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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
最終章 未来と終焉
19/33

ヴァーチャルロード

 じいさんの家からアジトまで帰ってきたわたしは、トラップまみれの室内をおっかなびっくり進み、無事に陸の実体の前に。


「ふぅ、手間かけさせてくれるんだから」

 ダイブ中の陸は、ぴくりとも動くことはない。浅い呼吸を繰り返すだけだ。


「うりうりー」

 せっかくなので、陸のほっぺを引っ張る。……おお、以外と伸びるなこの男。

「ま、遊んでる場合でもないよね」

 ほっぺから手を離し、仮想で待っている陸へと通話をかける。


『陸、今あんたの実体の前。今からDケーブル抜くから。オーケー?』

『準備はできてる。早くしてくれ』

『せっかくだしキスで起こしてあげようか?』

『俺の実体に変なことしたら吊し上げるからな』

『おう、怖い怖い。こんな美少女からのキスを拒むなんて、陸は贅沢な男だよ』

『バカ言ってないでケーブルを抜け。今すぐに』

『はいはい。それじゃあ……戻ってこーい』




「っ……はぁ!」

 脳みそをミキサーでシェイクされるような不快感を味わいながら、俺は強制的に現実(リアル)へと帰還した。正規のアウェイクプロセスを踏まずに現実(リアル)へ戻ると、急激な意識の(かく)(はん)に気分が悪くなるのだ。稼働しているコンピュータを、シャットダウンさせずに電源を引っこ抜いた場合、データ破損の危険性があるのと似ている。 


「気分はどう?」

 ぼんやりとした視界の中心には、にやにやした詩織の姿。殴りたいところだが、その気力すら今はない。

「ジェットコースターに乗りながらホラー映画を見ている気分だ。胃袋がぱんぱんだったら、悲惨なことになっていただろうな。――で、目的の物は?」

「とりあえずこれもらったよ」

 詩織から小さなカードを受け取る。ヴァーチャルロードの社員証か……しかもずいぶんと古い。

「本物か?」

「本物だよ。じいさんの話を信じるなら、だけどね」

「あの人は嘘をつくような人じゃない……ボケていなければな」

 とりあえず、これでやれるだけやろう。


『ソラ、俺は無事にアウェイクした。現実こっち)で少しやることがあるから、しばらくそこで待っていてくれ。できるだけ早く迎えに行く。――そうだ、もし暇だったら、これでも読んでてくれ』

 ふと思い出し、俺は仮想本屋で購入した本のデータをソラへ送る。

『受け取りました。未来の空の色……小説、ですか?』

『ああ。大昔に書かれたSF小説だ。俺もまだ読んでないから、感想でも聞かせてくれ』

『わかりました。これ読みながら、陸さんと詩織さんを待ってます。――ところで陸さん、一体現実(そっち)でなにをするつもりですか?』

『なに、簡単なことだ――お前を仮想の神にする下準備だよ』




 車を三十分ほど走らせ、俺と詩織はヴァーチャルロード――仮想空間の維持・管理を行っている大企業――の双道支部までやってきた。周囲を圧倒するような高いビルが俺たちを出迎える。


「生で見るのは初だけど……立派だねー」

 首が痛くなりそうなほどビルを見上げながら、助手席の詩織はそんな感想をこぼした。

「確かに……その気になれば、双道市の住民全員を収容できそうだな」

 碁盤の目状に、同じ大きさの窓が貼り付けられた高層ビル。周囲の建物と比較しても、やはりヴァーチャルロードの支部は頭一つ抜けている。

 ビルの近くでは、様々なロボットが辺りを駆け巡り、都市の警備や清掃を行っていた。こっち側は、街の運営・管理が自動化されつつあるらしい。政治用AIなんてのも徐々に採用されているのだとか。AIが市民の声を集め、政治に反映するらしい。そのうち、AI対AIの選挙演説が見られそうだ。

 遠目には磁力の反発を利用して浮遊走行をする『磁力車(マグネット)』と、その専用道路である『磁力帯道路』が設置されていた。どちらもアジトの近くでは見かけない代物だ。


