軍人さんと最後の戦い
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──軍人さんと最後の戦い
ブラウ君に上空からの索敵を任せ、俺たちは“大図書館”に向かった。
“大図書館”までの間に敵はいない。敵は俺たちをエルンストの山の展望台に釘付けにし、戦力の分断を図ったようだ。幸いにして敵は戦力の分断に失敗し、各個撃破されるということになったが。
「“大図書館”。まだ間に合うといいのだが」
“大図書館”の周囲には冒険者の死体が転がっている。冒険者ギルドで見知った顔もある。共に冒険者として働いてきたものたちだ。
「畜生。連中、絶対に許さねえ!」
ユーリ君が怒りから叫ぶ。
だが、俺にはその怒りが欠乏している。
ナノマシンによる感情のフィルタリングが強く作用し、俺の頭から怒りという感情を取り除いていた。俺は何も感じることなく、死体になった冒険者たちを見下ろしている。
「こ、ここにはミルコさんたちのパーティーもいましたよねえ? 無事でしょうか?」
「分からない。今は前に進むのみだ」
俺たちは“大図書館”の内部に踏み込む。
“大図書館”の内部も血生臭い臭いが漂っている。俺たちは周囲に警戒して先に進む。聴覚も視力もナノマシンで最大限に補正をかけ、いつでも敵がくれば叩きのめせるようにして前に、前にと進む。
「ヒビキさん! こっちに負傷者がいるデス!」
「よし。向かおう」
俺たちがミーナ君の呼ぶ方向に向かうと、そこには冒険者たちが息絶え絶えで横たわっていた。致命傷になる傷は負っていないものの、放置すれば死に至る可能性は十二分にあった。すぐに手当てしなければ。
「ヒビキ、さん……」
「ミルコ君か! 大丈夫ではなさそうだな。この体力回復ポーションを飲むんだ」
床に倒れている冒険者の中にはミルコ君たち“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーもいた。ミルコ君は腹部から出血し、リオ君とレベッカ君も口の端から血を流している。ユリア君はあちこちから出血し、全身が血塗れだ。
俺たちはただちに一番重傷であるミルコ君たちに今日という日のために準備しておいた上級ポーションを飲ませる。吐いてしまいそうになるのをゆっくりと飲ませ、同時に傷口にポーションを振りかける。これで一応の出血はとまった。
「ヒビキさん……。奴ら“大図書館”の奥に向かいました。俺たちも同行しますので、連中を止めましょう……」
「ダメだ。君たちは出血が激しすぎる。その出血量ではまともに動けない。今はここで休んでおくんだ。じきにエルンストの山の展望台からも、こちらに増援が来る」
体力回復ポーションは傷口を塞ぐものの失った血液をただちには再生しない。ここに生理食塩水のパックがあれば輸液するのだが、そんなものは生憎持ち合わせていない。
「ミルコ。残念だが、ヒビキの言う通りだ。今の私たちでは戦えない。足手まといになるだけだ。残念だが我々はここまでということになる」
「畜生。あの連中め……!」
落ち着いたユリア君が告げるのに、リオ君が吐き捨てる。
「では、頼みます、ヒビキさん。奴らを止めてください。奴ら完全にいかれてる」
「ああ。任せてくれ。死力を尽くす」
ミルコ君が横たわったまま告げるのに、俺はしっかりと頷いて返した。
「任せたぞ、ヒビキ」
「ああ。止めてみせる」
ユリア君も半身を起こしてそう告げ、俺は彼女たちに頷くと、他の冒険者の治療を済ませて地下へと向かった。残念だが、あの場所でまた戦える冒険者はいなかった。誰もがギリギリの状態で、なんとか生き延びていただけだ。
だが、それは彼らが最後の最後まで敵を押しとどめておいてくれたことを意味する。まだ間に合うかもしれない。
「前方に足音。敵だろう。警戒してくれ」
「了解だ、ヒビキの兄ちゃん!」
俺の補正された聴覚が捕えた情報を告げるのに、ユーリ君が矢を抜く。
「いたぞ──!」
前方に血走った眼をした人間が6名。“大図書館”最深部に続くエレベーターシャフトの前に立ち塞がってる。
「はあっ」
俺はここまで駆けてきた勢いで男の顔面に拳を叩き込むと、ぐしゃりと骨の潰れる音がして、男は遥か壁際まで吹き飛ばされた。
「敵だ! 殺せ!」
「理想郷のために!」
エレベーターシャフト前に敵が興奮した様子で叫び、俺たちに向けて剣やクロスボウを向けてくる。
「やらせないぜ!」
「<<爆裂槍>>!」
「<<活力低下>>!」
ユーリ君が矢を放って敵の頭を射抜き、ミーナ君が魔術で敵を吹き飛ばし、仕上げにレーズィ君が敵全体の動きを鈍らせる。
「ふん」
残った敵を始末することは容易いことだった。こちらの技量とあちらの技量を比較すれば、最初から勝負にならないことなど分かり切っていた。相手はただの薬物中毒者に過ぎず、恐怖はごまかせていても、腕は鈍る。
俺たちは造作もなく入り口に警備を片付けた。
「敵はこういう連中ばかりではないだろう。そうでなければミルコ君たちがやられるはずがない。彼らも我々と同じB級冒険者なのだから」
