すれ違ったお話の果て
これがシナリオだとしたら、私は悪役だったのだろう。今もほら、頬がひりついて地面に座り込んでいる。走って行った彼女を見て、私を心配していたはずの幼馴染の男の子は一言。
「ごめん」
そう言って駆け出して消えてしまった。
「何それ」
私が悪かったのだろうか。全てが全て、私のせいだとでも言うのだろうか。そんな結末は酷すぎるじゃないか。
でも、心のどこかで分かっていた。認めたくなかっただけで。
「一年前は楽しかったなあ」
大好きだった。呆れながら笑う姿も、不意に見せる真剣な顔も、照れたら耳が赤くなる所、ふざけて本心を言わないくせに時々物凄く正直になる事、誰にも弱音を言えなくてパンクして頭を預ける仕草、どうでもいい話を繰り返してそれでも相槌を打ち続けてくれる、小さな事が降り積もって、溶けない雪のように思い出が溢れている。愛しさが残っている。恋しいと思っている。
彼とは正反対だった彼女の幼馴染。とてもいい人だったけれど、私には魅力的に感じられなかった。
心の中に、君がまだ住み着いている。恋は残酷だ。人間をここまで狂わせる。おかしくなってしまった。もう戻れないくらいに酷い女になった。合わす顔も、見せる姿すらない。
けれど人生というものは相変わらず空気を読まない。
屋上の扉が開く音がした。私は黙ってフェンス越しの地上を眺めたまま振り向きもしなかった。
誰が来たって良かった。今は誰とも話したくはないし、返事を返すつもりもない。このままただ黄昏ている女子生徒を白い目で見て、早くこの場を去って欲しい。そう思っていた。
「馬鹿だなあお前」
けれど聞こえた声は酷く懐かしくて。フェンスの格子をなぞる指先が止まった。
低い声だった。いつもの声とは違って、特定の人間にしか聞かせない真剣な声。この声を聞いた人は私以外何人いるのだろう。いなければいいのにと思ってしまうあたり、私はまだ18歳のお子様だった。
「本当に馬鹿だよ、信じられねえくらい馬鹿。人の話は聞かねえし、関係ない人間まで巻き込むし」
近づいてくる足音に逃げたくなって立ち上がる。けれど、声はすぐ後ろまで迫っていた。
「でも、俺も馬鹿だ」
腕が掴まれて強い力で振り向かされる。目に映った彼は酷く色彩鮮やかで。そして呆れた顔で笑っていた。
「もっと早くにこうやって掴まえとけばよかった。あの日、冗談だと思わずに信じてやればよかった」
その鮮やかさが眩しくて。私は思わず目を細める。まだ熱を持つ頬に、それよりも熱い彼の手が触れた。
「お前も悪かったけれど原因を作った俺も悪かった。いなくなって本当に後悔した。面倒くさい奴だと思ってたのに、いなくなってようやく本気だった事に気が付いた」
ああ、目の奥が熱い。
「だからもう一回、俺にチャンスをくれない?百合奈」
涙がこぼれた。