「ハイテクノロジー、オートメーション……なんとも暮らしやすい地区だな」

「治安も比較的いいらしいしね。ただ、この近くに住むには相当エリートになってお金を稼がないと」

 しがない便利屋には縁のない話だ。別段、今の生活に嫌気がさしているということもないので、しばらくはあのアジト暮らしを満喫しよう。


「ま、夢のような話は置いといて。――準備はいいか詩織? シナリオは車の中で話した通りだ」

「あいさー。わたしの演技力を見せつける時がきたようだね」

「頼もしい限りだこと」

 詩織とそろって車を降り、できるだけ自然体を装いながら正面入口へ。


 ガラス扉の両端には警備員が二人。防弾アーマーを着込み、ごっついマシンガンを構えている。比較的治安がいいとはいっても、ここは双道市。いつ暴徒が攻め込んできてもおかしくはない。警備員の装備もそれなりの物が揃えられている。ビル内部にも警備員や警備ロボットは山のように居るだろう。

 仮想なら恐れることはないが、ここは現実(リアル)だ。少しでも怪しまれて銃を撃たれれば、俺も詩織も逃げ切ることは難しいだろう。

『下手な行動はするなよ』

『そっちこそ』

 俺と詩織は小さく頷き合って、警備員のもとへ。


 さあ、一芝居打つとしよう。




「――止まれ。何者だ」

 片方の警備員が俺たちに声をかける。さすがに銃口を向けてはこないが、警戒はされているな。

「待て待て。怪しい者じゃない。昔ここで働いていた職員の孫だ。ちょっと用があってここまで来た」

「職員の孫?」

「ああ。――ほら、これが祖父の社員証だ」

 詩織がじいさんから受け取ったカード式の社員証を、警備員に手渡す。

「なんだこれ? プラスチックのカード?」

「今は使われていない社員証だ。電子化される前はこういった物理的なカードを携帯し、社内に入っていたんだとよ。祖父が話していた」

「……確認を取る。少し待っていろ」

 警備員がカードを視界に映し、誰かと通信し始めた。ヴァーチャルロードのお偉いさんにでも確認しているのだろう。


 俺と詩織はそのまま数分待ち続けた。害のない一般人に徹し、周囲の警戒も解く。スナイパーの狙撃ポイントを警戒する一般人は居ない。ヴァーチャルロードの目の前で、狙撃や襲撃される可能性は低いだろうしな。


「――待たせた。確かにこの社員証は本物のようだ。過去の従業員データベースにも、名前があった」

 本物であるとは思っていたが、確証が取れて一安心だ。顔に出さず、心の中で深呼吸をする。


「しかし、昔はこんなカードを使っていたのか……」

「らしいな」

 まだ若い警備員なので、こういった物が珍しいのだろう。俺と詩織も彼と同年代ではあるが、あの老人のおかげで、前世紀の事情にはそこそこ詳しい。


「祖父の話では、毎日そのカードを財布の中に入れておいて、会社に入るたびに取り出していたらしい。電脳化がまだ普及し始めた時代の話だ」

 電脳化が進み、生活に関する様々な物がデジタルに置き換わるようになった。そのあとに生まれた世代は、今回の社員証など、物理的なアイテムを知らないことが多い。一番大きい例は貨幣だろう。紙幣や硬貨が廃止されたのはずいぶんと昔なので、実際に現金を使用したことがあるのは百歳近い老人だけだ。

「面倒な話だな。今じゃあ、電脳に社員データを入れておくだけでいいってのに。――おっと、話がそれたな。で、用件って?」


 さて、ここからが問題だ。社員証が本物だったことで幾分警戒が緩んだとはいえ、下手は打てない。

 俺は再度、事前に考えていた偽シナリオを思い返す。

「実は……祖父の遺品がこちらで管理されているらしいので、受け取りに来た」

「遺品?」

「俺も詳しくは知らないんだが、昔祖父が使っていた機械(マシン)だそうだ。誰かが使うかもしれないからこの会社に置いておいたらしいんだが、割といい値段で売れることが最近わかったんだよ」

「それで取りにきた、と」

「そういうこと。一応俺のプロフィールを送る」

 俺は目の前の警備員にプロフィールを送る。もちろん本物ではない。上辺だけを違法ツールで書き換えた偽物だ。

 当然だが、個々のプロフィールを勝手に書き換えることはできない。書き換えるには役所などで正式な手続きをする必要がある。だがまあ、世の中には悪いやつが居るもので、プロフィールの表面だけなら書き換えることも不可能ではない。

