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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
最終章 未来と終焉
31/33

エピローグ 1 

 遙か昔、人類は滅亡の一歩手前まで荒廃していた。人々は現実での生活を半ば諦め、電子によって構成されたヴァーチャルな世界――仮想空間へと逃避するようになっていた。

 娯楽や食事などは仮想で楽しみ、現実の体は生命維持に必要な最低限の処置しかしていなかった人が大勢居たらしい。中には、現実には一切戻らず、全ての時間を仮想空間で過ごす人も居たのだとか。

 人類のほとんどが、仮想空間という心地のよい夢の中で、比較的穏やかに過ごしていた。現実という暗部に目を背けながら……緩やかに死を迎えながら。


 ――そんな中、突如として仮想空間は消失。『人類を存続させるため』の策だとして、とあるAIが人間の指示なしに行ったことらしい。つまりAIの独自判断となる。 

 とまあそんなこんなで、人類はAIからお叱りを受けたわけだ。「このまま仮想なんて都合のいい世界に浸っていたら、滅亡してしまいます。なので禁止です。ちゃんと現実と向き合ってください」てな具合に。ゲームをやり過ぎて、それを取り上げられた子供みたいな話だが、本当のことだ。


 そうして人類は、強制的に現実へと向かい合うこととなった。ボロボロの世界環境を前に、弱り切った身体だけで。気力も希望も、砂塵ほども残っていないというのに。

 中には様々な人が居たらしい。仕方なく現実で生きることを決めた人、AIに激怒する人、果ては自殺する人まで。

 文献や映像でしか知らないけれど、まさしく世界は混沌に支配された。数え切れない暴動が起きた。一度だけ、大きな戦争も起きた。世界の人口はおよそ半減し、人々は生気と活力を失った。



 それでも……それでも、人類は生き延びた。細々とだか、確実に生き延びた。



 高度なAIは使用禁止となり、電脳化すら禁止となった。――人々は自主的に後退した。

 歯を食いしばり、血反吐を吐くような思いで、命を優先させた。生物に組み込まれた生存するための欲求をフルに稼働して、人間は生き延びた。

 最低限の機械だけを使うようになった。みんな環境のことを考えるようになった。畑をクワで耕すような人が増えるようになった。


 今の人類は――少し不便だけれども、小さな幸せを噛み締めて生きている。




 外に出ると、夏に拍車をかけるように太陽が照っていた。

 激しく動いているわけでもないのに、額からじんわりと汗が流れ出す。

「暑い……」

 すぐさま(きびす)を返して帰りたいところだが、もう冷蔵庫の中身がすっからかんだ。このままでは餓死してしまう。


 わたしは手の甲で汗を拭い、恨めしい青空をにらみつける。少しくらい曇ってくれてもいいのに、空はこれでもかと陽光を大地に落とす。

 きっとこの世には悪い吸血鬼が隠れ住んでいて、太陽はそいつらを殲滅する気なのだろう。わたしはそのとばっちりを受けているに違いない。


「食べ物と……アイスを買おう。うん、絶対に買おう」

 小銭でぱんぱんになっているお財布を忘れていないか確認し、自宅兼仕事場の扉を閉める。ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで半回転。施錠完了。


「さ、行きましょう」

 念のため、うなじの人間型接続子(ヒューマン・ジャック)が人工筋肉で隠れていることを触って確かめる。電脳化していることがバレたら、しばらくは豚箱でくさいメシだ。外に出るときは用心しなければいけない。


「しっかし、なんでうちの家系は電脳化を推奨してくるのやら……」

 わたしが電脳化しているのは、親からの強い勧めによってだ。元から興味はあったので、願ったり叶ったりではあったけれども……。

「冷静に考えて、犯罪を勧める親ってのも問題だよねー」

 まあウチは色々と変なところがあるし、気にしていてもしょうがない。よそはよそ、ウチはウチです。


「市場に行って、モールを軽く見て回って、美味しいクレープ屋を探そう」

 ざっくりとした予定を立てたわたしは、使い古したスニーカーを心で激励しつつ、早足で歩き始めた。

 舗装すらされていない土道を力強く歩く。都心部からは離れているため、この辺りの村は開発が遅い。周囲を見渡してみても、あるのは住宅と小さなお店と田んぼ程度だ。あとは、何で潰れないのか不思議な駄菓子屋くらい。


「のんびりした田舎ですこと」

 あまり発展しすぎるのはタブー視されているのが現代なので、このくらい田舎の方が目立たなくていい。ただ、もう少し人の居る場所に店を構えないと、お客がやってこなくてお金の入りが悪い。

「都会に行って電脳化しているのバレた友達結構居るしなぁ……しばらくはここで我慢かな」

 まあ、この村に不満はそれほどない。人が少ないことと、買い物が不便な点を除けば、穏やかで過ごしやすいので気に入っている。

「ま、今の仕事も嫌いじゃないしね。しばらくはこのままでいいかな」



 わたし――月霧(つきぎり)(うた)は、小さな村で便利屋を営んでいる。

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