バックドア
仮想でのダイブポイントは、どこのコンソールからダイブしたかに依存する。俺と詩織はヴァーチャルロードのコンソールからダイブしたので――
「問題なし、だな」
――ヴァーチャルロードの社内区域にダイブする。交差点からここに侵入するのは俺でも無理だが、現実から直接ダイブするのなら話は別だ。
「ここがヴァーチャルロード所有の区域か」
現実の部屋と同じで、物置のような区域だった。広さは俺のプライベート区域と同じか少し広いくらい。床も壁も、ねずみ色の打放しコンクリート。窓はなく、閉塞的だ。
予測はしていたが、人が居なくて助かった。ここの職員ならそこまで仮想戦闘に慣れては居ないだろうが、無駄な争いはしたくない。
「しかし、色々な物が置いてあるな……」
「だね。意外とごちゃごちゃ」
床一面に、椅子やテーブルといった備品が山のように積んである。こうした家具などは意外とデータ容量を喰うので、個人の電脳ではなく、あまり使わない区域に放置しているのだろう。ヴァーチャルロードは仮想の管理会社なので、区域はほぼ無限に使えると聞いたことがある。
「贅沢な使い方だ」
本来、小さな区域一つを維持するだけでもそこそこの金がかかる。なので、こうポンポンと区域を作ることは難しい。ヴァーチャルロードならではの力業といえるだろう。
「うだうだ言っている暇はないよ陸。無事に潜入できたことだし――」
「ああ。……区域にハックしてバックドア作るか」
◆ ◆ ◆
バックドア――仮想空間における裏口のこと。正規の認証システムやセキュリティーを欺き、区域に侵入するための裏道。基本的にバックドアは作った本人しか認識することはできない。教えられない限り、第三者がバックドアを通過することは不可能である。
バックドアは、区域の制作時に制作者が意図的に作っておくパターンと、区域に侵入してからセキュリティーホールを活用し制作するパターンの二つがある。
◆ ◆ ◆
詩織と電脳を並列化し、ここから俺のプライベート区域までのバックドアを制作する。専門のツールを使い、二人がかりでも簡単にはできない。
「ほらほら、急がないと気づかれるよ」
「黙って手――というより脳を動かせ。バックドアを確立させたら、俺のプライベート区域と繋げて、ソラをこっちに呼ばないといけないんだからな」
「わかってるって。まずはソラちゃんを呼ばないと始まらないからね」
「ああ。ソラを呼んで、仮想の神様と繋げてやろう」
俺が用意できる最高のプレゼントを、あの少女には贈ってあげよう。俺は彼女の笑顔が、嫌いではないのだから。
『武器を整え』
隙間なく作られた電子の壁。Kから購入したウイルスを使用し、穴を穿ち、徐々に大きくする。
『相手を見極める』
ハックはトランプと似ている。重要なのは駆け引きだ。
『姿を消し』
攻めすぎると手痛いしっぺ返しを喰らう。弱気過ぎると勝機を逃して大損だ。
『後ろから突き刺す』
俺たちには、逃走も失敗も許されない。唯一開かれた血路を、一心不乱に走り抜けるのみ。
『これにて終了』
『俺の勝ち』
――作業開始からおよそ二十分。疲労を残しながらも、無事に作業終了。
「よし……バックドアは確立したな」
「つーかーれーたー」
一仕事終えた詩織は、放置してあった椅子にぐったりと座り込む。緊張の糸が切れたのだろう。
「りーくー。おみずー」
「あとでな」
「うー」
幼児退行を引き起こしている詩織は面倒なので放っておこう。いつものことだ。
バックドアが確立され、ヴァーチャルロードの区域内に鉄製の扉が現れる。現状では、制作者である俺と詩織以外には見ることも触れることもできない。例え、この区域の管理者でも使用は不可能だ。
「よし、じゃあちょっと行ってくる。お前はどうする?」
「一応ここで見張りしておくよ。陸はさっさとソラちゃんを連れておいで。きっと、首を長くして待ってるよ」
「……ソラに気を遣っているのか?」
「そんなんじゃないよ。ただ単に疲れただけ。ほら、さっさと行った行った」
「了解」
相変わらず、詩織は妙な空気の読み方をする。
俺は早速、できたばかりのバックドアを開く。この扉の先は、交差点ではなく俺のプライベート区域まで繋がっている。そこでは、詩織の言う通り、ソラが俺を待っているだろう。
「いつの時代も、お姫様を迎えに行くのはいい男の役目だな」




