錬金術師さんと保存食
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──錬金術師さんと保存食
ボクはこのヴァルトハウゼン村の特産物を街に流通させるために、食料の保存方法に使えそうなポーション探しを始めた。
エステル師匠の書斎は本で埋め尽くされている。初級ポーションのレシピから、伝説の極上ポーションのレシピまでいろいろだ。そして、エステル師匠はこれを全部暗記しているというのだから驚かされる。
普段から勉強しろと言われてボクもいろいろな本を渡されては、その後にテストを受けたけれど、ボクがここで覚えてらえるのは4分の3ぐらいである。これでも頑張った方なんだけれど、エステル師匠はまだまだ努力が足りないと叱るのだ。
さて、今日はそんな錬金術の本の中から食料保存に使えそうなポーションを探してみないといけない。どんなポーションなら、安全に食料を保存して、流通先である街まで運ぶことができるかな?
「ううーん。見当たらないなー」
いろんな薬効のポーションについて書籍には記されているけれど、食料を保存するなんていう効果はなかった。まあ、ポーションをそんな風に使う人なんていないからな。ボクの発想がちょっと非常識なのだ。
「どこかに書いてないかなー」
ボクはちょっとしたことでも見逃さないように見ていくが、なかなか見つからない。
「リーゼ君。目当ての品は見つかったか?」
「なかなか見当たらないですねー。薬効としてはあるのかもしれないですけれど、書籍に書くようなことじゃないってわけなんでしょう」
「ふうむ。確かにこの書籍は薬効のあるポーションについて記されている。その他の効能については記さないのだろう」
「困りましたねー」
全く以て困った。
「だが、一般的に保存食といえば燻製にしたり、酢や塩に付けたりするだろう。そんな原材料の面から当たってみてはどうだろうか?」
「おおー! ナイスアイディアです、ヒビキさん!」
ヒビキさんってばなんてナイスアイディアを!
確かに塩漬けにしたり、酢漬けにした食材は長持ちするものだ。その線でポーションを探してみればきっといい代物が見つかるかも。
「ええっと。塩を使うポーションは中級疲労回復ポーションとか。酢を使うのは低級体力回復ポーションとか。なるほど、これなら食用にしても味がそこまで変わることはないですね。ばっちりです!」
「燻製はどうだろうか?」
「ええっと。チップに香ばしい香りをつけるために低級疲労回復ポーションを使うのもありですね。低級疲労回復ポーションは病人の人とかが使ったりすることもあるんですけど、その時に食用も増幅されるような香ばしい匂いをしているんです」
とはいえ、我が家には燻製を作る設備がない。
「まずは塩と酢から行ってみましょう! 3、4日つけてみて、味がそこまで不味くならなかったら成功です! レッツチャレンジ!」
というわけで、ボクたちは中級疲労回復ポーションと低級体力回復ポーションを作るための素材集めに向かった。
今回はヒビキさんに手間をかけないようにエステル師匠が作った上級魔獣除けポーションを被っておく。ヒビキさんはこの後行う冒険者ギルドに依頼が来た、麓に下りてきて作物を荒らすゴブリン退治のためにポーションはかけない。
採取するものはほぼエルンストの山で揃った。後は作るのみ。
「それにしても、まだパーティーメンバーがいないですね、ヒビキさん」
「ああ。それか。下手に人を入れると報酬やらで揉めるから、今はひとりだ。あの冒険者ギルドの冒険者たちを観察して、信頼のおける人間が見つかったら誘うつもりだ」
「そうですか。いい人が見つかるといいですね!」
ヒビキさんはまだソロ。ヒビキさん自身は最低でも4人組を作りたいと漏らしているが、まだ信頼のおける冒険者は見つからないらしい。
「エステル師匠やオスヴァルトさんにに頼んでみましょうか?」
「いや。そこまでしてもらう必要はないよ。俺の問題だ」
エステル師匠やオスヴァルトさんなら、腕前が良くて信頼できる冒険者を斡旋してくれそうなのになあ。
「それより上手くいくといいな、保存食作り」
「ええ。期待して待っててください!」
その後ボクは保存食用のポーション作りに店舗兼家に戻り、ヒビキさんはゴブリン退治に向かった。本当ならボクも何か手伝いたいけれど、ボクってば戦闘では何の役にも立たないし、迷惑になるだけだからね。
さて、ポーションを作って調達した川魚と山菜を漬けてみるぞー!
