錬金術師さんと騎士
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──錬金術師さんと騎士
ボクたちはトールベルクのレストランでお昼ご飯にした。
ボクは大盛オムライス、エステル師匠はビーフシチュー、ヒビキさんはボロネーゼ・パスタ。ボクが一番食べている気がするけど、ボクは育ちざかりなのでいいのです!
「ヒビキ。まだ連中、いるのかい?」
「いるな。手慣れている様子だが、人員を交代する様子はない。この手の尾行は5、6名でやるものなのだが。人員が不足しているのか、何か別の理由があるのか。いずれにせよ、俺たちは尾行されている」
そうなのだ。食事は美味しくて最高なんだけど、ボクたちは誰かに尾行されているのだ。ヒビキさんが言うには、鎧と武器で武装したふたり組──若い女性と老年の男性らしいけど、それが誰なのか分からない。
「どうする? このまま無視して、ヴァルトハウゼン村に帰還するか?」
「それもいいが、気分が悪いね。どうにかして正体を暴いておきたいところだ」
ヒビキさんが尋ねるのに、エステル師匠がそう返す。
「そうか? 問題ごとに首を突っ込むことになるかもしれないぞ?」
「そうだからこそだ。今日はヒビキが護衛について来てくれているが、次がそうだとは限らない。問題があるならば、今のうちに片付けておきたい。これからもトールベルクの街には世話になる。それなのに妙なのに尾行されていてはな」
エステル師匠がいうことももっともだけど、問題に進んで入っていくのはあまり懸命な判断とは言えない気がする。まあ、レッドドラゴンを屠ったヒビキさんがいれば、大抵の問題は解決できちゃうんだけどね!
「理解した。では、尾行をしているものたちを誘い出す。そして、ひとまず話を聞くことにしよう。犯罪者の類であればこの街の治安機関に突き出す。それでいいか?」
「問題なしだ。それでいこう」
ボクたちはそう決定して、レストランを出た。
ボクにはどこに尾行している人がいるのか見当もつかないが、ヒビキさんには確実に分かっているらしい。さりげなく、さりげなく、人通りの少ない路地裏へと進んでいく。恐らくはこの路地裏で尾行者の正体を暴くのだろう。
「くうっ……!」
その時だった。後方から女性の呻く声が聞こえてきた。
「……っ! おのれ! そこにいたか、ガルゼッリ・ファミリ-のものども! 不意打ちとは卑怯な!」
「ほざいてろ。灰狼騎士団だかなんだか知らないが、こっちの商売に口出しすんじゃないぜ。こっちはネッビアのおかげで大儲けしてるんだ。邪魔させたまるかよ!」
あわわ! いきなり物騒な空気になった。
騎士と思しき人が2名に明らかに怪しい装いの男たちが5名。男たちは騎士たちを取り囲むようにして立っている。
「エステル。灰狼騎士団とガルゼッリ・ファミリーについての情報を頼む」
「灰狼騎士団は皇帝直轄の騎士団だ。ガルゼッリ・ファミリーは知らん」
「理解した。少しここで待っていてくれ」
ヒ、ヒビキさん、何するつもりなの!?
ヒビキさんは一気に駆けだすと、騎士たちと対峙するカルゼッリ・ファミリーを名乗った男たちの方に突っ込んだ。
「なっ──」
「失礼する」
そして、そのままの勢いでカルゼッリ・ファミリーの男に回し蹴りを一撃。物凄い勢いで吹っ飛ばされた男が別の男に命中して、民家の壁に叩きつけられる。
「なんだ、てめえ! こいつらの仲間かっ!?」
「そうではないが、厄介ごとを目の前で繰り広げられると困るものだ」
男たちの狙いが一斉にヒビキさんに向けられる。
「黙りやがれ! 覚悟しろやっ!」
「質問したり、黙れと言ったり忙しいな」
男たちがナイフを向けて突っ込んでくるのに、ヒビキさんは素手で構える。
って、素手!? ナイフは持ってるはずなのにどうしたの!?
「死ねや、おらっ!」
「甘い」
男のひとりがナイフを突き出すのにヒビキさんはそれを回避して、男の空振りに終わった腕を掴み、そのまま背負い投げで地面に叩きつける。男は鈍いうめき声をあげて、そのまま動かなくなった。
「この野郎!」
「同時に掛かるぞ!」
ひえー! 今度は二人同時に襲い掛かってきた!
