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錬金術師さんと交易都市

本日2回目の更新です。

…………………


 ──錬金術師さんと交易都市



 トールベルクは広くて、人がいっぱいいる!


 美味しい匂いを漂わせる出店や、錬金術の道具を扱っている店をみるとついつい興味がそちらの方に向かってしまう。


 だが、今は夕方までにポーションを捌いて、お土産を持って帰宅するのだ!


「ポーションは知り合いの大店に任せようと思う。誠実な男だし、付き合いも長い。あたしたちがレッドドラゴンの素材から作ったポーションを持ってきたとならば、30万マルクは固いな」


「30万マルク!」


 膨大な額だ!


 はっ……! さてはエステル師匠は最初からレッドドラゴンの素材がこれだけの値段で売れると知っていたか討伐報酬に10万マルクなんて結構な額のお金をポンと出したのではなかろうか?


「なんだ。言いたいことでもあるのか?」


「ございません!」


 エステル師匠ってばすぐにボクの心を読むんだから! どうやってそんなエスパーができるのか教えて欲しいよ!


「10万マルクなんてはした金さ。レッドドラゴンがいれば他の魔獣がいないから麓は脅かされないし、レッドドラゴンがいなくなればラインハルトの山で素材集めができる。どっちに転んでも儲けものだろう」


「なるほど」


 エステル師匠ってばあくどいな―。


「まあ、そこら辺はどうでもいい。お前が襲われて、殺されたらあたしが教えた錬金術の知識がパーになってた。そこのところはヒビキに感謝しておくんだよ」


「ヒビキさんありがとう!」


 今もボクが無事なのはヒビキさんのおかげです! ありがとう、ヒビキさん!


「大したことはしていない」


 なのに、ヒビキさんってばこれだからなー。


「もっと誇っていいんですよ、ヒビキさん。レッドドラゴンの討伐なんてA級冒険者がダースで集まらないとできないようなことなんですから!」


「とはいえど、俺がやったことと言えば頭を蹴り飛ばしただけだからな」


 そうなんだよね。ヒビキさんってば規格外な人だから、レッドドラゴンを蹴り殺しちゃったんだよね。蹴り殺せるような相手ならば、大したことないっていうのは分かるけど、おかしいのはヒビキさんの方だからね?


「ちなみにヒビキさんの今の冒険者ギルドの階級は?」


「この間D級に昇格した。少しは稼げる仕事が引き受けられるといいのだが」


 ううむ。流石は規則の鬼クリスタさん。レッドドラゴンをひとりで討伐しちゃう人でもE級からスタートで、昇格も普通と同じ、と。規則してはそれでいいだろうけど、レッドドラゴンを素手で殺しちゃう人がD級冒険者っておかしくない?


「D級冒険者じゃあ、ひとりで食っていくにはちょいと心細いな。もうちょっとあたしたちの家にいな。B級でパーティーくらい組めるようになれば、もうちょっとは稼げるようになるとは思うけどな」


「そういうものか」


 D級冒険者でも環境を選ばなければひとりでやっていけるだろうけど、それだけ馬車小屋に寝泊まりするような生活だしね。ヴァルトハウゼン村でも、掘っ立て小屋で魔獣の肉を食べてる冒険者を見かける。


 命の恩人であるヒビキさんにはそんなことはさせられないので、ゆったりと宿暮らしができるようになるB級冒険者になるまでは家にいて欲しい。もちろん、そのあとでも家にいてもらっていいけどね!


「ヒビキさんはまだパーティーは組まないんですか?」


「うむ。難しいところだ。軍ならば同じ訓練を受けた仲間と組めるが、この世界ではそういうわけにはいかない。練度に差がありすぎると、戦闘力は増加するどころか低下してしまう。似たような訓練を受けた人間がいればいいのだが……」


 うーん。ヒビキさんと同じ訓練を受けたってことは、異世界の軍人さんと同じ訓練を受けた人ってことだよね。そんな人はいないと思うなー。


「ヒビキさんが異世界流の戦い方を教えるんじゃだめなんですか?」


「それだとこの世界の冒険者の利点を潰してしまいそうでな」


「利点というと?」


「魔術だ」


 あー。ヒビキさんは魔術がない世界から来たからなー。


「魔術師をどのようなポジションに置くのかが問題になる。いっそ魔術師なしでパーティーを組むことも考えたのだが、どのパーティー編成でも魔術師がいるので、魔術師を入れないとなると余所者の俺ではパーティーメンバーが募集できないだろう……」


