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大嫌いだった姉の話

かなわない話。



お姉ちゃんが嫌いだった。














容姿端麗眉目秀麗。人に媚びずいつでも気高い百合の花。

歩けば皆が振り向くが、その視線に本人は靡きもしない。

何でも出来ていつだって両親の自慢。


そんな姉が、大嫌いだった。







立波絵梨香。二歳上に立波緋奈という姉がいる。

自分で言うのもなんだけど、私はとてもモテる。

幼稚園生の頃からいつだってちやほやされたし男の子にもモテた。

小学校に入ってからは告白の嵐。同性からは妬まれるけども、そんなのどうだっていい。

世界は私が中心だ。可愛くない貴方たちが悪い。私は悪くない。

姉と比べて可愛らしい顔、愛される性格。

わがままだって何だって聞いてくれた。


でも、全て私の方が勝っていたはずなのに、姉には必ず負けていた。

私の方が愛されているのに、友達も多いのに、姉には勝てない。

両親にはいつも、姉を見習いなさいというけれど、私はあの感情のない人形のような姉が嫌いだった。

私の事を心配しているくせに、気持ちが微塵も感じなかったり。


姉がようやく歩み寄ろうとしてくれた時には、私は彼女を避けるようになっていた。


友達と遊んで彼氏を作っては別れて、勉強はそこそこ良い点数をとって。

それでも姉に会いたくなくて、私は隣町の中学に通うようになった。


そこでもチヤホヤされて、私は有頂天だった。

しかし、中学三年生になった時、姉が父の研究をやめた。

そしてその役目は私に回って来た。


訳が分からなかった。

あんなにも熱心だった姉が、私に父の研究の手伝いを譲った。

無彩病の研究を譲った。

私は、ぐれて余計に遊ぶようになった。


しかし、あれは確か七月の事だっただろうか。

私に転機が訪れた。

同じ中学で一年生の男の子。

サッカーが上手でとても格好いい男の子。

私はその子を次のおとすターゲットにした。

男なんて皆笑いかけて優しくして気のある素振りを見せれば簡単に落ちる。

だけど、その子は違った。


「先輩、楽しいですか?」


私より身長が高い彼は普段見た事も無いような冷たい表情で私を振り払う。


「迷惑なんでやめてもらえますか?」


「迷惑なんて酷いよ…私は緑太くんと仲良くなりたくて…」


新藤緑太は私を見もしない。


「先輩って…最悪な女ですよね」


「は?」


「そうやって色んな男に気がある素振りを見せて落としてすぐ振る。俺らの学年でも有名ですよビッチって」


「…何なの」


「俺は品位の欠片もないような人は嫌いです。兄ちゃんの彼女に似てるけど、あの人の方がよっぽど素敵な人だった、少なくともあんたよりは」


私は言葉を失った。

今までこんな事があっただろうか。

いや、ない。私が振られるなんて、馬鹿にされるなんて。


「後そっちの低い声、冷たい感じの方がよっぽどましだと思いますけどね。でも俺は貴方は好きになれないです」


去りゆく背中を、呆然と見つめていた。


初めてだった。私の本性を見抜いた人なんて。


初めてだった。あそこまで言われたのにも関わらず、彼を振り向かせたいと思ったのは。




季節は気が付けば秋に差し掛かっていて、私はようやく姉と向き合った。

でも、もう遅かった。

姉には時間がなかった。

そしてその時間は、姉を笑顔にさせた人のために捧ぐのだと。






















額を流れる汗を拭って、懐かしい記憶を思い出した。

医学生の大学生期間は長いけど、追われる課題であっという間に時間が過ぎる。

しかも最後の年だ。皆切羽詰まっていた。

そんな中、私は余裕綽々。

就職先はとうに決まっていた。


数年前までは治るはずの無かった無彩病は、今は早期に発見出来れば治るようになった。

これは姉が最後に残した、一か月だけ期間を延ばす薬を改良し、一年前たくさんの研究員が集まりようやく形にしたのだ。


無彩病は死なない。


これが私達が出した結末。


研究を繰り返す中で、改めて姉の偉大さに気づいた。

