十二年と365日目の
新藤ゆず shinndou yuzu
高校二年生。兄は有名選手。
清水誠一 simizu seiichi
高校二年生。ゆずの幼馴染。
承和春己 soga haruki
高校三年生。先輩。
千草百合奈 chigusa yurina
高校二年生。留年しているので一個上。
羨ましくなった
「ごめんなさい!」
放課後の空き教室で、これでもかというくらいに頭を下げる。目の前の人物は、ただ狼狽えるだけだ。
「だ、大丈夫だったから、顔を上げて」
綺麗な声だと思った。昨日は気が付かなかったけれど、細く弱く、それでいて鈴の鳴るように美しい。自分の出す大きな声とは違う。どこか品のある声だった。
「でも、怪我させたのは変わりないから!」
「ひ、捻っただけだよ。もう大丈夫だから」
彼女の手が私の肩に触れる。弱い力だった。細い指先、整った爪、怪我のひとつもない肌。
顔を上げれば黒髪が揺れている。長めの前髪が目を隠している。白い指でそれを救い耳にかけた。長い睫毛が隠していた瞳は、曇りのない黒色だった。
「だから気にしないで」
身長は自分より低く、手首は自分よりも細い。か弱い。細い。折れてしまいそう。初めて、誰かにこう思ってしまった。
守ってあげたくなるような人だと。
「じゃあ何かお詫びさせて!ご飯?アイス?もう何でもいいです、私の気が収まらないから」
なるほど。どこかで納得してしまった。通りであの幼馴染はきちんと謝れと再三言ってきたのだ。多分彼も、同じ事を感じたのかもしれない。
「あ、一個だけあるんだけど…」
「任せて、何でもどうぞ!」
「…友達になってくれる?」
「へ?」
素っ頓狂な声が出た。恥ずかしがりながら体を揺すり、こちらを見てくる彼女は真剣そのものだ。しかし、脳内が処理に追いつかない。何で、突然、どういうこと。
「あ、あのね、私実は色々あって一年留年してて、元々友達少なかったんだけどいなくなっちゃって。だから、もし良ければ…。新藤さん、いつも色んな人に囲まれてて楽しそうだなって思ってたの」
「いや、そんな事で良いの?」
私は思わず首を傾げる。確かに留年した人がクラスに慣れるのは難しいだろう。けれど、自分が選ばれるとは思わなかったのだ。だって、彼女と自分は正反対だ。外から見ても、中身を見たとしても。
確かに、友達は多い方だと思う。人見知りをした事はないし、誰とだって仲良くなれる。けれどそれは仲良くなったわけじゃなく、程よい距離感を保っているからだ。自分の触れて欲しくない所、相手の触れて欲しくない所を分かっているから、わざわざ踏み荒らす事をしないからだ。そんな事をしてくるのは、幼馴染とあの先輩だけ。
彼女が不安そうにこちらを見ている。もう、断る選択肢はなかった。
本当に年上なのだろうかと思うくらいに頼りないその視線と姿に、私は庇護欲に駆られてしまったのかもしれない。
「いいよ、私は新藤ゆず。貴方は?」
そう言えば彼女は花が咲いたような綺麗な笑顔で答えたのだ。
「千草百合奈。よろしくねゆずちゃん」
大人しめに笑う彼女は、まさに名前の通りの人だった。
だから、気が付かなかった。
憶えてもいない兄に縋りつく事を、もう手遅れになってしまった想いを、エゴから生まれた嘘を、一歩踏み出すための勇気を。
これは、君たちがいなくなった後の、十二年と365日目の物語だ。