「う、うーん。難しいところですね。逆にパーティーを作るんじゃなくて、パーティーメンバーに入れてもらうっていうのはどうです?」


「それも考えたのだが、あの村ではひとりでレッドドラゴンを倒したとかで、些か距離を置かれてしまっている。何度か声をかけてみたのだが、俺のような人間を使えるような気はしないと。困ったものだ」


 あー。ヒビキさん、レッドドラゴンを単独で討伐しているんだよね。そりゃあ、そんな大層な人が入ってきたら報酬を多めに取られそうで遠慮するよね。今のところ、ヒビキさんほどの力が要りそうなクエストなんて貼りだしてないだろうし。


「困りましたね」


「困ったな」


 いつかヒビキさんにも冒険者仲間ができるといいんだけれど。


「おーい。何をぼさっとしてる。こっちだ、こっち」


「あっ。はいはい」


 危うくエステル師匠に置いていかれるところだった。


「ここだ。昔馴染みで伝手がある」


「うわあ。結構大きいお店じゃないですか!」


 エステル師匠がボクたちを案内したお店は大通りに面した立派なお店だった。看板にはイマーヴァール薬品店と書かれている。イマーヴァールなんて知り合いいたっけな?


「おい。インゴ、エステル様のおでましだぞ」


 エステル師匠はそう告げて扉を開く。


「げっ。エステルじゃねーか」


「げっとはなんだ、げっとは」


 店にいたのは壮年の男性だった。ひょろりとして感じのいい顔立ちをしている。そして、最近流行りの口髭を蓄えた人だ。ボクは髭はあんまり好きじゃないからどうでもいいけど。髭って伸ばすものじゃないよね?


「ほらほら。どうせ、碌な商品がなくて客はいないんだろう。茶でも出しな」


「けっ。なんだよ。まさか商品でも卸しにきたってのか?」


「そのまさかだ。上級ポーションが山ほどあるぞ」


 エステル師匠が告げるのに、ヒビキさんが抱えていたカバンをお店のカウンターに載せて中を開いて見せた。


「おいおい。マジかよ。お前さんのお手製か?」


「その通り。全てこのエステル様が作った品だ。さて、商談がしたいならまずは茶をだしな。茶菓子もな」


 インゴさんが驚くのに、エステル師匠は余裕の笑みでそう告げる。


「分かった、分かった。暫く店番頼むぞ、ヨハン」


「はい、店長」


 インゴさんが告げるのに、ボクと同じくらいの年齢の子が頷いてカウンターに立つ。


「さあ、こっちだ。来てくれ」


 インゴさんがカウンター奥の部屋に誘うのに、ボクたちは付いて行く。


「で、こんなに山ほどの上級ポーション、一体どうやったんだ?」


「何、村にレッドドラゴンがでてそいつがくたばったからそいつの素材で作ったのさ」


「レッドドラゴンがくたばったあ!? どこのパーティーがやったんだ?」


「冒険者パーティーじゃないよ。そこにいるヒビキって男がひとりでぶっ殺したのさ」


 訝しむようなインゴさんの視線にエステル師匠はヒビキさんを指さす。


「ひ、ひとりで? レッドドラゴンを? あんた、魔術師か?」


「生憎、魔術についての心得はない。たまたまだ」


「た、たまたまか……。たまたまレッドドラゴンを……」


 ヒビキさんが居心地悪そうに告げるのに、インゴさんの表情が引きつっていた。


 たまたまじゃないよ! あれからヒビキさんの戦いを見てきたけど、どれも規格外な動きで相手をぶっ潰してたじゃん! もう、ヒビキさんってば謙虚というか遠慮しすぎな性格しているんだから!


