第5話 先生、〇〇でお願いします。
かくして、この時に竣工していた桜型駆逐艦2隻と樺型駆逐艦10隻を実動部隊とし、更に装甲巡洋艦「日進」を旗艦とする遣欧艦隊が編制され、その艦隊司令官として八代六郎中将(当時)が任命されて、欧州へと遥々赴くことになったのではあるが。
現場は頭を抱え込むことになった。
「どうだ。分かるか」
「分からないとは言いませんが」
ベテランの見張り員といえる下士官の部下の答えに、木村昌福中尉は頭を抱え込んでしまった。
木村中尉は、駆逐艦「桜」に乗り組み、対潜訓練に参加していた。
そして、潜水艦の潜望鏡の航跡を目視捜索して、実際に発見できるのか。
潜水艦を発見しないと、潜水艦への攻撃がそもそもできない。
そのために、遣欧艦隊所属の一員として、欧州に赴く各駆逐艦では懸命に訓練をしているのだが、現実は非情だった。
日本海軍は、当時既に世界でも有数の海軍になっており、潜水艦を複数保有している。
それを使って、対潜訓練にそれぞれの駆逐艦は懸命に勤しんでいるのだが、潜水艦の潜望鏡の発見にさえ中々苦労していた。
潜望鏡の航跡を発見したと思って、急いで駆逐艦を接近させてみたら、流木の航跡だったり、風等によるうねりを見誤ったり、という事態が多発していて,各駆逐艦の艦長は頭を痛める始末だった。
そして、やっとの思いで発見に成功しても。
「全速接近してみても、近くでないと体当たりはまず成功しないな」
(当時の潜水艦の潜航は、現代と比べればかなり遅いとは言っても、そもそも駆逐艦の喫水の問題もあり、駆逐艦の体当たりで沈めるのはかなり困難だった。)
「かといって、砲撃で沈めろ、と言われても。そもそも潜水艦の大きさ等から考えると直撃は困難で、尚且つその間に潜水艦は海中に沈んで砲撃を事実上無意味にしてしまう」
木村中尉は、頭を抱え込みながら考えた。
他の同期生の面々や上司は、どうやって対処しようと考えているのだろう。
「大和魂で何とかするしかない」
木村中尉が気分転換の一環もあって、飲みに誘った海兵同期の田中頼三中尉は、飲み屋の席で怪気炎を挙げていた。
木村中尉はため息を内心で吐いた。
田中を飲みに誘うのではなかった。
想像以上に田中中尉は鬱憤をためていた。
よく考えてみれば、自分でさえ鬱憤をためていたのだ。
田中中尉が鬱憤をため込んでいて当然だった。
「大和魂をもってすれば、心眼で海中に潜む潜水艦を発見できるはずだ。そう思わないか。木村」
田中中尉の問いかけに、木村中尉は、
「そうだな。そう思うよ」
と言葉を濁すしかない。
田中中尉は鬱憤をため込んでいたことから、酒を半ば一気飲みして、完全な絡み酒をしていた。
基本的に陽気な酒を好む田中が、そこまでの有様になるのだ。
自分以上に鬱憤を田中は溜め込んでいたのだ、と木村は痛感した。
「それで足りないならば」
田中は酔いで据わった目をしながら言った。
「ここは、先生に援けを求めよう」
「先生とは」
木村は問い返した。
「決まっている。英海軍だ」
田中中尉は、力説した。
「日本海軍の先生と言えば、英海軍ではないか。違うか、木村」
田中中尉は問いかけるというより、問い詰めるように言った。
「うむ。そうだな」
木村中尉も、田中中尉の迫力に圧され、反射的に言ってしまった。
「先生、と日本海軍が英海軍に頭を下げて、それなりに頼み込めば、英海軍は見事な助っ人ならぬ、援けをしてくれると思う、どうだ」
「そうだな、その通りだ」
こんな酔った状態の田中中尉に、正論は無意味だ。
田中中尉の問いかけに、木村中尉は素早く頭を回転させて、そう即答した。
「そうだろう、そうだろう」
田中中尉は機嫌を直したが、木村中尉は思った。
本当に英海軍は助けてくれるのだろうか。
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