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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
第二章 人とAI
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現実の食事事情

 現実(リアル)へ帰還し、最初に目に入ったのは嬉しそうな詩織の笑顔だった。


「おっかえりー。お疲れ様」

「……ただいま。客は?」

「応接室に居るよ」

「了解」


 俺は繋がっていたコンソールのDケーブルを引き抜き、現実(リアル)の床に足を付ける。軽く身体をほぐし、電脳の中身を確認――よし、取り戻した指輪はちゃんとあるな。


「んじゃあ、これ返して報酬もらうか」

「うーい」


 応接室へ戻ると、ソファーには心配そうな依頼主の姿。愛妻家なのか恐妻家なのか、よっぽど結婚指輪が大事なのだろう。


「り、陸さん……どうでしたか?」

「心配すんな。取り返してきたぞ」

「ほ、本当ですか!?」

「たぶんあんたの指輪だ。一応確認してくれ」


 俺はポケットからDケーブルを取り出し、依頼者と有線接続をする。そして、すぐさま指輪のデータを転送。


「どうだ? あんたのか?」

「は、はい。確かに僕の指輪です。ま、まさかこんな短時間で取り返していただけるなんて……うわさ通りの凄腕なんですね」

「うわさ? どこの界隈でうわさになってるんだよ?」

「『月霧陸の便利屋』といえば、この双道市では比較的有名らしいですよ。……自分のことなのに、ご存じありませんでしたか?」

「知らなかった……」

 詩織の方を見ても『わたしも』とばかりに肩をすくめるだけだ。


「二人で便利屋を始めて長いからな。そろそろ名前が売れてきても不思議ではないか……」

 これからさらに忙しくなりそうだ。金が入るのはいいが、命を狙われる可能性も高くなるだろうし、仮想でも現実(リアル)でも用心はしておこう。


「うわさって言っても、具体的にどんなうわさなんだ?」

「仮想で困ったことがあっても、ここに来れば大体は解決する……と、聞きましたけど」

「いや、俺もそこまで万能じゃないけどな。――まあ、いい。とにかく報酬をもらうぞ」

「はい。もちろんです」


 ほくほく顔の依頼者から約束通りの報酬を受け取り、Dケーブルを取り外す。


「んじゃ、これで依頼は完了だな。また何かあったら来い。今度は指輪奪われないようにな」

「はい。気をつけます。ありがとうございました」


 彼は何度も頭を下げながら、笑顔でアジトを去っていった。





 そして翌日。

 金も入ったので、何かうまいものでも食べようじゃないかということで――


「毎回思うんだけどさ、こうやってぽんぽんお金使うから、いつも金欠なんじゃないのわたしたち? 少しは貯金って言葉を覚えない?」


 ――俺たちは仮想へ行くために、ある準備をしていた。


「宵越しの銭は持たない主義なんだよ。少しくらいは未来に不安があった方が楽しいだろ?」

「計画性がないだけでしょ。ま、そんな陸に乗っかっているわたしもわたしだけどさー」

「なんだかんだ、俺とお前も付き合い長いよな。電脳化してすぐ出会ったんだったか?」

「だね。もう長い付き合いだよ。そりゃあ、陸の無鉄砲さがわたしにもうつるってもんだ」

「なんだよ? 俺とのペアは嫌なのか?」

「まさか。あんたの隣が世界で一番退屈しないよ」

「……そいつはどうも」

 こいつは時々、こっぱずかしくなることを平然と口にするので苦手だ。


「ほら、これ喰ってから仮想行くぞ」

 俺は恥ずかしさを隠すように、ソイレントを詩織に向かって放り投げる。ある準備とはこれのことだ。


「ソイレント、ソイレント、ソイレント……もう中毒になりそう」

「文句言うな。栄養と値段と手軽さを考えるとこれ一択だろ」


 ソイレントとは、栄養満点の合成食料だ。正方形のビスケットのような形状をしている。

 現実(リアル)での食事は、もはやほとんどがソイレント(これ)だ。ダイエット食のように、腹の中で膨らむ特徴もあるため、空腹感も紛れる。


「しかも、いつものソイレントじゃん……せめてもう少し高いやつ買おうよ。これ味しなくて嫌い。パサパサだし。チョコ味のソイレントとかもあるんだよ?」

