錬金術師さんと洞窟
本日2回目の更新です。
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──錬金術師さんと洞窟
エルンストの山には大きな洞窟がある。
この最奥に何があるのかを明かした人はいないけれど、ここでは錬金術師にとって必要な鉱物資源が揃っているのでよくよく冒険者の人を雇って採取を行っている。
「これはエメラルドモドキの鉱石。こっちも違う。うーん、見当たらないなー」
普通ならすぐ見つかるはずの金色水晶が見つからないことにボクはため息を吐く。
「どのような見た目をしているんだ?」
「金のようにキラキラしていて、それでいて形は水晶なものです。どこかに埋まっているのかもしれませんね。それらしき場所を見つけて、掘るしかなさそうです」
「掘れるのか? この岩石を?」
「ふふん。錬金術師を舐めてもらっては困ります。何もつるはしだけで採取するのが錬金術師のやり方じゃないのです。なんとここにはボク特製の爆裂ポーションが!」
じゃじゃーん! こんなこともあろうかとエステル師匠の目を盗んで、爆裂ポーションを作っておいたのだ。本当は危ないから作っちゃダメなんだけれど、ひとつぐらいなら作ってもいいよね?
「これを金色水晶のありそうな場所にセットして、導火線に火をつけたら、退避ー!」
ボクとヒビキさんは岩場の影に隠れる。
そして轟音。引火した爆裂ポーションはその名の通り炸裂した!
「凄いが、あまり掘れてはいないようだぞ」
「あれれ? おかしいなあ……」
爆裂ポーションは炸裂したのだが、洞窟の岸壁にはひび割れがひとつ生じているだけであった。やっぱり素人が作った爆裂ポーションなんてこんなものか……。
「さっきの爆裂ポーションは火で点火するのか?」
「それか激しい衝撃ですね。魔獣に叩きつけて使うのがオーソドックスな使い道です」
ヒビキさんは爆裂ポーションに興味があるのかいろいろと聞いてくる。
「液体だと衝撃がダイレクトに響くな。固形化はできないのか?」
「うーん。凍らせたら爆発しないですし、固形化は難しいですね」
「なら、何かの粉に液を吸わせて、それを形にするというのは?」
「それならできないこともなさそうですけど、爆裂ポーションはボクの守備範囲外なんでエステル師匠と相談してみてください」
ヒビキさんは何を作るつもりなんだろう?
「さて、では仕事に戻るか。金色水晶はこの付近にあるんだな?」
「恐らくは。前に鉱脈があったので」
「では、俺が掘ろう」
ヒビキさんは念のために持ってきていたつるはしを握ると、カンカンと心地いいリズムでつるはしを鳴らし、僅かにひびが入った洞窟の壁を削っていく。そして──。
「あったぞ。これだろうか?」
「それです! ありがとうございます、ヒビキさん!」
ヒビキさんはひび割れを大きくして、金色水晶を見つけ出した。
「どれくらい必要なんだ?」
「ええっと。平均的な量ですと使うのは5グラム程度ですけど、多めに作っておきたいので15グラムほどで!」
ヒビキさんの発見した鉱脈には金色水晶が唸るようにある。後から来た人に取られないようになるべく多めに採取しておこう。
「ふう。これで終わりか?」
「はい! これでようやく第3種中和液ができますよ! ありがとうございました、ヒビキさん!」
「構わない。いつもの食事と宿代だと思ってくれ」
「そういうわけにはいきませんよ。後で報酬をお支払いしますからね」
「……理解した」
ヒビキさんは報酬も貰いたがらないんだから困る。
「では、早速家に帰って──」
「待て、リーゼ君。外に何かがいる」
ボクが籠の中に金色水晶を放り込んで進もうとしたとき、ヒビキさんがストップをかけてきた。外に何かがいる? また魔狼だろうか。ボクには足音のひとつも聞こえてこないのに、ヒビキさんはどういう聴覚をしてるんだろう?
