錬金術師さんと湖の浄化
本日3回名の更新です。
…………………
──錬金術師さんと湖の浄化
湖を浄化して、水源の汚染をなくすための仕事が始まった。
湖の場所はラインハルトの山とシュトレッケンバッハの山の谷間である。ふたつの山に挟み込まれた場所に湖はある。
特に名前のある湖じゃない。ここら辺で湖といえばあそこしかないから、みんなただ湖と呼んでいる。それで通じるのだからそれでいいのだ。
「周辺には魔獣がでるそうだ。それを駆除するのが仕事だ。だから、今回は俺は魔獣除けポーションは使わない。君だけ使っておいてくれ」
「湖の周りに魔獣除けポーションを撒くって手もありますけど……」
「それだと出費が大きいだろう?」
「確かにそうですが」
今や魔獣で荒れているラインハルトの山といつもから魔獣がいるシュトレッケンバッハの山の間に魔獣除けポーショも使わずに突入するというのは些か無謀に感じられる。この間入手したオークの汗腺でエステル師匠が作った上級魔獣除けポーションならば、新生竜だろうが逃げていくと思うだけど。
だけれど、目的は魔獣の駆除だ。ここら辺に屯する魔獣を駆逐しなければならない。魔獣除けポーションで一時的に追い払っても、戻ってきては意味がない。それ故にヒビキさんは魔獣除けポーションを使わないのだ。
勇敢ではあるけれど、大丈夫かな?
まあ、ヒビキさんはいろいろと規格外な人だから大丈夫だとは思うけれど。でも、ひとりでできることには限界があるだろうし、ヒビキさんもパーティーを組めればいいんだけどなー。他に冒険者がいれば報酬は山分けになるけど、周囲の安全を確認するのとか楽になると思うだけどなー。
「ヒビキさんはまだ誰ともパーティーを組まないんですか?」
「今はその必要性を感じていないからな。だが、いずれは組むべきだろう。ひとりでは野営することもできない」
野営するほど遠くに行く依頼はないと思うけど。
「そうえいば、ヒビキさんって耳が凄くいいですよね。コツとかあるんですか?」
「いや。これもナノマシンの働きだ。詳しくは言えない。すまない」
ナノマシンって凄いね。病気も治しちゃうどころか、耳もよくしてくれるだなんて。錬金術でどうやってか作れないかな?
「ちなみに、冒険者ギルドでどんな魔獣がでるか聞きました?」
「ゴブリンというものが出没するそうだ。そこまでの脅威ではないと聞いた」
「いや。たかがゴブリンと侮ると大変なことになりますよ。あいつらってば意外に賢いですからね。人間から奪った道具とか使うんです。鎧で武装していることもあるそうですよ。まあ、性格は臆病なんですけど」
ゴブリンは賢い生き物だとエステル師匠からは聞かされていた。あいつらは人間の使う道具の使い方を見様見真似で真似ることで理解し、群れで狩りをするのだと。死んだ冒険者からはぎ取った鎧を纏っているゴブリンが確認されたこともあるそうだ。
そして、中には魔狼を使いこなすゴブリンもいるそうで、魔狼を猟犬代わりにして獲物を追い詰めて狩るそうだ。そこまで賢いゴブリンとなると、いくら性格が臆病であっても脅威になる。ヒビキさんは大丈夫だろうか?
