AI撲滅班
ソラから依頼料を受け取り、俺と詩織は頭を悩ませていた。
「護衛か……どうする?」
誰か(または何か)を守るという依頼はこれまでも何度かあったが、どれも疲れるものだ。こちらから攻めることのできないもどかしさと、いつ敵が来るかわからない緊張感が、いつまでもつきまとうからだ。基本的に、俺は守ることよりも攻めることの方が性に合っている。
「無難でいいんじゃないかな? 防壁の準備して、できるだけソラちゃんのそばに居るって方針で。丁度ソラちゃん帰る場所ないんだし、陸のプライベート区域で守ってあげれば、一から防壁を作成する必要もないしね」
「それもそうだな。敵のこともまだよくわかってないし、まずはAI撲滅班の情報を集めて、防衛準備をしよう」
俺はネットにアクセスし、プライベート区域へ歩きながらAI撲滅班の情報を集める。大小様々なホログラムウィンドウが、次々と目の前に展開される。内容は、AI撲滅班がこれまで起こした事件や、主張をまとめたレポートなどだ。
「AI撲滅班……AIの危険性を主張し、その撲滅活動を行うNGO。AIのディープラーニングが本格化したと同時に発足した。――ソラ、この『ディープラーニング』ってなんだ?」
AI関係の仕事をしているのなら詳しいだろうと、直接ソラに訊いてみる。
「簡単に言うと……ニューラルネットワークという人間の脳の神経回路を模したモデルを、多層構造化した機械学習です」
「…………すまん、もっと簡単に頼む」
「ええと……AIをより人間らしくするための、勉強方法の一つです」
「素晴らしくわかりやすい」
要するに、AIが賢くなり、それに危機感を抱いた集団がAI撲滅班ということだな。大昔のSF映画みたいに、AIが人間に反旗を翻すのではないか……そう考えているのだろう。
「わたしは詳しく知らないけど、AIって効率化するのが得意だもんね。与えられた仕事を効率化するために、人間が邪魔だと判断するんじゃないか……そんな感じで怯えてるのかな?」
「もちろん、作り手である人間に危害を加える、なんてことは絶対にないのですが……」
「まあ、人ってのは、いつの時代も未知の存在に恐怖するものだからな」
「昔は幽霊、今はAI……未来の人たちは何に怯えているんだろうねー?」
「火星人か何かだろうさ」
俺は再びホログラムウィンドウに視線を移し、AI撲滅班の情報を読み上げる。
「――元々は少数だったが、徐々に有志をつのり、巨大化していった組織。近年では組織内の過激派がテロ行為などを行い、問題となっている」
AIに対して、偏執狂のようになっているのだろう。こんなご時世だ、誰も彼もが心に闇を抱えている。悪徳宗教団体なんて、それこそ掃いて捨てるほど存在する。
「組織の規模からいっても、敵を根絶やしにするのはさすがに厳しいね」
「だな。それに、数人の政治家がバックに付いているとのうわさもある。俺たちだけで全面戦争は避けたい。ソラを守りつつ、まずはこっそり隠れていよう。その間に、情報収集だ」
AI撲滅班の概要をネットでさらっと調べただけなので、まだまだ情報不足だ。これから知り合いに聞き込みでもしよう。
「りょーかい。んじゃあお互いに頑張ろうか」
「頼りにしてるぞ、相棒」
とりあえずの方向性が決まったところで、
「? なんだ?」
遠くから数人の悲鳴が重なって聞こえてきた。刃物のように鋭く、耳を割くような悲鳴。周囲の空気に、恐怖と困惑がブレンドされていく。
「なんか事件かな?」
「この公園で大きな事件なんて聞いたことないんだがな……」
人々の生活は仮想に比重が置かれるようになった。そのため、仮想の方が現実よりも警備・監視は厳しい。窃盗や麻薬密売程度なら頻繁に起こっているが、仮想での大規模なテロまでいくと稀な部類だろう。
俺はこっちに逃げてきた男性に声をかける。
「おい、何があった?」
「な、なんでも、武器を持った男たちが乱入してきたらしい。あんたらも一応逃げた方がいいぞ。警察が来ると、近くに居た住民まで取り調べやらなんやらで拘束されるからな」
早口でそう言い残し、男性は駆け足で逃げていった。
「嫌な予感がする――ソラ、詩織、ここから離れよう」
「は、はい!」
「はいよー」
何が起こったかは不明だが、俺たちにとって喜ばしい出来事ではないだろう。
とりあえず自然公園を出ようとしたところで――
「ようやく見つけた」
――俺たちを阻むように、一人の男が立ちはだかった。黒い軍服のような格好に、同じく黒い縁の眼鏡。気怠げな三白眼が俺たちを睨む。
「探したよソラ。トレーサーを削除したのだね。途中から追跡できなくなって、足で探してしまった。しかし、浮浪者にゴールドを渡し、キミの目撃情報を集めたかいがあったよ」
眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、男は苦笑しながら首を振った。
「胡散くさいやつが出てきたな。ソラ、知ってるのか?」
庇うように、ソラの前に出る俺と詩織。発言から察するに、ソラのことを知っているようだが……あまり友好的ではなさそうだ。
「彼の名前はフレイザー・エアハート。……AI撲滅班のトップです」
「ほう……こいつが、か。いいタイミングで登場するやつだな」
こっちは守る気でいたが、向こうから来たのなら相手をするしかない。
頭を崩せば組織が瓦解するかもしれないし、案外この依頼もすぐに終わるかもしれないな。
「見慣れない二人組が居るけど……まあいい。いい加減逃げるのはやめて、僕と一緒に来てほしいものだ」
「申し訳ないですが断ります。私にはやるべき使命が残されていますので」
「『人類に幸福をもたらす』だろう? なんとも抽象的でいい加減な使命だ」
「なんと言われようと、それが私の存在する唯一の意義です」
俺を挟んで交わされる言葉の応酬。剣呑でぴりぴりと刺すような緊張が広がっていく。
「まあいい。――ところで、キミたちはなんなんだい?」
俺たちに視線を向け、ソラの依頼を受けた瞬間敵になった男はそう尋ねる。
「月霧陸だ。この娘の雇われボディガードってところだな」
「同じく、星崎詩織。よろしく……はされたくないかなー」
「ボディガード……金で雇われたのか。ということは、何も知らされてはいないのだろう?」
眼鏡を再度押し上げ、あざけりを含んだ表情でこちらを見下すテロリスト。すぐさま銃を取り出し、眉間に穴を開けたい衝動をぐっと我慢する。相手は敵のトップ。殺す前に色々と情報を吐き出してもらう必要がある。
「癇に障るやつだ。知らされてないとは、いったいなんのことだ?」
「ソラの正体さ」
「正体?」
背後で、ソラが小さく声を上げた。その声をかき消すように、フレイザーは続ける。
「そう……見た目も言動も人間そっくりだからわからないだろうけど――ソラはAIだよ。だからこそ、AI撲滅班が追いかけているんだ」
第二章はここまでです。