「来たぞ……」
ヒビキさんが告げるのに、ボクは心臓が止まりそうになった。
現れたのは魔狼の10、15倍はある巨大な狼。それがボクたちの方をギロリと睨み、そしてのそのまま去っていった。
「はあああ……。心臓止まるかと思った」
「あれが噂のお化け魔狼で間違いなさそうだな」
ボクが安堵に息を吐くのに、ヒビキさんは何でもないという風に返す。
「あれを討伐するのはレッドドラゴンを討伐するより難しそうですね」
「ああ。犬は大きくなっても厄介な生き物だ」
ヒビキさんも一応は脅威だと感じてるみたい。
「なら、帰って第3種中和液を作りましょう! あの化け物が戻ってくる前に!」
「そうしよう」
どういうわけだが、ヒビキさんは魔獣がいる場所をピンポイントで当てていき、ボクたちは迂回しながら店舗兼家に帰ってきた。
「さて、では第3種中和液を作ります!」
ボクは錬金釜を前にしてそう宣言する。
まずは煎じたり、潰したりしたヴァイキング草とアメノシズクの実をゆっくりとお湯に溶かしていきます。この際、温かくなりすぎると効能が消えてしまうので、火加減には最新の中を払って行う。
ふんわりとヴァイキング草とアメノシズクの実の混じった香ばしい香りがしたら、錬金釜にあらかじめ砕いておいた──ヒビキさんが砕いてくれた──金色水晶の欠片を入れて、加熱を続けます。
すると段々液体が透明になっていき、後はその上澄みだけを採取したら完成だ!
「第3種中和液、完成!」
「多めに作っておいたか?」
「その点は抜かりなく」
混合液や中和液を作るのはかなり神経を使う作業なので、なるべくならば一度で済ませておきたい。混合液も中和液もどちらも作り置きができるし、錬金術の基本的な材料なので頻繁に使うことになるからね!
「よくやった、馬鹿弟子。今日の晩飯は肉にしてやろう」
「やった!」
エステル師匠はよく怒る人だけれど、物事が成功したらちゃんと褒めてくれる。とってもいいお師匠様だと思うな。
「では、今日中に浄化のポーションも作っておけ。明日も仕事だぞ」
……エステル師匠はやっぱりエステル師匠だった。
「はあ、これから浄化のポーションかあ。疲れるなあ」
もう浄化のポーションの材料は揃っているけど、熱々の錬金釜を前にして何時間も調合するのは疲れるものだ。
「リーゼ君。俺は明日の依頼に備えて、装備や地図を点検しようと思うが、その前に何か手伝えることはあるだろうか? 見たところ、君は疲労しているように見える」
「はい。疲れてます……。でも、これが錬金術師のお仕事ですから!」
そうなのだ。これこそがボクたち錬金術師の仕事! 適当にスペル唱えて適当に他者を癒すだけの白魔術師と違って、こっちは汗水流して、本気になって錬金術に取り組んでいるのだ! この心構えの差こそが錬金術師と白魔術師を隔てるのだ!
というわけで、ボク頑張るぞ!
「なら、頑張ってくれ。手伝えることがあるならいつでも言ってくれ。明日の装備の点検としてもさしたることはない。携行食料と水を確保しておくぐらいだ」
「はいっ!」
ヒビキさん。今回の依頼は長期戦になると思っているのか、雑貨屋で保存食まで買い込んでいた。ヒビキさんの実力なら日帰りで帰ってこれるとおもうけどなー。
「トキノカネ草とミドリムシの種を漬けてー。待って待ってー」
ボクは完成した第3種中和液にトキノカネ草とミドリムシの種を浸して、よくよく薬効が取れるのを待つ。待つこと4時間、中和液の上澄みが透明になり始めた。薬効成分がしっかりと取れている証拠だ。
それから1時間ほどゆったりと漬け込んだら、上澄みの液を取り出し、錬金釜にてぐつぐつと煮込む。こうすることで成分が凝縮されて、効果的で上質な浄化のポーションができるのである。と、エステル師匠から聞いた。
しかし、錬金釜を前にしていると汗をかいてしょうがない。これから夏場になると更に暑苦しくなるから、冷却のポーションを個人的に準備しておかなきゃなあ。冷却のポーションは布に浸して汗をかきやすい場所に置くと、ひんやりしていいのだ。
まだ今は春だからいいけど、夏になったら冷却のポーションもよく売れるだろうな。ちょっと贅沢だけど、冷却のポーションに飲み物を瓶ごと入れておくと、キンキンに冷えた飲み物が味わえるのだ。暑い作業後に飲むと最高!