「引き受けた以上やるしかない。幸いにして多少の脅威には対応できる。リーゼ君、君が湖の浄化を始める前に魔獣を駆除していいだろうか? リーゼ君にはその間、安全な場所にいてもらいたい。乱戦になるとどうなるか分からないからね」
「りょーかいです! 上級魔獣除けポーション被って隠れますね」
戦闘に関しては錬金術師であるボクはまるで役に立たない。足手まといになるだけだ。ここはヒビキさんに言われたとおりに隠れておくことにしよう。
そんな会話を交わしながら、ボクたちは湖に近づいていった。
「ふうむ。見たところ魔獣の姿は見当たらないが」
「きっと湖に近づくと出て来るんですよ。水辺は魔獣にとって最高の狩場ですからね」
どんな生き物でも水を補給しないと死んでしまう。故に自然と水辺には野生動物や魔獣が集まってくる。ゴブリンたちのような賢い生き物は、そうやって集まった野生動物や魔獣を狩るのだ。今回もそんなところだろう。
「理解した。では、リーゼ君はこの付近に隠れていてくれ」
「了解!」
ボクは岩陰を見つけると、上級魔獣除けポーションを被って、身を潜めた。
「しかし、湖の水質を汚染するような魔獣か。本当にゴブリンなんだろうか?」
ゴブリンは確かに不衛生な生き物だけれど、他の魔獣に狙われないように排泄物などは1ヵ所に集めて隠しておく。湖に投棄するようなことはしないはずだ。
となると、何が水質を汚染している?
「っと、早速ゴブリンのお出ましだ」
ゴブリンには種類があって、ただのゴブリン、魔術を使うゴブリンシャーマン、それらを統率するゴブリンジェネラルに分けられる。仲間というか似たような種族にはホブゴブリンなどもいるが、あっちは比較的平和な種族だ。
そんなゴブリンたちの中でもヒビキさんに姿を見せたのはただのゴブリンが30体ほどゴブリンシャーマンが1体、そしてゴブリンジェネラルが1体だ。かなりの群れである。ヒビキさん、本当に大丈夫なのかな?
ゴブリンたちは木で作った槍をヒビキさんに投げつけ、ゴブリンシャーマンは攻撃のための爆裂魔術を詠唱し始めている! ヒビキさん、危ない!
「面妖な」
ヒビキさんはそう告げるとゴブリンが投げた全ての槍を的確に避けきり、一気にゴブリンたちに接近戦を挑む。
……まあ、魔狼の群れだろうとオークの群れだろうとレッドドラゴンだろうと倒してしまうヒビキさんだ。ただのゴブリンなんて相手にもならない。
「ピギャ! ピギャア!」
いきなり前衛のゴブリンたちがやられたことにゴブリンシャーマンは大混乱に陥り、もう一度爆裂の魔術を放とうとするが、もう遅い。
ヒビキさんのナイフがゴブリンシャーマンの喉笛を掻き切り、心臓を貫いて、ゴブリンシャーマンは地面に崩れ落ちていった。
「ピギャアッ!」
ただ1体残ったゴブリンジェネラルが冒険者から盗んだだろう長剣を手にヒビキさんに相対する。だが、今のところゴブリンジェネラルが生き残れる可能性はゼロに近い。ヒビキさんの腕前を見ていればそう断言できる。
「いくぞ」
ヒビキさんがそう告げて一気に加速する。魔狼の何十倍もある速度だ!
哀れなゴブリンジェネラルは剣を構えていたけれど、それはヒビキさんの拳によって払いのけられ、代わりにヒビキさんのナイフが深々とゴブリンジェネラルの喉に突き刺さり、次に心臓を抉って、素早く引き抜かれた。
もう、なんていいのかさっぱり分からない。ヒビキさんは常識外れすぎる。普通ならあれだけのゴブリンの群れを相手にするには6、7名の冒険者が必要なのに。
「まだいるな。奇怪な生き物が」
ヒビキさんはそう告げると、湖面に目を向けた。
すると、湖面の水が隆起していき、そこから1体の魔獣が姿を見せた。
ああっ! ケルピーだ!
恐らく水質汚染の犯人はこいつだ。こいつがそこら辺の魔獣や野生動物を湖に引きずり込んで貪り、排泄物を垂れ流しにしたせいで、湖の水が汚れたに違ない。不衛生なゴブリンやオークの死体はそれだけで水質を汚染するし、その死体を食べたケルピーの排泄物も同じように酷く水質を汚染する。
「ふうむ。変わった生き物が多いなこの世界は。襲って来るのか?」
ヒビキさんが告げるのに、ケルピーは湖面から動かない。恐らくはヒビキさんが危険な存在だと認識しているのだろう。
「どうした? 動かないのか? 動かなければいい的だぞ」
ヒビキさんは先ほどのゴブリンたちの槍を手に取ると、それをケルピーめがけて投擲した。ケルピーがもんどりうって悲鳴を上げ、殺気立った目でヒビキさんを睨みつける!
