プロローグ
拙作の「サムライー日本海兵隊史」の外伝になります。
プロローグとエピローグ以外は、本編で言うと第3部と第4部にまたがる話です。
1942年3月6日、戦艦「大和」等が所属する第1戦隊を護衛して、軽巡洋艦「矢矧」を旗艦とする第二水雷戦隊は呉を出港し、欧州への旅路に赴こうとしていた。
「矢矧」の艦橋では、第二水雷戦隊司令官である木村昌福少将が自慢のカイゼル髭を捻りながら、笑みを浮かべながら言った。
「おそらく、日本の水上艦、砲戦部隊が行う最後の大作戦に参加できて良かったな」
「確かに。おそらくこの作戦が、この世界大戦において日本が水上艦、砲戦部隊が行う最後の作戦になると思われます」
「矢矧」艦長を務める森下信衛大佐が、その言葉に相槌を打っていると、見張員が声を挙げた。
「「酒匂」から発光信号です」
「何と言っている」
森下大佐を飛ばして、木村少将は声を挙げた。
「酒匂」は、「矢矧」の妹艦であり、第三水雷戦隊旗艦を務めているのだが、第三水雷戦隊司令官は、海兵同期の田中頼三少将だ。
おそらく田中少将から、自分に言いたいことがあるのだ、と察しての行動だった。
だが、見張員は、途中から笑いがこらえきれなくなったようで、少しむせながら言った。
「意訳でよろしいでしょうか」
「構わんぞ」
木村少将は即答した。
「矢矧お姉ちゃんへ、酒匂だけお留守番は嫌だ。酒匂も欧州に連れていけ。第三水雷戦隊の面々も私に味方している。欧州にいる阿賀野お姉ちゃんや能代お姉ちゃんに、酒匂は早く逢いたい」
見張員が言うと、「矢矧」の艦橋内は笑いの渦に包まれた。
「確かにそうだな」
木村少将は、何とか笑いをこらえながら言った。
「阿賀野」、「能代」、「矢矧」、「酒匂」は、日本がロンドン条約締結以来、久しぶりに水雷戦隊旗艦として建造した最新鋭の「阿賀野型」軽巡洋艦の4隻だ。
そして、「阿賀野」は第十戦隊旗艦として「能代」は第一水雷戦隊旗艦として既に欧州に赴いている。
更に言うなら、「酒匂」が竣工する前に、「阿賀野」と「能代」は欧州に出撃してしまった。
だから、「酒匂」は「矢矧」としか面識がない。
第三水雷戦隊司令官である田中少将は、そういった事情も踏まえて、ある意味、駄々をこねていた。
「酒匂」が欧州に赴けないのが不満なのだ。
そして、「酒匂」同様に第三水雷戦隊の面々も「酒匂」に味方している。
何と返信すべきか、と木村少将が考えていると、第二水雷戦隊の僚艦から、「酒匂」宛の発光信号が飛び交い出した。
「我が儘を言わなくとも「阿賀野」や「能代」に「酒匂」は必ずいずれは会えます。「雪風」達、陽炎型駆逐艦は世界でも対潜任務を始めとして文句なしに超一流の駆逐艦。だから、陽炎型駆逐艦が護衛する「阿賀野」や「能代」は絶対に沈みません。勿論、「矢矧」も」
そう「雪風」が、発光信号を放った。
「万が一の空からの脅威があろうとも、「冬月」等の秋月型駆逐艦は、電探連動の射撃装置を備えた世界最精鋭の防空艦です。「酒匂」が逢えるその日まで、「酒匂」の姉達を守り抜きます」
第二水雷戦隊で最も新しい「冬月」までもが、そう発光信号を放った。
「頼もしいことを言う駆逐艦たちだな」
木村少将は頬が緩むと共に、何故か過去のことを思い出してならなかった。
20年以上前の先の世界大戦時、駆逐艦乗りの想いは真逆と言っても良かった。
どうやって戦えばいいのか、表面上は虚勢を張るものの、内心は不安に満ち溢れながら、欧州への旅路に駆逐艦乗りは赴く有様だったのだ。
それが今や。
「雑木林」と海軍部内からも陰口を叩かれつつ、欧州へと赴いた日本海軍の遣欧艦隊は、先の世界大戦を戦い抜くことになった。
その際の悪戦苦闘ぶり、無いない尽くしから始まった戦い。
あの時と今は逆になった。
両方を知る当事者として、木村少将はいつか涙をあふれさせていた。
ご意見、ご感想をお待ちしています。