 俺が警備員に送ったのは、名前と家族構成を書き換えたものだ。あくまで見た目を変えているだけなので、スキャンされれば俺が偽名を使っていることは一発でばれる。


「こっちは妹の詩織。……ほら、お前も送れ」

「うん。わかった」

 同時に、詩織も偽のプロフィールを警備員に送る。


 さて、この警備員が真面目な好青年なら少し厄介なんだが……。

「うーん……」

 プロフィールのスキャンには少し時間がかかる。俺みたいに慣れた人間じゃなければ、一つあたり十分かそこらだ。なので、二つのプロフィールをスキャンするのは案外手間がかかる。


『どうなるか……』

『社員証は本物だったし、信用してくれそうな気もするけどね』

『すぐに楽観視するのは、お前の悪い癖だ。一応いつでも逃げられる準備をしておけ』

『わかってるって。でも、もし作戦が失敗したらどうするの?』

『そのときは……またそのとき考えるさ。なんとかなるだろ』

『すぐに楽観視するのは、陸の悪い癖だよ』


 俺と詩織が通話している間にも、カードを受け取った警備員は顔色を何度も変える。

 さっさと遺品を渡して、俺たちにはお帰りいただきたいのだろう。しかし、完全に無害だと決めつけられない人間を社内に招き入れるのも問題がある。上の人間にバレたら、彼の責任問題にまで発展するだろう。しかし二つのプロフィールをスキャンするのは手間だし時間がかかる。――など、様々な葛藤が渦巻いているのだろう。


『さて……どう出る……』

 気づかれない程度に、警備員の表情を盗み見る。冷や汗をかかないように、俺は必死に心を沈める。長く息を吸い込み、小さく吐き出す。



「……わかった、入れ。おじいさんの遺品だな。どこにあるんだ?」



 面倒くさがりな警備員は、俺と詩織の偽プロフィールを信用し、扉を開けた。

「助かる。父の話では、祖父が仕事をしていたのは第6分室なんだが……今では物置にされてるって話、本当か?」

「ああ、あそこか。確かにそうだ。もしかしてそこに紛れているのか?」

「らしい。探してみるよ」

 この第6分室に関する情報は、元ヴァーチャルロード双道支部の職員に、ネットからメッセージとゴールドを送り、手に入れたものだ。ほとんど人の来ない部屋らしい。ここで警備員には眠っておいてもらう。


「わかった。案内する。付いてこい」

 警備員に連れられ、俺と詩織はビルの内部へ。

「……っ」

 一歩踏み入れただけで、空気が重くなったような錯覚がした。住む世界のギャップが激しすぎて、脳のキャパシティを超えたのだろう。


「初めて入ったが、やっぱり綺麗なんだな」

 ヴァーチャルロードの内部は雪国のように真っ白で、幻想的な作りとなっていた。大きなガラス窓からは陽光が入り込み、社内を照らしている。

 広々としたエントランス。ガラスで区切られ、内部が見える会議室。最新式と思われるコンソール。……さすがに圧倒される。

 壁面には大小様々なディスプレイが埋め込まれており、仮想空間の稼働状況などがモニターされている。花や動物などの立体ホログラムが部屋や廊下を彩り、その横をスーツ姿の従業員が足早に駆けていく。