「そうだ。素直にかかってこい。歓迎しよう」
ヒビキさんが告げるのに、ケルピーが水上を疾走してヒビキさんに迫る!
不味いぞ。ヒビキさんといえども水面に引きずり込まれたらどうしようもないはずだ。お願いだからヒビキさんを助けてください、神様!
「鈍い」
だが、ボクの心配は完全に無駄だった。
ヒビキさんはあのレッドドラゴンすら屠った回し蹴りをケルピーの頭に叩き込むと、ケルピーの頭がトマトみたいに爆ぜて、死体が湖面に浮かぶだけになった。
ほ、本当に常識外の人だな……。
「リーゼ君! 落ち着いたようだ。水質の浄化を始めてくれ」
「了解です!」
ヒビキさんのお仕事が終わったらボクの仕事だ。
「では、この浄化のポーションがまんべんなくこの湖に行きわたるように湖の周囲を回りながら、投入していきます」
「なるほど」
湖は水源地だけどそこまで大きなものではない。ボクが駆けまわりながら湖にボトボトと浄化のポーションを投入していっても、3、4本で済む。
「これでお終いです!」
「え? これで終わりなのか?」
ボクが湖を1周して元来た場所に戻って来たのに、ヒビキさんが首を傾げる。
「そうですよ。これで湖底まですっかり綺麗になるはずです。でも、その前にケルピーの死体を回収した方がよさそうですね。これも汚染の原因になりますから」
「理解した」
ヒビキさんは頭が吹っ飛んだケルピーの死体を軽々と抱ええると湖から引き上げる。
「しかし、これをさばくとなるとなると馬刺しになるんだろうか。それとも魚の刺身になるだろうか……」
ヒビキさんが神妙な表情をしながらそんなことを言っていた。
「さしみって何ですか?」
「鮮度のいい魚をさばいて、生で食べる食事だ。醤油やポン酢を使って食べる」
「うげーっ。ヒビキさんも生食の人かー……」
ドラゴンを生食する人たちとは仲良くなれそうだね。ボクは遠慮するよ。
「まあ、好き嫌いの別れる食事だ。外国人だとやはり無理だという人もいる。寿司にしてもそうだが。まあ、国々にそれぞれ個性的な料理があるものだな。食事にもお国柄や故郷の色が見えて面白い」
「ふむ。ヴァルトハウゼン村も名産の食事を考えたら商売になるかもしれませんね!」
ヴァルトハウゼン村で名産にできそうなものって何だろう?
山菜はいっぱい取れるから山菜料理かな。川にも魚がいるから──生以外で──食べる方法を見つけると売り物になるかもね!
「ヒビキさん、ヒビキさん。何かいい料理を思いついたら教えてくださいね!」
「そうは言われても俺は料理家ではないからな……。錬金術で料理はできないのか?」
「うーん。できないことはないですけど、なんか嫌じゃないですか? ポーションと同じ錬金釜で料理するのって。なんだか薬臭くなりそうで」
「そうはいうが、俺が利く限り錬金術というのは応用の幅が広そうで、何かできそうな気がするのだが。味付けや保存などに使えるポーションというのはないのか? そういうものがあれば、流通させやすいだろう」
ふむふむ。錬金術の上手い人は料理も上手いってのはエステル師匠が証明してるし、確かにポーションのうちの何かを使えば、美味しく味付けしたり、長期保存が可能になったりするかもしれない。
そうすればこの村の自然の恵みを対外輸出して大儲けだ!
「ナイスアイディアです、ヒビキさん! 何か探してみますね!」
「ああ。手伝えることがあったら言ってくれ」
さて、今日は帰ったら早速錬金術の書籍を読み漁らないと!
きっと何か使えそうなものがあるはずだ!
…………………