「馬鹿弟子。作業は順調か?」
「当たり前ですよ。浄化のポーションぐらい簡単に作れますって!」
「そうか、そうか。ちょっと煮詰めすぎな気もするがな」
「あれ? これぐらい煮詰めません?」
「あまり煮詰めると薬効が飛ぶぞ」
げっ。煮詰めすぎると薬効が飛ぶこともあるのか。
ボクは慌てて錬金釜の火を落とし、慎重に熱々の浄化のポーションを小さな樽に注いでいく。ここで冷ましてから、ポーションの瓶にいれるのだ。熱いまま入れると瓶が割れたりすることがあるからね。
「ヒビキから聞いたが、エルンストの山のお化け魔狼を見たんだって?」
「そうですよ! びっくりしました! 噂は本当だったんです!」
エステル師匠が告げるのに、ボクがそう返す。
「ヒビキが一緒だから見間違いじゃなさそうだが、お化け魔狼か。本当ならレッドドラゴンに次ぐ討伐対象だな。また報酬を出し合わんといかん。全く、馬鹿みたいな田舎なのに金ばかりかかってしょうがない」
「移住しようって言ったのエステル師匠じゃないですか。ボクは魔獣を除けばいい環境だと思いますよ。水は綺麗ですし、空気も美味しいですし」
「まあ、人もいないから治安も悪くなりようがないしな」
ヴァルトハウゼン村は静かな村だ。
前に住んでいた帝都の外れは流通という面ではよかったけれど、治安という面では最悪だった。ある日なんか店の裏の路地裏に2、3人の死体が転がっているなんてことがあった。そして、誰が犯人として捕まるわけでもなく、そのまま過ぎていくのだ。
女ふたり暮らしの生活を送っていたボクたちにはちょっとばかりあの場所は危険だった。強盗に入られそうになったこともあったし。幸いにしてエステル師匠が若干ながら赤魔術が使えるので撃退できたけれど。
そんな治安の悪い帝都の外れにうんざりしたボクたちは、ヴァルトハウゼン村開拓局の村人募集の広告を見て、ここにやってきたのである。
ヴァルトハウゼン村は物流はほとんど止まってるけど、静かだし、治安もいいし、生活するにはもってこいの場所だ。
「今はヒビキもいるから治安に関しては心配する必要もないだろう。ここで治安が悪くなると言ったら酔っぱらった冒険者だが、ヒビキの奴は酒はほとんど飲まないからな。飲んでも全く酔わないし。付き合いの悪い奴だ」
「いいじゃないですか。ヒビキさんはきっと紳士なんですよ」
でも、ヒビキさんは軍人さんなんだよね。過去に人を殺したこともあるっていう感じの発言もしてたし。まあ、だからってボクが気にする話じゃないけれど。
「惚れたか?」
「エステル師匠こそ惚れてるんじゃないですか? 最近はヒビキさんの話ばっかりじゃないですか」
「辺境過ぎて他に話題がないからな」
そんなこといっちゃってー。疑わしいな―。
「ところで、馬鹿弟子。一応聞いておくが、あたしの爆破用混合液には触ってないだろうな?」
「さ、さ、さ、触ってませよ! まさかボクが爆裂ポーションを作ったりするはずがないじゃないですか!」
「あー。触りやがったな、こいつ」
なんでばれたっ!?
「あのな。爆裂ポーションは危険極まりない代物だと何度も言って聞かせただろう。下手をすれば手どころか命すら失う可能性があると。あたしがあれだけお前にはまだ早いと言ったのにこの馬鹿弟子はっ!」
「いったーい! ごめんなさい! ちょっと作ってみたかったんです!」
案の定、拳骨を食らった。とほほ。
「もうちょっと自分のことに責任が持てるようになったら教えてやる。だから、今は大人しく自分の作れるポーションを作っておけ」
「はあい……」
まあ、エステル師匠もボクのことを心配していってくれているのだから、怒られるのも仕方ないよね。
「で、作った爆裂ポーションは使ってみたか? どうだった?」
「全然威力がなかったです」
「だろうな」
エステル師匠はケラケラと笑うと去っていった。
いずれはボクも錬金術を極めて、エステル師匠みたいになるぞ!
立派に成長したらエステル師匠は褒めてくれるかな?
…………………
本日22時頃に次話を投稿予定です。