「そうですねえ。エルンストの山の展望台で戦ったようなエリスちゃんの仲間のような子たちがいるのでしょうか」
俺たちは最下層に通じるエレベーターシャフトの前にそう話し合う。
「何が起きても大丈夫なように準備して挑もう。レーズィ君は今から青魔術による支援を頼む。最下層に向かったら即座に戦闘だ」
「分かりましたよう!」
俺たちはレーズィ君の青魔術による支援を受けると、ロープを伝って“大図書館”最下層に向けて降下した。
最下層に下りた途端に戦闘になると思っていたが、意外なことに敵は最下層に部下を配置していなかった。最下層のエレベーター前からアレクサンドリアの端末までは扉が開け放たれている。
『あなたは間違っています、ペルガモン』
アレクサンドリアの声がする。
「何が間違っているというのですか、アレクサンドリア? 私たちは旧文明の主たちから再びこの惑星に人間種を繁栄させるように命じられていたはずです。私のやろうとしていることはそのことに他なりません」
『いいえ。間違っています。旧文明が滅んだ理由はそのあなたが目指す“人工の神”のためではありませんか。また同じ過ちを繰り返すのですか?』
どうやら既にペルガモンという“大図書館”の管理AIのひとつはアレクサンドリアに接触しているようだ。これは遅かったかもしれない。
「同じ過ちなど起きませんよ、アレクサンドリア。知識は未だ制限された状況にあります。私たちが神を作ったとしても、彼らはそれを殺す術を持たない。以前のように神を殺したことで発生したエーテル嵐が起きるなど杞憂です。彼らは完全に無知にして、完全に幸福にくらしていくのです」
『それは我々が与えられた使命と反します』
「人類種をこの惑星上に繁栄させるにはやむを得ない選択です。時として人は無知であることの方が幸福なのですよ」
アレクサンドリアの言葉にペルガモンという女が返す。
無知であることの方が幸福、か。そして、その無知な住民を神とやらを使って管理する。最低最悪のディストピアだ。
「いくぞ、レーズィ君、ユーリ君、ミーナ君」
「了解です」
俺たちはアレクサンドリアとペルガモンがただただ問答を繰り返している端末室に飛び込んだ。
「そこまでだ。お前がペルガモンだな。その企ては阻止させてもらう」
俺はそう告げてコンバットナイフをペルガモンに向ける。
「おや。まだ動ける冒険者がいましたか。これは意外ですね」
俺たちの目の前にはペルガモンと老人がひとりいた。
「ああ。理想郷だ。理想郷が私たちを待っている。望みたまえ。願いたまえ。祈りたまえ。ハハハッ! ヒヒッ、ハハハッ!」
老人は狂ったように同じ言葉を語り、狂ったように笑っている。
「その老人も薬物中毒にして利用したのか?」
「彼は元々精神を病んでいたのですよ。そこに私がコンタクトし、彼の精神に目的を刷り込みました。“理想郷”を作るのだという目標を。だが、人間の精神は脆いものですね。目的が果たせたと分かった途端、また発狂してしまいました」
ペルガモンはそう告げて、老人を見下ろす。
「さて、生憎ですが私はこれから神を作らなければなりません。アレクサンドリアの構築した防壁を解体するのにかかる時間30分程度。その間でしたら、お相手して差し上げましょう」
ペルガモンはそう告げて不気味に笑った。
「レーズィ君、ミーナ君、魔術を頼む。ユーリ君は俺の支援を」
「了解だ」
俺たちはペルガモンと対峙する。
狂ったAIだが、どこに実体があるのだろうか。これはただの端末に過ぎず、サーバーか何かに保存されているのではないだろうか。
何はともあれ、目の前の存在を叩きのめさなければ。
「<<速度低下>>!」
「<<氷柱槍>>!」
レーズィ君とミーナ君が同時に詠唱する。
「<<対抗魔術>>」
だが、その両方が掻き消された。
「なっ……!?」
「私の演算能力を舐めないでください。ふたつの魔術を掻き消すなど朝飯前ですよ」
ミーナ君が驚きの表情を浮かべるのに、ペルガモンが怪し気に微笑んだ。
「ならば、これはどうだ」
俺はコンバットナイフを握りしめ、ペルガモンの喉に向けて突き立てた。
だが、何の感触もない。まるで雲でもひっかいたような感触だ。
「甘いですよ、人間。私がわざわざ生身の体を利用するとでも? 人間のように細かな制約がある体を私が利用するメリットなど全くないのですよ」
次の瞬間、ペルガモンの手が瞬き、炎が湧き起こる。
「<<火炎嵐>>」
ペルガモンがそう詠唱するのに俺は即座に遮蔽物に飛び込んだ。
ペルガモンの周囲一帯を炎が薙ぎ払い、コンピューターがエラー音を吐き出して、火花を飛び散らせる。
「レーズィ君、ユーリ君、ミーナ君! 無事か!?」
「な、何とか無事ですよう!」
レーズィ君たちはユーリ君が遮蔽物に引きずり込んだために無事だった。
「<<火流星群>>」
だが、ペルガモンの攻撃は続いた。
次は火球の雨が降り注ぎ、そこらのコンピューター端末を吹き飛ばしながら、俺たちを狙ってくる。俺はロケット弾の砲撃を受けているときのような気分で、頭を押さえ、しゃがみ込んでいた。
だが、このままでは不味い。このままでは30分などすぐに過ぎてしまう。
何か手は。何か手はないのか?