「よく狙いたまえよ」
ヒビキさんはひらりとした動きでふたりの突撃をいなすと、ひとりの腕と首を掴み、首を締め上げながら、ナイフを取り上げ、取り上げたナイフを怒り狂って再突撃してくるもうひとりの男の手をめがけて投げた。
「あぐっ! くそ!」
見事に男の右手に刺さったナイフは男の手からナイフを落とさせた。
「終わりだ」
ヒビキさんはナイフを拾おうと慌ててしゃがみこんだ男の顎めがけて蹴りを叩き込んだ。男の人の頭はケルピーのように弾き飛ばなかったけれど、凄い勢いで吹っ飛ばされて、ゴンと頭を打って倒れてた。
「無事か?」
「そ、そちらは……?」
「冒険者だ。君たちが尾行していたのだから知っているだろう」
ボクたちを尾行していた騎士らしいおじさんが尋ねるのに、ヒビキさんが失神した男の首を手放してそう返した。
「……君たちはガルゼッリ・ファミリーとは無関係なのか?」
「それは見ての通りだ。一切関係ない。裏が取りたかったらここにいる連中を尋問してくれて構わないが。こちらの無実の証明として誰ひとり殺してない。口封じはしていないと分かるだろう」
おー。だから、ヒビキさんはナイフを使わなかったのか。レッドドラゴンですら殺せる蹴りの威力も控え目だったしなあ。よく考えてるなヒビキさんは。
「アイヒェンドル卿……。敵は……?」
「ザルツァ卿! しっかり!」
うわっ! 不味い! さっきの男たちに刺された女の人が死にそうになってる!
「位置からして肝臓をやられたか。出血が激しいな。持って1、2分だろう」
ヒビキさんは女騎士さんの刺された傷を観察しながらそんなことを告げる。ちょっと落ち着きすぎだよ!
「ちょっと失礼!」
「リーゼ君?」
ボクは腰の鞄を漁ると、あるものを取り出して女騎士さんの下に走る。
「これを飲んでください! ゆっくりでいいですから!」
ボクが持ち出したのはインゴさんの店では売れなかった、ボクが作った上級体力回復ポーション。見栄えは悪いかもしれないけれど、効果は間違いなくあるはずだ。ボクは女騎士さんの口にゆっくりとこぼさないようにポーションを流し込む。
「それで助かるのか?」
「助かるはずです。上級体力回復ポーションにはそれだけの効果があるんですから」
ちゃんとレシピ通りに作ったし、素材はレッドドラゴンだ。これで回復しないはずがない。お願いだから助かって……!
「けほっ!」
「吐かないで! 飲み込んでください!」
女騎士さんがせき込むのにボクはそう告げてポーションを一気に流し込む。
これで助かるはず。助かるはずなんだ。
「出血が止まった。傷口も塞がっている。驚いたな……」
女騎士さんの傷口を押さえていたヒビキさんが感嘆の声を漏らす。
「私は……助かったのか……?」
「はい! でも、今は安静にしてください。これだけ出血した後ですから」
女騎士さんが尋ねるのに、ボクは満面の笑みでそう返した。
「助かった。何と礼を言っていいものか……。あなたは命の恩人だ」
「いえいえ。売れ残りのポーションでしたから、お気遣いなく」
「そういうわけにもいかない。あなたの名前は?」
女騎士さんが真摯な眼差しでボクを見つめてくる。これまでいろんな人にポーションを渡してきたけれど、ここまで感謝されたのは初めてだ。
「アンネリーゼ・アンファングです。リーゼって呼んでください」
「リーゼ。私はゾーニャ・フォン・ザルツァ。灰狼騎士団の騎士だ。ゾーニャと呼んでくれ。命の恩人である君からは敬称などは不要だ」
ゾーニャさんか。女の人なのに騎士って凄いね。
「その、ゾーニャさん。どうしてボクたちを尾行していたんです」
「うむ。実はガルゼッリ・ファミリーという犯罪組織と組んだ違法錬金術師が“ネッビア”という名の依存性のある薬物を製造しているようなのだ。あたなたちはその、見慣れない錬金術師であったし、そこの男性のような屈強な護衛が付いていたから不審に思ってしまってな。申し訳ない……」
そうだったのか。そんな悪い錬金術師がいたのか。
しかし、ボクたちはそんなに不審に見えていたのだろうか……。確かにトールベルクの街にはあまり顔を出さないし、ヒビキさんはボクたちには不釣り合いなほどの屈強な男性だ。怪しまれてもしょうがないとも思うけどさ。
「本当にすまなかった。あなたたちを疑うようなことをして」
「仕方ないですよ。確かに怪しいように見えたでしょうから。大金も抱えてましたし」
ゾーニャさんが謝罪するのに、ボクがそう返す。
いきなり見知らぬ錬金術師がやってきて大金を抱えて出てきたら怪しく思うだろう。
「そう言ってもらえると助かる。この恩は絶対に忘れない。何かあれば力になろう。私たちはこのトールベルクを中心に活動している。力を必要とするときは、トールベルクの兵舎にいる騎士団の騎士に告げてくれ。ゾーニャからだと言えば伝わるようにしておく」
「そ、そこまでしてもらわなくとも……」
「いや。恩を返す機会を与えてくれ。この命を救ってもらった礼をしなければ騎士の名が廃る。なんでもいい。力になれることがあるならば、言ってくれ」
