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邂逅

君が残した物語


新藤ゆず shinndou yuzu

高校二年生。兄は有名選手。

清水誠一 simizu seiichi

高校二年生。ゆずの幼馴染。

兄がいた。











『ゆず、こっちおいで』


聞き覚えのない声だった。もしかしたらずっと前に聞いた事があるのかもしれないけれど、少なくともこれはここ最近の記憶じゃない。


『あー全く。ほら行くよ』


男性は私の前にしゃがみ込む。その顔はぼやけていて見える事はない。

私は懸命に手を伸ばす。男性は笑いながら私の頭に手を置いた。


『どうした?』


靄がかかる。その先が見えない。必死にその靄を払おうとするも一向に消える事はない。

怖くて怖くて堪らない。けれど彼は笑う。


『落ち着けってゆず』


彼は手を差し出す。私はその手を掴むため、必死に手を伸ばす。


『大丈夫』


何が大丈夫なのだろう。私の手は届かない。懸命に伸ばす手は彼に掠りもしない。

ねえ、待って。まだ行かないで。私はその手を掴まなくてはいけない。

忘れちゃ駄目なの。最後にしちゃ駄目なの。憶えておかなきゃいけないの。


『---はずっと傍にいるよ』






「こら、新藤。寝るな!」


大きな声に驚いて思わず立ち上がる。視界の先には書きかけの白いチョークが目立つ緑の黒板。

体格のいい男性教諭。椅子に座ったクラスメイトの視線が、こちらに向けられていた。


「あれ…」


「おいおいボケてるのか。大丈夫か」


先生は黒板に戻っていく。クラスメイトの視線は前に戻って行った。


起き上がった先に、彼はいなかった。伸ばした手は空を切る。すみませんとだけ小さな声で返して席に着く。窓の外は雲一つなかった。


新藤ゆず。17歳。地元の高校に通う、ただの女子高生。

得意な事、料理。運動、得意な方。勉強、苦手。

別段秀でた所もない、ただの女子高生。


「ゆず、寝ぼけてんのか」


授業終わりのチャイムが鳴り響く。前の席、大きな背中がこちらに振り向いた。


「起きてるよー」


彼は私の頭を軽く小突いて嘘つけと言う。普段ならやり返すけれど、そんな気分でもなく窓の外を見た。彼はそんな様子が気に入らなかったらしい。


「何だよ」


「何だろ」


自分でも分からなかった。疑問を疑問で返す。彼は溜息をついた。

それを合図に、私は彼を見た。短い黒髪が相変わらず爽やかだなと思う。さらに半袖シャツだから尚更。男女問わず人気のある彼は、先輩後輩問わず多くの人を魅了していた。

夏は君が映える季節だ。毎年、この季節になると思う。君の為にある季節なんじゃないかと思うくらいに、清水誠一は夏が似合っていた。


「誠一は夏男だなあ」


「俺の誕生日は梅雨だぞ」


「知ってるよ」


隣にいるようになったのはいつからだろう。小学生の時、まだ小さく弱かった彼を同級生から守った時からだっただろうか。いつからかそれが当たり前になっていた。

家から徒歩三分。すぐ近くの彼の家に遊びに行った事は多々ある。これを世間では幼馴染というのだろうけれど、私には実感も湧かなかった。


恋をしている。名前の通り、誠実で真面目な彼に。頭が良くて運動も出来て、後輩からも好かれる理想の先輩第一位。剣道部の主将で仲間想い。よく話す私とは違って口数は少ないけれど、それは言葉を選んでいるからだという事を、私は知っている。


私の席に大きなお弁当を広げ始める彼を見て、鞄の中から彼より二回り小さいお弁当を取り出す。教室はいつの間にか人が少なくなっていた。皆、学食にでも行っているのだろう。


「寝不足?」


唐揚げを口に入れながら、彼は私に問いかける。視線はお弁当に向いたままだった。


「うん、そうかも」


蓋を開けて箸を持ち手を合わせる。


「ちゃんと寝ろよ」


「うん…」


食欲はあるのに箸が進まない。先程の夢が、まだ、私の脳裏にこびり付いている。

その様子に心配をさせてしまったのだろう。彼は箸を置き私を見た。


「何かあったのか」


「何かあった…のかな。夢を見るの」


「夢?」


「うん」


右手を握っては開く。そこにはもう何もないはずなのに、私は何かを掴み損ねた。


「最近同じ夢を見るの。知らない男の人に名前を呼ばれてる夢。その人の顔には靄がかかってて、私は必死にそれを払おうとするんだけど出来ない。それでその人は最後に手を差し出して、私はそれを掴もうとするんだけど出来ないまま目が覚めるの」