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保続食用ポーション作成から4日。
さて、保存食にはなっただろうか?
ボクは恐る恐ると体力回復ポーションで漬けた方の蓋を開けて、川魚を取り出す。
匂いは悪くない。ちょっと酢の匂いがするだけで、食用に影響はなし。
後は食べてみるのみ!
ボクは台所に立つと、保存しておいた川魚に塩を振って塩焼きにしようとする。
「いや。それなら南蛮漬けの方がよくはないか?」
ボクが塩焼きにしようとしていたところを、ヒビキさんがそう告げて作業をストップさせた。南蛮漬けってなんだろう?
「小麦粉を漬けて揚げるんだ。それに同じく酢につけた野菜をかける料理、でよかったはずだ。美味しさは保証できないが、酢につけたならばこっちの方がいいだろう。もちろんそのまま食べるというのも悪くないとは思うが」
「なるほど。試してみます」
ボクはポーション漬けにした川魚に小麦粉をまぶすと、ヒビキさんのアドバイス通り揚げてみた。こんなに油をたっぷり使うなんて贅沢な料理だな。
それから玉ねぎ、にんじん、ピーマンをそれぞれ細かく切って低級体力回復ポーションに漬ける。
揚げたての魚に野菜をかけて、もう1回低級体力回復ポーションに漬けたらできあがりというわけである!
「ヒビキさん! 味見してみてください!」
「理解した」
ボクは味見するのはちょっと怖いのでヒビキさんに任せる。我ながら外道だ。
「うむ。美味い。骨はそこまで気にならないし、さっぱりした酢の味にほんのりと柑橘系の風味がする。これならばそのまま食べるのもありだな」
「やったぜ!」
ポーションは料理に使える! 新しい発明だ!
ポーションっていうとやっぱり薬だから、薬漬けにするのはちょっとと思って誰も試さなかっただろう。これはまさに新しい発明だ。酢をメインにしたポーション漬けにすればある程度日持ちするし、ここからトールベルクの街まで運ぶのも大丈夫そう。
これでヴァルトハウゼン村の特産物が輸出できるわけですね!
「おーい。何かいい匂いがするけど何食ってるんだ?」
「あっ。エステル師匠! ポーションを使った保存食、完成しましたよ!」
「本当かー?」
エステル師匠は信じてなさそうだ。
「まあ、まあ、騙されたと思って食べてみてくださいよ。おいしいですから!」
「ふむん。どれどれ」
エステル師匠が疑わし気にフォークで南蛮漬けを突っついて口の運ぶ。
「ほう。これは悪くないな。暑くなってくる季節に酢とシトリアの実の爽やかさが食欲を萎えさせないね。酒のつまみにもよさそうだ。これを街に売りに行くつもりかい?」
「ええ! この街って川魚は大量に取れますし、いい商売になるんじゃないですか?」
それにポーションも地味に売れるしね!
「ふうん。馬鹿弟子にしてはなかなかやるじゃないか」
「えへへ」
珍しくエステル師匠が褒めてくれる。
と思ったら、いつの間にか南蛮漬けの皿が空になってた。た、食べるのは速い……。
「で、そっちの瓶はなんだ?」
「こっちは塩漬けですよ。ちょっと塩を多めにした中級疲労回復ポーションを使ってるんですよ。今から開けてみるところです」
「……中級疲労回復ポーションの薬臭さはどうした?」
「ま、まあ、それは食材の風味が合わさってどうにかなるかなって」
正直なところ中級疲労回復ポーションは薬って味のポーションである。その点は塩を多めにして、薬臭さをなくそうとはしてみたのだけれど、どうだろうか……。
「蓋、開けますね」
「ああ」
ボクは上手くいっていることを祈って蓋を開き──。
「薬臭い……」
やっぱりポーションはポーションだった。蓋を開けただけで薬臭い……。
「……これは食べられるのだろうか?」
「わ、分かんないです。案外食べてみたら美味しかったり?」
ヒビキさんが神妙な表情をして薬臭くなった川魚を見下ろすのに、ボクは笑ってそうごまかしておいた。
「とりあえず焼いてみましょう! 焼けば何でも食べられる!」
そう断言してボクはかまどに置き、油をひいたフライパンの上にポーション漬けの川魚をぽいっと放り込んだ。
く、臭い! 滅茶苦茶薬臭い! 焼いてるだけでも臭い!
