第10話 1916年後半の悪夢の日々1
こういった事情から、ベテランの士官が遣欧艦隊から海兵隊へと引き抜かれることになった。
勿論、その代りに商船学校を卒業した予備士官が動員され、士官として遣欧艦隊に派遣されている。
だからと言って、人の量の補充が為されても、人の質の低下は否めなかった。
山梨勝之進大佐を始めとする一部の遣欧艦隊所属の士官は、これを将来の日本が総力戦に突入した際のよい経験になると前向きに考えて対処したが、大半の士官がそうは言っても、という想いが拭えなかった。
何しろ、既述のようにこの当時の対潜戦術は、後の第二次世界大戦時の対潜戦術と比較した場合には、雲泥の差以上の差があった、と言われても仕方のない有様だったのである。
(例えば、第二次世界大戦中に日本海軍が対潜用爆雷として使用した爆雷の一部は、深度に応じて爆発するだけには留まらず、音響や磁気に感応して爆発する複合式の爆雷まで、日本で開発されて実戦に投入されていたのに対し、この当時の爆雷は英国製をそのまま採用して、実戦に投入するというのが、日本海軍の実態だったのである。
更に付け加えれば、この当時の対潜爆雷は微妙な深度調整等はできなかったという問題があった。
それに探知技術の差を加味するならば、第一次世界大戦時の駆逐艦乗りは地獄で戦っていたのに対し、第二次世界大戦時の駆逐艦乗りは天国で戦っていたと言っても過言ではなかったのである。)
そのような絶望的な状況の中でも、日本海軍遣欧艦隊は黙々と戦わざるを得なかった。
だが、それは極めてつらい戦いであった。
何しろ。
「聞いたか。ヴェルダン要塞攻防戦で、第三海兵師団が逆感状を独の皇太子殿下から賜ったというのを」
「逆感状というのは、こちらが付けたあだ名だがな。それにしても名誉なことだ。独陸軍の誇る近衛師団よりも日本海兵師団が欲しいものだ、と敵の独の皇太子殿下に言わせたのだから。さすが鬼貫が率いる新選組だ、世界最強、現代によみがえったレオニダス王率いるスパルタ兵の集団、というべきか」
マルタ島で行きつけとなった酒場で、田中頼三中尉と木村昌福中尉は酒を酌み交わして、お互いに半ば酩酊しながらも、語り合っていた。
「日本でも新聞や雑誌が大々的に報じているらしい。サムライは、世界でも質的に最強なのを示したと」
田中中尉は羨望するような口調で話したが、木村中尉はぴんと来るものを感じた。
「なあ、俺たちが叩かれるにも限度があると思わないか」
田中中尉は、半ば絡み酒を始めた。
「そう言いたくなる気持ちも分かるな」
木村中尉は、取りあえず田中中尉に寄り添う言葉を発した。
「確かにな。駆逐艦2隻をいきなり喪失したからな。数がどうにも足りない」
「仏が発注を計画していた駆逐艦用に準備していた資材を転用等することで、まずは8隻、更に追加で8隻が地中海に駆けつけてくることになっているが、それでも26隻の駆逐艦だ。これだけしかない兵力でどうしろというのだ」
酒に酔っているせいもあり、田中中尉はいきなり感情を激発させた。
その勢いに周囲の酔客の多くの酔いが少し醒めたようだ。
「ちょっと外で頭を冷やして酔いを醒まそう」
「わしは酔っていないぞ」
木村中尉はそう言って、田中中尉を外に誘おうとするが、田中中尉はそう言う有様だ。
わしは酔っていないだと、完全に酔っている人間が言う言葉だ。
木村中尉は舌打ちしたくなった。
「まあまあ、わしが外に出たいのだ」
そう言って、木村中尉は、チップも含めて酒場のテーブルにお金を置き、田中中尉を半ば担いで酒場の外に連れ出した。
そして、酒場のすぐ傍にあった空き地で、二人は結果的に寝転がった。
木村中尉は思った。
田中中尉の気持ちも分かるな。
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