第12話 鈴木商店は国賊か
少し幕間の話になります。
1917年の新年早々、鈴木商店のロンドン支店長、高畑誠一は、ロンドンの日本大使館に呼び出しを受けていた。
この忙しいのに、と高畑自身は不満を内心にためながら、日本大使館に赴き、一室で待機していた。
何しろ、高畑にしてみれば、今は鈴木商店、日本にとってかき入れ時もいいとこなのだ。
第一次世界大戦勃発に伴い、世界中で商品相場は一時的な暴落をきたしたが、第一次世界大戦が長期化傾向を示すとともに、その状況は一変した。
ありとあらゆる商品価格が暴騰を始めたと言っても良い有様になったのだ。
その潮目を巧みに読んだのが、日本の鈴木商店だった。
第一次世界大戦が勃発した直後、鈴木商店における半伝説の大番頭、金子直吉から大号令が下った。
「鈴木は買いだ。ありとあらゆるものを買いまくれ」
この時、ほとんどの相場関係者が売り一色と言ってもよかった中で、この大号令は無茶もいいところ、鈴木は近い内に潰れると言うのが大半の相場関係者の意見だった。
だが、少数だがこの大号令を積極的に受け入れた者もいる。
高畑もその一人で、
「鉄なら何でも買いまくれ」
と金子の大号令を受けて、ロンドン支店の面々を走り回らせた。
その結果、鈴木商店は潰れるどころか、第一次世界大戦で大躍進を遂げることに成功したのだ。
今の高畑は、英政府の高官とさえ、直に渡り合える存在であり、それを知った日本人から羨望の眼差しを向けられる存在でもあった。
先日も、日本大使館の某書記官の呼び出しを、英政府から既に先約がありますから、と(実際にそうだったが)木で鼻をくくったような返答で、高畑は拒絶したばかりであり、全くという想いに駆られていた。
そんな想いをしながら、高畑が日本大使館の一室で待機していると、見知らぬ日本海軍将官がその一室に入ってきた。
本来なら名乗るのだろうが、その将官は自己紹介をしようとしない。
高畑は嫌な予感がした。
「君が鈴木商店のロンドン支店長の高畑誠一か」
「はい」
軍人らしい上から目線の言葉遣いだ、と高畑は思ったが、その将官の問いかけに表面上は素直に答えた。
「訳あって、こちらが音頭を取る訳にはいかないので、君から音頭を取ってもらいたいことがある」
「何でしょうか」
「地中海航路について、日本船籍の商船団編制の音頭を取ってもらいたい。言うまでもなく、その商船団を海軍は護衛することになる」
二人は、そうやり取りをした。
高畑は想いを巡らせた。
商船団を編成するという事は、一番遅い船に他の船の速度を合わせないといけない。
それに、どうしても港において大量の商船が一度に入航することから、滞貨も発生してしまう。
どうみても鈴木商店の儲けが減る話だ、これは断らせてもらおう。
「私が音頭を取っても、三井等は従わないでしょう。お断りします」
そう高畑が言った次の瞬間、その将官は血相を変えながら怒鳴った。
「鈴木商店は国賊か」
その口調の激しさに、思わず高畑は直立不動の姿勢を取ってしまった。
その高畑の姿勢を見ながら、その将官は言葉をつないだ。
「海軍としては、商船団を編成してそれを駆逐艦等が護衛することでしか、今や損害逓減の手段はないと考えている。しかし、現状では海軍が音頭を取っては、日本本国での海軍叩きがより激しくなるだろう。だから、商船の船主側に言ってもらいたい。鈴木商店は格好の立場ではないか」
高畑はその言葉を聞いて思った。
完全にヤクザのやり口だ、これは下手なことを言ったら、危ないかも。
「分かりました。やらせていただきます」
「良く言ってくれた。尚、わしはここに来ていないことになっておる。よく覚えておくように」
そう言って将官は部屋から出ていき、高畑は背に汗を覚えた。
分かりにくいと思うので、補足説明をすると。
遣欧艦隊としては船団護衛戦術を採用したいのですが、確実に戦果が挙がる保証はなく、また、これまでも新聞等で酷く叩かれてきたことから、海軍から音頭を取るのはまずい、という判断がありました。
そのために、護衛される商船の船主である鈴木商店に音頭を取らせることにしたのです。
その遣欧艦隊のやり口を、自分からは見かじめ料を要求せず、向こうから見かじめ料を提供させて、違法行為を免れるヤクザのやり口と同じではないか、と高畑は感じたわけです。
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