「俺も初めてここに配属された日は、緊張しっぱなしだったよ。下手にさわったら壊れそうな機械(マシン)がたんまりだし、ビクビクしながら歩いたもんだ」

「ああ、その気持ちわかるよ。綺麗すぎて、どうにも落ち着かない」

「ホント言うと、未だに社内に慣れないから、室内じゃなくて屋外警備を希望したんだよ。外の方が給料いいしな」

「危険が多いからか?」

「それもある。あとは、冬は寒くて、夏は暑いからだ。精神的につらいより、肉体的につらい仕事を取ったわけだ」

「なるほど。――あんた、もしかして双道市の西区出身じゃないか?」

「よくわかったな。その通りだ」

「やっぱり。西区はガテン系の人が多いから、肉体労働を好む人が多い。俺も西区出身なんだよ。だから何となくわかった」

「そうなのか? 奇遇だな」

 急に表情を緩め、同士を見つけたと警備員は喜ぶ。


『相変わらず、息を吐くように嘘をつくね』

『俺の前世は詐欺師だったのかもな』

 詩織の言う通り、俺の出身が警備員と同じというのは嘘だ。人は自分と共通点があると、親近感が高まる。警戒心を解いておくに越したことはない。

 緊張感が幾分ゆるんだ警備員に先導され、俺たちは目的地を目指す。


「こっちだ」

 他の従業員に訝しげな目で見られながら、俺と詩織は警備員の後ろを付いていく。

『言うまでもないだろうが、飾ってある絵とか盗もうとするなよ。こういったところの装飾品は、トレーサーが埋め込まれていることが多いらしいからな』

『わかってるよー。陸は臆病なんだから』

『慎重なだけだ』

 何度も廊下を曲がり、たどり着いたのは少し錆び付いた鉄製の扉だった。備え付けられたプレートには『第6分室』の文字。目的地に到着したらしい。


「ここだ」

 警備員が廊下の奥にある扉を開ける。たいした物は置いていないからか、鍵らしき物はかかっていない様子だ。情報通り、廊下にも室内にも人影はない。

「ほら、俺はここで待ってるから、さっさと探してこい」

「ああ。助かる。あんたいいやつだな」

「いいってことよ。同郷のよしみだ」

 照れくさいのか、はにかんで俺の肩を軽く叩く。なんとも好青年な警備員だ。


「そんなあんたにプレゼントだ」


 人目がなく、監視カメラも届かないことを確認し、俺は警備員を壁に押しつける。油断していた彼は、反応が鈍かった。

「な!? なにしやがる!?」

「お勤めご苦労。飴ちゃんをプレゼントだ。ゆっくり寝てろ」

 俺は警備員の人間型接続子(ヒューマン・ジャック)にスタンキャンディを差し込み、すぐさま起動させる。

 スタンキャンディとは、電脳に過負荷をかけ相手を気絶させる、非殺傷用の武器だ。形状は、名前の通り棒付きキャンディようになっている。手に持つ棒の部分を人間型接続子(ヒューマン・ジャック)に装着し、(あめ)の部分を強く押し込むだけで作動する。


「がっ……ぁあ……」

 こちらを恨めしそうに睨みつつ、小さく痙攣しながら警備員は気絶した。あくまでも電脳に過負荷を与えて気絶させる武器なので、スタンガンのように電流を流しているわけではない。そのため、密着していた俺にダメージもない。

「詩織、足持て。見つからないように物置に押し込むぞ」

「はいよー」

 スタンキャンディを回収し、ぐったりとしている警備員を第6分室へ放り込む。


「陸、プロフィール忘れないようにね」

「わかってる」

 俺はDケーブルを取り出し、警備員と有線接続をする。彼の電脳から、先ほど渡した俺と詩織のプロフィールを綺麗に削除しておく。これで、俺たちの身元がバレる心配はない。

「ついでにもらえる物はもらっておこう」

 警備員の電脳から、ヴァーチャルロードに関する資料などをコピーさせてもらう。警備員が持っている情報なので重要度は低いだろう。それでも、天下のバーチャルロードの情報だ。相手によっては高く売れる。


「まるで盗賊……いや、強盗かな?」

「やかましい。――それより、社内の地図があった。使わせてもらおう」

「そりゃあよかった。で、目的のブツはどこに?」

「近くに古いコンソールがあるな。まだここのネットワークと繋がっていることを信じよう」

 俺たちは(ひと)()のない廊下を周囲に気をつけながら進む。あまり使われていないエリアのようではあるが、気は抜けない。地図には監視カメラの位置まで記されていたので、見つからないよう、死角を進んでいく。


「ここだな」

 先ほどの第6分室と同じような、今は使われていない物置まで無事に到着。こっそりと扉を開けて室内に入ってみるも、人影は見当たらない。

「隠れて煙草を吸っているようなやつが居なくて助かった。詩織、コンソールはあったか?」

「んーと……あ、これだね。旧式だけど、一応は繋がっているみたい。電源入れる?」

 部屋の奥。使われなくなった机の横に、二つのコンソールが並んでいた。非常用として、残してあるのだろう。


「待て。電源を入れたことがここの管理室にバレると厄介だ。念のためダミーデータを流す準備をする。合図を待って電源を入れろ」

「了解」

 電源の入っていないコンソールに有線接続し、ダミーデータを準備する。俺は詩織に手で合図を送り、電源がついたと同時にダミーデータをコンソールに流し込む。これで、このコンソールをモニターしている人間がいたとしても、ステータス上はオフになっている。

 もう一機にも同様の処理をしながら電源を入れる。


「なんとかここまではうまくいったな。それじゃあ、ダイブするぞ」

「よーし! さっさと解決して、さっさと逃げようね」


 俺と詩織は頷き合い、そろってコンソールに寝っ転がる。意識を集中させ、仮想空間へとダイブした。

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