「は、はい」
ゾーニャさんに押し切られてしまった……。だが、騎士さんに力になってもらうことなんてないと思うけどなあ。
「じゃあ、作ったポーションの買い取りとかしてくれます?」
「そのようなことであれば容易だ。補給を担当する騎士に連絡しておこう。だが、それだけでは恩を返したことにはならない。他にも何かあれば告げてくれ」
「お、追々考えておきますね」
村でも冒険者や農民の人たちにポーションが売れるけれど、ちょっと供給過多気味なのだ。体力回復ポーションも、疲労回復ポーションも、売れるには売れるんだけど、裏庭の菜園で採取できる材料で作るだけでも、低級ポーションなどは余るのだ。
一応、非常事態のためのストックを作っているけど、非常事態で必要になるのはそれこそ中級とか上級ポーションだし、低級ポーションは材料を余らせているのが現状なのだ。それが消費できるだけも収入は倍増だ。
それでもお礼にならないというなら何をしてもらっていいのか分からない。
「そうだな。このトールベルクの街では今、ガルゼッリ・ファミリーの活動が活発化している。治安不安を感じたら申し出てくれ。私が護衛に付こう。そこの男性のような護衛がいるなら必要ないと思うだろうが、騎士である私ならば、多少の暴力は正当化される。罪に問われる心配をしなくともいい」
「あっ。じゃあ、その時はお願いしますね」
ヒビキさんは強いけれど、警察とか騎士の人ではないからね。勝手に人を傷つけたりしたら本来ダメなんだよね。そういう点ではゾーニャさんは頼りになるかもしれない。
件のガルゼッリ・ファミリーっていう人たちがうろうろしているなら、これからトールベルクの街に商品を卸していこうというのに、治安が悪かったら困るや。
「うむ。いつでも言ってくれ。私はあなたたちを歓迎する」
そう告げてゾーニャさんはヒビキさんに視線を向ける。
「そちらの方にも助けられた。名前を伺っていいだろうか?」
「響輝だ。ひとつ聞きたいのだが、俺と同じような服装の人間をここら辺で見かけなかっただろうか? 仲間とはぐれてしまって、探しているんだ。このような変わった服装の異国の人間を見かけたという目撃情報などはないだろうか」
「いや。特にそういう報告は受けていないが……。だが、そのまだら模様の服装はどこかで見たことがある気がする……」
「どこだ? 教えてくれないか?」
ヒビキさんは自分の仲間の人が見つかるかもと必死だ。ボクもヒビキさんが仲間の人に合流出来たらいいと思うんだけど。
「ああ! 思い出した! 兵舎にあったな。そうだろう、アイヒェンドルフ卿?」
「確かに似たような服がありましたな」
おおっ! ヒビキさんの仲間の情報が!?
「見せてもらえないだろうか?」
「ああ。兵舎に案内しよう」
ヒビキさんが頼むのに、ゾーニャさんはヒビキさんを連れて兵舎に向かった。
もうそろそろ夕方の便が来る時間になるけど、ヒビキさんの仲間が見つかるならそれにこしたことはないよね!
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灰狼騎士団が駐屯している兵舎はトールベルクの城壁に接していた。
立派な兵舎──とは言わないけれど、武骨で騎士さんたちらしい兵舎だ。
ボクたちはゾーニャさんの案内で兵舎の門を潜ると、そのヒビキさんと同じまだら模様の服が保存されているという場所に向かった。
「これはザルツァ卿。倉庫に何の御用ですか?」
「礼の保管されている服を見せて欲しい。この方の着ている服と似たようなものが保存されていただろう?」
「ああ。あれですな。それは丁重に保存してあります。英雄のものですからね」
英雄? どういうことだろう?
「では、こちらへ」
そして、ボクたちは倉庫の奥へと案内される。
「これです。かつて、トールベルクの森にはびこっていた凶悪なゴブリンたちを一掃するという快挙を成し遂げたものが纏っていました。彼は迷い人だったそうですが、もしかしてあなたもそうなのですか?」
「そう言われている。しかし、これは……」
ヒビキさんは見せられたまだら模様の服を見てうめき声を上げた。
確かにそれはヒビキさんと似たようなまだら模様の服だったけれど、ヒビキさんのとはちょっと異なっている。なんだか、絵本で見たトラのような模様だ。トラはエルンストの森には出没するらしいけど、ボクは見たことない。
「それからこれを首から下げておられました。死んだときには2枚のうち半分を一緒に埋めてくれと言われ、今は1枚だけが残っています」
「認識票、か」
ヒビキさんはそれが何なのか分かっているようだ。
「USMC。アメリカ合衆国海兵隊にタイガーストライプ迷彩。あんたはどこから来た。ベトナムからか? アンダーソンさん?」
ヒビキさんはそう告げると、認識票と呼ばれた金属の板をそっと置いた。
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