錬金術師さんと上級ポーション
…………………
──錬金術師さんと上級ポーション
「オスヴァルトさーん。お仕事、終わりましたー!」
湖の浄化の依頼が終わってボクは依頼してきた開拓局、ヒビキさんは湖の周辺の魔獣退治の報酬を受け取りにそれぞれ向かった。
開拓局ではオスヴァルトさんから直々に報酬を渡してくれた。なんと1万マルク!
なんでもハンスさんは新しい用水路の見積もりで忙しく、カルラさんは中央に出張に行っているらしい。なので開拓局は人手が足りず、やむを得ずボクたちに湖の浄化を直接依頼したそうである。オスヴァルトさんは年中書類仕事だ。
「本当なら浄化のポーションを君たちから買って、開拓局がやるべき仕事だったんだが、すまないね、リーゼちゃん。やはり魔獣がいただろう?」
「大丈夫ですよ! ヒビキさんがバシッと倒してしまわれましたから!」
そうそう、ヒビキさんがいたから楽な仕事だったよ!
「そうか、そうか。ヒビキ君には助けてもらってばかりだな。この間のレッドドラゴンの件といい、何かお礼ができればいいのだが」
「あれ? ヒビキさんが受けた湖付近の魔獣討伐を依頼したのってオスヴァルトさんじゃないですか?」
「いや。水源が汚染されていたから、直接水を汲みに行った農家が出した依頼だと聞いている。だが、あの仕事を引き受けてくれたのか。報酬は些か低いものだったのだが」
へー。そうだったんだ。てっきり、オスヴァルトさんが出した依頼かと思った。そうじゃないとボクは魔獣のはびこる山に投げ出されたことになるんだけど!
「しかし、エステル君は一緒じゃなかったのか? 彼女が一緒ならば、ラインハルトの山の魔獣くらいはどうにかできそうなものなのだが。彼女は赤魔術が使えるし、彼女の作る爆裂ポーションは大変効果がある代物だろう」
「えーっと。エステル師匠は今度街に出荷するレッドドラゴン素材のポーションの作成で忙しくて……。まあ、それにヒビキさんが一緒でしたから」
そうなのだ。恐らく、オスヴァルトさんはエステル師匠と一緒にボクが湖の浄化に向かうことを想定していたのだろう。またはエステル師匠が単独で向かうか。そもそも湖の浄化の話を持ってきたのがエステル師匠だし。
だが、今のエステル師匠は街に出荷するポーション作成に取り組んでいるのだ。あれだけ処理は自分でしろと言っていたエステル師匠だが、街にポーションを出荷すると決めるとテキパキと自分で作り始めてしまった。
でも、作るのはまだボクにも作れない上級ポーションの一部のみで、残りは自分でやれと言われた。とほほ。
それでも店舗兼家を埋め尽くしていたレッドドラゴンの素材がちょっとでも捌けるならいいことだ。街に出荷するとなるとヴァルトハウゼン村の名前も広まることだしね!
「街に出荷というとトールベルクかな?」
「はい。トールベルクの街に出荷しようって」
トールベルクはここら辺では一番大きな都市だ。交易が盛んで、交易商の人たちもよくよく立ち寄る場所である。まあ、帝都と比較すれば小ぢんまりとした場所だけど、なかなか繁盛していると聞いている。
そんな場所にメイド・イン・ヴァルトハウゼン村のラベルが付いた超高級ポーション(エステル師匠製)が出回れば、行商人の人たちもこぞってヴァルトハウゼン村を訪れてくれるに違いない! そうすれば交易も盛んになって、経済規模も大きくなるー!
……というのが、今のところの理想である。
でもまだこの村までの街道もろくに整備されてないから、行商人の人はなかなか来てくれないだろうなー。せめて街道が完成すればな―。
「オスヴァルトさん。街道ってまだできないですか?」
「ああ。まだ予算が足りなくてね。ファルケンハウゼン子爵閣下もなんとか資金の都合をつけようと頑張っておられるのだが、いかんせんこの村の優先順位は低いんだ。今は飛行船が定期便としてやってくるだけでも満足しなければいけない」
「しょぼーん……」
世の中やっぱりお金かあ。でも、そのお金を稼ぐためにはお金が必要なわけで。
貧乏村はいつまでも貧乏なままじゃん!
