好きは千差万別
新藤ゆず shinndou yuzu
高校二年生。兄は有名選手。
清水誠一 simizu seiichi
高校二年生。ゆずの幼馴染。
承和春己 soga haruki
高校三年生。先輩。
スイッチを入れてしまったのは自分だ
「おはよう!」
長そでを肘まで捲り上げて、赤いリボンは少し緩めに、ボタンは一つ開けて。膝上短すぎないよう折ったチェックのスカート。鎖骨まである髪は丁寧にまとめてポニーテールに。擦りむいた膝の絆創膏は剥がして気のせいに。最後はとびっきりの笑顔で。その大きな背中を叩いた。
「痛い」
そんな事言って。堪えてもないくせに。彼は特に気にする様子もなく、無愛想に返事をした。
「おはよう」
「うん、おはよう誠ちゃん」
学校前は長い坂道だった。夏特有の入道雲が空を彩っている。歩道からは街が見えて、太陽の光に反射した屋根が容赦なく白い肌を襲う。
日焼け止めを塗ったはずの腕は少し赤くなっていた。ヒリヒリするその肌をさすって笑う。今日も暑いねと。
「いいか、二度と廊下を走るな」
「はーい。ごめんなさい」
軽く叩かれた頭をさする。彼の言い分はもっともだったから。
「あと今日謝りに行けよ」
「誠ちゃんは?」
「俺は昨日謝った」
「うわぁ緊張する。どうしよう、土下座かな…」
「何でだよ」
のぼり切った坂の先に校舎が見える。門の前、腕章をつけた生徒達が立っているのが見えた。
「うわ…」
そのうちの一人、背が高い男子と目が合う。彼は見つけたと言わんばかりにこちらを見て笑い、駆け足で近づいてきた。
「おはよう、ゆず!服装チェックでーす!」
「服装チェックする側の人間がそんな髪色で良いんですかね?ちょっとよく分からないなー」
「良いの、頭髪は自由だから」
「出た、そういうの!大体普段はネクタイゆるゆるのくせに!」
「良いんです、こういう時だけきちんとしていれば」
「理不尽!」
染めたであろう茶髪は陽の光にやられ痛んでいる。幼馴染より少しだけ長いその髪は、幼馴染とは違いワックスを使って綺麗にセットされている。いつもゆるゆるなネクタイは今日だけしっかり締められていて、ボタンを一つも開けていない。中途半端な腰パンも、今日だけは綺麗にベルトを締めてその長い足を際立たせている。派手なスニーカーは黒いローファーに変えられていて、普段の出で立ちと違い過ぎて苦笑する。こんなんでも風紀委員長なんて、こいつが上に立って良いのだろうか。風紀が乱れまくるだろうと思う。けれど彼は意外にもしっかりしているから、頭も良いから、だから人に慕われるのだと思う。
承和春己はそんな人間だった。
「はい、というわけでゆずボタン直して。俺が直してあげようか?」
「え、嫌。セクハラ」
「冷たい、靡かない、でもそういう所も好きだよ!」
「気持ち悪い…」
流石の発言に顔をしかめる。彼は一つ年上の先輩だけれど、私は敬語を使わない。部活に入っているわけでもない、同じ委員会なわけでもない、それでも何故か縁があるこの人を、私は尊敬する気もないからだ。
「スカートは?戻せよー」
「腰パンのくせに…」
「ホームルーム終わったら戻していいから、今だけ言う事聞いとけ」
笑いながら頭を撫でる彼の手をはたき落としスカートを戻す。いつもより長いスカートになれるわけもない。というより、長いスカートが笑ってしまうくらい似合わない。
「はい、良く出来ましたー。そう言えばお前ら昨日また廊下ダッシュしたんだろ?聞いたぞ」
「あれは俺のせいじゃないです。こいつのせいです」
「出た、責任転嫁」
「事実だ事実」
「まあまあ、清水も追いかけたんだから同罪だ」
その言葉に、誠一は舌打ちをした。君はこの人の前ではとても柄が悪くなる。彼は笑いながら次はやるなよと言って手を振る。私達は校舎の中に入って行った。
「嫌な人と会った」
「誠ちゃん先輩の事嫌いだよね」
「まあ」
いつもよりそっけない返事を返す。君の背中は広いままで。
「ゆずこそよくあんな奴と話せるな」
「まあそれは否めないよね。頭おかしいし」
「好き好き言い続けるやつだぞ、訳わかんねえ」
「でも、別に嫌じゃないよね」
「は?」
驚愕の表情で君は振り向く。意味が分からないと言った顔で。
「え、好きなの?」
「いや、好きじゃないけど、あの人の好きは別に恋愛的な好きじゃないじゃん?だから別に好意を表に出してくれる事は嫌じゃないよね、むしろありがたい事だよね」
「意味が分からん」
「だって好かれてるって良い事だよ。嫌われてるよりずっと良い。冗談でも誰かに好きって面と向かって言える人中々いないよ?そこは単純に凄いと思う」
君は怪訝そうな顔のままだ。
「まあだからと言って尊敬するわけでもないし、好きになるわけでもないよね」
恋なんてそんなものだ。先輩が好きと言い続けて、私が本当に好きになれたなら、それはもう恋ではないだろう。
「あっそ」
君は再び歩き始める。何だかいつもより素っ気ないままの君の背を追って、私は教室に向かったのだ。