勝者
「さて、あんなことをしでかした成果はありましたね」
「ああ、これでトンボは帰る。自らの懐へな」
この作戦の肝である、盗聴器の存在は二つに分かれた。
あの一瞬で、複製と服の修復を同時に行ったのだ。
そしていま彼の手元にあるのがその複製した方、無論のことながらこちらの音を拾われないように周波数はいじってある。アーティファクトがどんなものなのか、実のところ詳しく分かっていないにもかかわらずに使っている二人とは正反対に、これがどんなもので、どういう使われ方をしているのかわかっているその欠点と問題点もだ。
「さてと、これで準備は終わった。あとはばらまくだけだ」
「もう増産体制は整っております。あとは、さらに時間を稼ぐだけかと」
「盗聴器って便利だよな。あると」
「そうですね、確かに相手の情報が分かると便利ですね」
「しかしそれは相手に盗聴器の存在が知られていない場合のみだ」
「というと、まさか偽情報を流すおつもりで?」
「いや、本当の情報に踊ってもらうのさ」
「本当の情報に踊る?」
「一枚岩ではない、ということは正確に現場と意思疎通が図れるかはわからないということを含んでいるんだ」
「では、彼らとここに来た者たちは、手を組まないと?」
「組むかもしれんが、おそらく必要な情報は伝えないだろう」
「前線に行く者たちにですか?」
「そんな情報だからな」
そう言って遠谷は部屋を出る。
聖女がいる応接間につくと、
「失礼、入っても大丈夫だろうか?」
「はい、大丈夫です」
その言葉を確認し、さらに葵を見て、ため息をついた葵が頷いたのを確認し扉を開ける。
二人は床に座り、のほほんとお茶を飲んでいた。
「あ、マスター。この人いい人ですね。なんか私のこといろいろ親身になってくれるし、私のこと見ても何も悪く言わないですし」
「そうかそれは良かったな(何も言ってないな)」
「うん、いい人だよ。この人は(当たり前だよ)」
そういう会話をしていると、聖女が遠谷に寄ってきた。
「先程は、一体何をなされていたので?」
無論聞かれる可能性もあるとは思っていたので、こう答えた。
「いや済まない、信頼してはいたんだが万が一ということもある。もしかすると君が知らされていないだけで、君の服には攻勢魔法が仕込まれているかもしれないと思ってな」
「そんなことを。いえ、可能性があるのなら調べますよね」
「申し訳ないこととは思ったのだが、不安だったのでな」
「気にしないでください、こちらもそれだけ信頼されていないことは、覚悟の上だったので」
そう言って頭を下げる聖女候補、
「そこまで覚悟されているならありがたい、こちらとしてもダンジョンの警備を強化する必要があったので、そのことでお心の痛い思いをなされてしまうのではないかと思い悩んでおりましたが、いらぬ心配だったようで」
「警備の強化とは、如何なことを?」
「道一つ一つに特殊な手順を踏まなければ解除できない、トラップを仕掛けるんです。たったそれだけですよ」
「そうですか」
なにか釈然としない雰囲気の聖女候補、もしこれが本当になんの情報ももたらされずにそう感じているのならそれは神に愛された感だと言えるだろう。
ともあれ、必要なことは言わせてもらったのだ。
「では、しばらくは行動を制限させてもらう。君たちの国にいい感情をもたない方たちと会う約束があるからね」
「どうやってですか?」
「それは秘密だ」
そう言って部屋を出て、自室へと戻っていく。
「さあ、いろいろな種族と接触するぞ。処女航海としては航行距離が多いがな」
「はい、ノア抜錨……回頭180度、出航!!」
音もなく振動すら、出航を命じた本人すら感じさせずにノアは出航した。
この時点での勝者は、ダンジョン側にあるといえよう。
が物事は不規則に転ぶ、もしかしたら昨日の勝者は、あすの敗北者かもしれない。
揺れ動く、不規則な駆け引きに最後に勝つのはどちらか。
それはまだわからない