「世の中は不公平ですー……」
「まあ、まあ、そう若いうちから世を疎むことはない。カルラが中央に行ったのも、この村に投資を呼び込むためだ。ファルケンハウゼン子爵閣下だけでダメならば、開拓局で独自の財源を作るのも手のひとつだろう」
「おおー!」
流石はオスヴァルトさんだ。いろいろと考えてるんだなー。
「街道が完成したら、いっぱい商売ができますね! 観光客とかも来たりして!」
「そうだね。エルンストの山は眺めがいいし、狩りもできるし、観光地として売り出したいところだなあ」
夢が広がるー。広がっていくよー。
「じゃあ、改めて水源の浄化ありがとう。また仕事があったらよろしく頼むよ」
「はい。どうしたしまして!」
しかし、報酬1万マルクかー。今晩はごちそうが食べられそう!
「たっだいまー!」
「ああ。お帰りだ、リーゼ君」
ボクはてくてくと開拓局から戻ってくると先にヒビキさんが帰っていた。
「ヒビキさん、ヒビキさん! 見てください! 1万マルクですよ!」
「ふむ。凄いな。こっちは2000マルクだった。あまり稼げなくて申し訳ない……」
「い、いやいや! これはヒビキさんは湖の魔獣を駆除してくれたおかげですからね! ボクたちふたりで稼いだお金ですよ!」
ヒビキさんってば隙あらば落ち込もうとするのだから困る。
「そう言ってもらえると助かるが、いずれはひとりでやっていかなければならないからな。今は冒険者ギルドの階級というもが低くて、受けられる仕事が限られているんだ。そういえば、リーゼ君は開拓局から依頼を受けたそうだが、開拓局でも仕事はあるのか?」
「ありますよ。でも、こっちは冒険者ギルドに依頼できないものがほとんどですから。それこそ今回の依頼のように湖の浄化とか、祭りの準備とかですね。あんまりヒビキさん向きの仕事じゃないです」
「そういうものか……」
ヒビキさんはどうやって稼ごうかって顔をしている。そんなに心配しなくても、エステル師匠がヒビキさんが討伐したレッドドラゴンの素材で作った上級ポーションを売れば、簡単にお金は稼げると思うんだけどな。
いずれはひとりで、って言ってるからここから出ていくつもりなんだろうか? それはちょっと困るなー。ヒビキさんと一緒なら、他の冒険者と一緒に素材集めするより安心して素材集めができるんだけど。
「ヒビキさん。いつまでもここにいてもらっていいですからね? ヒビキさんには命を救ってもらった恩があるんですから。そもそも本来ならヒビキさんの取り分になるレッドドラゴンの素材の料金だって支払えてませんし」
「そういうものだろうか?」
「そういうものです」
ヒビキさんならいくらでも泊まっていって欲しいな。
「遅いぞ、馬鹿弟子。報酬はちゃんと貰えたか?」
ボクとヒビキさんがそんな会話を玄関でしていたらエステル師匠がやってきた。
「もちろんですよ! ほら、1万マルク!」
「おーおー。大層な額だな。開拓局の連中はやっぱりため込んでやがるな」
ボクが1万マルクの貨幣を見せるのに、エステル師匠がそう告げる。
「開拓局もお金足りないみたいですよ。いつまでも街道で来ませんし」
「実際のところ、街道を作る気が本当にあるのか謎だがね。ファルケンハウゼン子爵もこんな村に金を出すより、もっとマシな場所に金を出したがるだろうしな。それはそうとちょっとこい、馬鹿弟子」
「はいはい。なんですか?」
エステル師匠が告げ、ボクはエステル師匠の背後についていく。
「錬金釜? 錬金釜がどうかしました? ちゃんと掃除してますよ?」
「違う。今日はお前に上級ポーションを作ってもらう。具体的には上級体力回復ポーションだ。レシピは覚えているだろうな?」
「もちろんです! でも、いいんですか?」
エステル師匠は爆裂ポーションと一緒でボクの腕前では禁止されていた。素材にする材料がもったいないということで。なので、ボクが作れるのは中級ポーションに限定されていた。中級ポーションなら割合手ごろに材料が手に入るのだ。
「そろそろ弟子にも成長してもらって、あたしは楽させてもらわないとね。レッドドラゴンの素材は幸い山ほどあるから1回ぐらいなら失敗しても構わないよ」
「頑張ります!」
誰が失敗するものか! 見事成功させて、エステル師匠をぎゃふんと言わせてやる!
「まずは乾燥させたレッドドラゴンの肝臓を煎じて……」
上級体力回復ポーションに使う素材は竜の肝臓、オークの脂肪、スズノオト草、蒸留酒の4つ。肝臓は煎じて、脂肪はまんべんなくこねて、スズノオト草はみじん切りにして、それぞれ蒸留酒と一緒に錬金釜に放り込む。
後はひたすら煮込むだけ。煮込んでいる間は変な臭いが漂うけど、それがなくなってくれば一段落だ。上澄みを目の細かいザルでこして、もう一度煮込む。これを繰り返すことおよそ6回で上澄みが臭いを出さなくなり、水色になったら完成だ!