「というわけで、このポーションの効き目は保証するぞ。何せレッドドラゴンの素材とあたしの腕だ。そんじょそこらのひよっこ錬金術師や錬金術師モドキの卸してくるポーションとはわけが違うってもんだ。だろう?」


「そりゃあ、お前さんは帝国錬金術学校きっての大天才と言われたエステル・アンファングだからな。なあ、なんでヴァルなんとか村なんて田舎でくすぶってるんだ? トールベルクなら素材は流通しているのが安定して買えるし、その名前があれば他の錬金術師を押しのけて筆頭錬金術師になれるだろう。そもそも宮廷錬金術師の座だって──」


「あたしはあんたに人生相談をしに来たんじゃないだがね。これ、買うのかい、それとも買わないのかい?」


 エステル師匠って凄い人だとは思ってたけれど、思った以上に凄そうだ。もっと詳しく聞きたいけど、エステル師匠はインゴさんに喋らせるつもりはないみたい。


「買うよ。最近、大量にポーションを卸したばっかりで見ての通り、並べる品がないんだ。低級だろうと中級だろうとお前さんの品なら大歓迎だ」


「大量にポーションを卸した? 随分ときな臭いね」


 ポーションが大量に売れるのは戦争や魔獣のスタンピードの前触れだってエステル師匠はいつも言っていた。ボクの両親も戦争で死んじゃったらしいんだけどね。


「俺にも詳しいことは分からん。バイロイト辺境伯閣下の使いが来て、ありったけのポーションを買っていった。噂じゃ、ドナウ王国と小競り合いあったとかだそうだが。ドナウ王国とはここ100年は平和だったのにな」


「ふうん。バイロイトならこっちとは関係なさそうだ」


 バイロイトはここからもっと北に向かった場所で、ドナウ王国と国境を接している。昔は激しい戦争をやり合っていたらしいけど、今は平和なはずだった。


「で、いくらで買う?」


「まあ、まあ、せっかく来たんだからもうちょっと駄弁ろうぜ。リーゼちゃんはすっかり大きくなったな」


 エステル師匠が煙管を吹かすのに、インゴさんがボクの方を向いた。


「会ったことありましったけ?」


「そ、そうだな。リーゼちゃんが3歳ぐらいのことだったから覚えてないか。その時は俺も髭は剃ってたし。エステルが学園を卒業していきなり出ていったかと思ったら、孤児を拾ってきて“どうやって育ってていいか分からんから教えろ”って何故かキレ気味にうちに押しかけて来てな」


「へー。エステル師匠がそんなことを……」


 エステル師匠ってば子育てもよく分からないのにボクのこと拾ってくれたんだ。


「本当にあの時は大変だったよ。言葉がおかしいとか、言うことを聞かないとか。それでこの時期はそういうものだと──」


「ちょっと。お喋りがすぎるんじゃないかい?」


 インゴさんが楽し気に話すのに、エステル師匠が不機嫌そうにそう告げる。


「ちなみにおふたりはどういう関係で?」


「俺も錬金術師を目指して帝国錬金術学校に通ってたんだよ。エステルは後輩だ。だが、俺の方にはとんと才能がなくてね。仕方ないからポーションを商ってた実家に帰ってきて、ポーションを流通させる方に専念することにしたのさ」


「なるほど」


 エステル師匠の先輩なのか。錬金術師じゃないけど。


「で、いくらで買うんだい? こっちは夕方の便で帰るんだ。こうもちんたらしてられないだよ。分かったかい?」


「そうだな。これだけの上級ポーションなら20万マルクは出していいね」


「はあ? 脳みそに蛆でも湧いたのかい。80万マルクだ」


 ええ-!? エステル師匠、30万マルクぐらいって言ったじゃん!