「ここは香辛料を使って……!」
塩コショウでなんとか臭いを消そうとするが無駄な努力だった。
これ、薬臭すぎでもう吐きそう……。
「と、とりあえずできました。中級疲労回復ポーション漬け川魚の塩焼きです……」
「う、うむ。そうだな。見た目は美味しそうだな」
薬臭さを漂わせる塩焼きを前にヒビキさんが引きつった表情を浮かべる。
「ま、まあ、食べてみないと分からないですから?」
「そ、そうだな。案外、いけるかもしれない」
本当に申し訳ない、ヒビキさん……。
ボクが見つめるのにヒビキさんがガブリと塩魚に食らいつく。
「どうです……?」
「味は悪くない。味は悪くないんだが、鼻を突き抜けていく薬臭さがつらい……」
そう言いながらもヒビキさんは一応完食してくれた。
本当に申し訳ない、ヒビキさん……。
「こ、これはダメですね。失敗です。普通に塩漬けにした方がいいです」
「ああ。臭いがダメだ……」
無理にポーションを使わなくてもただの塩漬けでいいや!
「しかし、酢漬けの方は成功だったし、得たものはあっただろう。普通の酢漬けより爽やかな味わいだ。俺は料理についてはほとんど何も分からないが、あれは調味料としてもいろいろと使い道があるだろう」
「その上、体力回復ポーションですからね! 低級とはいえど体力回復につながる! これからの夏や病院食としても使えますよ!」
へへっ! 失敗の中からも得られるものはあるんだね!
「そうだね。こいつはマリネにしてもよさそうだ。ポーションを調味料にするとはあたしも考えつかなかったよ。ポーションを飲みやすくするってことはあれこれと考えてはきたんだがね。だが、それはそうと」
「それはそうと?」
「無駄にした中級疲労回復ポーションの分、お前は今晩の夕食のおかずを減らす」
「そんなー!? これって貯えておいた奴からじゃなくて、素材集めてから作った奴ですよー!」
「そんな言い訳は聞かん。錬金術師の商売道具であるポーションを無駄遣いしたんだ。いい加減にお前も錬金術師としての、その名前の重さを知っておけ。あたしたちがポーションを無駄に使っていると知れたら値段は崩れるんだぞ」
「はあい……」
エステル師匠の言うことも正しいので何も言い返せない。
けど、普段から新しいことに挑戦してないと錬金術は発展しないと思うですけど!
「その顔はこれは実験だったのにって思ってるな?」
「え? そ、そんなことないですよ?」
「失敗したら痛い目に遭う。これで勉強になっただろう。新しいことに挑戦するのはいいが、無意味に挑戦するのはダメだ。ちゃんと確証が得られてからにしろ。そうじゃないと間違って毒を調合してしまうこともあるんだぞ?」
「はあい……」
エステル師匠は何でもお見通しかー。
こうも理詰めで叱られると言い訳できない。今日はおかず減量に甘んじるのみ。
「リーゼ君。確かに塩漬けの方は失敗だったが、酢漬けの方は大成功だった。気を落とすことはない。何事もトライ&エラーだ」
「そうですよね! 頑張ります!」
ヒビキさんは優しい! エステル師匠にもヒビキさんほどの優しさを持って欲しい!
というわけで、ボクたちは上手い食料の保存方法を見つけた。低級体力回復ポーションを使用すると魚も野菜も1週間から2週間は日持ちするようだ。
トールベルクまでは飛行船で数時間なので、事前に調理しておいて、運べば店舗に並べても大丈夫って寸法だ。加工してない魚はお店に並べている間に傷んじゃうからね。
なんでも帝都では冷たい空気で満たした魔道具の箱を利用して、遥か海で取れた海産物を内地にまで運ぶということもやっているそうだけれど、こんな田舎にそんなハイテク魔道具はないのです。
なので、できることをするのみ!
調味料としてもグッドなので低級体力回復ポーションも売れるといいなー。
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