無彩病
新藤ゆず shinndou yuzu
高校二年生。兄は有名選手。
清水誠一 simizu seiichi
高校二年生。ゆずの幼馴染。
承和春己 soga haruki
高校三年生。先輩。
千草百合奈 chigusa yurina
高校二年生。留年しているので一個上。
それは始まってしまった、思い出を重ねる物語
「という事で、今日から一緒にお昼を食べる事になりましたー!」
わー。一人で声を上げて手を叩く。目の前の二人は静かなままだった。
「あの、反応してくれません?辛い」
「あ、ご、ごめんね!でも、あの清水君は大丈夫…?お昼一緒にして…」
「いや、別に大丈夫っす」
教室の片隅、一人盛り上がる私をよそに、幼馴染は浮かない顔をしていた。新しく出来た友人はと言えば、ただ彼にビビっている。完全にビビっている。この不機嫌オーラを察している。怖い。
「誠ちゃん何怒ってんの」
「怒ってねえよ、普段からこんなんだよ」
「ああ、なるほど。ごめんね百合奈、誠ちゃん人見知りだからビビってるのです」
「何でだよ」
控えめに笑う彼女はやっぱり可愛かった。
「で、経緯は分かったんだけど、敬語は使わない方が良いんですか」
「あ、うん。年上だけど同じ学年だし。その方が嬉しいな」
「じゃあ千草で」
そう言った彼はそっぽを向く。彼女は嬉しそうに頷いていた。その様子が、少し違う気がする。気のせいだろうか。
ゆっくりと、少しずつ私達の間に馴染んでいく百合奈に安心する。誠一は何だかんだで優しいから、百合奈の言葉を待っていてくれる。一つ一つ、ちゃんと噛み締めて返事を返す。それを見た百合奈も嬉しそうに笑う。時折見せる気遣いに、やっぱり一つ上なのだと感心してしまった。
けれど、私は恐怖を感じていた。
共に昼食をするようになってからもう一月近くが経っていた。その空間はは、私がいなくても出来上がっていた。
移動教室のせいで遅れてしまった。二人が待っていると思い早足で教室に向かう。窓から見えた二人に声をかけようとして止めた。いや、止まってしまったのだ。私の足が。
仲睦まじく話す二人。仏頂面の幼馴染が、あんなにも綺麗な顔で笑っている。それを嬉しそうに彼女は話を続けている。私の見た事もない姿に、足が止まってしまったのだ。
「おかしいな」
私は見た事がない。そんな笑顔。私の知っている君の笑顔は、もっと困ったように眉を下げる呆れた姿の笑顔だ。そんな嬉しそうな顔を見た事がない。知らない。私の知らない君がいる。
目の前の彼女は、芽を細めて嬉しそうに笑っている。その表情に、私はようやく気が付く。
「ああ、好きなんだ」
「誰が?俺が?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り返れば、そこには先輩が立っていた。
「いや、貴方じゃなくて」
「何だよ照れるなあ。ついに振り向いてくれたか」
「話聞けよ」
「大体何見てたのゆずちゃん」
遮る私の手を掴んで視線の先を見つめる。ああ、と言って彼は納得した素振りを見せた。何がああだよ。よく分からないよ。
「千草ねー、清水と仲良いんだ」
「知ってるんですか」
「そりゃ、割と有名人だもん。まあ俺には負けるよ?」
「聞いてない」
有名人とはどういう事だろう。その言葉を聞く前に、答えが彼の口から出てしまった。
「無彩病だったんだよ、あいつ」
「え?」
突然の出来事に思わず聞き返す。彼は何の悪気もない様子で言葉を続けた。
「だから無彩病。早期発見出来たって事で治療に専念するために入院してたの。そしたら出席日数が必然的に足りなくなるじゃん?それで留年したの」
唐突に明かされた事実に頭が付いて行かなかった。無彩病。こんなにも身近にいた事。
「まあ今は後遺症を治すために通院してるらしいけど、知らなかった?」
「…知らなかった」
「あーもしかして隠したかったのかな。言っちゃったよ」
不意に彼女がこちらに気が付いて手を振ってくる。その手を振り返した私は上手く笑えているだろうか。
気が付かなければ良かったなんて。




