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雑木林戦記  作者: 山家
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第9話 ヴェルダン要塞攻防戦に伴う更なる追い打ち

 こうして、艦隊の乗組員の健康配慮に努めねばならなくなった日本の遣欧艦隊の面々だったが、この当時の第一次世界大戦の戦況は、日本海軍に更なる苦悩を与えるものとなった。

 ヴェルダン要塞攻防戦に日本海兵隊は参戦しており、その損害は日本海軍にとっては、日露戦争時の旅順要塞攻防戦の比どころではない、という惨状となったのだ。

 こうしたことから、遣欧艦隊上層部の八代六郎提督らにしてみれば、更に頭を抱え込む事態が発生した。


「遣欧艦隊の士官の一部を海兵隊に転属させるだと」

 八代六郎提督以下、遣欧艦隊上層部の面々のほとんどは、加藤友三郎海相直筆の命令書を一読した瞬間に、そう言っただけで固まってしまっていた。

 命令書の後段には、補充の士官を日本本国から送るという文言もある。

 しかし、海上での戦いに熟達している士官を海兵隊に転属させて、その後を新人といえる士官で穴埋めしては、今でさえ悪戦苦闘している地中海での戦闘が、更に苦しくなるのが目に見えている。


「やむを得ないのです。海軍兵学校第43期生は2か月の繰り上げ卒業、更に遠洋航海訓練を欧州への派遣航海で事実上は代用して、少尉候補生を省略して少尉に任官し、ヴェルダン要塞攻防戦に大半を送り込むという惨状です。それでも海兵隊の士官が不足している。こういった状況では、遣欧艦隊勤務の士官を、海兵隊に転属させる以外には、海兵隊の士官を補充する手段が無いのです」

 日本(の海軍省)から遣欧艦隊司令部への説明の為に派遣されてきた高級士官は、気の毒そうな顔をしながら、丁寧に説明した。


「しかし、商船学校卒業の予備士官を動員して、海兵隊に送り込むという手段がまだあるだろう」

 竹下勇遣欧艦隊参謀長が、懸命に反論を試みるが、その高級士官は頭を振りながら言った。

「商船学校の予備士官養成課程では、陸戦教育が省略されています。そのために予備士官を動員して、海兵隊に送り込むことはできません。それに日本本国でも、海軍士官は不足気味になっており、山城が無事に竣工した暁には、三笠を予備艦に編入するか、予備士官を動員するか、ということが真面目に検討される有様となっています。こういったことから、遣欧艦隊から海兵隊に士官を転属させるのはやむを得ないと」


 だが、その高級士官の言葉の大半の言葉は、遣欧艦隊上層部の面々の頭の中を素通りした。

 海軍士官が不足する余り、日露戦争時の連合艦隊の栄光の旗艦、三笠が予備艦に編入されることが検討される事態にまで、日本海軍の士官不足が深刻化していたとは。

 その言葉の衝撃が余りにも大きくて、遣欧艦隊上層部の面々の脳は、その言葉を理解することを本能的に拒絶してしまったのだ。


 とは言え、いつまでもその言葉を聞かないでいることはできない。

 八代六郎提督が、遣欧艦隊司令官として真っ先に気を取り直した。

「分かった。現役士官の海兵隊への転属を受け入れよう。その代りに商船学校を卒業した予備士官を積極的に受け入れよう」

「ありがとうございます」

 そういって、日本から派遣されてきた高級士官は、遣欧艦隊司令部の面々の前を辞去していった。


 その場に駆逐隊司令としていた山梨勝之進大佐は、後に回想録で次のように書き遺した。

「この時に、私を始めとする日本海軍の士官の一部は、戦争はそう簡単には終わらない、大量の人命を失いつつ、ずっと戦うということがあるのだ、と骨身にしみこまされた。私がいわゆる艦隊決戦主義に第一次世界大戦後に明確に反対するようになったのは、この時の衝撃が余りにも大きかったからだ。私の部下の堀悌吉を始めとする面々の多くが、積極的に私の意見に賛同したのも、私と同様の衝撃を受けたからだ」

 本編ではサラッと流されていますが、実際にはこの時の日本海軍はかなり危機的状況だったのです。

 日本陸軍の非協力的態度に、かなり憤懣を溜め込む有様でした。

 もっとも、本編で既に明かされていますが、この後に状況は急変していきます。


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