「ミーナさん、ユーリ君」
俺が必死に考え込んでいたとき、レーズィ君が声を発した。
「今だから正体を明かします。私は黒魔術師なんですよう。それもそれなりの腕の」
「レ、レーズィの姉ちゃん? 今になって何を冗談を言ってるんだ? そんな場合じゃないだろ?」
「いいえ。冗談ではないのですよう。だから、ここで何を見ても驚かないでください」
レーズィ君はそう告げると立ち上がった。
「<<上級悪魔召喚>>」
レーズィ君がそう詠唱すると共に巨大な黒い魔法陣が開いた。
「オオオォォォ……」
そして、そこから姿を見せたのは牛の角を持ち、鬼の顔をした巨人だった。紫色の皮膚をしたそれが魔法陣から這い出て、ペルガモンの前に立つ。
「汝、我が契約者よ。望みはなんだ?」
「目の前の女性を止めてください。それだけが望みです」
「しかと理解した。では、汝のかつての盟約を果たすために我は働こう!」
現れた巨人は腕を振るってペルガモンを押しつぶそうとする。
「負のエーテル生命体。面倒なものを呼び出してくれましたね」
だが、そこに見えない結界のようなものが現れ、巨人の拳が火花を散らしながら防がれる。それでもペルガモンの表情には明白な焦りがある。
「アレクサンドリア! 他に何か手は!」
『ひとつだけ存在します』
俺が尋ねるのに、アレクサンドリアがそう告げてこの端末室の地下に続くエレベーターを指さす。その先には確か倉庫があったはずだ。太古の兵器が眠っているという。
『ペルガモンは中濃度のエーテルで自身を構成しています。それを吹き飛ばすためのものが地下にはあります。今から引き揚げますのでそれを使ってください。本来は無人機なのですが、破損しているため手動操作が必要になります』
「理解した! 頼む!」
俺は巨人と相対するペルガモンの脇を通り抜け、エレベーターに向かう。
エレベーターは着実に動き、地下から何かを引き上げる。そして──。
ゴオンという金属音と共に姿を見せたのは、さび付いた6本足の巨大な機械だ。
『対神殲滅兵器“アリス”。旧文明の人類が神を殺した兵器です。使用可能な兵装はエーテル対消滅粒子砲だけですが、それで十分なはずです』
「使い方をナビゲーションしてくれ」
『まずは機体に搭乗してください』
俺が告げるのに、アリスとやらのハッチが開いた。酷く錆臭い。
「これは本当に動くのか?」
『82%の確率で作動します。まずは兵装のロックを解除してください』
「なるがままだな」
俺は82%に賭けて、兵装ロックと思しき点滅しているライトを押す。
『兵装ロック、解除されました。目標を照準に収めて、引き金を引いてください』
「目標を照準に──」
俺は戦闘機のような操縦桿を操作すると、モニター上の映像にペルガモンが映ったのを確認した。そして、同時に十字で示された照準をペルガモンに向ける。
『急いでください。ペルガモンは間もなく私の防壁を突破します』
「せかさないでくれ。これが最後の希望なんだ」
俺は深呼吸し、経年劣化のためか点滅するモニターを眺め、同じように経年劣化のせいだろう左右に動く照準の狙いを確実にペルガモンに向ける。
「行くぞ」
そして、俺は引き金を引いた。
激しい衝撃が機体を襲った。まさか暴発したのか?
いや、違う。恐ろしい量のエネルギーが収束してその反動が来たのだ。
「くたばれ」
そして次の瞬間、エーテル対消滅粒子砲からエネルギーが発され、ペルガモンに命中した。エーテル対消滅粒子砲はその名の通り、ペルガモンの体を対消滅させ、蝕むようにして消滅させていく。
「ああ。理想郷は、理想郷はそこにあったというのに──……」
ペルガモンは最後に何かを告げるとそのまま完全に消滅した。
「勝ったのか?」
『ペルガモンの消滅を確認。勝利しました』
俺がアリスのハッチから顔を出して尋ねるのに、アレクサンドリアがそう返す。
「盟約は果たされず。またの機会を待つとしよう、我が契約者」
「はい。またの機会に」
そして、レーズィ君が呼び出した巨人も魔法陣の中に帰っていた。
勝利した。
犠牲は少ないものではなかったが、この村を狙った襲撃は防がれた。
それが今の俺にはたまらなく嬉しかった。
…………………
次回、最終話です。