語が出てきたぞ。
「ナノマシンってどんな薬なんですか?」
「薬じゃない。小さな機械だ。体内に入れることでいろいろと仕事をしてくれる。そう、いろいろとな。病気を治してくれるし──」
そこまで告げてヒビキさんは言葉に詰まったように口を閉じる。
「……人殺しをするのも助けてくれる」
「人殺し!?」
え!? どういうことなの!?
「言ったと思うが、俺は日本情報軍という軍隊の軍人だ。軍人は人を殺す。だが、本来人間は人殺しを躊躇い、ストレスを感じる。そこでナノマシンは脳内で仕事をして、そのストレスを取り除いていく。俺が躊躇いなく人間の喉笛を掻き切れるように、躊躇いなく引き金を引けるように」
「そんなことできるんですか?」
「できるんだ」
ボクの作るポーションにもストレスによる疲労を癒すポーションがあるけど、ヒビキさんのナノマシンというものに対しては足元にも及ばないだろう。
「少し、喋りすぎたな。一応情報公開されている範囲の話だが」
「そういえばヒビキさんってレッドドラゴンを蹴りでやっつけましたよね? それもナノマシンのおかげなんですか?」
ヒビキさんが口を閉じようとするが、ボクはまだまだ話が聞きたい。
見たこともない異国の話はどんなものでも心躍らされるものだから!
「ああ。あれはナノマシンとはあまり関係ない。この両足は、そして俺の両腕と背骨及び腰骨は生まれ持ってのそれじゃない。義肢と人工骨格だ。複合装甲と遺伝子操作した海洋哺乳類から作った人工筋肉でできた特殊な軍用義肢だ。詳細は軍機なので話せないが、基本的に人間離れした動きができるのは俺が本来の手足を失ったからだ」
「手足を……」
手足を失って生きていられるなんて凄い。それに今のヒビキさんの手足はどうみても本物に見える。昔、隻腕の冒険者がいて義手をしていたけれど、あんなものとは比べてものにならないくらい精巧な出来だ。
「なんというか、ヒビキさんの世界ってすっごく進んでいるんですね……」
「そうでもない。どこもここも戦争か、戦争に準じたことをしてる。この世に地獄というものがあるならば、あそこがそうだっただろう」
ヒビキさんの故郷を語る言葉には明確な侮蔑の色が窺える。
「明日はよろしく頼む。元の世界への手がかりがつかめたらいいのだが」
「きっと何か見つかりますよ」
侮蔑を以てして語るような故郷でも故郷は大切な故郷なのか。ヒビキさんは帰りたがっている。その願いが叶うといいのだけれど。
だけど、エステル師匠は言わなかったけれど、迷い人が元の世界に戻ったって例は今のところひとつもないんだよね……。そんな終わり方をする物語はひとつとしてなかった。迷い人はこの世界に現れて、この世界で死んでいくのだ。
ヒビキさんにはこのことはまだ言わない方がいいのかもしれない。
…………………
本日20時頃に次話を投稿予定です。