幼馴染の話
合わなくなった歩幅の話。
大好きだった。
いつも後ろを追いかけて。
いつだって目で追いかけて。
幼い頃は皆の人気者。
皆が君の事が好きで、いつも中心で笑っている。
しっかり者で、面倒見が良くて、人当たりが良くて。
幼いながら整った顔立ちで、優しい性格で。
いつだって、私の大好きな幼馴染。
絵に描いたような王子様。
だけど中学生の時、怪我でサッカーを辞めてから、君は変わってしまった。
身体はどんどん大人になっていくのに、心はあの日に置いていったままだった。
少しずつ離れていく距離に、漠然とした恐怖を抱いた私は、その日から隣を歩くようになった。
後ろを追いかけていても、駄目だって気付いた。
隣で笑って、ずっと明るいままでいよう。
そうしたら、君も笑ってくれるかもしれない。
スタスタと歩いていくその速さに、私は必死で駆け足をして隣に並ぶ。
時には追い越して引っ張っていく。
だってもう、後ろを追いかけていても、君は振り向いてはくれないから。
まるでいない者のように、通り過ぎてしまうから。
昔のように、振り返って笑う事はないから。
でも、君は変わった。
私の長年の恋心が、終わりを告げたと同時に。
その表情は、暖かかった。
きっと今まで私が見てきた君よりずっと優しくて。
ずっと、欲しかった顔。
私に向けて欲しかった笑顔。
もう二度と、届かないもの。
沢山泣いて、沢山後悔して。
それでも君が彼女に向ける顔が優しくて。
私はこの恋をあきらめた。
その子はとても優しくて。
あんな事をしたのにも関わらず、笑って許してくれた。
そして、後ろを歩いていた私に、君は昔と同じように振り返るようになった。
私が変えたくて変えられなかった君を彼女は変えた。
もう、後ろを追いかけはしない。
隣に歩く事もしない。
だから、前を歩いて手を引っ張る事くらいは許してよ。
そう、願っていた。
何度目の春だろう。
桜を見るたびに思い出すのは、今はもういない幼馴染の事。
思えばきっかけは、私が一番最初に拾えたはずだ。
『桜ってこんなに白かったっけ?』
あの時気付いていれば、何かが変わっていたのかも知れないねなんて。
もうずっと後悔している事。口にするのも意味が無い事。
そしてきっと、いつまでも心に残る事。
新しい街はあの街の様には温かくは無くて、ビルばかりでどこか冷たい。
きっと、私の後ろ、気怠そうに歩く君がいないからだ。
今も思い出しては立ち止まって後ろを振り返ってしまう。
だって、そこに二人がいるかもしれない気がして。
高校の時に知り合った、馬鹿みたいなあいつは、今は私の愛する人で。
同じところに帰るようになったのはこの街に来てからだ。
実業団に入った彼は、活躍の場を少しずつ広げている。
私は、高校の教師になった。
大変な事も山積みだけど、それでも少しずつ前に進んでいる。
「蒼也」
久々に君の名を呼んだ。
美しい名前だと思う。今まで出会った人の中で、一番。
「勉強全然出来なかった里香が、教師だなんて笑うよね」
『本当だよ』
もう呼ばなくなった自分の名前を口にした。
君がいなくなってから変えた第一人称。
「蒼也より出来なかったのになあ」
『信じられねえ』
「そういえば、今担任してるクラスで蒼也にそっくりな子がいるの」
『そう』
「顔は別に似てないんだけどね、あのいけすかない性格がそっくり」
『おい、それは俺の事か』
「だから気になってつい面倒見ちゃうの」
『お前は見られる側だったような気がするんだけど』
「まあでも高校の時、里香は蒼也達の面倒をよく見てましたからねえ?」
『あー…そんな気がしなくもないような』
「ねえ、蒼也、桜だよ」
『そうだな」
「ねえ蒼也」
もう返っては来ない返事を想像するのは止めた。
「やっぱり里香は、桜はピンク色だと思うなあ」