「…それ知らない人なのか?」


「ううん、知ってると思う。私は忘れちゃ駄目だって思ったの。この手を掴まないとって思った」


誠一は考える素振りを見せる。腕を組んで、何かを考えている。


「なんてね!びっくりした?」


「は?」


間抜け顔で零した言葉が面白くて思わず笑う。私はわざと明るく振る舞った。だって、これ以上考えても答えは出て来ないから。


「所詮は夢だよ、誠ちゃん。もう覚えても無いから良いのです。唐揚げ貰い!」


大きなお弁当箱に最後に残したままだった唐揚げに箸を刺す。そのまま一口で口の中に放り込めば、彼の眉間に皺が寄った。


「ゆず、お前なー…」


「あはは、ごちそうさまです。逃げろ!」


立ち上がって教室から逃げ出す。廊下を全力疾走で走れば、後ろから怒った彼が追いかけてきた。


「またやってる」


「仲良いよね」


すれ違う友人達に手を振りながら走る。最早これは恒例行事のようなもので、逃げ切るまで鬼ごっこは終わらないのだ。

安堵している。変わらないこの関係に。言ってしまえば崩れるかもしれないから、私はこの関係に甘えたままだ。


「おい、ゆず待て!」


「嫌ですー!誠ちゃん絶対頭ぐりぐりするじゃん、嫌だよ!」


後ろ向きで走ったまま廊下の角を曲がろうとする。すると、彼の焦った声が聞こえた。


「ちげぇよ、ゆず前!!」


「へ?」


目の前は女の子。突然の事に止まる事も出来ず、私はそのまま彼女にぶつかった。


「やば…!」


スローモーションで倒れていく女の子の腕を引っ張って、咄嗟に自分達の位置を反対にする。結果、私は床に倒れ込み、彼女はその上に乗っかる形で地に落ちた。


「痛…」


「おい、大丈夫か!?」


誠一の声が近づいてくる。私は急いで起き上がり、身体の上で小さな声を出す彼女の肩を掴んだ。


「ごめんなさい!大丈夫?怪我してない!?」


「あ…大丈夫」


自分とは違う、綺麗な黒髪だった。決して目立つような子ではないけれど、顔立ちはとても整っていて大人しそうな姿が印象的な、女の子らしい女の子。私とは違う、女の子。


「お前な…」


誠一がしゃがみ込んで彼女を見る。私はぶつけた頭をさすっていた。


「怪我はないか?」


「大丈夫です…」


彼女に向かって差し出したその手を見て、私は夢の光景を思い出した。しかし、それは彼女の声ですぐに掻き消されてしまったのだけれど。


「痛…っ」


足を捻ってしまったのだろうか。彼女は右足をさすっている。私は自分の事など忘れて急いで彼女に近づいた。


「うわ、え、ごめんなさい!!ほ、保健室行こう、保健室!」


「大丈夫…このくらい平気だよ」


「大丈夫じゃないだろ、ほら」


強がる彼女を誠一は抱きかかえてあっという間に持ち上げる。彼女は驚いて声を上げるも、誠一に諭されじっとし始めた。


「保健室連れてく。ゆず、お前は先戻ってろ。で、反省しとけ」


「し、します…」


そう言った誠一の顔が本当に怖かったから、付いて行こうとした足が動かなかった。いや、それは恐怖のせいではなかった。


不意に、彼女のポケットから何かが落ちる。それはピンクのストラップだった。


「あ、待って!これ落としたよ」


瞬間、彼女の表情が変わった。


「あ、ありがとう」


「ピンクのストラップ可愛いね」


「う、うん」


「おい、ゆずしつこい」


「はい、すみませんでした」


誠一の声に彼女に頭を下げる。気にしないで、大丈夫だよと呟いて彼と消えた彼女に、心と足が傷んだ。




「痛かった…」


転んだ拍子に摩擦で擦りむいたのだろう。左脚の膝の皮が剥けて血が滲んでいた。


「気付いてなかったな」


その場にしゃがみ込んで膝を抱え込む。自分が走ってぶつかって相手に怪我をさせた。責任は全部こちらにある。けれど彼女を抱きかかえ連れて行った姿に、心を痛めた私は最低なのかもしれない。



「先に気づいてほしかったなんて…」



これが全ての始まりになるとは、思いもしなかったのだけれど。

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