「冗談じゃない。いくら在庫がなくてもそんなに大金で買わされたら破産する。そうだな。学校の先輩後輩の関係を考えても30万マルクは出していいぞ」


「いいかい。レッドドラゴンの素材を使ったポーションなんて次はいつ入荷できるか分からないんだよ。70万マルクだ」


「リーゼちゃん。ちなみに、エステルに学校で惚れてた女子がいてね。その子が──」


「分かった! 分かった! 60万マルク!」


 ああ。なんでインゴさんが雑談に持ち込んだのか分かった。


 インゴさんとしては在庫がないという弱点がばれちゃってるわけだけど、エステル師匠は弱点を見せてない。それでエステル師匠の弱点を抉るために昔話を始めたのか。


 流石は商人。


 ボクもちょっとエステル師匠の過去が知りたいしな―。


「50万マルクだ」


「ちっ。分かったよ、50万マルクでいい」


 あっ。エステル師匠の方もさりげなく予想金額より多めにゲットしてる。やるな。


「じゃあ、ほい50万マルクだ。落っことすなよ、優等生。それから──」


 インゴさんが貨幣の詰まった木箱を手渡すと、持ってきたポーションの中から1本抜いた。あっ、それは……。


「こいつはまだこの店の棚には並べられないな、リーゼちゃん」


 ボクの作ったポーションだ。どうして分かったんだろう。


「エステルの奴はこう見えて生真面目だ。こいつの作ったポーションは綺麗に透き通っている。一切の曇りもなく、不純物もなく、な。だが、これはオークの脂肪と思しき沈殿物がちょいと残っている。リーゼちゃんに作らせただろう、エステル?」


「やっぱり薬屋には分かるか。正解だよ。試しに作らせてみた」


 はあ。やっぱりボク程度の腕前ではまだまだかー。


「そう落ち込むな、リーゼちゃん。もうちょっとだったよ。普通の店なら並べられるだけの価値はある。だが、うちは一応トールベルクで一番の薬屋を謳ってるからね」


 田舎であるヴァルトハウゼン村では流通させれるけどトールベルクのような都会じゃ無理ってことかー。残念。


「そういえば開拓局からの話は聞いたかい?」


「ああ。村の特産品をトールベルクで売り出すんだったっか。まだ街道もできてないのに気が早いな」


「その試作品を持ってきた。ちょっと食べてみなよ」


 エステル師匠はそう告げると南蛮漬けの樽をインゴさんに向ける。


「ふむ。酸い匂いがするが食って大丈夫なのか?」


「大丈夫だ」


 普通は遠方から持ってきた酸っぱい匂いがする魚なんて食べないよね。


「では」


 インゴさんは南蛮漬けを一切れ摘まむと口に運んだ。


「おお。美味いな。酢とシトリアの実が爽やかだ。ひょっとしてこれは低級体力回復ポーションを使ってるのか?」


「その通り。この馬鹿弟子の考えだが、結構いけるだろう。ちょいと商売の臭いを感じないか?」


「感じるな。低級体力回復ポーションならそこらの錬金術師でも作れる。シトリアの実だってここらなら豊富にある。ポーションを薬じゃなくて、調味料として売り出すか。惹かれるアイディアだな」


 南蛮漬けはインゴさんのお口に召したらしい。何よりだ。


「だが、他の連中にただでアイディアを取られるのもしゃくだ。というわけで、低級体力回復ポーションを調味料に寄せた品を作るから特許を取っておいてくれないかい?」


「いいだろう。乗った。試作品はいつ?」


「来週までには飛行船の定期便で送るよ。味見してみてくれ」


 おおっ!? ひょっとしてこれはボクとヒビキさんのアイディアで稼いじゃう系?


「決まりだ。これからもよろしく頼む」


「こっちこそな」


 これにて商談は一段落した。


 でも、まだお昼だ。夕方の飛行船の便まではまだ時間がある。


「さて! 金も入ったし、美味いものでも食いに行くか。今日は何頼んでもいいぞ」


「やった! ボク、オムライスにします!」


 いえい! ボクにもボーナスが!


「ヒビキは何にする? 聞いてるのかい?」


「ああ。聞こえている。しかし、少し気になることがあってな」


 ヒビキさんはボクたちの方を向きながらも、時折出店の商品を覗き込んでいる。何か気になる品があるのかな?


「さっきの店を出てから尾行されているぞ」


「はあ? 本当かい?」


「今は静かに。何が目的か分からない」


 ヒビキさんが告げるのにエステル師匠が50万マルクが収まった箱を確認する。


「ちっ。スリの類であればいいんだがね。捻りあげてやるから」


「スリではないだろう。鎧を着て、武装している。手慣れた様子だ」


「貧乏騎士が庶民をゆすりに来たかね」


「分からん。貧乏騎士というものを見たことがない」


 な、なんだろう。せっかくのトールベルクでのお昼ご飯なのに不穏な空気が。


「気にしてもしょうがない。こっちにはヒビキがいる。それでいいだろう」


「ああ。そちらの身の安全は最優先で守るつもりだ」


 まあ、ヒビキさんがいれば大丈夫か!


 というわけで、お昼にゴー! オムライス♪ オムライス♪


…………………

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