姉が十六で辿り着いた答えを、私は二十四になってようやく追いついたのだから。


「天才…だよねえ」


私は昔のように自分の顔を誇る事は無くなった。

いくら研究グループの中でチヤホヤされても、メディアに取り上げられても。

私の先には姉がいる。

十七歳の時のままで、背中だけが見えている。

二度と敵わないのだ。たとえ私がよぼよぼのおばあさんになっても、彼女は十七歳のままで私の視線の遥か先にいる。


そして、どれほど優秀でも彼は私を見なかったのだから。

渋谷の交差点、サッカーの番組がやっている。

そこにはピッチで走り回っている彼の姿があった。

先日、ようやく選抜入りを果たした先輩と共にピッチをかけている。

随分遠くにいってしまったものだ。手も届かない所に。


電車を乗り継いで、東京の端っこ。

久々に帰って来た地元にどこか安心を覚えながらも歩く。


姉の彼氏は、彼の兄だった。

そんな事実に気が付いたのは、二人の葬儀が行われた夜の事だった。

泣いている彼を見て、私は姉妹揃って同じ趣味だったねと思わず笑ってしまった。


ねえ、お姉ちゃん。

そっちはどうですか?

蒼也さんに言えなかった事は言えましたか?


幸せでしたか?


それとね、お姉ちゃん。

意外にも初恋は叶うものだよと貴女は言ったけれど。

やっぱりそれはお姉ちゃんだけだと思うな。

一時期、思い出を共有するように付き合っても、結局は長続きしなかったし。

私は私で良い人を見つけて、今はその人と仲良くやってるよ。

だけど、お姉ちゃんのような恋愛をしたかったなあとは思うよ。


最後の日。送ったメール。本当は口で言えば良かったのに言えなかった。

プライドがそれを邪魔した。

それは今この時でも。



「先輩、久しぶりですね」


振り向けばそこには、先程テレビで見た彼がいた。


「綺麗になりましたね」


「お世辞はいらないわ」


「あはは。昔と逆じゃないですか」


「帰って来てたの?」


「はい、家族に会いに」


彼の左薬指には指輪が光っている。


「今何か月だっけ」


「えっと、十か月かな?掴まり立ちが出来るようになりましたよ」


「子供の成長は早いよね。いつも思う」


「ああ、先輩病院に就職ですもんね」


「うん。研修も兼ねてよく行くわ。今日は帰って来たついでに聴色総合病院に」


「医者兼研究者ね。雲の上の人みたいだ」


「…それはこっちの台詞よ」


「何か言いましたか?」


「なんでもない」


私は笑った。

夏の強い日差しが目を眩ませる。



「あ、緑太くん!!」


遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。

小さな子供を抱き上げて、可愛らしい女性が走ってくる。


「今日帰って来るって言ってなかったのに!!」


「あーサプライズ仕掛けようと思ったんだけど見つかっちゃったや」


彼は笑う。

見た事も無いような表情で。


「元気にしてたかー」


小さな男の子を抱き上げて、彼はまた笑っている。

いいや、彼らは笑っていた。


「あれ、絵梨香先輩ですか?お久しぶりです!」


可愛らしい後輩。私と彼が付き合ってたなんて、一ミリも知らない後輩。


「久しぶり。ちゃんとお母さんしてるじゃない」


「まだまだですよー毎日が格闘ですもん」


「そう…新藤くん」


もう呼べなくなった名前。



「家族を大事にしなさいよ」








二年前。

彼が結婚するんだと言い出した時に、少しでも止められていたなら。

彼の隣にいたのは私だったのだろうか。



ねえ、お姉ちゃん。

初恋は叶わないものなんだよ。

貴女にも永劫敵わない。

少しだけ痛む胸は、きっと小さな後悔の証拠。

まだ君が好きだったっていう証拠。


それでも私は前を向いた。

お姉ちゃんが大嫌いだった。

でも、お姉ちゃんに憧れた。

もう二度と届かない姉の事を思い出して。



私はまた彼女より歳を重ねる。



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