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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
第三章 願いと憎悪
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引きこもる準備

 現実(リアル)に戻り、俺たちは二人で食料品の買い出しに出かけていた。今回相手にしているのは粗暴なテロリストだ。現実(リアル)で攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮すると、しばらく外に出るのは控えた方が賢明だろう。俺と詩織の顔は覚えられただろうからな。


「うーん……外の空気はやっぱり汚いね」

「ぼやくなよ、昔からだろ」

 現実(リアル)――もっと言えば双道市――は大気汚染が深刻だ。自然はまるでなく、ゴミは道ばたに放置しっぱなし、全自動運転の自動車が列を成して走り、AIが管理する工場が排煙を吐き出し続ける。


「マスクでもしたらどうだ? 空気清浄機能付きのマスクとかあるだろ」

「あれ嫌い」

「なんでだ? ちょっと値は張るが、小音だし使いやすいぞ」

「いやさ、単純に可愛いデザインがないんだよ」

「女子かよ」

「女子だよ」


 くだらない話をしながら、詩織と共に、荒れ果てた双道市の道を進む。

 稼働しているのかすらわからない機械の山。窓ガラスが割られ、廃墟と化したコンビニエンスストア。隠語でドラッグを売っていることを示すホログラムの看板。腕が千切れ、内部を剥き出しにしたアンドロイド。

 昼間だというのに薄暗く、清潔感を微塵も感じさせない街並み。出歩いている人たちは、ギャングやホームレスが大半だ。

 双道市にも学園や病院などの施設は存在するが、ここからは遠く離れた治安のいい場所にまとまっている。向こうに住みたいところだが、便利屋としては少しくらい荒れていた方が仕事が入る。


「……」

 視線を走らせ、異常がないかを確認しながら慎重に進む。ガラの悪い連中が腐るほど存在するため、常に周囲を警戒しておく必要がある。用心をしすぎて悪いことはない。


『陸、二時の方向。茶色い家屋。屋上で何か動いた』

『スナイパーか?』

『スコープの反射光はなかったし、たぶん違うと思うけど……要警戒かも』

『わかった。敵が居る前提で動く。迂回して相手の死角から行こう』

『了解。安全と思われるルートを算出するよ』

『頼む。俺は付近の監視カメラにハックして、映像を覗いてみる』

 便利屋なんて営んでいるので、俺たちは犯罪者に恨まれることが多い。そのため、常に命を狙われていると考えつつ、行動することが染みついてしまった。


「買い物一つでこんな苦労するのも、ここくらいだろうな。――とにかく、ソイレントと飲料水買い込むぞ。一週間は籠城できるようにな」

「憂鬱だなぁ……」

「依頼なんだから文句言うな」


 人でごった返す市場を歩き、目的のソイレント専門店まで無事に到着。入店し、店内に陳列されているソイレントの箱を引っつかむ。

「店内は相変わらずだな」

 生気の抜けたような人たちが、流れ作業のようにソイレントを買い込んでいる。彼らも仮想では思い思いに楽しい日々を送っているのだろうか。

「仮想と現実(リアル)のギャップが激しいが故に、現実(リアル)では鬱に近い状態になる……どっかの学者がそんなことを言っていたな」

 どこもかしこも、現実(リアル)は陰気だ。しかし――



「りーくー。ソラちゃんから結構ゴールドもらったんでしょ? チョコ味買っていい?」



 ――この女だけは、仮想だろうが現実(リアル)だろうがいつだって変わらない。昔から恣意的な詩織と共に仕事をしているのは、そういった部分に救われているからだ。


「子供かお前は……まあ、今日くらいはいいか」

「やっふー。一緒にミルクも買っちゃおー。シリアルみたいになっておいしいんだよね、これがまた」

 すぐさまチョコ味のソイレントを手にし、奥の飲み物が置いてあるスペースまで走っていった。

「仔犬かっての……まあ、あいつには現実(こっち)で仕事してもらうし、少しくらいご褒美を与えてやるか」

 (あめ)と鞭を上手に使い分けることが、いいブリーダーの条件だ。


「ふぅ……大量だぜ」

 手の甲でかいてもいない汗を拭い、詩織は満足げだ。


「買い残しはないな? 下手したらしばらく外には出られないぞ」

「色んな味買ったし大丈夫。ローテーションしながら食べよう」

 よく見ると、詩織の持ってきたソイレントは味が様々だった。箱がいつになくカラフルだ。

「チョコにイチゴ、マンゴー、キウイ、オレンジ……パフェでも作る気か」

「いいじゃんかよー。たまの贅沢なんだし」

「まあいいけどな……。俺にも寄越せよ?」

「しょうがないなぁ。半分こしてあげるよ」

「どうも」

 一通り買う物を揃え、商品をまとめて鞄の中へ。


「帰るぞ詩織、やることは山のようにあるんだから」

「はいはい」

 そのまま出口の前に設置してある精算ゲートの下をくぐる。精算ゲートとは、買った商品分のゴールドを、電脳から自動で引いてくれるものだ。この店の商品は全てにICタグが埋め込まれているので、このゲートをくぐるだけで商品の合計金額がすぐにわかる。問題がなければ、金額を電脳内のゴールドで支払う、という形だ。

 精算ゲートで支払いを終え、俺と詩織は店の外へ。ちなみに、支払いをしなければシャッターがおりて外には出られない仕組みとなっている。


『さ、これで引きこもる準備は完了だな。――詩織、今回の作戦だが、俺に一つ案がある』

 ソイレントを買い込んだ俺たちは、今後の作戦について話し合う。聞かれるとマズイので、通話状態だ。

『なぜか嫌な予感がひしひしと……』

『そう言うなって。お前にしかできないことなんだから』

『調子いいんだから……で、案ってどんな?』

『実は――』


 今回の作戦を手短に伝える。途端、嫌そうな表情で俺をにらみつける詩織。


『――内容はわかったけど……面倒くさいよ』

『じゃあ役割交代して、お前がソラを護衛するか?』

『それはそれでなんかなぁ……あーもう! わかったよ。行って来るよ!』

『頼んだぞ。俺は先に帰ってるから、しっかりな』

『うー……あの偏屈なじいさん、まだ死んでないといいけど』

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