「知ってる。でも、そういうのって味が変わるだけで栄養素はほとんど変わらないらしいぞ。それだったら安い方が得だろうが」

「……陸って変なところで主婦みたいなこと言うよね」

「いいから、文句言わずに喰え。仮想でうまいもの喰ってからソイレント喰うのは精神的に厳しいから、先に腹へ突っ込めよ」

「わかってるよぉ……早く仮想行ってまともな味のする物が食べたい」

 嫌々ながらもソイレントをかじる詩織。俺も同じ物を口へと運ぶ。


「……わかってはいたが不味いな」


 詩織も言っていたが、俺がいつも買う安いソイレントは基本的に味がない。僅かに雑草をそのままかじったような苦み――というよりもエグみがあるだけだ。灰汁(あく)を固形化してそのまま食べているような味だ。良薬は口に苦し……と考えて我慢するしかない。


「わたしあんまり詳しくないんだけどさ……ソイレントの原材料ってなんなの? ネットで調べてみても色々な情報が錯綜(さくそう)してて、どれがホントなのかわからないんだよ」

「知り合いから聞いた話によると、特殊な大豆やら麦なんかを合成して作られているらしいぞ。他にも色々混じっていそうだがな」


 手にしたソイレントを凝視するも、何かが見えてくるはずもない。


「体にいいんだか悪いんだか……さすがに人肉とかは混ざってないよね?」

「映画の観過ぎ――と言いたいが、こんな世の中だ、あり得なくはないな。事実、人間の死体をそこそこの値段で買い取る国もあるらしいぞ」

「わーお。世紀末だね」

「まったくだ。俺が物心ついた頃はまだマシだったんだが……ここ数年でずいぶん荒れたよな」


 年々……というよりは日々、地球環境は悪化している。

 昨日よりも今日、今日よりも明日……着実に淀みは世界に広がり、覆い尽くさんと人間を(むしば)む。


「まあ、双道市は特に酷いってのもあるけどね……。十年ほど前から、仮想のグラフィックと身体感覚が進化したから、なおさら現実(リアル)が疎かにされたって感じだよねー」

仮想現実(バーチャルリアリティ)なんて言葉もよく聞くようになったしな」


 仮想が現実(リアル)に近づいてきたことにより、仮想現実(バーチャルリアリティ)という言葉も生まれた。意味は仮想空間における現実感の度合いだ。『仮想』と『現実』――相反する二つの概念が組み合わさった、矛盾した言葉だ。


「仮想が現実(リアル)と遜色のない空間へと進化しているってのは、いいことなんだろうけど……俺は少し気味が悪いな」

「あれ? 陸っていつから仮想空間否定派に?」

「そういうわけじゃないが……ここ数年で、仮想に永住する人が増えているって話、聞いたことないか?」

「あー……なんだっけ? 特別な培養液か何かに入って生命活動を維持して、死ぬまで仮想で暮らす人が居るらしいね。仕事とかも仮想でするのかな?」

「らしいな。仮想でゴールドを稼ぎ、自分の実体を生かすための費用にしたりするんだと。余った金は仮想で好きなもの食べたり、娯楽に使うらしい」

「楽しそうではあるけど……わたしは少しごめんだなぁ。現実(リアル)の体を蔑ろにするのは違う気がするし」

 それには俺も同意見だ。確かに、今や仮想はほとんど現実(リアル)と変わりはない。それでも、そこを生活の全てにしようとは思わない。俺は今でも、現実(リアル)あってこその仮想だと思っている。


 だが、現実世界(こっち)の惨状を鑑みれば、仕方ない気がするのも事実だ。


「それに、仮想に永住したら子供産めないしね」


 いきなりとんでもない発言が詩織から飛び出し、俺は()(しゃく)していたソイレントを吹き出しそうになった。


「詩織……お前、子供作る気あったのか?」

「もちろんあるよ。これでも女の子だしね。……陸、今夜どう?」

「胸のカップをあと三つあげてから言うんだな貧乳」

「これでも揉めるほどにはあるよ! ほら!」

「わかったから上着をめくるな。――とにかく、さっさとソイレント喰って仮想行くぞ」

「わかったよちくしょー。……今に見ていろ。ボインボインになったわたしの胸で窒息させてやるんだから」

「夢のある話だな」


 最後の一欠片になったソイレントを、口の中に放り込む。口の中にあるのはステーキだと思い込むことによって、俺はソイレントを(えん)()した。


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