「できあがりー!」
ボクはできたての上級体力回復ポーションを樽に注ぐ。
「ふむん。ちゃんとやれるじゃないか、馬鹿弟子。上出来だ。売り物になる」
「やった! やった! これからも上級ポーションの作成、任せてくれます?」
「調子に乗るな。今回は材料が余っていたから特別に作らせただけだ。中級ポーションですら失敗することのある奴にはまだ早い」
「ふええ……」
エステル師匠ってば厳しい。
「だが、今日は見事にやり遂げたな。成長したぞ。今日はお祝いにあたしが晩飯を作ってやる。お前もヒビキの奴も稼いできたからな」
「やった!」
エステル師匠のご飯だー! 楽しみ、楽しみ♪
「ヒビキも疲れただろう。先に風呂に入ってもらって構わないよ」
「では、失礼する」
ヒビキさんはお風呂好きらしい。うちには錬金術で作った石鹸やシャンプーがあるので堪能してもらいたい。我が家が好きになってくれれば、ヒビキさんが出ていくこともないと思うからね!
「今、お湯を沸かしますね、ヒビキさん!」
「すまない」
ヒビキさんは魔術の類は一切使えないらしい。ボクでも薪に火をつけるぐらいの魔術は使えるんだけど、ヒビキさんは全くダメ。
なんでもヒビキさんの世界には魔術が存在しないらしい! 魔術なしでどうやって生活しているのか非常に疑問だけど、ヒビキさんの世界には便利なナノマシンとかがあるようだし、暮らしていく分にはここより快適なのかもしれない。
ボクは風呂釜をフーフーして、火を大きくすると風呂を温める。
「リーゼ君。ちょうどいい具合だ。そこら辺で構わない」
「はい! 冷えたら言ってくださいね!」
風呂場の薪もかつてはボクの仕事だったんだけど、最近はヒビキさんが代わりにやってくれている。それもボクより素早く、テキパキと済ませてしまうので、我が家の燃料代はほとんどかかってないと言っていい。
薪も乾燥させた奴がたんまりとあるので、贅沢に使ってよし! 錬金釜の火力は火力調整可能な魔道具を使っているので薪は使わないし。
ボクはヒビキさんのお湯を沸かし終えると、エステル師匠の下に急いだ。
「エステル師匠! 街にはいつ行くんです?」
「来週の定期便でいく。一緒に来てもいいぞ」
「やった! 是非とも一緒に連れていってください!」
エステル師匠も臨時収入があったのか気前がいい。
それからお肉が焼ける香ばしい香りが……。
「今日はお肉ですか?」
「そう。豚肉のピカタだ。お前も手を洗って食器の支度しな」
「ラジャ!」
お肉、お肉♪
お肉が食べられる機会は滅多にない。たまに狩人さんが仕留めた獲物を買ってくることもあるけど、お肉というは高いのだ。
養殖できる鶏は卵を産むのに使われるし、馬や牛は貴重な労働源だし。だからといって討伐された魔獣などを食べるのは抵抗がある。ゴブリンとかオークとかは人型だから、なんだか嫌な気分になるし、他の魔獣は寄生虫や毒を持ってることがあるし。
なのでいつものは川で取れる魚。でも、魚ばっかりじゃ飽きちゃうんだよね。
でも今日はお肉が食べれるのでいつもよりテンションが3倍に上がっております!
「ところで、エステル師匠。食べ物を長持ちさせるポーションとかないですか?」
「なんだい。唐突だね」
「いやあ。村の名産品を街に出荷できないかなと思って!」
この村、川魚はいろいろいるし、山菜は取れるし、食品を保存できるポーションがあればなかなか収入になりそうなのだ。
「生憎、あたしは知らないね。まあ、ポーションの中には思いがけない力を発揮するポーションもあるから、欲しいならいろいろと試してみることだ」
「そうですか……」
エステル師匠が知らないとなると、ボクが見つけるのは絶望的な気がする。
「さて、そろそろ飯にするよ。ヒビキを呼んできな」
「りょーかい!」
後で書籍とにらめっこするとしても夕食を食べてからだ。
「ヒビキさん。お風呂あがりました?」
「ああ。上がった。今、着替える。待っていてくれ」
ボクがドアをノックするのにヒビキさんが扉の向こうからそう答える。
「待たせたな。夕食だろうか?」
「はい! エステル師匠が腕によりをかけて作ったものですからね!」
今日はご馳走だー!
どんどん食べてエステル師匠みたいな大人の女性になるぞー!
…………………